【サッカー】東京V社長が語る、クラブ経営の危機と希望

2020/5/19
コロナショックの影響は想像を超える拡大を見せている。それはスポーツ界も例外ではない。日本でも「スポーツが消えた」状況が続くなか、Jリーグのプロクラブが直面しているリアルな危機と課題とは──。J2東京ヴェルディのトップ、羽生英之社長に聞いた。
羽生英之(はにゅう・ひでゆき)/ 1964年4月3日生まれ。早稲田大学卒業後、89年にJR東日本入社。東日本JR古河フットボールクラブ(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)出向後、05年にJリーグの事務局長に就任。10年に事務局長と兼任する形で東京ヴェルディ代表取締役社長に就任。経営危機に立たされた同クラブを立て直し、翌11年から社長に専任した。(写真提供:東京ヴェルディ)
──現在(4月8日時点)、コロナショックの影響により、5月3日の再開を目指していたリーグ戦も白紙状態です。プロクラブ経営にはどのような影響が出ていますか。
羽生英之(以下、羽生) 現在私たちが大きく打撃を受けているのは、入場料とスクール関連。それらの収入がストップしています。
 ただ、クラブの年間予算は18億から19億あたりに推移しており、そのうちの約半分がパートナーシップ、スポンサー収入です。
 私たちのスポンサーは、2010年にクラブが潰れかけた時期から支えてくれている方々が多いこともあり、今の状況にかなり理解を示してくれています。収入の半分が安定しているので、資金繰りという意味ではそれほど困ってはいません。
──親会社が撤退し、クラブ経営危機を立たされた2010年当時と比べて、クラブ経営面でどのような違いがありますか。
羽生 私がこの会社に来たのも2010年でしたが、当時は6、7年以上、運転資金を借りなければいけない状況が続いていました。私が個人保証をしながら、3、4年前からようやくヴェルディの信用度が増していったんです。
 そういった意味では信用度は今の方が高く、運転資金も問題ありません。
 最大の危機はおそらく来年でしょう。
 来年、温かいパートナーの方々の本業がどのような状況にあるのか。それによって私たちをサポートしてくれるかどうか。
──リーグ戦がこのまま再開されない場合、入場料やグッズ収入に加え、放映権料がなくなる可能性も出てきます。
羽生 そうですね。放送権料は J1、J2、J3のクラブにそれぞれ分配されますが、リーグ戦が再開するかどうかによってその影響は少なからず出てくる。
 ただJ1に比べれば、放送権からの分配金はそこまで大きくない。J1クラブほどの影響はないと思っています(注:東京ヴェルディの配分金は1億5200万円/2018年度調べ)。
──プレミアリーグのような大きな規模になると、放映権料の有無がかなりの打撃になると思われますが、J2リーグにいる東京ヴェルディの場合、試合が行われないリスクよりも、来年以降のスポンサーが保たれないリスクのほうが大きいと。
羽生 私たちのクラブでいうと、そこが一番大きいですね。ヴェルディの場合、年間予算はおおよそでスポンサー収入が9億円、入場料収入が2億円、スクール収入が2億円、グッズ収入は6000万ぐらいで、それほど放映権の比率は高くない。
 たとえば、今年リーグ戦ができず入場料収入が2億円から5000万円減ぐらいになったとしても、70、80パーセントは補填できると考えています。
 スクール収入は自分たちの努力でカバーしていく必要があるので、具体的な対応策を検討しているところです。
(編集部追記:5月11日、Jリーグ村井チェアマンは放映権料受領の先送りを提案し、了承を得たことを発表した)

