新型コロナウイルス感染症による黒人の高い死亡率は、「豚インフルエンザの危機」が“予測”していた

新型コロナウイルス感染症による死亡率が、米国では黒人のほうが高いことが明らかになっている。こうした問題は健康格差を引き起こしてきた人種差別や貧困、制度構造や政治などに根ざしているが、実は10年前の「豚インフルエンザ」のパンデミック(世界的大流行)のときから何ら変わっていない。
新型コロナウイルス感染症による黒人の高い死亡率は、「豚インフルエンザの危機」が“予測”していた
ニューヨークのハーレム地区で牧師からのマスクと食べ物の配布を待つ人々。BEBETO MATTHEWS/AP/AFLO

米国が11年前にH1N1型インフルエンザ、通称「豚インフルエンザ」のパンデミック(世界的大流行)に見舞われたとき、特にひどい打撃を受けたのは有色人種のコミュニティだった。白人の患者に比べると非白人の患者は急速に重症化し、回復に時間がかかり、死亡率が高かったのである。

豚インフルエンザのアウトブレイク(集団感染)を研究した疫学者たちは、白人と非白人の格差の主な原因を特定した。その原因とは、非白人労働者は免疫が低下しやすい状況に置かれていたにもかかわらず、病気休暇を利用せず、自主隔離が困難だったことである。非白人労働者の環境は、高血圧症、心臓疾患、ぜんそくなど、インフルエンザの症状を悪化させる健康問題のリスク増加をもたらしていた。

結論はこうだ。特定のコミュニティは、ほかのコミュニティーよりもパンデミックに陥りやすく、特別な防疫対策を必要とする。科学者たちは、この知見が米国における将来のパンデミックへの備えに役立つようにと願った。ところが、そうはならなかったのである。


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今回も高い非白人の死亡率

米国で新型コロナウイルスの感染拡大が進むにつれ、豚インフルエンザのときと同様の状況が生じている。新型コロナウイルス感染症「COVID-19」においても、白人よりも非白人の患者のほうが死亡率が高いのだ。ワシントンD.C.では人口の45パーセントに当たる黒人が、死亡者数の約80パーセントを占めている。

ミシガン州では人口のわずか14パーセントにすぎない黒人が、死亡者数の40パーセントを占めている。ヴァージニア州リッチモンドでは住民の40パーセントが黒人だが、死亡者は14人中1人を除いて全員が黒人である。

「健康格差について研究している科学者は、誰もこの結果には驚きません」と、メリーランド大学公衆衛生大学院で健康格差をなくす研究をしているメリーランド・センター・フォー・ヘルス・エクイティー(M-CHE)の副所長サンドラ・クィンは言う。「健康格差は新型コロナウイルスそのものとは関係ありません。健康格差を引き起こしてきた人種差別、貧困、制度構造や政治が何十年も続いていることと、おおいに関係があるのです」

クィンはH1N1型インフルエンザのパンデミックにおける人種格差についての2011年の論文で、比較的低所得の黒人労働者が広く一般の人々と接する仕事をしている可能性が高いことを指摘している。黒人労働者は白人労働者よりも、一戸建て住宅ではなく集合住宅に住む割合が3倍、公共交通機関を利用する割合が2倍高かった。暮らし方や働き方は、感染症にかかる原因を理解するうえで極めて重要である。

10年前と変わらない現状

クィンは12年、特定の社会政策によってインフルエンザルエンザにかかるリスクが高まるのか理解すべく、数千人もの成人を調査した第2の論文を発表した。クィンと共著者らは、調査対象者が大都市に住んでいるか、子どもがいるか、どんな仕事に就いているかといった要因を考察し、病気休暇の取得が重大な要因であることを突き止めた。

H1N1型インフルエンザのパンデミックでは、6,000万人がインフルエンザにかかった。クィンの第2の論文によると、病気休暇を比較的とりやすかった人々のうち500万人は、インフルエンザにかからなかった。ヒスパニック系労働者は病気休暇を最もとりにくかったようで、100万人以上がインフルエンザにかかった。黒人労働者と白人労働者の病気休暇の取得率は同じだった。

H1N1型インフルエンザのアウトブレイクから10年以上がたった現在、黒人労働者と白人労働者の病気休暇の取得率はいまも同様であり、ヒスパニック系労働者の取得率もいまだに最低である。この数値から、例えばサンフランシスコのミッション地区で生じているような健康格差は、ある程度は説明がつくだろう。同地区のヒスパニック系住民は住民全体の半数に満たないにもかかわらず、新型コロナウイルスの陽性反応を示した住民の95パーセントを占めているのである。

このような格差への対処法を「議会は論じてきました」と、クィンは言う。「州によっては対処法を実行しています。けれども2009年以来、わたしたちは国家レヴェルでこの問題に実際に取り組んできたでしょうか? 答えはノーです」

広がる健康格差

リッチモンドでは新型コロナウイルス感染症「COVID-19」による死亡者は、1人を除いて全員が黒人だ。同市の保健局を率いるダニー・アヴュラ博士によると、住民は自宅隔離や他者との距離をとるといった方法を守ろうとしているという。

