森岡毅が語る、「刀」に込めた思い

2020/5/22
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの再生で名を馳せた、マーケターの森岡毅氏。2年前に「刀」を創業し、日本企業の成長に挑んでいる。この2年の道のりと、将来のビジョンを聞いた(全6回)

「刀」という社名の由来

佐々木 森岡さんが「刀」を創業されて2年がたちました。あっという間だったのではないですか?
森岡 そうですね。実働して2年ですが、実感としてはもう20年ぐらいたったような気がします。私だけでなく、私の仲間たちにとっても、おそらくものすごく濃密な2年間でした。
今でこそ、ようやく成果が形になり始めましたが、最初の半年間は誰にも給料が払えなかった。スタートアップはみんなこの山を乗り越えなければならないんだと思いますけど。
でも創業時の仲間が欠けることなく一緒に走ってくれたのが、この2年間でいちばん、ありがたかったことです。
佐々木 いま、メンバーの方は何人ぐらいですか。
森岡 35名くらいですね。なかなか増えました。
佐々木 スタートアップは人集めがすべてです。最初は何もないところから、どうやって口説いてチームにしていったんですか。
森岡 「この人と一緒にやっていこう」と思ってもらうには、大きく分けて二通りなのかなと思います。
一つは、人柄で魅了するというか、「もうこの人についていきたい」と思わせる何かがあること。
もう一つは、ビジョンで引っ張っていくこと。私はどちらかというとちょっと偏狭な性格なので、後者のほうかもしれません。
私はデコボコがある性格なんですよ(笑)。
だからこの会社で私がやろうとしていることは、社会のみんなにとっても大事なことなんだというビジョンを、どれだけ示せるかですね。ここはコンセプトからしっかりと考えなければいけない。
優秀な人であればあるほど、要求するビジョンのレベルは高いですからね。
佐々木 森岡さんはつねづね、「マーケティングの力で日本を元気にする」「日本を豊かにする」とおっしゃっています。そのメッセージが「刀」という会社のビジョンとして、多くの方に響いたということですね。
森岡 皆さん、それぞれのお考えがあると思いますが、私の目にはこの日本の未来がかなり危うく見えるんですよ。
たとえばこれだけインバウンドが増えている。私もUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)時代は、インバウンドが増えるための仕事の端くれを担っていましたけど、これは日本が安くなっているということでもあると思います。
私が育ったころの日本は、かなり豊かな世界の先進国でしたが、これが明らかに崩れている。いろいろ数字を調べていくと、20年後、50年後、100年後は、このまま行くと本当に危ない。
じゃあ日本が豊かになるために、日本人が身につけなければいけない最強の武器は何なのか。
それはマーケティングです。
「刀」という社名は、マーケティングを武器にしようという思いを、昔の日本人の武器である刀にちなんでつけたものです。
それから私が創業時に人を集めるときに話したのは、どんなふうに生きたら、死ぬときにほほ笑んで死ねるんだろうということですね。
まだ死んだことがないのでわからないんですけど、いくらお金があっても墓には持っていけないでしょう。もし持っていけたら閻魔様をだまくらかす賄賂に使えるかもしれないけど。
森岡毅/刀代表取締役 CEO
日本を代表する戦略家・マーケター。高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイデアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の「森岡メソッド」を導入し、経営危機にあったUSJをわずか数年で劇的に経営再建した。日本のP&Gでブランドマネージャーとしてヴィダルサスーンの黄金期を築いた後、P&G世界本社(米国シンシナティ)へ転籍、北米パンテーンのブランドマネージャー、ヘアケアカテゴリー アソシエイトマーケティングディレクター、ウエラジャパン副代表を経て、USJ入社。同社CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)、執行役員、マーケティング本部長を務める。USJ再建の使命完了後、2017年、マーケティング精鋭集団「株式会社刀」を設立し、「マーケティングで日本を元気に」という大義の下、数々のプロジェクトを推進。USJ時代に断念した沖縄テーマパーク構想に再び着手し注目を集める
でも普通は持っていけなくて、この世に残せるものがあるのみなんですよ。でもお金を残しても家族に災いの種を残すだけ。私が残したいのは2つです。
一つは自分たちがつくった事業。たぶんこの先10年、20年、うまくいけば100年、社会のために何か大きな価値を生み出す事業を残したい。
もう一つは思想というか、ノウハウを残したい。
われわれが学んだことの大半は、先人たちが残してくれた遺産です。数式ひとつだって自分では発明してませんからね。いろんな方が積み重ねてきた知識を吸収して、そこへ自分なりに新たなものを練り込んでいった。
この知識をバトンタッチして、私が知り得た知識やノウハウで人類の水平線を少しは広げられたかもしれないという思いがあれば、私はたぶん笑って死ねると思う。
そういう仕事をしてみたくないですか?と。こういう話をして、それに共感してくれる方に来ていただきました。
しかも、「刀」に来てくださる方は、そんじょそこらの人じゃないんですよ。特定の領域では私の100倍ぐらい戦闘力のある人ばかり呼んでいます。私自身が得意な領域も少しはありますが、私は不得意なことのほうが圧倒的に多いですから。
たとえば星野リゾートでトマムの「雲海テラス」を仕掛けて、困っていたホテルを再生させた佐藤大介さんも、こういう話をして来ていただきました。私のような人間の周りに、これだけ優秀な人たちがいてくれるのは、本当にありがたい。
ですから「刀」は私のワンマン会社でも個人会社でもありません。私は「刀」の中である役割を担うプロの一人です。
最後に決めなければいけないことがあれば私が決めますが、できる人たちばかり集めているので、大概のことはそれぞれのメンバーがどうすればいいか自分で考えればいい。仲間たちのおかげでこの2年間、頑張ってこられたと総括しています。
(写真:istock.com)

