【ミズノ】厚底が生んだ思考の転換と、反撃の一手

2020/4/21
大きく揺れ動くランニングシューズ市場。各メーカーは、新技術や独自のマーケティングを駆使し、シェア獲得に奔走する。”あのプロトタイプシューズ”をつくったミズノの戦略とは。
「あの白いシューズは、どこの?」
2020年箱根駅伝、10区間中9区間の区間賞をナイキのシューズを着用した選手が占めた。ただ、プレスルームで話題になったのは、10区を走り区間賞を獲得した嶋津雄大(創価大)のシューズだった。
創価大の嶋津雄大。足元のシューズは“厚底”ではない。
メーカーのロゴすら見えない真っ白なシューズ。
これが、箱根駅伝の協賛企業であるミズノのシューズだった。
区間賞のインパクトは絶大だった。プレスルームでは青学大の優勝と同様に大きな話題になっていたのだ。
圧倒的なナイキ支配の中で唯一、異なるブランド。
ミズノの陸上競技マーケティング担当の坂原淳氏は白いシューズについて、こう語る。
「ナイキさんに十分対抗できるだけの機能はあると思います」
そう前置きした上で、「昨年から市場が大きく変わった」と実感しているという。

ナイキが壊した“固定観念”

「最初の頃は、厚底のシューズはある程度筋力がある選手じゃないと履けないという割り切りがランナ―の中にあったと思うんです。
ミズノ株式会社 陸上競技マーケティング担当 坂原淳氏
でも、日本のトップ選手にも履く選手が増え、日本人選手が履いて結果を出せるなら自分たちでも履けるんじゃないかと“切り換え”が起こったんです。
機能性についてはそれほど明確に分からなくても、トップ選手が記録を出したということで、興味を持ってお店に行き、履いてみたら反発性があっていい。
それを履いて自己記録更新をするなど手応えを掴んだランナーが増え、今の状況に直結しているのではないかと思います」
商品の質の高さは、ミズノも負けない自信がある。百年近い歴史を持つ国産メーカーとしての自負がある。
だが、良いシューズが出来たからといってすぐに売れるわけではない
そのシューズの良さをどう消費者にアピールしていくのか。その戦略と手法が重要になってくる。
「私たちも商品に対しては自信を持っています。
ただ、その商品の良さをどう伝えていくのか。それが難しいんです。ナイキさんは「厚底」「カーボンプレート」「2時間切り」など消費者が理解しやすく、記憶に残るワードと選手の結果を全面に出すコミニュケーションで、レースシューズ市場を塗り替えました。
レース市場においては、かつてチャレンジャーポジションであった彼等だからできたイノベーションだと思います。マーケティングと結果をリンクさせて売りにつなげ、商品価値を高める全体の設計が非常にうまいなという印象を受けています」
このナイキの大規模なマーケティング、大きなうねりは、ランニングシューズの固定観念をガラッと変えた。
「薄くて軽い」神話の崩壊だ。
この神話の崩壊は、市場にポジティブな影響を及ぼしたという。

