【CF×基金】プロ野球のコロナ支援が、広く早く進んだ理由

2020/5/1

今までにない「同じ目線」の寄付活動

日本プロ野球選手会が支援した「新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金(以下、本基金)」では、4月30日現在で2億5000万円を超える寄付が集まり、すでに第1期の助成先も採択された。
際立ったのは、このプロジェクトそのものと、それに参加しようと声をあげた選手会のスピード感だ。
試合ができない、プレーすることも、慰問に行くこともできない中で今、アスリートに何ができるのか。
特に、プロ野球選手という日本においてもっとも影響力のあるスポーツ機構は社会にどういうメッセージを出し、具体的なアクションとして落とし込むのか。
本基金への支援を選手会に呼びかけ、実行に移したNPO法人ベースボール・レジェンド・ファウンデーション(BLF)の岡田真理氏に聞く、withコロナ時代の「スポーツ」の形。
──まず、今回の枠組みについて整理させてください。選手会がプロジェクトを立ち上げたわけではなく、すでにクラウドファンディングサービス「READYFOR」上で行われていたプロジェクトに選手会が賛同し、選手へ寄付を呼び掛けた、という理解で良いですか。
岡田 はい。この基金の情報を選手会事務局に共有したところ、翌日には選手会会長の炭谷銀仁朗選手(読売ジャイアンツ)と12球団の選手会長が賛同してくれました。
それを受けて、事務局は支配下登録・育成選手全839名に手分けをして直接連絡をとり、支援の趣旨と寄付方法の詳細を案内してくれました。
一つ誤解を解きたいのは、一部報道では「全員参加」「全選手が寄付」といった趣旨で伝えられましたが、事務局が全選手に対して行ったことは、正確には「情報提供」のみで、寄付は強制ではなく任意だということです。
──各球団の選手会長が積極的に寄付に参加し、また選手会事務局もオペレーションの一部を担ってくれた。そして寄付自体は任意で強制ではない。
岡田 寄付をしたか、しないか。また、寄付をしたとしてもいくらしたかといった情報も事務局に知らせる必要はないと選手たちには伝えています。
これまでもアスリートやスポーツ団体が社会貢献として行う活動はあった。その多くは、アスリートや団体が主催となって、活動をすることがメインだった。
今回の選手会のアクションは、それとは少し違う。すでに他の団体(新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金 有志の会)が行っている活動の中に、“一アスリートとしてアクションを起こすかどうかを選手会が率先して情報を呼びかけた”ものなのである。
「選手会が参加を発表して数日で基金に寄せられた支援は6000万円ほど増え、1億円を突破しました。もちろん野球選手だけの力ではありませんが──」(岡田氏)
選手会の公式ツイッターに投稿された炭谷のメッセージ動画は12万再生回数を超え、他にも埼玉西武ライオンズ選手会長の森友哉、阪神タイガーズ選手会長の梅野隆太郎、福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐、オリックス・バファローズの糸井嘉男など、続々と選手たちの動画が投稿された
寄付自体はもちろんのこと、選手個人の行動が社会を巻き込むアクションとなったのだ。

