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(1)発言者が特定されない形の「議事概要」は作成されており、発言者や発言内容を全て記録した議事録は作成していないということで、したがって、定められたルールには則っている、かつ、自由闊達な議論のために発言者を特定しないというのは、一般的に十分に合理的です。とすると、言えることは、必要に応じ、一定期間経過後の公開等を含め、改めてルールを整備するということだと思います。

(2)専門家(会議)に、現状分析や予測、指針等を示してもらい、それを基に、判断し、感染防止策及び社会経済への影響緩和策等について、国の方針を決定し、責任を取るのは、あくまでも行政(内閣)と立法(国会)の役割です。大臣や首相は「専門家のご意見を伺って」と強調しますが、結果について「専門家の言う通りにやったのだから、自分たちの責任ではない」は許されません。

(3)新興感染症への対応は、その時点時点の限られた情報・データを基に、最善と思われる対策を取っていくしかないという限界があります。「あのとき、もっとこうした方がよかった」というのは、基本的には、あくまでも結果論です。


(2)について、改めて少し整理。
専門家会議は、新型コロナウイルス感染症対策本部の下、新型コロナウイルス感染症の対策について医学的な見地から助言等を行うため開催されるもの。(令和2年2月14 日対策本部決定) 

日本国憲法上、行政権は内閣、立法権は国会に属します。専門家会議の委員は、内閣や国会の構成員ではなく、行政権や立法権といった権限を行使する立場になく、その権限の行使に伴う責任を負う立場にもありません。

政権が専門家会議を根拠に発信すれば、専門家に責任が所在するように受け止められ、また、専門家がメディアで国民向けに説明する機会も多く、結果、批判の声も向かってしまいます。
しかし、国民もメディアも、専門家の果たすべき役割は、分析や助言が、現在求め得る科学的根拠に基づいて誠実に行われたかどうかのみにあって、政策の内容や生じた結果の責任は、全面的に政権・政府が負うという事を、認識する必要があります。

専門家の方々も厚労省に缶詰めになっている大学の専門家チームも、ひとえに、知見と経験を活かして、日本と日本国民を救いたいという矜持と使命感に基づいて奮闘しておられると思います。
一般の方がイメージする「議事録」とは、省庁がいう「議事概要」であり、これは公開されています。
つくられていないとされる「議事録」とは、発言者の名前と一言一句がすべて載ったものです。これを徹底すると、参加者は事前に原稿を用意し、そのとおりに発言するだけの儀式的な内容になる恐れがあります。(実際、経済財政諮問会議などはそうなっています)
喧々諤々と議論してもらうためには、数年後に公開するといった形をとる必要もあるように思います。
お役所の会議に出たことのある方ならわかると思いますが、この辺りは官僚という組織は非常にしっかりしていて、事務局がちゃんと毎回精緻な議事録を作ります。
つまり事務的な不手際ではなく、最初から発言者が特定できる議事録を作らない、というか、敢えてないという体裁を取ることを前提に行われたものだったと思われます。(追記:タイトルで誤解を招きそうですが、指摘されている専門家委員会の記録でも、議論の内容自体ははきちんと記録され公開されています。ただ発言者が記載されている議事録がないのが問題とされているのです)
恐らく後日会議上の発言によって、研究者が世間から非難を浴びることがないよう最初にそのようなルールが定められ、それを前提に学識者の自由な発言を求めたのでしょう。
これ自体は非常時に必要な処置であったとみるか、許されざる隠蔽とみるかは微妙なところです。

とはいえ、今後もこのような形で公文書管理のルールが恣意的に行われることは好ましいことではありません。
外交や防衛以外の機密文書や非常時の議事録についても、隠すのではなく一定の期間秘匿とし、一定の期間後に歴史的検証のためきちんと公開する様一層の法整備をしておかないと、同様の恣意的なルール運用は今後も行われ続けるでしょう。
現状のように単なるガイドラインでお茶を濁すのではなく、キチンとした公文書管理の法整備こそ政治に求められるものだと思います。
コロナ専門家会議の議事録作成していないとのこと。重要な会議は、議事録を作成するのは「基本の『き』」です。
意図的としか考えられません。通常、録音するのですが、まさか録音もないということでしょうか?会社なら会議の責任者は降格ものです。
日本は公文書管理の意識があまりに希薄です。「記録に残ると自由な発言ができない」という意見も耳にします。これは転倒した意見です。コソコソと相談されて、文書の残らないところで意思決定が行われれば、事後に検証することができません。それは歴史に残りません。

