【入山章栄】アフターコロナを生き抜く、新しい「プロ」の在り方

2020/6/9
世界中が緊急事態に直面しているなかで、どんな状況でも生産性を高められる真のプロフェッショナル像が模索されている。

「失われた30年」を乗り越え、アフターコロナの時代を生き抜くために、ビジネスパーソンはどういった心構えでいればよいのか? 経営学者の入山章栄氏の言葉からその在り方を探る。

(全3回連載)

失われた30年。日本と欧米、生産性の差とは?

──近年、日本企業における生産性の伸び悩みを、肌感覚で理解しているビジネスパーソンは多いと思いますが、何を見れば客観的に理解できるでしょうか?
 よく言われることですが、世界の時価総額ランキングがわかりやすいですよね。1990年頃にはトップ30の大半を日本企業が占めていましたが、今では1社も入っていません。
 一方、アマゾン、グーグル(アルファベット)、フェイスブックなど、現在のトップ10の顔ぶれは創業20年前後の企業ばかり。アリババ、テンセントなど中国勢もそうです。これからは、インドや東南アジアの新興企業なども入ってくるかもしれません。
 こう考えると、日本の停滞の一因は、大手・中堅企業が変化できていないまま多く市場に残っていることにあるのは明らかです。
 一方のスタートアップ企業も、十分にグローバルで勝負できる企業は台頭していない。でも少しずつ層は厚くなってきているので、期待したいですね。
──この期間は「失われた30年」ともいわれています。この長い間、日本企業が苦戦する本質的な原因はどこにあったのでしょうか?
 新型コロナウイルスの感染拡大以前から講演などで繰り返し申し上げてきたことですが、日本の企業に足りていないのは「イノベーション創出」です。
 日本人は勤勉なので、現場の生産性は必ずしも低くはありません。ポイントは多くの大手・中堅企業がイノベーションを起こせないまま、市場に残っていることです。結果、全体として生産性が低くなってしまうのです。
 世界の経営理論でいえば、イノベーションを起こすには「知の探索」が不可欠です。
「知の探索」とは、できるだけ遠くて違う場所にある知を幅広く取り入れることで、知と知の新たな組み合わせをつくることです。
 一方で、多様に組み合わせた知の中で儲かりそうなところは、深掘りして収益化する必要がある。
 それが「知の深化」です。この探索と深化のバランスが重要で、世界の経営学では「Ambidexterity」といいます。僕はこれを「両利きの経営」と訳していまして、最近は日本でも多くの方がこの言葉を使ってくださるようになりました。
 しかし、知の探索は遠くの知を広く見なければならない。一見効率が悪いですし、コストもかかります。 それで、効率性を重視する企業は、やがて知の深化に偏ってしまう。これは組織の本質的な傾向ともいえます。
 ですから、長い間残っている企業ほど知の探索ができなくなり、中長期的なイノベーション・変化が起きなくなるんです。
 つまり、日本の失われた30年の大きな背景は、既存企業が知の探索の施策を取らないまま市場に残りすぎて「知の深化に偏りすぎてしまった」ことにあると理解しています。
──この「知の深化に偏ってしまった状況」を改革するために、日本の既存の大手・中堅企業が改革すべき機能はどこでしょうか
 全部!と言いたいのですが、強いていえば、まず手を付けるべきなのは人事部門ではないでしょうか。
 その理由は、会社は人でつくられているものだからです。そもそも、今回の「生産性」や「プロフェッショナル」のテーマともつながりますが、知の探索と知の深化のバランスは企業だけでなく、個人にも当てはまります。
 例えば、欧米のグローバル企業は中途採用やダイバーシティ採用に積極的です。結果として、多様な人がいれば、社員が多様な知見・経験や価値観に触れることができる。
 そのような組織は「知の探索」があるから、変化できるわけです。そのためには、中途採用を増やすことが必要なのも納得がいきますよね。
 そして多様な人が増えていくなら、「働き方」も多様でなければいけない。働き方改革も、知の探索のために必要なのです。
iStock/Cecilie_Arcurs
 さらに言えば、組織に多様な人が集まって、ある程度人の入れ替えをするには、その人ができる「仕事」がはっきりしていないといけない。
 だから「ジョブ・ディスクリプション型」の雇用形態が欧米では使われるようになってきたわけです。
 一方、長い間、既存の日本企業は「メンバーシップ型」の雇用形態を採用してきました。
 新卒一括採用と、年功序列・終身雇用を背景にして、先に人を採用してから、社内で仕事を割り振るわけです。
 終身雇用なので、当然ダイバーシティの観点もない。そして自分の「ジョブ」がわからないと、自分の市場価値もわからないので、転職したくても怖くてできない。だから雇用も流動化しないのです。
 私はいま早稲田大学の経営大学院(ビジネススクール)で教えていますが、そこの夜間プログラムに来る社会人学生は、大手・中堅企業に勤める優秀な方が多い。
 でも彼ら・彼女らも漠然と不安を抱えているからこそ、ダイバーシティの高い本校に来て、将来のジョブ・ディスクリプションをはっきりさせようとしているのだと理解しています。