ミズノの厚底とジレンマ

約20年前、ミズノは厚底シューズを開発し、大きな結果を残していた。
2000年シドニー五輪ではエチオピアのゲザハン・アベラが男子マラソンで優勝したが、そのとき履いていたのが「ミズノが作った厚底シューズ」だった。
当時は、蹴る力がダイレクトに地面に伝わる薄底のシューズ全盛の時代。だが、ソールの厚い、クッション性のあるシューズで優勝したのだ。
アベラは翌年の世界陸上選手権エドモントン大会でもミズノのシューズを履いて優勝した。
では、ミズノが自信を持って提供し結果を出したシューズが、なぜ日本では評価を得られなかったのか。
「端的に言うと、薄いシューズがいいという考えが主流だったからです」
坂原氏の言葉である。
「日本人選手は外国人選手のように脚が長いわけではないし、筋出力も欠けている。だから筋肉を鍛えて、距離を踏んでいかないと勝てないというのが大前提にあって、それに合ったシューズを提供するというのがミズノの流れだったんです。
シューズを開発するために指導者や選手の考えがすごく反映されていましたし、それで日本人が成功し、我々もシェアを広げてきたんです」
ミズノのシューズは指導者の思考と日本人の特性を考えて生み出されたが、一方で革新的なシューズに対する反応は鈍かった。
現状維持か、イノベ―ティブなシューズか。当時、ミズノは、大きなジレンマを抱えていた。
「私たちは、コミュニケーションを取りながら開発している部分がすごく大きいんです。
でも、当時の私たちには、そう言った指導者や選手の意見を覆すだけの理論がなかったんです」
一方、ナイキはサイエンスとトップ選手の意見で最強のシューズを生み出していった。日本メーカーの盲点を突いた形だった。
だが、厚底のブームにより、指導者や選手の思考も「従来の考え方では勝てない」と変化してきている。
ランシュー市場を席巻した、“厚底”の衝撃と戦略
「薄くて軽い」を満たさないシューズでも、理論と結果さえあれば市場に受容される風土ができた。ある意味、ナイキという巨大な台風が古い概念を変え、ミズノを初めとした日本のメーカーが抱えていた大きなジレンマを解消してくれたのである。
そしてナイキが市場を変えたことで、坂原氏は「新しい市場が出来たので、新しいシューズを開発するのにいろんな選択肢ができた」と、新しいプロダクト作りにも反映され、今後の開発にも大きな変化が生じると確信している。

厚底じゃない、ミズノの別解

2020年に入り、世界陸上連盟が厚底を規制する方針を公表し、厚さは4センチ以下、カーボンプレートは1枚、4月30日まで市販されているシューズが東京五輪で使用可能という決定を下した。
ミズノは、今後のシェア拡大を狙い、前述の白いシューズをベースとした新しいプロダクトの発売を決定している。
新シューズ開発は、2年前に始まった。
グローバルフットウエアプロダクト本部の益子勇賢氏は、その頃、「潮流の変化」を目の当たりにしていたという。
「ちょうど大きな転換期でした。ナイキさんが出てきて箱根でのシェアが変わり、市場が大きく動き始めました。
その頃、開発するに当たり、もっと選手の声を聞いていこうとなったんですが、現場からの要求が急激に変わったんです。
ミズノ株式会社 グローバルフットウエアプロダクト本部 益子勇賢氏
今まで求められたのは軽さとスピードだったんですが、反発力を重視したいとか、後半に足を残したいとか、疲れにくくなることで自分のペースを保ちながら後半に仕掛けていきたいとか、そういった声が顕著に出てきたんです」
選手からは具体的かつこれまでにない要求が出てきた。
厚底を履いたときに感じた選手のリアルな言葉。「ミズノには厚底がないんですか」とストレートに聞かれることもあった。
益子氏は、猛烈な勢いで市場を独占しつつある厚底に対して、シューズの別解を探していた。
「これだけ厚底、厚底って言われていたからこそ、“穴をつけないかな”というのは、ずっと考えていました。
実際、(厚底が)合わないランナーの方もいらっしゃったので、そういった方々の意見を聞いていました」
そして、あの白いシューズが生まれた。
発売日やシューズ名は公表されていない。
「新しいシューズを箱根を走る学生に履いてもらうと『今までと違う』『ミズノだけどミズノじゃない』という狙い通りのコメントが出たり、すごく喜んでもらえたんです。
今までにないポジティブな反応がありました」
新しいシューズには、プレートが入っているが、カーボンではなくミズノ独自のものだ。
また、ミッドソールにも新素材が使用されている。シューズコンセプトも「ナイキとは異なります」と益子氏は言う。
「ナイキさんのヴェイパーは、トップランナーをターゲットにこのフォームで走るとこういう結果を得られますよと、尖った形で打ち出しているんです。
でも、ミズノは選手に寄り添って、あらゆるランナーあらゆる走りのパフォーマンスを100%に近づけたいという思いが根本にあります。
このコンセプトはナイキさんと対極にあると思っています」
陸上界はさらにサイエンスを重視する流れが強くなり、最先端の機器を利用してランナーの気持ちをくすぐる新プロダクトの開発を進める。
シューズ開発をより強化するため、ミズノは大阪本社の横に開発センターを建設する予定だ。
益子氏は「これから」に自信を見せる。
「新シューズは『新しい武器』という言葉が訴求ポイントになります。これを前面に押し出していく。
選手はそのほか大勢が履いているシューズじゃなくて、自分独自の武器で戦いたいと思っています。今回のシューズは、そういったマインドに響くと思うんです。
支持してくれる選手を増やしていきながら結果にコミットできる商品を作り、他ブランドと戦っていきたいと思っています。
新しいシューズについては市場の期待も大きいので、我々も楽しみにしています」