重要なことは、記録を残し、事後に検証できるようにすることです。それを無視するのは歴史への冒涜です。左右どちらの論者であっても、「記録しなくていい」といっている人はいないはずです。いるとすれば、それはとんでもなく野蛮です。

いまは文書で記録しなくても、音声や動画で記録を残しておくことができます。速記録ではなく、そうしたデータだけを残すという手もあります。秘匿性が高く、即時的に知られるのがまずいのであれば、25年や50年といった一定の時期を経てから公開する仕組みとすればいいでしょう。実際に米国の公文書はそうした考え方で運用されています。とにかく記録をしないとはじまりません。

改ざんに揺れる日本 “先進国”アメリカの公文書管理制度とは?(THE PAGE) - Yahoo!ニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/87854bd004268fcfa229aa77fb04b543eade5670?page=1

議事録ではなく、議事概要があるからいい、というのは耳を疑います。こちらで専門家会議の議事概要が見られるので、ぜひご覧ください。この文書で歴史的検証が可能と考える理由がわかりません。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/taisaku_honbu.html
よくとれば「オフレコで、自由に議論しましょう」ということなんでしょう。先日も「社員の声は匿名で聞くべきか」という議論をクラスでしました。匿名のほうが自由に出る一方、無責任ではないかという声もありました。
すでに多くの方が指摘されているように「たたかれる」ことを危惧して率直な意見が出ないことは大きな問題です。ただ、「たたかれることが嫌で率直な意見を言えない」人を集めて、本当にいい議論ができるとも思えません。前提が間違っている気がします。
『自由な議論をしてもらうため』とのことやけど、
それは議事録作らないことで、ではなく、後出しジャンケンで非難したりしなければよいだけ。

議事録を作らないことで、真っ当な議論をしていても批判されたり隠蔽疑惑とか言われかねない。専門家会議の先生方が責められる理由はないのに。
またしても議事録なしとは…。大阪府は専門家会議での議論もネット中継。情報公開は信頼の根幹にあるものなのに、国の感度は致命的。
まさか… (・_・;
とても信じられません。議事録も残さないような会議で国民生活を左右するほどの重要事態を決めるのはあまりにも無責任。ん?責任を取りたくないから議事録を作らなかったのか (・_・? まさかと思いたいけれど。
【追記】今夕の菅官房長官の会見によると「専門家会議の議事録はつくらない」そうだ。これでは中国とどこが違うのか、程度の差でしかないことになる。


 専門家会議の議事概要は、3月17日・第7回以降は公表されていない。
 また対策本部会合の議事概要も3月1日・第16回まではあるが、3月5日第17回以降は公表されていない。
 こういう記事は、書くなら正確に記す必要がある。

 そのうえで次に議事概要か議事録かという問題について述べる。
 まず第一に、議事概要の公表が遅れていることにメディアが鈍感であってはならない。いまごろこんな記事が出ること自体、これまで何を報道していたのか、である。
 専門家会議の議事概要は、個人名を特定されないよう、自由な討議をするうえでの一定の配慮とも考えられる。議事概要でも内容はほぼ把握できないわけではない。
 だがある程度の時間が経過したところで議事録として公開しなければいけない。それが公文書の「文書主義」のあり方である。「歴史的緊急事態」が発生した際の記録作成のガイドラインができているのだから。
 3月2日の安倍首相の国会答弁では「専門家の皆様の議論等にについては、議事概要等であってもどのような方向で議論がなされたかについては、お示しできるものであろうと思っている」とあり、そう答弁しているにもかかわらず、2カ月以上も経過していてもそれが守られていないのはおかしいのだ。
 国家の意思決定のプロセスは、歴史的な検証に耐えられるものにしなければいけない。どの政権であろうと、政府はつねに国民に説明する責任がある。
 官邸ホームページ(総理の一日)に首相発言だけはすぐにアップされる。しかし意思決定のための会議は議事概要すら公表されない。このチグハグさに気づがないメディアも問題である。