【危機対応実録】なぜ1万人規模のリモートワークを早期敢行できたのか

2020/6/2
 2020年2月17日。1万人を超える大規模なリモートワークに踏み切った企業がある。
 日本国内で、新型コロナの感染経路不明の患者が初めて確認されたのが2月初頭。1月26日にリモートワークの方針を打ち出した「GMOインターネットグループ」と並び、大手日本企業としては極めて早期の判断だった。
 通信事業大手のNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)である。
 NTT Comは、リモートワークに移行して3ヶ月。社員の内、約80%がリモートワークを行っている。グループ会社や派遣社員も含めると、優に1万人以上がリモートワークにて業務を実施している。 
 これほどの規模になると、意思決定のスピードから、風土・制度・インフラまであらゆる側面から、リモートワークへの移行自体に大きな障壁がありそうなものだ。
 巨大企業が迅速な対応を敢行できたのはなぜか。
 総務・システム・人事といった管理部門のリーダーに話を聞き、コロナ危機発生以前から進められてきた、危機対応に有効な “働き方改革”の内実に迫った。
社内改革の最中に発生した“コロナ危機”
 新型コロナウイルス流行の「震源地」となった中国・武漢には、NTTグループであるNTT Ltd.のオフィスがある。
 世界的な感染拡大の前から、このオフィスを通じて東京大手町のNTT Com本社にも情報が継続的に入っていた。当初は主に、現地社員の支援に動いていたという。
 当時、総務部長として陣頭指揮を執った小原琢彦氏(現・法務監査部長)は振り返る。
本取材はすべてリモートでNTT Com指定のコミュニケーションツールを用いて行った
「年度末の繁忙期とも重なり、テレワークの全社適用をどのタイミングで実施するかは悩みどころでした。ただ、社員の人命と安全を考えると、後手に回るのだけは避けたかった。そこで温度感を一気に上げたのが2月17日だったというわけです」
 グループ会社や派遣社員も含め、1万人以上の従業員をいきなりリモートワークへ移行するのは大きな障壁がありそうなものだ。
 だが、実は今回の感染症対策に合わせて特別な対応をとったわけではなかったという。数年前から長期的な目線で着手してきた「働き方改革」の実践が、危機対応にも功を奏したのだ。
三位一体で働き方改革を推進
 NTT Comは、2002年に勤務体系の多様化を打ち出すと、「風土・意識」「制度・ルール」「環境・ツール」の三位一体で働き方改革を段階的に推進。2017年以降は、特にその歩みを加速させてきた。
 当世ベンチャー風に言えば、ルール・ツール・カルチャーである。
 結論を先んじれば、リモートワークを含めた働き方改革は、この3つの中で、特に「カルチャー」が鍵となる。
 追って、その変革の要諦に触れるが、まずは順に話を進めよう。
 初めに「ルール」の面では、週2回、月8回までの在宅勤務制度や、コアタイムを10時〜15時とするフレックス勤務の導入、介護・育児を考慮して、勤務時間を分割する「分断業務」の実施といった具合で着実に整備が進んでいた。
 今回のリモートワーク移行に際しては、このうち在宅勤務制度における「週2回、月8回」の上限も撤廃した。
「ツール」についても同様だ。大きな変化は社内のITインフラの転換だった。従来、社員用のモバイルPCには、社内サーバーの利用を前提としたシンクライアント方式を採用していた。
 情報セキュリティを重視する上での選択だったが、通信を前提とするシンクライアント方式は海外出張中など通信環境が不安定になると使用できなくなり、社員には不評だったという。
 社内のITインフラの整備を担う当時システム部長の及川将之氏(現・デジタル改革推進部長)はこう話す。
「私たちも従来のシステムに不便さを感じていましたが、セキュリティを第一に考え、社員の声には、ずっと『我慢して』の一点張りでした。でも、その思考停止はリスクにもなると考えていました。使い勝手の悪いシステムは働き方改革の阻害要因になりうる。
 そこで、社員一人ひとりをお客さまと捉え、デザイン思考の観点に立って、社内のIT環境を見直すことにしました。セキュリティも妥協せずに利便性を向上すべく、業務の現場を視察しながら議論を重ねていったのです」
