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NewsPicksの議論を読んでいても、教育力の議論と定義、そしてベストプラクティスの共有が容易になるという点で、まさにオンライン教育化のメリットが出てきていますね。

あまり報じられませんが、小中学生向けのオンライン教育化の取組「GIGAスクール構想」が加速しています!3年の計画を年度内に達成する!と息巻いており、ホームページにおける教育関係者への周知や案内に係る更新が怒涛のスピードで行われています。事務方の活況な取組が垣間見えますね。
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm

こういった智の最先端の大学における議論については、小中学生の教育環境向上にも大いに役立つと思います。たしかに「GIGAスクールでPCとオンライン教育環境を整備しても教師はついてこれない」など、実現に向けた課題は山積しますが、アイディアがあっても試せない、試せないからアイディアがブラッシュアップされてこない、など環境があるからこそ中身の検討が良くなります。将来の日本を作る一番大事な取組、是非議論を加速させていきたいですね。
「それは「オンライン授業が普通になると、一般教養科目など大学ごとの開講に意味がなくなるのではないか」「大規模公開オンライン講義(MOOC)や、放送大学など通信制大学の科目で十分だとならないか」ということだ。」

あくまでも私見です。一部はYes、一部はNoだと思います。ただ、それは「教科書という書籍があるのだからそれを使って自習すれば授業は必要ないのではないか」というのと同じ。むしろ、オンラインやデジタルの教育が出回るほど「ライブ」の価値は相対的に上がると感じています。また、「ライブ」に参加する他の人との一体感なども別の価値。オンラインで学べるものはオンラインで学ぶといいです。現場の教員はその先のことだけを気にすれば良いから。

大学の価値は授業・講義「だけではなく」、人が集う場の提供こそが価値だと思っています。すなわち、ライブを行う器の提供。
でしょうねぇ 標準的な内容の基礎科目は、上手なセンセイのビデオと個別の質問に答える多くのTAさんで行けると思いますねぇ
ルイ・マル監督1960年の作品「地下鉄のザジ」に、20年もすれば学校はなくなる、映画やテレビに取って代わられる、というセリフが登場する。60年たっても実現はしていない。だがコロナは否応なくオンライン教育を普及させ、いよいよ取って代わられることがリアリティーを帯びてきた。
従来型の講義=コンテンツは、良い作品がネットに数個あればよい。世界の優良な講義にアクセスできればいい。学校の役割は、コンテンツから、コミュニティ+コミュニケーションへと移る。教員・学生が論議し、制作するものになっていく。
iUは授業をやりません、と学校説明会でぼくが話しているのは、いわゆる授業=従来型の講義はオンラインで見ておけば良いという意味で、それをもとにキャンパスではコミュニティ+コミュニケーションをガッツリやります。ただ、今のところ後者もオンラインを余儀なくされていて、それでもなんとかできている。地下鉄のザジが言うように、いよいよリアルな学校=キャンパスの意味が問われる状況です。
学校は年齢が上がれば上がるほどオンラインだけでも問題なくなる。大学とかは特にリアルの意味を問われまくる。正直、勉強に置いては意味はないと思う。そうなるともちろん評判の先生に集中して所得の格差も広がる。人気の先生はアシスタントを複数人個人で雇ってグループディスカッションや個別生徒へのフィードバックの生産性を高めていく。

この競争は国内だけでなく全世界に広がる。AI翻訳が進化すると更に。オンライン時代の教え方の発明も必要。こうした新しい環境に適応できずに窓際に追いやられる先生はすごく増えることになるだろうな。生徒にとっては良いことだらけだけど。
オンラインになったら、物理的に同じ教室にいなきゃいけない障壁が取り除かれるから、東進みたいに各教科で最もイケてる教授の授業をみんなで見れるようになる。

あとは、大学で言えば、クラス内での議論とか必要だろうから、小規模で議論できる場と、大学外との連携の場とか、場として価値があるものを付け加えて、

小学とか中学とかは、生徒同士の関わりとか自然との関わりとかどうしてもリアルでしかできないところを補完して、

中高だと、部活をどうするか。

いずれにしろ、大戦国時代。