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あの岡本行夫さんがコロナで急逝された。とても信じられない気持ちです。結婚式のスピーチもして頂いた。外務省の後輩ということで、政治家になってからも温かくご指導くださいました。自分が政治家になって初めての地元大阪でのパーティのセミナーでも多忙を押して講演にきて下さったり本当に温かいというか熱い方だった。

「なぜ外務省第一線の北米一課長をやったのに辞めるの、もったいない。」と言われた時代に「自分は人生でやってみたいことが沢山あるんだ。」と惜しげもなく転身され、官僚とは真逆の起業で成功、さらに、総理補佐官、外交評論家として活躍されました。趣味のヨットも半端ありませんでした。

 深い見識と行動力で日米同盟を強化した方という印象が強いですが、人間としても本当に格好良かった(ご存知の方は多分みな同意されると思いますが)。
 コロナ入院で数日で容体が急変して1週間で亡くなられたとのこと。コロナの恐ろしさを改めて感じます。日本もこれから出口戦略という中でコロナに岡本さんを持っていかれるとは痛恨の極みです。心からご冥福をお祈り申し上げます。
岡本行夫氏は日米関係において巨人(主要な人物)の中でも際立っており、長年に渡りその見識を我々に寛容に示してくれました。この非常に悲しい知らせを聞き、我々はみんな、この新型コロナウィルスにより何かを失ってしまったと思い知る。岡本氏は私たちに未来に目を向けてほしいと願っていることだろうが、今は心より哀悼の意を表したい。
大学生だった1997年に日米の学生60名で普天間基地を訪問し、その前後に岡本行夫さんのお話を長時間伺いました。

大学生だった当時の私は、岡本さんの話を伺えば伺うほどに、一生かかっても解けない問題を解き続けようとしておられるような気がして途方に暮れた記憶が残っています。その当時のことは、職に就き、合意の見込みがない貿易交渉に参画している時に何度も思いだしました。(それから15年経った今も、その貿易交渉は妥結していません。)

解けそうな課題を解こうする起業家(だから、起業にはタイミングが重要だと言われます)とは全く違う世界を、岡本さんはずっと見つめてこられたのだと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。
悲しいニュースが続きますね。岡本行夫さんは、外務省の北米第一課長などを歴任したあと、外交評論家としての活躍とともに、国際社会で活躍する人材養成にも力を入れてました。日本の大学生がグローバル的なマインドを持つための様々なカリキュラムやシンポジウムなども考案していた岡本行夫さん…日本の未来がもっともっと世界と繋がることを願っていたと思います。ご冥福をお祈りします。
岡本行夫さんが新型コロナウイルスに感染して亡くなったとのこと。まだまだお元気だったのに…。大変残念。安らかにお休みください。
「岡本行夫 現場主義を貫いた外交官」という本をおすすめします。1990年代の冷戦崩壊後の日本外交を知る上での良書です。

外交コンサルタントという、日本ではとても珍しい仕事をされていました。
これは衝撃です。湾岸危機の時の北米一課長で、憲法と国際貢献の狭間で悩みに悩まれた経験から退官独立されました。その直後に事務所に取材に訪れました。当時は佐藤陽子さんの元夫としての方が有名だったように思いますが、その後の活躍はご存知の通りです。良識、博識、常識のすべてを備えた人物で、人間的にも尊敬していました。今年1月、ホテルの新年会でお会いしたのが最後でした。「トランプさんは困ったものですね」と笑いながら話されていました。日本にとってとても大切な人を亡くしました。残念至極です。合掌。
ご冥福をお祈りいたします。とても残念です。私が最初にお話をさせていただいたのは、岡本さんが課長のときでまだ40台半ば前。学部ゼミの先生のご友人で研究所にいらっしゃいました。明晰な言葉に圧倒されました(私は大学3年でした)。
岡本行夫さんのご逝去のニュースに接して、とても悲しい思いで一杯です。岡本さんは朝鮮半島問題でも活発に発言をしてこられました。極端な北朝鮮崩壊論とは距離をおき、日本の国益を踏まえた冷静かつ的確な発言をされてこられたのが印象に残っています。1月、国内の通信社の新年の互礼会でお会いしたのが最後になりました。そのとき北朝鮮問題、日朝関係についてご意見をお聞きする機会がありました。保守だけど穏健、大胆だけれど冷静な姿勢は一貫しておられました。心よりご冥福をお祈りいたします。
先月下旬に亡くなっていたとのこと。ご冥福を御祈りします。