“スパーリング”で構築した社内インフラ
 デバイス環境の整備にあたっては、「社内に良きライバルがいた」と及川氏は明かす。システム部と対を成し、セキュリティ環境の構築を担う「情報セキュリティ部」の存在だ。
 折しも2017年の個人情報保護法の改正により、情報漏えいに関する規定に変更が加えられた。高度な暗号化等の技術的措置と、その管理体制を整えれば、より柔軟なIT環境の運用が可能になったのだ。社内のITインフラを転換する好機に、2つの部門が立ち上がった。
「彼らと、技術要件や法解釈、法適合に関してとことん話し合いました。ユーザビリティの追求とセキュリティリスクの回避は、互いにトレードオフの側面があります。だからセキュリティ部門は我々からするとある意味“天敵”でもある(笑)。
 我々が『これでいい』と思っても、情報セキュリティ部からダメ出しを食らう。逆もまた然りです。とはいえ、組めば良いものができる関係でもあるのです。
 そもそも我々の事業の根幹はICTインフラです。社員を一人の生活者と捉えると、お客さまでもあるわけです。つまり、社内で受け容れられないものは、社外にも提供できない。
 ユーザーへの提供を視野に入れて、自らの環境構築を行う。この意識を共有しつつ、互いが納得するまで何回も“スパーリング”しました」(及川氏)
 こうして2018年に、セキュリティレベルは維持しつつ、クラウドを活用したITインフラを新たに構築。自社で運用する「オンプレミス方式」と並行運用することにした。
 社員用PCも、高い利便性と複合的なセキュリティ機能を兼備したセキュアドPCを富士通株式会社と共同開発した。現在では、グループ会社も含め17,000台あまりを展開済みだという。
 その結果、Microsoft社のコミュニケーションツール「Microsoft Teams」や各種SaaS(Software as a Service)の社外での利用環境が整った。
 ICTインフラをリードする大企業ならではの底力で、快適なテレワーク環境が着実に整備されていった。
一朝一夕ではいかない「風土・意識」の変革
 一連の変革は、業務環境に柔軟性を持たせることが狙いだった。それは、「ワークライフバランス=『ライフ』の充実が『ワーク』の充実につながる」という同社の働き方改革の理念にも通底するものだ。
 冒頭に掲げた、働き方改革の三位一体。
  ルール・ツール・カルチャー
 ルールは決めてしまえば、制定はすぐである。ツールも一つひとつ整えて導入を前に進めることはできるだろう。しかし、一筋縄ではいかないのが、人と組織の内にある「カルチャー(風土・意識)」だ。当然、社内でも温度差はあった。
「ルール」を中心に整備を積極的に推進してきた、ヒューマンリソース(HR)部長の山本恭子氏は言う。
「社内カルチャーの醸成が最後までネックでしたね。制度やツールの利用に対する意識は、2年間取り組んでも職種や社員によってまだら模様でした。
 たとえばエンジニアはリモートワークにすんなりシフトできても、サービス企画や、人事のようなスタッフは、プロジェクトのプロコン(良し悪し)や合理性をこまめにすり合わせる必要があり、仕事の仕方を変えづらかったんです」
 これまで、打ち合わせでは“リアル参加者”がいつもマジョリティで議論の中心にいた。マイノリティとしてのリモート参加者は必然的に、半歩遅れて議論を追いかけることになる。
「リモート参加者にとっては、(打ち合わせの内容を)聴いておいた方がいいから参加する、という状況でした。そのため傍聴者っぽくなってしまって、積極的に会議に参加できていたとは言えなかったと思います」(山本氏)
 2018年7月には、東京五輪・パラリンピックを見据えて政府主導の「テレワーク・デイズ」が実施され、NTT Comでも6,350名の社員が参加した。
 リモートワークに関する課題の共有には繋がったものの、その段階ではまだ、リモートワークはあくまでもリアルでの業務を補う選択肢に過ぎなかったといえる。
タテとヨコのコミュニケーション
 ボトルネックとなっていたカルチャー改革は、現場の社員と真摯に向き合うことによって少しずつ進んでいった。
 象徴的なエピソードがある。
