【危機を越えるDX】秘訣は「How」と「Why」の定義付け

2020/6/16
新型コロナウイルスを契機に、これまで以上に注目が集まるDX(デジタルトランスフォーメーション)。なかでも特にDXの必要性に迫られている業界のひとつが、国内GDPの約20%弱を占める製造業だ。

「コロナショック」による、サプライチェーン(供給網)の分断や世界的な需要の低迷による大打撃。さらに現場でのリモートワーク導入の難しさなど、新たな課題も浮き彫りになっている。

しかしDXの最も大きな壁は、“推進”の難易度が極めて高いことにある。DX推進に成功する企業と、失敗する企業の明暗を分けるものとは何か。

孫正義氏、ジャック・マー氏ら、世界のそうそうたる経営者のもとで最先端のビジネスを主導し、現在は日本マイクロソフト執行役員 マーケティング&オペレーションズ担当としてDXを支援する岡玄樹氏と、ブリヂストン執行役員CDO(最高デジタル責任者)としてDXによるビジネスモデル変革を推進後、2020年1月より出光興産デジタル変革室の室長を務める三枝幸夫氏が対談。

デジタル変革の最前線を知る二人の対談から、「危機を越えるDXの秘訣」を明らかにする。

「with/afterコロナ」3つのフェーズ

──三枝さんは、ブリヂストン執行役員CDOとしてDXを推進後、2020年1月より出光興産デジタル変革室の室長に就任と、“製造業の最高デジタル責任者”としてキャリアを築かれています。はじめに出光興産ではどのようなミッションでDXに取り組まれているのか教えてください。
三枝 出光興産は、2019年4月に昭和シェル石油と経営統合しました。
 そのシナジーを最大化し、新しい価値を生み出す「レジリエント(しなやかで強靭)な企業体」への変革というミッションに取り組んでいます。
 今年1月にデジタル変革室を新設し、本格的にDXをスタート。
 事業強化につながるバリューチェーン改革と新たな事業を創造していくための戦略づくりをしているところです。
 その最中に今回の新型コロナウイルスがまん延したわけですが、デジタル変革室としてはこれをむしろ追い風と捉えています。
 リモートワークへの切り替えを皮切りに、ビジネスプロセスそのものをオフラインからオンライン化していく分岐点にしたいと考えています。
──新型コロナウイルスのまん延は、製造業にどのような影響を与えていますか。
三枝 有形資産(土地や設備)が大きな比重を占める製造業は、経済が滞っても大きな固定費が出ていく。経営としてはどこも非常に厳しいのが実態でしょう。
 多くの企業では、中国をはじめとするアジア各国から材料が届かない事態に直面するなど、グローバルで築いたサプライチェーンの脆弱さも露呈しました。
 加えて出光興産の場合、市場の変化に対する“柔軟性”は大きな課題として捉えています。
 航空機が飛べない。乗用車の動きも減少して燃料の消費量は急激に落ちている。しかもその回復には一定程度の時間がかかると考えられます。
 一方で、原油の採掘は減らない。需要の低迷に対し、供給は相対的に上回り、原油価格はマイナスになる。
 この急激な変化に対応できるだけの柔軟性を経営にどう持たせるかが、いま製造業に問われています。
──製造業を支援する立場のマイクロソフトでは、問い合わせの内容にどのような変化がありますか。
岡 やはりリモートワークに関する問い合わせが飛び抜けて多いですね。
 本社と工場、あるいは部門間の連携をコラボレーションツールの「Microsoft Teams」で活用する方法についてのご相談が急増しました。
岡 私たちは「with/afterコロナ」の世界を3つの段階で捉えています。
 1つ目が、目の前の危機を乗り越えるフェーズです。2つ目が、今まさにこの時で、事業を回復するフェーズ。3つ目が、新たな日常が常識になる「New Normal」が形成されるフェーズです。
 リモートワーク関連の問い合わせは「フェーズ1」に該当します。「フェーズ2」では徐々に無人化やスマート化、顧客接点のデジタル化などにお客様の関心が移るでしょう。
 今後「フェーズ3」になると、急激な需要変動にも対応可能なサプライチェーンの構築といったビジネスモデルの抜本的改革に着手する企業が増えると考えています。