「ガッツメーター」の重要性

佐々木 ホームページを拝見しましたが、メンバーの方は錚々(そうそう)たるプロフェッショナルがいらっしゃいますね。
過去にコンサルティング会社などではプロフェッショナル集団がありましたが、マーケティングのプロフェッショナル集団が企業として成り立っているのは、きっと「刀」が初めてですよね。
森岡 私も特にアメリカやヨーロッパに似たような集団があるのではないかと思って調べましたが、「刀」のような成り立ちの組織はなかなかありません。
われわれはコンサルの皆さんを尊敬していますし、彼らにしかできない仕事もあると思いますが、コンサルと同じことをするのなら、「刀」が生まれた意味はありません。
では、われわれ自身のユニークな音色とは何か。
それは一言で言うと、マーケティングの実務家、つまりマーケティングの実戦経験を積んだ、はっきり言って「戦争屋」ばかりが集まっているということです。
佐々木 他社のシェアに切り込んでいくわけですからね。
森岡 そうなんですよ。みんなシェアの戦いで、やったり、やられたりという経験を積み重ねてきた「戦争屋」です。
マーケティングではデータや論理、数式などで読み解けることもありますが、最後はやはり、情報が足りないなかで右に行くか、左に行くか決断しなければいけないときが来ます。
情報が100あれば、犬でも判断できますよ。70でもAIに判断させればいい。でも大概の場合は、40、30ぐらいしか情報がない。それでも決断のときは来るわけです。
そのときに何によって決めるのかというと、もうガッツしかない。私はこれを「ガッツメーター」という言葉で呼んでいます。
直感というと少し薄っぺらすぎるのですが、経験によって練り込まれた、その人独自の決断の土台のようなものがあります。それはマーケティングの実務経験を積んでいかないとできてこない。
「こういう根拠で俺は右だ!」と信じて右を選んだ結果、大失敗したというような経験を積み重ねないと、このガッツメーターは研ぎ澄まされない。
コンサルテーションは業界を第三者的に俯瞰したり、企業を客観的な立場で分析したりするのに非常に優れていますが、コンサルテーションだけをやっていると、この自分が決断するという経験を積めません。
最後に決めるのはクライアントですから。だからガッツメーターが研ぎ澄まされない。「刀」にはこのガッツメーターを持った人ばかりが集まっています。
多士済々であるだけに、いろんな議論が起こります。でも、ディスカッションして決めたらもう恨みっこなし。それが「刀」のルールです。
だからディスカッションするときは、私は常にメンバーの意見を確認します。そうやって意思決定の死角を消して、あらゆる情報をテーブルに載せ、私が決める役割なら私のガッツメーターに基づいて決めます。
決めたらもう迷わない。一気にみんなの力を合わせて行くしかないので、勝負です。
こんなことを繰り返しながら、この2年間走ってきました。おかげさまで、ほとんどすべてのプロジェクトで目覚ましい結果が出ています。
これは本当にありがたいことで、私はUSJに入って自分のチームを組閣するまでに2年かかっています。やはりマーケティングは1人ではできない。これはどんなマーケターでも間違いなくそうです。
実際、こういうマーケティングをやりたいというビジョンがクリアで、成功の確率が高くても、それを実行するためには、ファイナンスの機能も、生産統括の機能も必要です。さらにはR&Dがともなわなければいけない、営業が売ってこなければいけない。
マーケティング部以外がみんなビジョンを執行するだけのケーパビリティを一気につくらなければならないわけです。