震災から続く社会に「何ができるか」

選手会に本基金の支援を提案し、基金の事務局を担うREADYFORとの連携、折衝、事務作業などを行った岡田氏は「今回の選手会のスピードは本当にすごいものがありました。選手たちが、自分たちは何ができるか、という問いかけを続けてきた結果だったと思います」と振り返る。
選手会に連絡したのが4月3日。それを取りまとめ、発表されたのは4月8日。炭谷の動画も同日に投稿された。その間、わずか5日だった。
──スピード感の背景には何があったのでしょう。
岡田 2011年の東日本大震災の経験は大きかったと思います。あのとき、プロ野球選手たちは球場でファンと触れ合いながら募金活動を行い、その後もチャリティーオークションに協力するなどして支援を続けました。個人的に被災地へ寄付する選手も次々と出てきた。開幕は延期となり、「試合が開催できない不測の事態に、自分たちは何ができるか」を、選手や球界関係者が深く考える機会となりました。
私はその3年後にBLFを設立しました。BLFでは、東北楽天ゴールデンイーグルスの則本昂大選手、福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大選手、オリックス・バファローズの吉田正尚選手など、プロ野球選手が個人的に行う慈善活動のサポートをするほか、毎年オフにはプロ野球選手が集結するチャリティーイベントを開催しています。
震災以降、「自分の立場を活用して社会に還元したい」と願うプロ野球選手が増え、BLFの活動の中でその思いに触れる機会は年々多くなっていました。
その流れを受けて、12球団の現役選手が所属する日本プロ野球選手会とも、今年に入ってから、選手の社会貢献活動を充実させる仕組みづくりの話し合いを始めていたんです。
ちょうどそんなときに、今回の新型コロナウイルスの危機に直面することになりました。起きてほしくなかったことだけれど、東日本大震災以降の選手の気持ちの変化、そして続けてきた行動が今回のスピードにつながったと思います。
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──新型コロナウイルスによる被害が拡大する中、選手たちはどういう思いを持っていたのでしょうか。
岡田 「何か支援できることはあるか」という選手たちの声は、直接的・間接的に私の耳に届いていました。
震災から9年が経った今年、選手や球界関係者たちは、再び「試合がない中で自分たちに何ができるか」を考えさせられることになったと思います。
開幕日は依然として見えないまま。試合どころか日常の安全や健康までもが脅かされ、震災時よりもさらに“野球どころではない”状態が続いているにもかかわらずです。
──とはいえ今回の状況は、どういうふうに支援のアクションを起こすのか非常に難しい状態だと思います。被害を受ける特定の地域があるわけではなく、また大変な思いをしている人は多岐に渡ります。
岡田 例えば今回は、医療従事者にマスクや防護服をすぐに届けたくても、情報が錯綜して適切な手段がわからない状態でした。休校による孤立など困難な局面に晒されている子どもたちもいる。そうした方たちを助けたくても、現場で実際にどんな支援が求められているのかすぐには見えてこない。
私自身も、これまでの活動を通して行ってきたように「プロ野球選手」は何かできるはずだ、と思っていましたが、明確な答えを出せずにいました。
そんな中、4月3日の午後、READYFORの中でこの基金が立ち上げられたのです。
──なぜ、このプロジェクトを選ばれたのでしょうか。
岡田 まず、この基金について説明させてください。
「新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金」は、有志の会が主体となり、国内最大級のクラウドファンディングサービスREADYFORで基金の寄付を募ります。寄付金はREADYFORと公益財団法人東京コミュニティ財団が運営する助成制度を活用し、必要なところに助成します。
その助成先は、有志の会「新型コロナウイルス感染症対策専門家チーム」(専門家チームメンバーには国立感染症研究所やハーバード大学などで感染症疫学の研究に従事した東北大学教授の小坂健氏をはじめとする有識者13名:4月20日時点)の意見を踏まえて決定します。
助成金は、おもにワクチンや治療薬の研究・開発、医療機関や福祉施設等へのマスク・防護服など必要物資の供給、医療従事者など感染症対策に直接関わる人たちの人件費や活動費などのサポート、そして今回の感染症拡大により生活に影響を受けた子どもたちのサポートを行う組織に助成されることになっています。
──この基金では、具体的な支援先が予め決まっていない。READYFORが手数料を取っていないことも特徴かと思います。
岡田 具体的な支援先が決まっていないのは、“スピード感”と関係しています。
一般的な基金では、申込、審査、採択などを経て、例えば1ヶ月後など、少し時期を置いて助成金が振込されます。
しかし、今の日本は非常に緊迫していて、特に医療現場などではすぐにでも支援が必要な状況。それに、助成振込が1ヶ月先では「想定していた世の中のニーズが変わってしまった」という事態も起こり得ます。
その点、この基金はクラウドファンディング(READYFOR)と公益財団法人東京コミュニティ財団が連携することによって、「寄付集め」と「支援先の選定」を同時に行うことが可能となります。
4月から7月までの間に4回の助成、しかも申込から助成振込までが最短で2週間というスピード感が実現します。
この「同時進行」のために、寄付先は予め決まっていない、ということなんです。
ご指摘の通り、本基金に関しては、クラウドファンディングサービスの手数料は無料とのことです。
──現状に最適なプラットフォームだった、と。
岡田 この基金を紹介してくれたのは、富裕層や企業のフィランソロピーアドバイザーとして様々な非営利団体につなぐ活動をし、BLFがサポートする選手たちの活動にも深く関わっている宮本聡さんでした。
私自身もREADYFORのセミナーに何度か参加したことがあり、同社に対する信頼があったことに加え、宮本さんがこの基金の最大のポイントは支援の“スピード感”であり、現時点での支援先として最適だと後押ししてくれたことで、選手会に提案しようと決断しました。

寄付だけではないメッセージ性

岡田氏は、基金が立ち上がってわずか数時間後、選手会事務局に情報を提供した。
そして選手会事務局は、すぐに各球団の選手会長に協力要請を行うと確約してくれたのだ。
「大きかったのは、翌日4日に炭谷選手がこの支援を選手会として全選手に呼び掛けると結論をすぐに出してくれたことでした。炭谷選手は、予てからひとり親家庭の支援などの慈善活動に熱心でした」(岡田氏)
ただし、ただ賛同してもらい、選手たちが個々に「寄付」をするだけでは社会を巻き込むことができない。
そこで、岡田氏は寄付の「報告」と「呼び掛け」のメッセージ動画の提供をお願いする。
──寄付だけに止まらない、メッセージ性、拡散性が今回のアクションにはありました。
岡田 深く賛同してくれた選手に対しては、寄付の「報告」と「呼び掛け」を収録した動画をお願いしました。プロ野球選手のような著名人が呼び掛けることによって支援の輪がファンにも広がれば、より多くの寄付を届けることができます。
コロナ危機で生活が困窮している人も多いですが、一方で収入のダメージが少ない人の中には、プロ野球選手と同じように「外出自粛以外に何かできることはないか」と考える人もいるかもしれません。その人たちに情報を届けることも、影響力のあるプロ野球選手の大きな役割だと思ったからです。
──とはいえ、色々と乗り越えなければならないハードルがあったと思います。
岡田 動画投稿については、選手会事務局が球団とのやり取りを率先してくれました。それを受けて私たちBLFがREADYFORに連絡をとったのは週明け6日のことです。
プレスリリース作成などの事務的な作業も7日までに完了し、選手のコメントも揃えて8日午前の発表になりました。
実はそのときまでに多くの選手が寄付を行っており、すでに動画も集まっていたんです。
実際、このアクションは大きな反響を呼ぶ。
「8日には、スポーツ紙の一面で報じられるなど多くのメディアで取り上げてもらいました。野球ファンからは期待を上回る反響でしたね。寄付者が書き込みできるコメント欄には、「選手会の活動を見て寄付しました」「早くコロナが収束して球場に行ける日が来ますように」といった言葉が並び、その前後にはプロ野球選手たちが本名で「一緒に乗り越えましょう」などと書き込んでいた。
一日も早くプレーを見せたい選手と、開幕を待ちわびているファンが、グラウンドの外で結束を強めている様子が伺えました」(岡田氏)

