【対談】有事には「守りのイノベーション」が不可欠だ

2020/6/9
新型コロナウイルス感染症の流行は、経済にも甚大な影響をもたらした。その影響は、長らく好況と言われていたスタートアップ環境にも及んでいる。コロナ禍において、投資環境にはどのような変化が生じたか、不況下に起業家に求められる力とは?
5月29日にNewsPicks Publishingから『START UP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』を出版した、投資家でありYJキャピタル代表の堀新一郎氏と、経営戦略を専門とし、数々のスタートアップ企業の社外取締役を務める琴坂将広氏が「成功する起業家」をテーマに対談を行なった。
逆境を逆手にとり、成長していける起業家に共通点はあるのか。1000人以上の起業家と対話を重ねてきた二人が見る「優れた起業家像」とは。立場の異なる二人が起業について、熱く議論を交わす。(前後編)
リーマン後に「やり抜いた」起業家たち
──新型コロナウイルス感染症の影響を受け、スタートアップの市場環境にはどのような変化が生じていますか?
 2012年から2019年にかけて、スタートアップを取り巻く市場環境は好況でした。日本だけでなく世界的に見ても、起業家やベンチャーキャピタル(以下、VC)の数が増え、起業を試みるハードルが以前より低くなったように感じます。
いわゆる「エリート」と呼ばれる、一流大学・企業出身で将来のキャリアが約束されているような人が、そのキャリアを捨てて起業に挑戦するといったことも多く見られるようになりました。
ユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)誕生の影響もあり、特に2018年後半以降は投資環境も良好。資金調達額も膨らみ、スタートアップを取り巻く環境が注目を集め、盛り上がりを見せていました。
写真:iStock/yongyuan
そんな状況は「バブル」と言われることもあり、一部では危惧されていたのも事実です。そこへ訪れたコロナショックによって、市況は一気に冷え込んでしまった。
市場環境が大きく変化したこの状況下で『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』という本を出版することになりました。
琴坂 今回のコロナショックは、リーマンショック以上の経済的打撃をもたらすとも言われています。実際に、米国の失業者数は現時点で既にリーマンショック時を上回りますし、経済への影響は深刻でしょう。
一方で、本書で取り上げた17名の起業家をはじめ、現在の新しい日本の経済を回している起業家には、リーマンショック前後で事業を立ち上げた人が多いのです。
リーマンショックによって日本のスタートアップエコシステムはいったん縮小しましたが、そこでビジョンを見失わずにやり抜いた起業家たちが、好況と言われていた近年のスタートアップ環境を作ってきた。
そう考えると、今この瞬間に事業を作っている人が、未来の新たな常識を作る可能性は大いにあると思います。
コロナは起業家の試金石となるか
琴坂 堀さんはYJキャピタルのCEOを務めていますが、コロナの影響を受けて投資家の意識はどのように変わりましたか?
 市況が好調だった際には、「そのビジネスモデルは儲かるのか」「市場規模の大きさは?」など、将来的にどれだけの投資リターンを得られるかが投資家の主な着眼点でした。
写真:Pinkypills/iStock
対象企業の資金使途について細かく口を挟むこともほとんどありませんでしたし、手元の運転資金が12カ月を割っているような会社でも新たに資金調達できる環境でした。
しかし、現在多くの投資家は慎重になっています。投資の是非を検討する投資委員会では、今までは問題なく投資できていた事業領域に対しても、「この会社はサバイブできるのか?」「この環境下で成長できるのか?」といったリスクを回避するための質問が必ず上がります。
我々に限らず、ほとんどのVCが投資先に「18〜24カ月間の運転資金を確保しなさい」とアドバイスしているのではないでしょうか。
まとめると、従来は黒字化までに時間がかかるようなビジネスでも将来的な成長が見越せたら投資がなされていたのが、足元の収益に結び付かないようなビジネスモデルの会社に対しては投資を控えてしまうようになったと言えるでしょう。
琴坂 そうですね、以前にも増して、事業の持続可能性がより問われているように感じます。
──そうした環境下でも、比較的投資マネーが集まりやすい事業に特徴はありますか?
 現状では、VR領域やオンライン動画のエンターテインメント、フィットネスなど、インターネットで完結するサービスに投資マネーが集まっています。
その反面、インバウンド需要や外出アクティビティによって利益を得ていた企業は非常に厳しい状況にあるでしょう。
写真:Sergii Gnatiuk/iStock
ただ、現況を踏まえて従来とは着眼点を変え、柔軟にビジネスモデルをアップデートしている企業も現れています。
例えば、コロナ罹患者の隔離先、あるいはリモートワーク時のワーキングスペースとして客室を提供したアパホテルや、外出アクティビティを自宅でのパン作り、蕎麦打ちなどの在宅エクスペリエンスに変更したアソビューなどです。
他にも、オンライン会議ツールを駆使して、「有名飲食店の料理人と一緒に料理を作ろう」といったコンテンツを提供し始めた会社もあります。コロナによって、今までにはなかった新たなアイデアが生まれつつあるのも事実です。
琴坂 そうですね。コロナは、ビジネスモデルを組み換える契機と言えるのかもしれません。
堀さんのおっしゃるように、インバウンド需要は落ち込んでいますが、それと同時にアウトバウンド需要も減っているので、今後、国内旅行者は増えるでしょう。そこに商機を見いだせるかもしれない。
また、教育に関しても、いち早くオンライン配信に乗り出して成果を上げている企業もあります。商材や市場のみを見ているのではなく、ビジョンやパッションを持って柔軟な対応をしている起業家は強いですよね。
写真:valentinrussanov/iStock
コロナはある意味、本物の起業家とそうでない起業家を分ける試金石なのかもしれません。
動いた起業家、待った起業家
──コロナ禍では、どのようなことが起業家に求められるのでしょうか?
