【根性×科学】多くのリーダーは「感情」を過小評価している

2020/5/26
かつて美徳とされた「根性」は、今やもっとも敬遠されるものとなった。果たして「根性」は不要なのか。新しい形に進化させることはできないのか。最先端の技術が示す「新・根性」の可能性にスポーツジャーナリスト・木崎伸也氏が迫っていく連載第3回目。欧州サッカー界で活躍する日本人指導者が見たトップレベルの科学と根性。

ヨーロッパにもある「根性」

根性という言葉が持つニュアンスは、日本文化をよく知る者にしかわからないだろう。しかし当然ながら、「困難に屈しない精神」は日本の専売特許ではない。
それを表す言葉はヨーロッパにも存在する。
たとえばドイツサッカーにおける「Tugend」(美徳)。
決闘を恐れず、勝負を諦めず、走り続ける彼らの武器を、ドイツ人は“美徳”と表現する。直訳するとニュアンスが伝わらないため日本では「ゲルマン魂」と意訳され、ドイツサッカーの代名詞になった。
彼らが“美徳”と言い切るには根拠がある。
ドイツ代表はとにかく国際大会に強いのだ。W杯では優勝4回、準優勝4回。欧州選手権では優勝3回、準優勝3回。
元イングランド代表のリネカーは、皮肉をこめてこんな名言を残した。
「サッカーはわかりやすい。22人が90分間ボールを追いかけ、最後にドイツが勝つ」
スペインサッカーで使われるのは「cojones」(睾丸)という俗語だ。
「彼は肝っ玉が据わっている」というときに、「el tiene cojones」(彼は睾丸を持っている)と表現する。
まさにこの言葉が似合うのが、欧州一の守備力を誇るスペインのアトレティコ・デ・マドリーだ。
昨年2月、アトレティコがCL決勝トーナメント第1レグでユベントスに勝利した試合でのこと。
先制点が決まった後、アトレティコのシメオネ監督は勝利の雄叫びをあげながら、股間の上に両手で輪をつくった。
「cojones」(睾丸)を強調したのである。
サッカーメディアのgoal.com日本版は「股間を示した“根性”パフォーマンス」と見出しをつけた。

日本式「根性」と欧州式「根性」の違い

根性のような精神論は、ヨーロッパサッカー界にも存在する。
だが、誤解してはいけないのは、彼らはそれだけに頼っているわけではないということだ。メンタルコーチや心理学者から知恵を借り、実に科学的なアプローチを行なっている。
ドイツ代表のターニングポイントとなったのは、2004年、元ドイツ代表のクリンスマンの監督就任だった。
トッププレイヤーとして活躍したのち、クリンスマン(写真右)はドイツ代表を率い、W杯では3位の成績を収めた。
アメリカ在住のクリンスマンは改革を進め、初めてドイツ代表にメンタルコーチ(ハンス・ディーター・ハーマン)を導入した。クリンスマン退任後もハーマンはチームに残り、2014年W杯優勝の立役者の1人になった。
エースのクローゼが事実無根の妻の浮気報道に悩まされているとき、ハーマンはこんなアドバイスを送った。
「頭の中に架空の駐車場をつくり、どうしても気になってしまう思考があったら、そこに一旦パーキングしておこう。あとで考えればいいとなれば、他のことに集中できるようになるから」
こういう心理学的アプローチをヨーロッパの舞台で経験し、自ら実践している日本人指導者がいる。

世界で活躍する日本人指導者が見た「根性」

ベルギー1部・シントトロイデンのセカンドチームでコーチを務める白石尚久だ。
一言で言えば、白石は「欧州4大リーグ初の日本人監督に最も近い存在」だ。
白石はバルセロナのスクールコーチで指導者としてのキャリアをスタートさせ、続いてスペイン女子1部・サンガブリエルの監督に就任。
スペイン男子4部のエウロパでコーチを務め、2試合暫定で監督を任された。
2017年3月から本田圭佑の個人分析官として、ACミラン(イタリア)やパチューカ(メキシコ)で名門クラブを経験。2018年7月にオランダ1部のエクセルシオールのコーチに就任し、2019年夏からシントトロイデンに所属している。
パチューカに所属した本田圭佑をサポートしていたときの白石氏。
スペイン語、英語、フランス語を流暢に操り、今年中に欧州最上位の指導者ライセンスであるUEFAプロを取得する予定だ。
白石がメンタルコーチの力を初めて借りたのは、女子1部・サンガブリエル時代だった。
監督である白石も選手たちも全力で練習に取り組んでいるのに、なぜか結果が出ない。開幕からなかなか勝てず、18チーム中16位に低迷。選手から不満が漏れ始めた。
このままでは空中分解しかねない。
白石の頭に浮かんだのは、受講した指導者ライセンスの講師に相談することだった。
【チーム力】“メンタリティ・モンスター”世界一リバプールの秘密
その講師とは、当時バルセロナのアカデミーでメンタルコーチを務めていたフリオ・フィゲロア。現在プレミアリーグのウルヴァーハンプトンでヌーノ監督の右腕になっているスポーツ心理学のスペシャリストだ。
フィゲロアは白石にこうアドバイスした。
「全員を従わせようと思わない方がいい。監督についてこない選手は10〜15%必ずいる。逆に監督に無条件で従う選手が10〜20%いる。
それ以外は周りを見て従うかを決める“日和見”。まずは誰がどこに属するかを見極めよう。私はこれを『市場調査』と呼んでいる」
次のステップとして、フィゲロアはアンケートを提案した。
「GK&DF、MF、FWの3つのグループに分け、それぞれに対し『自分たちは何をできていて、何を改善すべきか?』と『他のポジションのグループは何をできていて、何を改善すべきか?』をアンケート形式で提出させよう。チーム内のズレが浮かび上がってくるはずだ」
フィゲロアの予想は的中した。
ポジションごとに意見が食い違っていたのだ。
たとえば、自陣でパスをつなげないことに対し、DFたちは「MFとの相互の戦術理解ができておらず、パスの出しところがない。もっと早く敵陣にボールを運びたい」と答え、MFたちは「DFは早く敵陣にボールを運びたいからロングボールが多く、ロストボールになりやすい。もっとポゼッションでゲームをコントロールするべき」と答えた。
アンケートを受け、白石はポジションごとにミーティングを開き、ズレをつなぎ合わせた。
チームが1つになり始め、11月中旬から翌年3月まで無敗をキープ。女王杯でベスト8という好成績を残した。
日本随一の「テクノロジー」サッカークラブが注目した遺伝子