コロナ前の世界には戻らない

──製造業はビジネスモデルの転換期を迎えているんですね。長く製造業を経験されている三枝さんは、今後の変化をどのように見ていますか。
三枝 まず「with/afterコロナ」の時代では「世界は元には戻らない」という前提で考えるべきです。
 そのためブリヂストンがタイヤの物売りから移動を支援するソリューションプロバイダーへと変革を遂げたように、ビジネスモデルの再構築が不可欠になります。
取材はオンラインで実施した。
 製造業だからと言って、フィジカルなプロダクトを作りそれを売ることだけに専念していたら、限界がやってくるのは間違いない。
 顧客体験価値を再定義する。そして自社製品の社会的価値を改めて理解し、その価値を高めるサービスを提供できる体制を再構築する必要があります。
 既存の製造業はかなりの危機感を持つべきです。コロナショックを機に、本気でDXに取り組まない限り、日本の製造業は生き残れない。
 一方で、危機を新たな事業機会としてポジティブに捉えることで、差別化、競争力の強化が図れるはずです。
──グローバルビジネスの最前線を知る岡さんは、日本のDX推進の進捗度についてどのように捉えていますか。
岡 まず時代を変えるようなイノベーション、例えばインターネットの普及率やスマホの利用率のパターンを見てみると面白いくらい共通しているのが、日本は欧米と比較して2、3年遅れるものの、急速に追いつく点です。
 クラウドの技術なくしてDXは語れないので、こちらをベンチマークすると、実は既に7、8年遅れているというデータがあります。ただ現在のペースでは、向こう1、2年で追いつく可能性があるのでこれからが勝負所です。
 特に欧米の拠点でのDXの取り組みを逆流入するパターンも見え始めたので、今こそ一気に追いつくチャンス。
 このように最初は海外から日本企業は後れを取りますが、その後凄まじいスピードで追いつくのが特徴です。クラウド技術の活用範囲やノウハウがここ1、2年で海外に追いつくように、DXも同じ道を辿るはず。
 ただ、そこに安心していては、日本企業と海外企業の差はより一層広がっていくでしょう。今、DXにどれだけ真剣に向き合う日本企業が増えるかどうかが重要な分岐点になると言えます。

DX推進「3つの鉄則」

──DXの最も大きな壁の1つに、推進の難易度が極めて高いことがあります。自ら製造業の変革を推進されている三枝さんが、DX推進において最も重要視しているポイントについてお聞かせください。
三枝 DX推進で大切なのは、リーダーシップタレントコーポレートカルチャーの3つです。
 経営者が本気でデジタル変革に取り組む意志を表示をしなければ社員は動かない。
 さらに経営者だけが突っ走ってもそれを支える優秀なタレント(人材)がいなければ物事は進みません。
 そして、最も重要なのが会社のカルチャーです。
 変革で生まれたものをビジネスとしてスケールしていくには、顧客と日々向き合っているセールスや事業部の人たちが新しいことにチャレンジするマインドを持たなくてはいけない。チャレンジを推奨する文化が不可欠です。
 それと私がDXを推進するにあたって、いつも社内の人たちに言っているのは、「これはデジタルトランスフォーメーションではなく、ビジネストランスフォーメーションなのだ」ということ。
 DXはあくまでビジネスドリブンであり、ビジネスとテクノロジーを行き来させて、会社や事業の成長を支えるのが、我々デジタル変革部隊の役割です。