日本と欧米企業の違いを、正確に理解する

──欧米企業と日本企業の人事部門に、それだけの差があるのですね……。
 下の図は、その違いを大まかに整理したものです。もちろん実態はこんなに紋切り型ではないし、「欧」と「米」も色々と違うのですが、大まかな目安にはなると思います。
 この図のポイントは2つです。第一に、欧米のグローバル企業の人事施策は、ことごとくイノベーションに適している。つまり「知の探索」に向いていることなんです。
 でも、こういった企業も最初からこのような施策をとってきたわけではなく、イノベーションを起こすために試行錯誤してこの形になってきた。
 一方、典型的な日本企業の人事施策はその真逆なので、ことごとく知の探索に向いていないのです。すなわちイノベーションを起こしにくい仕組みなのです。
 今の議論は横軸。次は日本企業、欧米企業のそれぞれを「縦軸」に見ると、人事施策はそれぞれの要素が歯車のようになって、綿密に噛み合っていることがわかります。これが第2のポイントです。
 例えば、日本企業の場合はそもそも「終身雇用」なので「メンバーシップ型」になりがちで、だから「ダイバーシティ」も少なくなる……と、いった感じです。
 つまり、日本企業で「ダイバーシティ」だけを取り上げて、そこだけを変えようとしても難しい。様々な仕組みが噛み合っているので、人事のあり方全体を変える必要があるわけです。
──旧来の日本型システムを、イノベーション創造や生産性を起点として再構築するには、「働き方改革」だけを考えても難しいことがわかりますね。
 歯車のように噛み合っている以上、「働き方改革」や「ダイバーシティ」だけをピンポイントで取り上げて、変えるのは難しい。
 経済学や経営学では「経路依存性」と呼ばれる言葉があります。これは、企業はたどった過去の出来事によって、現在が形成されているという考え方ですが、それが急に変化できない理由です。
 だから、そういったしがらみのないスタートアップ企業の方が「知の探索」がしやすいのは当然ですよね。
ただ現在は、既存の大手・中堅企業でもビッグチャンスが到来しています。なぜなら、新型コロナウイルスの影響で、在宅勤務や組織のデジタルトランスフォーメーション(DX)が求められるなど、従来の仕組みを一気に変えられる「外圧」が生じているからです。
 例えば、この状況でリモートワークが一気に進んだので、この傾向は今後も少なからず残りますよね。
 加えて、オンライン会議でのコミュニケーションを誰もがするようになったので、「多様な人に会う」という意味での知の探索は、むしろデジタル上でやりやすくなっています。
 人材採用プロセスをほぼオンラインで済ませることはスタートアップ企業にはありましたが、これからは大手・中堅でもかなりオンラインでの採用が進むでしょう。
 そうであれば、地理的な制約に囚われず、多様な人が採用できるようになる可能性がある。つまりは、ダイバーシティの後押しにもなるのです。
──そうなってくると当然、ジョブ型の雇用形態にも影響を与えそうです。
 そうですね。在宅勤務が定着すれば、企業は社員を「時間で縛る」ことは難しくなる。
 結果として「ただ会社に長くいることだけが存在意義だった」ようなホワイトカラー社員は存在価値がなくなります。
 そして仕事の評価は時間ベースでなく、成果ベースが定着する。そうであれば、「何がこの人の成果なのか」を透明化するために、各自のジョブ・ディスクリプションがはっきりしていくはずです。
 このように、従来は非効率な意味で噛み合っていた日本企業の人事制度は、アフターコロナとDXの時代では一気に変わる可能性があります。
 むしろ、ここで変われない企業は淘汰されていくのではないでしょうか。