名将が頼ったホアキン・バルデスという男

白石はこう振り返る。
「メンタルコーチの中には当たり障りのないことしか言わない人もいますが、フィゲロアさんは違った。優れたメンタルコーチは、問題を見つけ出す方法論と、それを解決する方法論を持っているんです」
サッカー界では専門化が急速に進んでおり、もはや監督1人でなんでもやる時代ではない。メンタルコーチをいかにうまく使うかが、名将の条件の1つになってきた。
2015年にバルセロナで三冠(リーグ制覇、国王杯優勝、CL優勝)を達成したルイス・エンリケ監督(現スペイン代表監督)が代表例だ。
心理学者のホアキン・バルデス(現スペイン代表メンタルコーチ)をブレーンとして重用している。
バルデスは選手のサポートに加え、監督のサポートに多くの時間を割くのが特徴。
ロッカールームのスピーチや記者会見など、監督のあらゆる活動を観察し、監督にフィードバックする。
白石は本田圭佑の個人分析官時代、パチューカのメキシコ人やスペイン人のスタッフとの人間関係に悩んでいた。そのとき相談したのがバルデスだった。白石はルイス・エンリケのコーチと家族ぐるみで付き合いがあり、バルデスのこともよく知っていたからだ。
バルデスとの面談で教えられたのは、「ヤーキーズ・ドットソンの法則」を使った自己分析だった。
(※ヤーキーズ・ドットソンの法則はこちら↓
【集中力】どんな音楽を聴けばパフォーマンスが上がるのか
「ヤーキーズ・ドットソンの法則」とは、感じているストレスを横軸、そのときに発揮されるパフォーマンスを縦軸に取ると、両者の相関は70%あたりを頂点にした山型の曲線で表せるという理論だ。
ストレスが強すぎても弱すぎてもダメで、ちょうどいい緊張感のときに最もパフォーマンスが高くなるという考えである。
バルデスは面談で言った。
「今日から4週間、朝起きたときのストレスと、その日の仕事のパフォーマンスを、10段階で評価し、グラフにプロットしてみなさい。
同時に何があったかも記入しよう。そうすると、自分がどういうストレスを抱えているときに、どんなパフォーマンスになるがわかってくる。自分を知れば、必ず解決策が見えてくる」
毎日グラフに点を打っていくうちに、白石は自分でコントロールできる範囲と、できない範囲を切り分けて考えられるようになった。
オランダ、エクセルシオール時代の白石氏。
「ストレスの針が右に振れたとしても、自分でコントコールできない要因だから焦る必要はないと考え、無駄に悩まなくなった。メンタルを安定したところに持っていけるようになりました」

「やる気」を科学する欧州スポーツ

現在、白石はシトトロイデンで指導をする傍ら、UEFAプロの講座を受けている。
その講座にもスポーツ心理学の授業があった。
「バルセロナのハンドボール部門を欧州王者に導いたチェスコ・エスパールが講師でした。彼は監督からメンタルコーチに転身した異色の経歴。彼が強調したのは『パフォーマンス=才能×感情』という理論でした。多くの監督が感情を過小評価していると」
エスパールがいう感情とは、日本でいうところの「やる気」に近い。
どうしたらやる気を上昇させられるのか?
「エスパールは『タスクの明確化』が鍵だと。各場面で何をすればいいかが明確でないと、結果が出なくなったときにみんなの行動がバラバラになるからです。いわゆるプレーモデルを監督がきちんと構築できているかにかかっています」
プレーモデルとは、サッカーの4局面(攻撃、守備、攻から守の切り替え、守から攻の切り替え)ごとに、優先すべきプレーを書いた行動指針だ。
プレーモデルが漠然としていると、連敗などの不調時にそれぞれが良かれと思って独断で行動し始め、さらに混乱に陥る。
「そういうときにやりがちなのが、監督がロッカールームで怒鳴り散らして、もう1回、選手に気合いを入れ直すこと。短期的に士気は上がるかもしれませんが、長期的には限界がある。
毎日、気合いだ、根性入れろと言っていると、選手たちは『いやいやそんなことより問題の解決策を出せよ』となる。タスクが明確でないと、選手は頑張りようがありません。アトレティコの選手が最後まで体を張れるのは、シメオネ監督の闘争心に加え、やるべきことがはっきりしているからです」
「困難に屈しない精神」が必要であることは疑いの余地がないが、その運用を勘に頼る時代は終わりつつある。
精神論をサポートする科学が必要だ。
“新根性論”を実践するためには、テクノロジーやフィジカルの専門家のサポートだけでなく、メンタルの専門家によるサポートも不可欠だ。
(執筆:木崎伸也、編集:黒田俊、写真:木崎伸也、GettyImage、デザイン:松嶋こよみ)