トヨタがMaaSアプリを仕掛ける本当の理由

2020/5/20
「e-Palette構想」「Woven City(ウーブン・シティ)構想」──。

この数年トヨタ自動車が発信する新しいコンセプトは、自動車を作って販売するこれまでの自動車メーカーとは一線を画している。

モビリティサービスの展開から街づくりへの取り組みまで、100年に一度の大変革期を生き抜くために様々な挑戦を続けるトヨタ。そのトヨタは、従来であれば「禁じ手」とも言える鉄道事業者との協業に踏み出している。

福岡を皮切りに他地域でも運用を始めているMaaS(Mobility-as-a-Service)アプリ「my route(マイルート)」だ。

この背景について、モビリティサービス専門メディア「LIGARE」発行人の井上佳三氏に寄稿してもらった。
本記事は、次世代モビリティをテーマにした新番組「モビエボ」と連動。番組に登場するサービスの背景を、さらに深掘りしていく。
また、特設「モビリティ」タブでは、モビリティ関連情報や知っておきたい基礎知識を毎日配信中。
国内MaaS系アプリのベンチマーク的存在に
まずは、my routeがどんなアプリかを紹介しよう。
主な機能は、(1)マルチモーダルルート検索(2)予約・決済(3)店舗・イベント情報検索の3つだ。
マルチモーダルルート検索とは、鉄道やバスなどのルートが検索できるだけでなく、タクシー、レンタカー、カーシェアリング、シェアサイクル、駐車場など様々な交通モードを組み合わせて提案する機能だ。
博多駅でマイルートを使ってみるNewsPicksプロアナ奥井奈々(新番組「モビエボ」より)
一般的なルート検索では、公共交通を使う場合とクルマだけを使う場合が分けて表示されることが多い。my routeではカーシェアやシェアサイクルのポート、駐車場の場所まで1つのアプリで表示されるのが特徴だ。
今では、国内でMaaS系アプリを開発する際には、my routeが一つのベンチマークになるほど、注目を集めている。
カギは街づくり
しかし、my routeの本質は別のところにある。カギとなるのは街づくりだ。
2018年にmy routeの実証実験を行う際、トヨタは国内の1700都市における公共交通の分担率や昼夜間の需要データなど、様々なデータ分析を実施。
最初に選んだ都市が福岡だ。福岡は大都市でありながら、バスやマイカーなど自動車への依存度か高いという特徴がある。また、国家戦略特区に指定されており、新しいものにチャレンジする気風がある。
その特殊性からか、自転車シェアリングのメルチャリ(現チャリチャリ)、タクシー配車サービス「DiDi」など、モビリティまわりでも、福岡で最初にサービスを始めるものが多い。
その福岡で、トヨタがパートナーとして手を組んだのは、日本最大級のバス車両台数を保有する西日本鉄道(西鉄)だ。
「トヨタが鉄道と手を組んでMaaSを始める」
当初はここに特に注目が集まった。しかし、もっと着目すべきなのは、移動や交通というだけでなく、街づくりを意識した取り組みが多いことだ。
「福岡の街をどう活性化するかという課題に取り組んでいる中で、トヨタさんからお声がけいただいた。正直なところ、最初は驚きました」
こう話すのは、my routeを担当する西鉄まちづくり推進部課長の緒方伸州だ。緒方の課は、商業施設のテナント開拓やイベントなどを扱う。
my routeは交通関連の情報だけでなく、JTBパブリッシングの「るるぶ」と提携しており、商業施設やイベント情報なども表示される。
4割が「街への興味が高まった」
移動の質を向上させ、街のにぎわいを創出する。それがmy routeの本当に達成したい最終目標だとするなら、交通モードの統合はあくまで一つの手段でしかない。
住む人や訪れる人に対して、どのような情報提供を行えば移動の質を向上でき、行動変容を促すことができるのか、そのノウハウを蓄積する取り組みも必要になる。
ここでmy routeの利用者アンケートの結果を見ると、5割を超えるユーザーが「いつもとは違うルート/普段利用しない移動手段を使った」と回答した。
また、約4割のユーザーが「街への興味・関心がより高まった」と、約2割のユーザーが「行ってみたいお店・場所が増えた」と回答した。my routeの利用で回遊性が高まり、移動の目的が生まれたことが示される結果となっている。
2019年1⽉、トヨタ自動車がマイールートユーザーに対してアンケートを実施。有効回答数 423
移動の目的を生むためには、店舗やイベントの情報など、ユーザーそれぞれに合った情報発信などが重要だ。
そして、目的地までストレスフリーに移動できる交通サービスの提供と、それらを一括で予約・決済できるMaaSアプリ、これらが全て効果的に組み合わされることで、初めてユーザーの行動変容が起き、その結果地域の賑わいや経済の活性化につながる。 my routeの挑戦は、これからの街づくりを考える上で重要なテーマと言えよう。
運営をトヨタファイナンシャルサービス(トヨタ金融子会社)に移管
そのmy routeの運営が、4月1日からグループ内の自動車販売金融サービスなどを統括する、トヨタファイナンシャルサービス(TFS)へと移管した。
