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2008年の北京オリンピックの時、各国で聖火リレーが走る時に、チベット問題やウイグル問題で抗議する人々が沿道に立ち、その人々を各国にいた中国人、特に留学生が集まって妨害、時に攻撃する、ということがありました。日本でも長野で4千人の中国人が集まったので注目されました。
 何か中国政府のメンツが傷つけられたと考えられるたびに、各国の中国大使館が留学生などを動員するわけですが、これは、中国本土がそういう社会であり、外国にいてもその延長上で生きていかざるをえないということです。
 相互監視社会で、政府に動員されれば学習会や政治行事に参加せざるをえない、というのは、北朝鮮であってもそうだし、シリアのアサド政権のような中東の国々でもよくあることです。ただ、中国はそういう人々を日常生活の隅々まで管理することが非常に巧みなようです。日本でもかつて隣組や国防婦人会などが盛んに自主的に日本人の日常生活を監視して管理しましたが、北東アジアの国々が得意とする統治のあり方のようです。顔認証とか監視カメラができる以前からの伝統でしょう。
 中国政府や、中国人の大多数は、そういう社会が効率的と考え、香港もまたそういう社会となることに何の不都合もないであろう、と本気で考えています。日本人でもそういう発想の人は今でも少なくないでしょう。
 香港人は、そういう相互監視社会のあり方を嫌悪する人が多い、そして自分たちはそういう社会の人間とは違うのだ、と考える人々の割合が多いでしょう。おそらく、日本以上に多いでしょう。
 東洋的相互監視社会は効率的な動員ができても、その欠点は、もし政府が誤れば、それを正す人間がいない、ということはよくいわれます。中国の王朝では、最も徳のある天子が仁政を行っている、というタテマエがあるため、論理的には権力の監視が必要とは考えられていません。
 香港の抗議活動の最中、「誰が見張り番を監視するのだろうか(Quis custodiet ipsos custodes)?」というラテン語の落書きが殴り書きされていました。古代ローマの風刺詩人、ユウェナリスの句ですが、ラテン語の詩を諳んじていて、サラリと書き殴ったりするのは、中国本土から見ると香港人の嫌味なところでしょう。そういう英国的教養を身につけている香港人も、自分のことを伝統的な中国式相互監視社会の一員だとは思わないでしょう。
香港100万ドルの夜景から灯火が少しずつ消えています。