責任を果たし、スポーツの価値を上げる

──羽生さんの目から見て、ほかのクラブも同じ状況にあると思われますか。
羽生 入場料収入の占める比率が高いクラブは、特に大きな影響を受けるでしょう。
 私たちは幸いなことに東京に拠点を置いているナショナルスポンサーがたくさんいるので、非常に恵まれています。
 地方のクラブは厳しくなるところが出てくるかもしれません。
──プロスポーツクラブ経営という視点で見れば、お客さんをスタジアムにたくさん呼び、それによって熱狂を生み、価値を高め、そして収益を上げていくモデルが推奨されています。
 一方で、そのモデルに注視してうまくいっているクラブほど、今の試合がない状況で大きな痛手を負っています。
羽生 そういった側面もあります。
 ただ Jリーグはご存知のように地域と深く連係していますよね。
 各クラブはいわゆる地域活動をたくさん行い、地元企業の方々に CSR(注:企業が倫理的観点から事業活動を通じて、自主的に社会に貢献する責任のこと)という点で評価されている。
 コロナウイルスで亡くなってしまう方が出てきていますが、これからは別の理由──経済的な理由で命を絶たなければいけないとか、心の病になってしまう方々も出てくるかもしれない。
 そういった状況で、スポーツの持つ役割は大きい。
 こんなことを言うと不謹慎かもしれないですが、スポーツ界にとって今はピンチだけど、チャンスにつながるのではないかと。
──チャンスと捉えるために、東京ヴェルディが取り組むべきこととはなんでしょうか。
羽生 今できることはあまりなくて。今は一日も早くこの状況が収束してくれることがすべての人たちにとって大切なことです。
 先日、緊急事態宣言があって、安倍晋三総理が「人との接触を8割減にしたい」と言っていました。Jリーグ全56クラブが一丸となって、少しでも力になれたらと思う。
 今できることはそのぐらいですが、収束すれば、私たちができることはたくさんある。
 オリンピックが延期された来年、間違いなく日本はスポーツですごく盛り上がる。
 オリンピックが終わった後は女子のプロリーグも始ます。日テレ・東京ヴェルディベレーザという女子サッカークラブもあります。
 もちろんパートナーが離れてしまうんじゃないかと心配はありますが、どこのクラブにとっても、来年以降は新たなビジネスを創出できるチャンスがあるんです。
 その未来に向けて、責任を果たす必要がある。
──今、社会全体が取り組むべき課題に対して、影響力のある企業として社会的にメッセージを姿勢で示すなど、状況に合わせて最大限貢献すると。
羽生 常々、スポーツの地位を上げていくことが重要だと話しています。
 社会的な責任を果たしていかないとスポーツの地位は上がっていかない。地位をあげることができれば、結果的に業界が潤っていく。
 社会の大きな一員として、リーダーシップを取っている方がやろうとしていることをサポートしなければいけないし、私たちもリーダーシップを取って周りの方々を導いていかなければいけないと考えています。
──スポーツの価値を上げることを含め、ほかのクラブやスポーツとの連係も重要なのでしょうか。
羽生 昨年、東京ヴェルディはクラブ創立50周年を迎え、総合クラブを目指すことを発表しました。
 現在、サッカークラブのほかに、ビーチサッカー、ビーチバレー、トライアスロン、バレーボールなど、13競技17チームがヴェルディファミリーになっています。
他の競技との連係というのも、ヴェルディが中心となって取り組んでいけると思います。
──総合スポーツクラブが示すべき、具体的なプランはありますか。
羽生 いま将来的なプランを考えるのは、すごく難しい。
 置かれた状況や収束への道筋を見極めながら、これから2、3年は変化に応じて今すべき行動を決めていくことが大切だと思っています。
──コロナウイルス感染拡大が収まった後、今までとは違う日常が訪れるという感覚はありますか。
羽生 そうですね。もしかしたら良い方向に行くところもあるかもしれない。その日常の変化を、私たちがキャッチして社会のニーズにどう応えていくか。それを考えることはすごく大切。
──“日常の変化”の具体的な想定として、最悪の事態をどのくらい考えていますか。
羽生 今の段階で最悪なことは考えていません。
 たとえば、今コロナウイルスが蔓延していて、免疫力をつけることが大切だと言われていますよね。もちろん手を洗うとかうがいをすることも大切ですが、きちんと体を動かして、栄養のあるモノをたくさん食べることも大切だと。
 そういう意味で言えば、スポーツや食育に注目が集まってくる時代になるので、チャンスだと思っているんです。なのでどちらかというと、明るいことを多く考えています。
──そういった考えは、今までの経験、会社の危機的状況などと比べると、まだまだやれることはあるという感覚ですか。それともご自身の哲学ですか。
羽生 昔と比べる考え方はしません。ひとつだけ言えるのは、ネガティブになったとき、あまりいい発想は浮かばないということです。
 ピンチはチャンスだと、いつも考えています。サッカーもそうじゃないですか。攻められているときほど、カウンターで得点しやすい。90分のうち89分苦しかったとしても、ワンチャンスを生かして勝つことができる。
 サッカーに携わっている人間だからかもしれないけれど、ピンチだからこそ、次になにができるかを考えています。
 テレビを観ていると、免疫力を上げるためにはどうしたらいいかといったことがたくさん流れている。これはスポーツに携わる私たちにとってありがたいことです。
──できることの一つとして、SNSではヴェルディの選手たちのトレーニング動画を配信されています。
羽生 そうですね。SNSを活用していこうと、選手を含めみんな呼びかけています。
 ヴェルディは東京のスポーツ界のリーダーとして、模範となる行動しなければいけない。ぜひSNSでみんなといろいろやってほしいとヴェルディのトップチームにお願いして、現在はYouTubeなどで動画を配信しています。
 そういった取り組みを通して、ヴェルディはクールなことをやっているなと、共感してくれる若い人たちが増えてくれたらいいなと。
──こうした状況をうまくチャンスと捉えられるかどうかは、経営者としても、リーダーとしてもすごく重要な姿勢かもしれません。
羽生 そうですね。苦しいときに苦しいと言うのは簡単だけれど。