私一人では何もできない

森岡 マーケティングカンパニーというのは、マーケティングが描き出すビジョンや戦略にともなったケーパビリティを執行するリーダーシップチームを持っておかなくてはならない。それにUSJでは2年かかった。
もし私が最初からチームを持っていたら、もっと早くハリー・ポッターを建てられたし、もっと早くUSJはよみがえっていたと思います。
「刀」はそれを最初から持っています。
「刀」は複数の会社に同時に最強のリーダーシップを持つチームを送り込む能力を持っています。これが弊社の一番の強みなんです。それはマーケターだけでなく、ファイナンスのパートナーも含みます。
マーケティングが強ければ強いほど、マーケターを支援したり、あるいは客観的に批判したりする優秀なファイナンスが必要だからです。
マーケターはアクセルを踏むのは大好きですが、ブレーキを踏むのが嫌いなので、冷静にブレーキを踏んで大げんかしてくれるファイナンスが絶対に要ります。そうでないと、死角に入ったときプランがうまくいかなくなる。
ほかにも「刀」が得意とするエンターテインメントマーケティングでは、制作する力も必要ですが、「刀」はクリエイティブの人材も一気通貫で持っています。しかもみんなエースばかり集めています。
このチームをどの会社に、どういうビジョンと戦略に基づいて送り込めば日本をよくできるだろうかを考えて、最後に決めるのが私の役割です。
私の意図と反して、何もかも私が全部やっているように思われがちですが、私一人でできることなど何一つありません。
つまりマーケティングで変革したいならば、それを実現できるチームを持っていないといけない。それがUSJで学んだことです。
だからそれを最初から装備した「刀」という会社をつくった。これなら4つ、5つ、6つの会社を同時に立て直すことができる。
私がUSJを辞めずに続けていたら、USJをもっとよくできたかもしれない。あるいは別の会社に移ったら、その会社をよくできたかもわかりません。
でも私が、USJを立て直すのに6年かかりました。このペースでは私があと15年働けたとしても、いくつ立て直せますか。そうすると私がやるべきことは、それが同時に並行推進できるチームを備えた会社をつくることだと思ったのです。
(写真:istock.com)
※続きは明日掲載します。
(撮影:竹井俊晴)
ニューズピックスは、2020年7月よりプロジェクト型スクール「NewsPicks NewSchool」を開校。その中でも9月から特別プロジェクトとして始まるのが、「森岡毅& 刀実戦マーケティング・ブートキャンプ」を開校します。伝説のマーケターである森岡毅さんと、森岡さん率いる精鋭マーケター集団「株式会社刀」が総力を挙げて実施します。

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