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"たとえば、凍った路面を運転していて、スリップしたときに、ほとんどの人が直感的にブレーキを強く踏むでしょう。
なぜ、ブレーキを踏んでしまうのか?それは、ブレーキを踏むことで、また「コントロールが可能になる」と感じるからです。なぜ、そう感じるかというと、「未来がどうなるか」を分かった気持ちになれるからです。
「ブレーキを踏んだら、車は止まり、大丈夫なはずだ」と。
だけど、そんなことは、その瞬間のあらゆる変数を制御できないかぎりあり得ません。そもそも、凍った路面でブレーキを踏むことは、一番のリスクです。"

とても分かりやすい例え話だと思いました。

確かに今は、刻一刻と変化する状況を見極めながらその時どきにベストな意思決定をし続け、「走りながら考える」必要があると思います。

Fail fast, fail wellがし易くなる時代かもしれません。
「恥をかけるチャンス」まさにその通りです。
普段なら、プライドが邪魔してチャレンジができない人も、今なら、スローガンは「ぜんぶ、コロナのせいだ」で、いけます。

恥をかくことをいとわないことは、自分の殻をやぶるチャレンジができることであり、成長の機会です。

▼今年の初め、日経産業新聞に似たような趣旨のコラムをかきました。
「恥より、始めよ」
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO55108270R30C20A1XY0000/
「隗(かい)より始めよ」は良い言葉だと思うが、私は「恥より始めよ」という言葉も流行させたい。これは「自分ができるようになったらやろう」や「ふさわしい人間になってから応諾しよう」ではなく、まずやってみて恥をかくということだ。
自分では力不足だと恐縮する気持ちをおさえて、分不相応な場にまずは出てみて恥をかく。自分以外のみんなが立派に見えて恥ずかしくなるような舞台に我が身を置いてみると、結果として、やはり悔しさやふがいなさを感じるかもしれない。それでも「次は恥ずかしくない自分になれるように頑張ろう」という闘志も湧くだろう。

恥ずかしさを感じるということは成長意欲がある証拠だから「恥より始めよ」でいいのだ。「自分なんて無理だ」と尻込みをすることを謙虚、謙遜の美徳だと考えて言い訳にすることは、もうやめよう。

フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグ氏の言葉に「Done is better than perfect」というものがある。完璧であることよりも、まず終わらせることが重要だ、といったところだろうか。

役割にふさわしい自分になるのを待っていても、いつまでたってもそんな自分にはなれない。完璧を目指して足が止まるよりも、身の丈以上に思える場に飛び込んでみることが非連続な成長をもたらしてくれるかもしれない。
私もエイミー・ウェブ氏の大ファンだ。彼女は、日本のそして日本人の強みと弱みをよく知った知日派。そんな彼女のコロナ禍を目の前にした未来論には、日本人の取るべき行動論と精神論が満ち溢れている。
✅未来は見通せないが、不確実性の中で準備は出来る。
✅クライシスの中で立ち止まるのは、アイスバーンの上でブレーキを踏むようなもの。
✅コロナ禍の今こそ変革とイノベーションのチャンス
✅失敗を恐れず新しい行動を起こし、失敗を恥だと思わない。
これらは、不確実性の時代と言われて久しい中、失われた30年間で日本人が怠ってきたことばかりだ。学校の9月始業議論も同じ。早く決めて、早く行動に移し、やってから修正していく。そんな行動と考え方の変化こそが、日本の復活に繋がると信じる。
金言だらけのインタビューでした。

僕らは「不確実な状態」が起きたときに、それをやり過ごすことを選択しがちです。もしくは、不確実性にあらがって、コントロールをしようとすることだってあります。

しかし、未来を予測したり、コントロールしようとすることは、自分で「オルタナティブな未来」を作るチャンスを奪っているかもしれません。

日本人の心性も、理解し尽くしている、未来学者による小気味よい提言を是非ご覧ください。
(個人的にあまりにアメリカ的な写真だと思いますが)素晴らしい話です。「イノベーション」ばやりですが、みんなが「これおかしくない?」と思っていることをさっさと変えるだけで、会社も社会もすごくよくなると思うのです。「恥をかくのでは」と自分かけたブレーキを外すと、実はみんな同じことを思っていたとなるのではないでしょうか?本当にチャンスです。

