「モビリティ」のAmazon?移動の常識を変えるMaaSベンチャー

2020/5/14
 穏やかな海に面し、豊かな島々を内包する瀬戸内エリア。そんな瀬戸内の海上で、MaaS(Mobility as a Service)の実証実験が行われているのをご存じだろうか。

 その実験を行うのは、東大発のベンチャー企業scheme verge(スキームヴァージ)だ。瀬戸内エリアを皮切りに、移動の常識を変え、日本の都市の形まで進化させようとしている。

 なぜ瀬戸内なのか?アフターコロナの時代の「移動」は、どう変わるのか?嶂南達貴CEOが語る。

 本連載は、次世代モビリティをテーマにした新番組「モビエボ」と連動。番組に登場するイノベーターの取り組みやビジョンを、さらに深掘りしていく。
目的は“交通の最適化”じゃない
── scheme vergeは、都市のイノベーションを進める東大発のベンチャー企業ですよね。東京ではなく瀬戸内エリアで活動していると聞いて驚いたのですが、どんなことをしているのですか?
 まず、scheme vergeの説明からさせてください。
 私たちは、MaaSのデータを使った都市開発の実現をミッションに掲げている会社で、2018年に創業したベンチャー企業です。昨年、そのミッションの第一歩として、瀬戸内エリアの「アート鑑賞旅」に特化した旅程作成アプリ「Horai」をローンチし、提供してきました。
 このエリアは、瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)の開催地。期間中は200近くのアートスポットが現れるのですが、海に囲まれ離島が多い土地柄、巡るのがとても大変なんです。
 一般的な観光客は、慣れないフェリーを駆使して旅程を組む必要がありますし、混雑時には交通事業者側の人手や車両が足りず、観光客とモビリティの需給バランスが崩れている問題もありました。
 そこで開発したのがHorai。このアプリを使えば、自分が行きたいアートスポットを選ぶだけで、AIが自動で最適な旅程を作成してくれます。鉄道から飛行機、フェリーや海上タクシーなどのあらゆる移動手段を駆使し、陸・海・空を横断して組み合わせるのです。
Horaiのスクリーンショット。行きたい場所の写真を選び、日程を入力するだけで、最適な旅程が作成される。
 HoraiはいわゆるMaaSの1つです。ただ、多くのMaaSは実は交通事業者目線で、運行本数や経路の効率化を目指しています。一方Horaiの特徴は、ユーザー個人が理想とする旅の実現を目指していること。交通機関の効率化は、あくまでもその手段なのです。
 だからこそHoraiは、ユーザーの需要に対応した旅程提案はもちろん、ユーザーの行動にもとづいたレコメンデーション機能を付けるなど、個人が主体で利用できるサービスに育てていきたいと考えています。
Horaiのビジネスモデル。Horaiが複数の交通・観光事業者を結ぶハブとしての役割を果たしている。制作:図解総研
目指すはモビリティのAmazon?
── Horaiを、これからどのようにアップデートしていくのでしょうか?
 交通事業者との連携を強化し、より最適な旅程を提案していきます。今も複数の交通事業者から、時刻表データや乗車状況のデータを提供いただいていますが、より多様なデータを活用できれば、旅程提案の精度も上がりますから。
 ですが、それだけでは足りないと思っていて。たとえばAmazonが、単なるおすすめ商品の“紹介サイト”だったら、ここまで大きなサービスにはなっていないですよね。
 なぜAmazonにこれほどの需要があるか。それは、実際に「モノが届く」から。大量の品揃えを実現し、倉庫や物流の仕組みを整え、各地の輸送事業者と提携したからこそ、社会インフラにまで発展したのです。
Getty Images/DarioEgidi
 私たちも、オンライン上の旅程作成サービスにとどまるつもりはありません。目指しているのは、実際にモノが「届けられる」ように、人が行きたい場所に、煩雑な予約や下調べ無しに「運ばれる」世界観です。
 瀬戸芸開催中の混雑時でも、旅程通りに海上タクシーが来る。海が荒れて船が遅れているなら、代わりの移動手段が自動で手配される。そんなイメージです。
── とはいえ混雑時でもストレスなく移動できるようにするには、海上タクシーの数や人員を増やす必要も出てきますね。オペレーションの最適化は、なかなかハードルが高そうです。
 それはその通りで、だからこそデータ分析に注力しています。「この人は、このルートでこの場所に行って、何時間滞在した」といったデータが蓄積されれば、より正確なユーザー行動の予測が可能になる。
 こういった情報は、船の数や人手を調整するための判断材料になります。需給バランスを正すためにも、データ分析は喫緊の課題ですね。
小豆島にとまる高速艇。(撮影:金井明日香)
「お風呂カー構想」から始まった
── そもそもHoraiのアイディアは、どこから生まれたのでしょうか?
 大学生の時から、交通技術や都市デザインの研究をしていました。ですが最初からHoraiのアイディアを確立できていたわけではありません。
 学生の頃に構想していたのは、移動式の銭湯を車に載せて運ぶ「お風呂カー」だったんです。朝寝坊してシャワーが浴びられなかった時に、移動しながらお風呂に入れたら良いな、と思いついて。
 ですがやってみると、すごく難しい。お湯を持ってくるところから排水まで、設備を整えるハードルがものすごく高い。そう考えると、乗り物に何でもかんでも載せる必要はないのでは、と発想を改めるようになりました。
長崎五島列島を視察’(新番組「モビエボ」より)
 その頃ちょうど旅行で小豆島を訪れ、現地の人と瀬戸芸の話をする中で、「展示場所が変わるアート作品」の話を聞きました。「あの作品は、別の場所からこっちに移ってきた」というように。