 昨年、社内のオープンスペースで開催されたイベントで、システム環境やセキュリティポリシーに関する疑問や改善要望を社員から一挙に受けつける場を持ったのだ。システム部長の及川氏が振り返る。
「システム部と情報セキュリティ部の部長ふたりが、社員からボコボコにされるという場でした(笑)。気をつけたのは『言い訳ばかりしない』ということ。まずは意見を受け止めて、解決策を模索する姿勢を意識しました。
 逆に相手の社員に対しても、厳しい意見を言うだけではなくて、アイデアを出してほしいと求めました。というのも、現場の社員は、世間から見ればサービスを提供する立場にあるからです。『相手がお客さまだったらどうするか』を、一人ひとりが常に考えてほしいという意図がありました」
参加者は用意された「わかった」「もう一声」と書かれたうちわで意思表明
 後日、オンラインでも議論の場を設けた。すると、それまでシステム部のヘルプデスクに集中していた問い合わせや相談が、社員間で自律的に問題提起され、解決が行われるようになった。
 加えて、コミュニケーションツールに関心のある社員に向けたMicrosoft Teamsの講習会を頻繁に実施した。所属部署に戻った参加者がノウハウ共有のハブとなって、活用の啓蒙を行い、利用率向上に弾みがつく助力になった。
「何かあればシステム部に相談するという、従来の縦の関係に加えて、部署を超えて、互いに教え合ったり、アイデアを出し合ったりする横の関係性が生まれていきました(及川氏)
社長が社員に教える関係
「経営層の実践」もカルチャー醸成の後押しとなった。
 庄司哲也社長をはじめ、経営層が働き方に関するメッセージを定期的に発信したり、Microsoft Teamsを用いたコミュニケーションを積極的に行ったりした。
リモートで会議を行う庄司哲也社長
 現在は新型コロナウイルスの影響もあり、取締役会をはじめとした重要な幹部会議もすべてリモートで行っている。また、経営幹部の方が、多くの社員よりも先んじてコミュニケーションツールに慣れていたため、社長をはじめ経営幹部が社員に使用法を伝授する光景も見られるという。
 “鶴の一声”ではなく、トップ自らが1人のユーザーとなってリテラシーを身につける。また、現場から吸い上げたアイデアを管理部門で議論し、再び現場に落とし込むだけではなく、アイデアを吸い上げる過程で横にも展開する。
 これらのエピソードは、いわゆる「トップダウン」や「ボトムアップ」という言葉では語りきれない、示唆に富んだものと言えるだろう。
地道な改革が危機対応の利点に
 一人ひとりの社員がそれぞれの価値観を持っている。その中で、多様なライフスタイルを尊重するということは、言うは易いが簡単なことではない。
 NTT Com社内でも、外資系IT企業への人財の流出が目立ちはじめ、育児・介護と業務の両立に関する声も多く上がっていた。日本型の大企業として雇用や所得を「安定」させているだけでは不十分で、「働き方の多様化」に対応できていないことが経営上の大きなリスクとなっていたのだ。
 社内改革の手段に「古い」「新しい」とレッテルを貼るのではない。NTT Comという会社にとって最適な方法は何か、ということを、管理部門のメンバーたちは日々考え、取り組んできた。
 そんな折に発生したのが今回の“コロナ危機”だった。社会全体が突然のイレギュラー対応を迫られる中でも、NTT Comは少し違っていた。個々の社員と経営サイドが危機感を共有し、一気呵成に全社的なリモートワークに舵を切ることができたのだ。それは、長期的な目線で、着実に社内の改革を重ねてきたからに他ならない。
 リモートワークに移行して2ヶ月が経過した。管理部門のリーダーたちに実感を尋ねると、「多少疲労感はあるが、うまくいっている」「生産性や業務のパフォーマンスは維持している」「チャット、資料共有、音声会話が同時に走るなど、こなれてきた」といった答えが返ってきた。
 一方、危機対応が長期化しつつある中、社として見えてきた課題もあるという。リモートワークの先に浮かび上がる働き方の新たな課題はどのようなものか。
 仔細は以下の記事より、併せて読まれたい。
【危機対応実録】世間より1ヵ月はやい「大規模リモート」新たな課題とは
(編集:中島洋一 執筆:吉田直人 デザイン:岩城ユリエ)

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