「日本人のためのシューズ」で勝つ

新たなプロダクトを武器に、どのように失われたシェアを取戻していくのか。そう簡単に市場を覆せるわけではなく、ミズノも楽観視はしない。
坂原氏は、こう語る。
「マーケティングではナイキと同じ戦い方をするつもりはありません。
大きくシェアが動きましたが、オセロをひっくり返していくように、地道に着実に取り戻していくしかないと思っています」
現実に動いてしまったシェアを取り戻すことは容易なことではないだろう。では、ミズノが考えるマーケティング手法とは、どういったものなのか。
「日本人ランナーのトップ選手だけではなく、あらゆるランナーのパフォーマンスを上げることを今後、マーケティングで伝えていきたい。
われわれは、選手に寄り添うということを一番重視しています。ミズノは100年の歴史があって、ランナーに常に寄り添いつづけて今のポジションを確立してきました。
世界で活躍するシューズを提供するために、まず日本人のランナーに根付くシューズで答えを出してきたのです。
これからもそのフィロソフィーに変わりはないですし、今後はさらに突き詰めて商品を開発し、日本人が結果を出すために日本のこのシューズを履きましょうというメッセージを送っていきたいと考えています」
日本のメーカーによる、日本人のためのシューズ──。
坂原氏の言葉にあるのは「日本人に合うシューズ作りは負けない」というミズノの自負だ。
オセロの一手に見立てた箱根の一足は、シェアを取り戻す起爆剤となるだろうか。
1906年の創業以来、指導者と選手の声と膨大な量のデータから生み出されたシューズは安定の商品であり、それゆえに多くの人に愛されてきた。だが、近年はあらたな、開発にチャレンジするも世界を制するシューズに届かなかった。
ナイキは、開発に巨額の投資をし、多くの結果を覆して、今のポジションを築いた。厚底のような発想は、未知の世界を見た特別な人からしかなかなか生まれてこない。
伝統とはイノベーションの連続でもある。
ミズノは、ナイキ一強になった後、従来式の商品開発から新しい視点でのプロダクト作りに踏み出した。
選手に寄り添うのはもちろん、自己主張し、自らリードする新しいプロダクトを生みだそうとしている。
「日本の市場をニュートラルな(本当に自分に合う靴が選べる)状態に戻したい。」
坂原氏は、そう力を込めた。
ミズノホームページには、「本気の反撃」というメッセージボードがある。そこに以前、数行のメッセージが書かれていた。
その文章を縦読みすると「あつぞこ絶対倒す」と読めた。
ミズノHPより(現在は違うビジュアルになっている)
覚悟と決意がこれから世の出るシューズに注ぎ込まれているのだ。
ここ数年、ランニング市場で苦戦を強いられていた老舗ブランドが復権できるかどうか。
ミズノの「本気の反撃」がいよいよ始まる。
(執筆:佐藤俊 編集・撮影:日野空斗 デザイン:國弘朋佳 写真:GettyImages)