スピードと決断力が重要だった

──それにしても、スピード感が今回のポイントになっていた理由はなんでしょう。
岡田 それは私の個人的な思いにも関係があります。
そもそも私がBLFを設立した背景には、2013年のボストンマラソンの爆弾テロ事件がありました。テロは4月15日に発生し、犯人の行方がわからない中でボストンには外出禁止令が敷かれ、プロスポーツの試合はすべて中止になりました。
19日夜の犯人逮捕を受けて20日に試合開始となったわけですが、ボストンを本拠地とするメジャーリーグ球団レッドソックスは、5日間というわずかな時間でTシャツやキャップなどのチャリティーグッズを揃え、その売り上げをテロの被害者遺族や負傷者を支援する「One Fund Boston」に寄付することを決めたのです。
さらに、試合前に執り行われた追悼セレモニーやチャリティーオークションの準備も同時に進め、実に1ヶ月で日本円にして約2億2000万円の寄付金を集めた。
迅速な支援を行うことができたのは、レッドソックスが球団のNPO組織として「レッドソックス・ファウンデーション」を保有し、日頃からチャリティーを行う仕組みや習慣があったからです。
私は本職であるライターとしてその活動を取材した経験をもとに、翌年BLFを立ち上げました。そのため、今回のコロナ危機においては、「今まさに苦しい思いをしている人がいる中で、いかに迅速に支援を行うか」が自分なりのテーマだったわけです。
足並みが揃わずなかなかスタートできない団体もある、という話はここ最近よく聞くことだ。その点において、常日頃から社会に対する意識を高め、仕組みづくりを構築していたことが、今回のような不測の事態への対応力に繋がる。
選手たちが個々に寄付を始め、動画で寄付を呼び掛け始めてからわずか3日後の11日、寄付額が1億円を突破した。
それ以前の5日間の寄付額が4000万円ほど。確かに、アスリートの何かしたい、は形になったと言える。
──これからの展開について聞かせてください。
岡田 4月15日には、最初の助成先採択(第1期)が行われ、助成金額は4629万7200円で、一般社団法人職業感染制御研究会、一般社団法人日本在宅医療連合学会などの10団体に助成振込されました。
寄付は7月2日まで受け付けており、助成先採択の機会が7月半ばまでにあと3回あります。
──このアクションを通して印象深い事はありますか。
岡田 寄付者のコメント欄に、東京ヤクルトスワローズの奥村展征選手がこんな言葉を残してくれました。
「小さな力が積み重なり大きな力になる。金額の大きさじゃなく人の数が世界を救える力になると信じています。」
思いを持った選手がいることを知り、プロ野球の未来は明るいと確信できました。今回のアクションで、試合がなくてもスポーツは無力ではないと、少しだけ証明できたかもしれない、と思います。
──まだまだ、新型コロナウイルスとの戦いは続きます。そして、プロ野球も続く。アスリートができることについて、今回のアクションから見えた可能性と課題について、最後に教えてください。
岡田 まず、今回のアクションによって、グラウンドの外にも新たなスポーツの価値が生み出されたことは、プロ野球界にとって大きな収穫でした。この成功体験をもとに、今後様々な選手や球団がそれぞれのアクションを起こしてくれるようになると期待しています。また、こういったアクションが「様子見」になってしまうことが多い中、スピード感を以てできたことは大きかった。ただ、スピード感がある分だけ“打ち上げ花火”で終わってしまうリスクもある。コロナ危機は今後しばらく続くと思うので、いかに支援熱を途絶えさせないかが次の課題です。
プレーをすることができず、一方で影響力のある立場として社会貢献を求められる
かつてない姿のプロ野球そしてアスリートが今、存在している。
ここで試されるのは、これまで日々積み上げてきたこと(今回の選手会であれば3.11以来の思いだ)と、スピード感を持った実践力だ。
(編集・執筆:黒田俊、デザイン:九喜洋介)