これまでの歴史が、Jを支えてくれる

──リーダーシップといえば、Jリーグのアプローチはスポーツ界のなかでも非常に迅速でした。3月12日に日本野球機構(NPB)とともに「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立し、村井満チェアマンを中心に情報を発信しています。
羽生 今回の村井チェアマンのリーダーシップは素晴らしかったと思います。
 1992年にJリーグが立ち上がったときからサッカーの仕事に携わってきましたが、当時日本社会からは「サッカーってなんだ?」という扱いだった。
 そこからコツコツ積み上げて、地域と共生するというJリーグの理念を証明してきた。
 あれから四半世紀が経って、ようやく社会がJリーグの存在をいいものだと思ってくれている。今までの積み重ねの成果でしょう。
J1鹿島アントラーズの本拠地カシマスタジアムでは、5月11日より新型コロナウイルスの感染を調べるための検体採取を行う「鹿行地域PCR検査(遺伝子検査)センター」が開設されている。
──羽生さんが思うJリーグが積み重ねてきたものとは?
羽生 やはり理念に従ってきたこと。地域との共生、健全なスポーツ育成への貢献、国際社会への貢献。いつも念頭に置きながら、行動してきました。それが今、評価されているんだと思います。
──理念がブレていないから、有事の際でもJリーグの意思決定は早い。
羽生 そう思います。
──Jリーグは、クラブの財政面への影響を考慮し、クラブライセンスの例外適用と安定開催融資の特例措置を設けることを発表しました(※)。
羽生 クラブライセンスについては、猶予期間を与えてくれるということに決まっているので、毎年少しずつでも黒字を出しています。
 今年は大きく赤字が出て多少債務超過になったとしても、資本金を積んで債務超過がなくなればクラブライセンス は発行される。とはいえ、まだまだ今考えることではない、損失額を見てから決めていこうと考えています。
※Jリーグは資金難に陥ったクラブが公式戦の開催危機に追い込まれた際に活用する「リーグ戦安定開催融資」に特例措置を設け、無担保で返済期間を3年間とした。
 限度額はJ1が3億5000万円、J2が1億5000万円、J3が3000万円。融資を利用してもリーグ戦で勝ち点10を減ずる制裁を行わない。現時点で借り入れ申請などはない。クラブライセンスの交付条件に抵触する3期連続赤字なども例外適用となる。
──先日コンサドーレ札幌の選手たちが自主的に一部年俸を返上する動きがありました。クラブのトップとして、ゆくゆくこういった動きも考えているのでしょうか。
羽生 我々の場合、今年についてはすでに選手と契約を交わしているので、これは守らなければならない。
 来年以降については、もちろん私たちもスポンサーさんがどこまで付いて来てくれるのかも含めて予算を決めていきます。
 予算の上下に応じて、年俸の高い選手をどうするか、契約が終わる選手をどうするのか、といったことを考えざるを得ない状況になるかもしれない。ただ現状はそういうことは考えていません。
 もちろん、あのコンサドーレ札幌の選手たちの行動は、素晴らしいことだと思います。
 選手からクラブのためにとの思いで行動したのだと思うので。経営者から見たときには、選手と経営者は対等の立場だから、私たちが雇用しているわけではない。
──今後、経費削減をしなければならなくなるほどの経営状況になったとして、順番的には人件費削減から着手するものですか。
羽生 それは一概には言えません。
 また、人件費削減という面でも、サラリーが高い人を真っ先に、というわけでもありません。
 その選手が社会に及ぼす影響力、クラブにもたらしてくれるプラスの部分がどれだけあるかを含めてそれぞれに適切な年棒を設定しています。
 この人がいないとヴェルディのやろうとしていることがうまくいかないと思えば、当然、来年も契約したいと。
──1998年に横浜フリューゲルスが経営難で消滅しました。最悪、このままこのコロナウイルスが収束しないと仮定したら、“第二の横浜フリューゲルス”が出てくる可能性はあると思われますか。
羽生 横浜フリューゲルスの場合、企業スポーツへの波のほうが大きくて、それに飲み込まれていった。あのころはまだ、クラブスポーツというものの理解が社会に浸透していなかった。
 歴史を振り返ると、たくさんのクラブが苦しいときを乗り越えてきました。私がJリーグの事務局長だった頃も、サガン鳥栖が消滅危機に立たされたし、ヴェルディだってそう。
 今、J2とかJ3は市民クラブとして運営されるクラブが増えている。そういうところがたくさん存在しているのは Jリーグの強さでもあって、Jリーグの理念をより具現化していると言ってもいい。
 地域なりパートナーなりがきちんと存続するように導いてくれる。Jクラブには、そのくらいの社会的な価値がある。「継続は力なり」ではないですが、ここまで共に成長してきた時間の力はある。
 私は、すべてのクラブが乗り切れると信じています。
(取材=執筆:小須田泰二 デザイン:小鈴キリカ 写真:GettyImages)