アフターコロナ時代のプロフェッショナルとは?

──ジョブ・ディスクリプションがはっきりしてくると、プロフェッショナルな人材の定義も変わってきそうです。
 そもそも「プロフェッショナルとは何か?」という問いに立ち返る必要があります。
 もし「特定の専門領域に特化して能力を磨き、そこでお金を得る人」をプロと呼ぶなら、僕はそういう定義のプロはこれから希薄化していくと思います。
 その理由は、プロとアマチュアの境界線が無くなってきているから。その背景には、まずデジタル化があります。
 デジタル化によって、いろいろな人がそれまで特殊だった「職業」に参入できるようになった。例えば、今は動画サイトなどで、自分で歌を歌ったり、お笑い番組をつくれます。
 ユーチューバーはどこまでがプロで、どこまでがアマチュアなのか、なんてわからないですよね。
 さらに副業や複業が進んできたこともありますね。リモートワーク推進の流れによって、通勤時間に囚われずに済むので、副業は一気に進むでしょう。
 これからは1人が多様な仕事でお金を稼ぐようになる。例えば僕の場合は、大学教員が一応メインではありますが、ラジオ番組もやっているし、本も書くし、企業の取締役もやっている。
iStock/triloks
 経営学ではこれをイントラパーソナル・ダイバーシティ(個人内多様性)といいますが、これからは、多くの人が自分の中に多様性を持つ時代なのです。
 そうなると、この時代では特定の職業をプロとして定義するのは難しくなっていきます。
──本業か副業か、また収入が高いか低いかでは語れなくなる、と。
 はい。では、何がこれからのプロフェッショナルを指すか、というとキーワードは2つあると思っています。
 1つは「責任」です。プロとアマチュアの違いは、自分の仕事に責任を持つことです。
 責任を持つことは、成果が問われることを意味します。趣味の範疇で楽しんでいるアマチュアには責任がないから、成果を出さなくても問題ない。
 他方で、常に成果を出し続ける必要があるプロは、自分の役割に責任を持って取り組む必要がある。
 見た目の職業だけでは「プロvsアマ」の線引きが難しく、仕事がジョブ・ディスクリプション型になっていく時代だからこそ、責任こそがプロとアマを分かつ上で重要なのです。
 実は、これはピーター・ドラッカーが半世紀前から言っていることなんです。とはいえメンバーシップ型企業が多い日本では、なかなか浸透しませんでした。
しかし、アフターコロナとDXの時代にようやく浸透してくるでしょう。やはりドラッカーはすごいですね。
──もう1つの違いは何でしょうか?
 2つ目のキーワードは「腹落ち」です。
 これも以前から言っていたことですが、従来の日本企業やビジネスパーソンに足りていなかったのは、「この会社は何のためにあり、自分は何のために働いていて、なぜこの会社にいるのか」という問いへの腹落ちでした。
 経営学に照らし合わせると、これはセンスメイキング(=腹落ち)と呼ばれる理論が該当します。
 メンバーシップ型で終身雇用の時代には、そのような腹落ち感は必要なかったのです。
 しかし、この腹落ちを求める傾向は益々加速します。なぜならこれからの時代は、不確実性が高くなるからです。そんな社会では、企業も個人も変化を起こさないといけない。
 もし自分の存在意義ややりたいこと、目的に対して腹落ちしていなければ変化はできません。
 しかし、自分の方向性や目的に腹落ちできれば、結果として自分の仕事に「責任」を持てるようになる。
 私は予防医学者の石川善樹さんと親しいのですが、この2月に彼の話を聞いたときに、彼は「セルフ・リーダーシップが高い人は、wellbeingも高い」と言っていました。
 この「セルフ・リーダーシップ」は良い言葉だと思ったんですよね。
 僕なりに言い換えれば、「自分の進むべき方向性に腹落ちしていて、自らをその方向にリードできる人」という意味になります。彼はwellbeingの文脈で語っていますが、ビジネスでも同じだと思います。
 これからのプロフェッショナルとは、特定の職業のことでも、報酬の基準でもありません。「腹落ちして、責任を持って成果を追求する人」なんです。