 そこで、「展示場所が変わるアート作品」と「お風呂カー」の構想が、結びつきました。
「人を導きやすい場所を割り出して、そこに設備を作る」もしくは、「設備がある場所に、適切に人を導く」という2点が実現できれば、「お風呂カー」のように設備自体を移動させなくても、移動のあり方を大きく変えられるのでは、と。
 Amazonの例で挙げたように物流の世界では、交通機関や輸送機関、倉庫の拠点がデータドリブンにつながっていて、効率的にモノが運ばれる仕組みができています。
 同様に“人の流れ”のサプライチェーンを構築できれば、最適な方法で人を目的地まで移動させられるのではないか。そう考え始めたのが、Horaiの構想につながっています。
Getty Images/metamorworks
「実用化」という言葉はおかしい
── 大学で研究を続ける道もあったはず。なぜ起業の道を選んだのですか?
 もともとscheme vergeは、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)自動走行システム」に関わった、学生や若手研究者で作った会社です。AI専攻から文化人類学専攻、数学オリンピックのファイナリストまで、ユニークなメンバーが集まっています。
 最初は有志の学生の研究会から始まり、自動運転などの最新技術が、都市開発にどう影響するか、リサーチしていました。
 ですが、やはり研究会では机上の空論で終わってしまう。本当の意味で結果を知りたいなら、実運用の中で生まれる課題を検証して確かめていくしかないと気づいたのです。
Getty Images/Jirapong Manustrong
 よくある産学連携は、まず研究があって、実用化の道はないか?という順序で進みます。ですが私はそもそも、「実用化」という言葉自体に、疑問を持っていて。
 実用で出てくる課題を、実用で得られるデータで解決する。これが技術を社会に還元するために、本来とるべきプロセスだと考えています。
── なるほど。起業する選択をした上で、観光というアプローチを選んだのはなぜですか?
「観光」は易経の「国の光を観る」という言葉から来ています。観光とは国の光、つまりその国や地域の良いところを作り、見に来てもらうこと。そう考えれば、観光と街作りは本質的には同じだと思うんです。
 私は東京都出身で、関東地域のアートプロジェクト運営や、民泊の運営に携わっていた時期がありました。その時に感じたのは、地域の魅力は、その土地の人が持つ愛着や思い入れで決まるということ。
 魅力あふれる地域が国内に分散していて、それぞれが経済的に機能し、グローバルにもインパクトを持っている。そんな街作りを日本で進めていきたいと、考えるようになりました。
 街作りの素晴らしい活動家にも、たくさん会いました。ですが補助金頼りにならざるを得ず、持続性の面で頓挫してしまうケースも少なくないと気づきました。
GettyImages/Illust Design’s Lab
 そこで考え始めたのは、街作りに必要なのは、収益を出しながら地域のコンテンツに愛着を持ち続けられる「仕組みを作ること」ではないか、ということ。
 Horaiのように、モビリティという手段を通じて、地域コンテンツの提供側と消費者側を結びつけるシステムを、各都市にプラットフォームとして実装していく。
 そうすることで、持続的で魅力ある街作りの基盤を作れると考えました。その入り口として、「観光」にたどり着いたのです。
コロナで問われる移動の真価
── アフターコロナの時代には、「移動」の概念はどう変わると考えますか?
 私たちも今リモートワークで稼働していますが、物理的な移動がなくなり営業活動は効率的になった一方で、ベンチャー企業のチームビルディングという観点では難しいと感じています。同じ釜の飯を食ってビジョンを語り、新規事業をつくりあげるのは、やはり対面でないと成り立たないからです。
 移動にリスクが伴う分、自ら望む移動と、そうでない移動の差が、浮き彫りになってきていると感じます。
 個人にとって必要な移動に絞り、そこに集中して社会のリソースが割かれている。これからの時代の移動は、そんな風に変わっていくべきだと考えています。
長崎五島列島でサービスについて説明する(新番組「モビエボ」より)
── そんな時代を、scheme vergeはどのように生き抜いていくのでしょうか?
 アフターコロナで変わる概念は、もちろん移動だけではないはずです。
 たとえば、コロナの影響で都心に出かけなくなったおかげで、テイクアウトを探して地元の美味しい店を発見したといった声も、SNS上には結構上がっているんですよ。
 大学の授業もオンラインが導入され始めており、そもそもキャンパスを都心に集中させる必要があるのか?という議論も起こってくるはず。
「都心に人が集まる」という常識が、「近所で完結する暮らしも悪くない」という考えに、変わりつつある。場所にひもづくコミュニティ作りが、より進むのではと思うのです。
GettyImages/gong hangxu
 そんなコミュニティを受容できるよう、不動産、ひいては動産もが対応する時代になれば、様々なプラットフォームと連動するHoraiが持つデータは大いに活用できるでしょう。データに基づいた、人間中心の街作りがスタンダードになる未来が、近づいた気さえしています。
 たしかにコロナショックは、観光業界やモビリティ業界に大きな打撃を与えています。瀬戸内で連携している事業者の方々も、非常に厳しい状況に耐えています。
 ですが、都市のあり方のパラダイムシフトを起こすきっかけにもなりうると、前向きに捉えていきたい。私たちもモビリティという手段を通して、より魅力的な街作りに貢献できるよう、力をつけていきたいと思っています。
(聞き手:呉琢磨 編集:金井明日香、構成:柴田祐希、冒頭バナーとプロフィール写真:小池大介、デザイン:月森恭助)