DX推進「2つの落とし穴」

──岡さんはコンサルタント時代も含め、多くの企業変革の内幕をご覧になっています。DX推進を失敗に終えてしまう企業には、何が足りないと分析されますか。
岡 失敗する企業には2つの共通点があります。
 1つ目は、“How”(手段)に時間を費やしすぎてしまうこと。しかし、大事なのは“Why”(目的)の部分です。
 どんなプロジェクトでも共通して言えますが、「なぜやるのか(Why)」の議論を軽視したまま、サイクルを回さずに「どの手法・技術を使うのか(How)」ばかりに時間を費やしすぎてしまうと失敗する確率は高い。
 机上の空論に踊らされずに、「問題と目的の正しい設定(Why)」の議論に十分な時間を取ることが重要です。
 ただ、今のような不確実性の高い時代においては、“How”(手段)のサイクルを小さく回しながら、“Why”(目的)を同時並行的に定義付けしていくアプローチが求められるでしょう。
 DXは、“Why”と“How”の定義付けが重要です。
 2つ目は、チャレンジできるカルチャーが備わっていないこと。まずは始めてみて、つまずいたらやり直す。それでも実現できなかったらやり方を変えてまた挑戦する。
 手段(How)については、失敗を恐れず幾つかの方法を試しながら試行錯誤を繰り返していけばいいはずです。
 よくあるのが、経営者が身構えて大々的にプロジェクトチームを立ち上げ、何ヶ月も検証し、多額の投資をしてから始めるケース。これが一番ドツボにハマるパターンです。
 逆に言うと、ビジネスの8割が実直な基準によって生み出される事業だとしても、残り2割で競合を出し抜くためのリスクある施策やゲームチェンジャーになり得る革新的な取り組みを臆することなくスピーディーに進める。
 そんな企業はDXの成功確率が高くなります。

DX成功の「突破口」

──マイクロソフトとして、これから製造業におけるDXをどのように支援していきますか。
 大きく2パターンあります。
 支援策の1つ目は、戦略的提携により弊社のロードマップを開示しながら数年かけて共同でDXを進めるケースです。
 最近では、今年3月に農機で国内最大手のクボタと複数年の戦略提携を発表しました。
(画像提供:日本マイクロソフト)
 クボタはソリューション提供型のビジネスへの移行を目指しDX推進に取り組んでいます。
 そこで、クラウドプラットフォーム「Microsoft Azure」の提供をはじめ、AIビジネスをベースに共同で新たなプロジェクトの立ち上げを進めているところです。
 また、お互いの特徴となる技術を活用した新しいビジネスモデルを積極的に模索するなど共同でDXを進めています。
 2つ目は、急務な最重要課題を解くための支援です。
 コロナウイルスの感染拡大が続くイギリスでの事例を紹介します。
 イギリスの航空機部品の製造会社が発起人となり、人工呼吸器の増産を目的とする企業連合体(コンソーシアム)を立ち上げました。
 ロールスロイス社をはじめとした約30社の企業が参加し、2週間で1000名の人員を確保。既存の技術を結集することで、3日間で8000台の製造が実現しました。
 この過程においてマイクロソフトは、Teamsを活用した電話会議、サプライチェーンの管理、MR(複合現実)デバイス「Microsoft HoloLens」を活用した遠隔支援の仕組みなどを提供し、企業間の情報共有を支援しました。
(画像提供:日本マイクロソフト)
三枝 DXは必要性が分かっているのに、やりきれない企業の方が多い。
 だからマイクロソフトのように、強力な武器となるテクノロジーと知見を持ったパートナーから力を借りることは、DXの突破口の1つになり得る。
岡 ありがとうございます。これだけの規模の協業を全てリモートで成し得たのは、参加企業にデータを進んで公開し、外部を巻き込んで目的を達成しようとするカルチャーがあったから。
 デジタル変革を進める上で欠かせないのが、トライ&エラーを高速回転で繰り返せるチャレンジカルチャーだ、ということを改めて痛感した事例でもあります。
 海外に比べて日本企業が遅れている点でもあるので、マイクロソフトは組織カルチャーを変革する役割も担っていきたい。
 そして私たちは単なる製品や技術の提供だけではなく、お客様の課題発見からDX実現までの一連の過程を一緒にリスクを取りながら共同で進めることで貢献したい。
「お客様に寄り添うマイクロソフト」として製造業のDXを支えていきたいと思います。
(構成:塚田 有香 編集:君和田郁弥 デザイン:月森恭助)