企業にはインフラの再構築が不可欠となる

──責任をもって成果を出す。そんなプロフェッショナルを増やしていくためには、働くためのツールも積極的にアップデートしていく必要がありそうです。
 間違いないですね。DXとはそんなに複雑な話ではないと、僕は思っているんです。
 例えば、僕は昨年『日経WOMAN』が選ぶ「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2020」の審査員をしたのですが、そこで、社会医療法人石川記念会・HITO病院の理事長である石川賀代さんが受賞されました。
 彼女は病院でDXを推進したのですが、それはお医者さんや看護師さんにスマートフォンやタブレットを持たせて、コミュニケーションや情報共有を進めた、というものでした。
iStock/Feodora Chiosea
 大袈裟なシステムは入っていないんです。
 DXと聞くと壮大なシステムを想像しがちですが、本来のDXは「社員の誰もがデジタルに気軽にアクセスして使いこなす」ようになること。石川さんが取り組んだことはまさにそれですね。
──入山先生も、ITインフラの重要性を実感する瞬間はありますか?
 めちゃくちゃあります。僕が在籍している早稲田大学ビジネススクールは、大学全体の意思決定よりもさらに早く、4月20日にオンライン授業を開始しました。
 ただ、うちのビジネススクールは海外の留学生も多いのですが、その中にはパソコンを持っていない子もいるんです。
「お金がなくて、Wi-Fi環境が良くない」なんてことも少なくない。だから、大学側もサポートするようにしていますし、そのあたりのインフラを充実させていく大切さは僕も実感しています。
 その意味では、今はWEB会議ツールのように便利なサービスが台頭していますし、DXのハードルはどんどん下がっていると思うんです。
 企業においても、社員が使うパソコンのスペックを上げるとか、シンプルなことで不便さを解消できるのであれば、そのあたりを変えることは重要ですよね。
──DXを個人任せにしていると、テレワークの普及も生産性も上がらなくなってしまう、と。
 僕は、このコロナを経て日本企業に起こすべきことは「方向転換ではなく、加速だ」と言っています。
 イノベーション、そのための知の探索、そのための人事制度の変更、会社・個人のビジョンへの腹落ちなど……。
 コロナ前から「日本企業に必要」と言ってきたことが、これからの時代こそさらに必要なのです。そしてDXも間違いなくその1つ。
 ですから、この時代にDXに真剣に取り組まず、社員一人ひとりをプロフェッショナルにできない、生産性の低い人材が集まる企業は淘汰されていくでしょう。
 一方で、コロナを契機に革新ができた企業は、イノベーションが起こせるかもしれないし、もしかしたら「失われた30年」を取り戻せる契機になるかもしれない。
 その意味では、やはりアフターコロナの時代は、日本企業にとって変革のためのビッグチャンスなのです。
(編集:海達亮弥 執筆:浅原聡 撮影:玉村敬太 デザイン:堤香菜)