同僚の先生が先日のクラスで「(銀行で)優秀な人は加点主義だが、出世する人は減点主義」と言ってましたが、そこだけでも変わるといいなあと思います。
ーーー以下引用ーーー
たとえば、凍った路面を運転していて、スリップしたときに、ほとんどの人が直感的にブレーキを強く踏むでしょう。

なぜ、ブレーキを踏んでしまうのか?それは、ブレーキを踏むことで、また「コントロールが可能になる」と感じるからです。なぜ、そう感じるかというと、「未来がどうなるか」を分かった気持ちになれるからです。「ブレーキを踏んだら、車は止まり、大丈夫なはずだ」と。

だけど、そんなことは、その瞬間のあらゆる変数を制御できない限りあり得ません。そもそも、凍った路面でブレーキを踏むことは、一番のリスクです。
ーーーーーーーーーー
他の皆様もコメントされていますが、この比喩は本当にわかりやすいですね。

本当は、私たちはずっと以前から不確実な世界を生きてきたのではないでしょうか。そして、今回のコロナ・ショックがきっかけとなり、そのことを受け入れつつあるのではないでしょうか。そのような世界では、一人ひとりが自身のキャリアを真剣に考えることと、お互いに助け合うことは等しく大切なことのような気がしています。

最近、私自身が思い出すのは、今から10年前、リーマン・ショックの後に半年ほど、仕事がなかったときのことです。あの時ほど、無力感や社会からの疎外感を感じたことはありませんでした。結果的には半年の失業で済んだのですが、永遠に続くかのような感覚にずっと捕われていました。

ある会社でインターンの機会を頂いたり、本当にいろいろな会社のいろいろな職種に応募したり。あの時は日々悶々とし、もがき続け、そうしているうちに仕事がみつかり、その会社で5年近く働きました。当時、助けて下さった方々に御礼申し上げます。
見出し部分より、個人的には中身に共感する点が多い。特に(自分として捉えた本文の真意は)リスクを切り分けて、コントロールしながら取る点。
変数が多すぎて正確に予測できないという「現実」に立脚している。一方で、正確に予測できなくてもシナリオプランニングはできるし、その時々で時間とのトレードオフを意識しながら一定ロジカルに対処をしていかないと、後々まで響く判断になる。
また、凍った路面でのブレーキの話があるが、例えばCash is Kingと叫ばれているときに投資をできるか、みんなが投資をしているときに止められるかなどというのは、歴史は繰り返すと思っている。
不確実である前提の下で、でもコントロールが重要ないくつかの点に絞り込み、そのなかで相対的にコントロール可能なものにフォーカスをしたり、状況の変化と併せてそれを変えていく。
未来予測ではなく未来創造。

何が起きるか分からないから、人生は楽しい。いつも考えていることです。

コントロール不可能なことを、予測しようとして、起きたことに一喜一憂する。

そんなことはやめて、コントロールできる自分が、どんな未来を創るかを考えて、動いたほうがいい。

自分の未来は、待っていても良くなりません。誰も創ってくれませんから。

ちなみに、価値ある失敗は、適当にやった結果ではなく、真剣に取り組んだ結果であることを忘れないようにしましょう。
不確実性に身を任せ、自分がすべてをコントロールできるわけではないという事実を受け入れる。
その気になればイノベーションは起こせる。
オルタナティブな未来を模索する時が来た。なんて元気が出るインタビュー!面白い!
不確実な時代の先を読むのではなく、準備して身をまかせること。ある意味、時代の変化を受け入れてその中で自身が何をすべきか考えることと理解しました。

また、記事内の以下の言葉も本当にそうだなと思います。

「自分自身にチャレンジして、どこまで行けるか試してみるべきです。今、日本が世界のリーダーになるチャンスですよ。これは本当にそう思っています。」