しかし、彼は次のように説明する。「テレワークができない仕事をしている人たちもいます。レジ係や最前線で働くソーシャルワーカー、高齢者介護施設の看護師、社会生活の維持に必要不可欠な職場の管理人などです」

米労働省労働統計局の18年の報告書によると、在宅勤務を選べる労働者の割合は白人で30パーセント、アジア系で37パーセントに対して、黒人は20パーセントだった。

ヴァージニア州保健局は、リッチモンド市内の「コート」と総称される6つの大きな公営団地のそれぞれに、新型コロナウイルスのドライヴスルー方式の検査センターの設置を進めている。約8,000人の住民の大半が黒人である公営団地では、従来から著しい健康格差が新型コロナウイルスによってさらに広がっているようだ。

アヴュラは公営団地のひとつのギルピン・コートから出てきた直後に、『WIRED』US版の取材に答えた。ギルピン・コートの住民の平均寿命は63歳で、州全体の平均寿命より16年短いという。「リッチモンドは南部の都市です。かつては南部連合国の首都であり、長く困難なアフリカ系米国人の歴史があるのです」とアヴュラは語る。

「健康の社会的決定因子」の要因

ロチェスター大学医学部教授のケヴィン・フィシェラ博士は、糖尿病、ぜんそく、エイズ(AIDS、後天性免疫不全症候群)など、いずれも不均衡なほど黒人のかかる率が高い基礎疾患について研究してきた。その研究が、H1N1型インフルエンザが黒人のコミュニティでより致命的である理由を説明する上で役立った。

「個人の選択に注目する場合が多いのですが」と前置きした上で、フィシェラは次のように語る。「社会的あるいは身体的状況、医療を受けているか、(体によいものを)食べているかなど、リストはまだまだ続きます。わたしたちは気づいていないものの、さまざまな影響を受けているのです」

全米医学アカデミー(NAM)のいわゆる「健康の社会的決定因子」が、糖尿病、ぜんそく、高血圧症といった疾患のリスクに影響を与える環境的な要因と相互に関連していると、フィシェラとクィンは指摘する。

例えば、アフリカ系やラテンアメリカ系の住民の肥満率は比較的高い。その結果、これらの人々は高血圧症、糖尿病、心臓疾患、さらには慢性腎疾患のリスクも高いが、こうした疾患はすべて新型コロナウイルス感染症による合併症の危険因子である。

「このような危険因子は、構造的要因や個人が置かれている環境の影響を受けます」と、フィシェラは言う。「感染者叩きなどできるはずがありません」

黒人は検査を受けづらい?

独自に研究している科学者たちは、構造的要因とパンデミックの生じやすさとの関連づけが重要であると強調するが、この点について米国政府の反応は明確ではない。

米保健福祉省(HHS)による12年のレポートは、H1N1型インフルエンザによる合併症のせいで、民族的・人種的少数派の人々がその他の人々よりも高い割合で入院しているものの、「この種の格差が生じる原因は不明である」としている。このレポートは、医療を受けられるか、基礎疾患があるかといった事情は「格差の原因となりうる」と述べている。

HHSが12年に公開した第2のレポートによると、所得が低く少数派の住民は、H1N1型インフルエンザの予防接種を受ける機会が少なかった。というのも、インフルエンザの予防接種ができるのは、主に大手ドラッグストアチェーンが店舗内で運営する診療所や開業医だからだ。

そして今年、同じ問題が再浮上した。トランプ大統領は3月、大手ドラッグストアチェーンのCVSやウォルグリーン、スーパーマーケットのウォルマートと協力して新型コロナウイルスの感染検査を実施すると発表した。だが、デジタルメディアの「Vox」は、シカゴにおいて検査センターの大半は黒人の住民が行けない場所にあると報じている

社会的データの価値

住んでいる地域で感染症の検査や予防接種が実施されているかどうかといった社会的決定因子は、基礎疾患の潜在的な危険、個人の選択が果たす役割、感染者叩きの阻止を理解するうえで不可欠である。とはいえ、この社会的データはまず記録されないことから、NAMやHHSといった機関は健康格差の把握に向けて懸命に努力している。

「わたしたちの企業の医療データシステムに関して言えば、患者の社会的データを取り入れています。民間保険会社などから病院に支払われる医療報酬額に合わせて最適化されているのです」と、ヒラリー・プラツェックは言う。プラツェックはヘルスケア企業Clarify Health Solutionsの公衆衛生部門の上席研究員で、09年のH1N1型インフルエンザのパンデミックにおける感染状況の人種による相違も研究した。

プラツェックいわく、一般的に病院は患者に施した処置や診断、入院期間などの定量的なデータは記録するが、社会的なデータはほぼ記録しない。「それでは定量的なデータ以外の重要な要素は何もわかりません。こうした要素は人々の新型コロナウイルスへの感染リスクを高めたり、医療にアクセスできるようにしたりもします。それらは結果にも影響を及ぼすのです」


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TEXT BY SIDNEY FUSSELL

TRANSLATION BY MADOKA SUGIYAMA