 意思決定の速さだと思います。コロナショックによって売り上げの90%が断たれてしまった会社もあるでしょう。それでも、生き残るために何か手を打たなければなりません。
今までと全く異なる領域の事業を始めるわけにもいきませんから、既存事業のドメインの中で何ができるのかを必死に考え抜いて、すぐ行動に移せるかどうかが重要だと思います。
同時に、「守り」も非常に重要です。
4月上旬、緊急事態宣言が発令されましたが、すぐにオフィスを解約し、社員に休業指示を出し、助成金や補助金の申請手続きを行なったり、金融機関に対してコロナ特例の融資枠を申請したりと、会社と社員を守るために迅速に行動に移した起業家とそうでない起業家に分かれました。
写真:MangoStar_Studio/iStock
琴坂 コロナによって、社会、経済そのものの先行きが不透明になっています。
そんな中で、先が見えるまで待ってしまうタイプなのか、あるいは見えない中でも囲碁や将棋のように数手先を読もうと試みるのかで、その後の状況は大きく異なってくるでしょう。
起業家には攻守両面が求められます。何もないゼロの状態から生み出していく力と、危機に対してどう行動するのかは、表裏一体。いずれも重要なイノベーション能力です。
前進的な「生み出すイノベーション」と同様に、有事の際には「守るイノベーション」を発揮できる人が強いですよね。
 特に、スタートアップはその性質上、先行投資として赤字を掘りながら事業の成長を目指す会社が多い。レバレッジをかけて、様々な投資元から資金調達をし、事業の加速を試みます。
しかし、コロナのような緊急事態下では、先述したように、資金の出し手が投資に消極的になります。そうした状況下で会社のコスト構造を見直し、削れる部分を見極め、迷わずに動ける起業家は、投資家としても頼もしく感じます。
そうした人は、今後経済が回復したときにも「今は攻め時だ」とスイッチを切り替えてビジネスを推進していけるでしょう。今回のコロナショックを受けて、意思決定の速さの重要性を私も改めて学びました。
琴坂 誰よりも早く意思決定することは、大きなリスクを取っていることでもあります。その決定によって、「馬鹿者」になってしまう可能性もある。そのリスクを許容して進んでいけるか──これは起業家に求められる資質の一つだと思います。
成功したければ、小心者であれ
 シリコンバレーの著名投資家、ベン・ホロウィッツが提唱した「Wartime CEO, Peacetime CEO」という言葉があります。CEOにはWartime、つまり有事に能力が発揮できるタイプと平時のときにこそ力を発揮できるタイプがいる、という意味です。
写真:designer491/iStock
今回のコロナショックによって、Wartime CEOかどうかが明白になったように感じます。しかし、Peacetime CEOに問題があるかというとそうではなく、それぞれの持ち味の良さがあります。
それに、私もPeacetime CEOタイプの起業家たちと付き合いがありますが、彼らにはWartime CEOの動きを参考にしながらアドバイスしているので、私の知る限りでは悲劇的な状況に陥っている会社はありません。
琴坂 なるほど。ただ、うろたえているのか機敏なのかは紙一重でもあり、外からでは峻別しづらくもありますよね。堀さんから見て、成功している起業家に何か共通点はありますか?
 そうですね、様々な起業家とお会いしてきましたが、成功者に共通しているのは「小心者」であることかもしれません。成功者は皆、失敗を恐れる心を持っている。
起業家として、大きなビジョンを描いてチャレンジしていくことが重要なのはもちろんです。でも、「絶対に失敗したくない」と恐怖心を持つことで、人は徹底的に調べるものです。
写真:metamorworks/iStock
本書にも「『この分野では誰よりも詳しい』と言い切れるか」と書きましたが、この本で紹介した17名は皆、ユーザーやプロダクト、競合などに関して驚くほど細かく調べ尽くしていました。自らが戦う事業領域において、誰よりも詳しくなるまで情報収集をしていたんです。
有事・平時にかかわらず、投資家が投資判断を行う際には、攻めの能力だけでなく用心深さ、つまり「小心者かどうか」もチェックしている気がしますね。
琴坂 堀さんの話を聞いて、『ゴルゴ13』を思い出しました。ゴルゴはプロとしての成功条件を問われた際に「10%の才能、20%の努力。そして、30%の臆病さ。残る40%は運だろう」と答えています。臆病さこそが調べることを促し、危機的状況の打開につながるのかもしれませんね。
 成功している起業家は、いきなり資金投入して顧客獲得を目指したりしません。まずは、「このプロダクトがお客様に継続して使ってもらえるのか」を試し、いけると確信が持てた上で初めて顧客獲得に投資する。ステップを踏んで事業を成長させていくんです。
このように普段からステップを踏める起業家は、今回のような有事においても「顧客獲得をいったん止めて、とにかくキャッシュを大事にしよう」「コロナショックが明けた時に備えて、後回しにしていた新機能を開発しよう」など、柔軟な動き方ができている気がします。
*明日に続く
*琴坂将広氏は、株式会社ユーザベースの社外取締役(監査等委員)を務めています。
(聞き手:野村高文、編集:田中裕子、構成:代麻理子、デザイン:すなだゆか)