TFSは、MaaSアプリの世界的な先駆けである「Whim(ウィム)」を開発したフィンランドのMaaS Global社への2017年にいち早く出資。最近ではクルマのサブスクリプションで有名なモビリティサービスブランドの「KINTO」をグローバルに展開したりと、意欲的な挑戦を続けている。トヨタの「モビリティカンパニー化」を牽引する存在になっている。
危機の時こそ仕込み時。トヨタ「KINTO」の葛藤と覚悟
my routeでは、決済サービスであるTOYOTA Walletとの連携もすでに始まっている。TFSが運営を担うことで、金融・決済まで組み込む体制を構築できた。今後、いかに付加価値を確立していくかが注目される。
スマートシティ構想から見たmy route
MaaSを語る上で相関性が高いとされるのがスマートシティ構想だ。
トヨタは、今年1月にWoven City構想を発表し、街づくりに取り組むことを表明した。また、今年3月に発表したトヨタとNTTの業務提携は記憶に新しいところだろう。その提携の中心にあったのも、やはりスマートシティ事業だった。
トヨタ自動車が発表したWoven Cityのイメージ図(トヨタ自動車提供)
MaaSとスマートシティ構想が組み合わされることで何が生まれるのか。
例えば、ある街にMaaSを導入しようとした場合、地理的な特徴や既存のインフラ、あるいは交通事業者のビジネススキームの違いなど、都市によって条件は異なる。おのおののビジネス構造を理解した上で、地域のニーズに合ったサービスを構築していかなければならない。
そのためには事前調査や現地でのヒアリング、複数回の実証実験やその後の検証などを経てようやくサービスを実装するといった、数年越しの取り組みとなることが多い。もちろんその取り組み自体は必要不可欠だが、地方の移動課題解決を命題とする場合、労働力不足や高齢化などの社会課題もあり、時間的猶予が十分にあるとは言えない。
地域のニーズに合った人中心のリアルなサービス開発と、データを活用した高度なシミュレーションを両立させ、より進化した付加価値の高いサービスの提供が可能になる。ここに、MaaSとスマートシティを組み合わせるメリットがある。
my routeのようなMaaSアプリは、この重要なデータを収集する役目を果たせる可能性がある。複数の交通サービスから取得する移動データのほかにも、予約・決済や店舗・イベント情報の発信といった機能を有し、幅広いユーザーとデジタル上で接点を持つことができるからだ。
この領域で忘れてはならないプレーヤーがGoogleの存在だ。ユーザーとのデジタルの接点、地図情報の両方を押さえており、最強のプレーヤーだろう。
実際、Googleを傘下に持つアルファベットはカナダのトロントの再開発を受託しSidewalk Labsというスマートシティ構想に取り組んできていた。
iStock/R.M. Nunes
しかし、このコロナの影響で撤退を表明した。撤退表明を行ったが、このプロジェクトで得たノウハウを活用し、彼らのサービスがより進化するだろう。Google Mapの機能拡張など、確実に変化の兆しは表れている。
結局はGoogleがスマートシティにおいてもプラットフォームを支配してしまうのではないかという危機感は、トヨタの中にもあるのかもしれない。
だからこそ、今後、my routeのサービスから得られるリアルなデータは、トヨタが築くスマートシティに重要な存在となり、このデータの取り扱い方も、GAFAとトヨタ・NTT連合との大きな違いになってくるはずだ。その都市に住む人や訪れる人を、より豊かにするためにこそ、こういった情報は利用されるべきだ。
「アフターコロナ」に求められるモビリティ
新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るい、私たちは移動が大きく制限された状況にある。そして、人の移動の概念そのものにも影響を及ぼした。自動車業界や交通事業者などへのインパクトは計り知れない規模となっている。
一方でこの災禍は、人とモビリティの接点がよりデジタルへと移行するきっかけになる可能性もある。
「アフターコロナ」を踏まえると、街の中の移動に関する情報や、混雑状況などの見える化、テレワークの活用を踏まえた働き方の変化に対応した移動とサービスとの融合、さらには宅配やサービスのオンデマンド化まで加速するだろう。
iStock/svetikd
一方でマイカーによる移動のニーズも高まるなど、感染拡大前の世界に比べ求められるものがより多様化・複雑化している印象を受ける。
例えば、stay homeを前提とした上で、「3密」状態を避けるような移動ルートの提案や、時差出勤時・交通ダイヤ減便時の混雑予測など、移動し続けなければならない人たちへの貴重な情報源としての役割に期待したい。
東日本大震災の時、災害支援に向かうクルマを被災地まで安全に届けた「通れた道マップ」の提供は記憶に新しい。難局にこそ求められるサービスを見極め、発信することで付加価値の高いサービスを確立する糸口が見つかる可能性がある。
世界は刻々と動き続け、状況によって求められる情報の内容も、移動の手段も変わる。その時々に応じて、1つの統合したサービスでそのニーズに応えていくことが、これからのモビリティサービスに必ず求められる。
トヨタ自動車が掲げるモビリティカンパニーへの変革が実現するか否かは、人とクルマの新たな関係の進展が大きな鍵を握っているのかもしれない。 
(執筆:井上佳三、編集:久川桃子、デザイン:月森恭助)