【ラグビー】リーグは最小限の被害も代表とSRに広がる波紋

2020/4/20
『コロナショック スポーツ界の影響は?』。もしかするともっとも視界が暗転したのはラグビー界だったかもしれない。昨秋のW杯日本開催と代表の歴史的躍進、トップリーグが連日の大観衆……それが突如として全て消えたのだ。

「不成立」となったトップリーグ

新型コロナウイルスは競技の別なくスポーツ界に影響を及ぼしているが、かつてない盛り上がりに冷や水を浴びせられたのがラグビー界だった。
昨年のワールドカップ日本大会は歴史的な大成功を収めた。余勢を駆って始まった国内のトップリーグも、観客数が倍増のペース。史上最高のラグビーブームは、ウイルス禍で突然のフィナーレを迎えた。
「今年は空前のラグビーブームだった。シーズンが中止となったことを簡単な言葉で言い表すことはできない」
3月23日、トップリーグの打ち切りを発表した太田治チェアマンは、苦渋の表情を見せた。
日本代表が8強入りを果たしたワールドカップ以降、ラグビーへの注目は急上昇。
世界は日本ラグビーをどう見ているか
1月半ばに開幕したトップリーグは満員御礼の試合が相次いでいた。ピッチの中も熱かった。ニュージーランド代表前主将のキアラン・リード(トヨタ自動車)ら、ワールドカップ後に多数来日したスターが好プレーを連発。
初の連覇に挑む神戸製鋼、日本代表6人を抱えるパナソニックなどの優勝争いも盛り上がりを見せていた。ただ、全ては新型コロナが拡大するまでの話だった。
2月下旬、第6節までを終えた時点でコロナの拡大により、2節分の試合の延期が決まった。その後も感染者の増加は続く。
違法薬物で選手が逮捕されるなどの混乱も手伝い、結局、試合は再開されず。今季のリーグは不成立となり、チームの順位や個人タイトルも決まらない異例のシーズンとなった。
今季の総観客数は42万人。全日程の4割の試合しか開催できなかったのに、前年の観客数46万人に迫った。
「シーズンの最後まで行けば90万人に行くと考えていた」
太田チェアマンは無念を露わにした。
今シーズンは半分も消化していない段階で昨シーズンの動員数に迫っていた。

チケット収入は打撃も企業チームの特異性

打ち切りにより、経済的な打撃も生じた。
そのほとんどはチケット収入。各球団やクラブが試合を主催するプロ野球やJリーグと違い、トップリーグの試合を主催するのは、日本ラグビー協会である。
今季の1人当たりのチケットの平均単価は千数百円だった。中止によって48万人分の観客を失ったと仮定すると、5億円以上の減収となる。
スポーツ興業では一般的に入場料収入の半分程度の経費が必要で、こちらの費用も減ることにはなるが、協会の財政には痛手だ。
しかし、その他の収入・支出には大きな影響はなさそうだ。
プロ野球やJリーグはテレビ局や動画配信サービスからの放映権収入が大きな収益になっている。一方、トップリーグの今季のテレビ放映権契約はW杯より以前に結ばれたもので、金額は年間約1億円とされる。ビデオ判定のための映像制作費として協会がテレビ局側に支払う金額などと差し引きすれば、「収支はほぼトントン」と協会幹部。
通常なら露出機会の減少に伴って協賛金収入の大幅減もあり得るが、スポンサーの多くはトップリーグにチームを持つ企業のため、その恐れも小さい。
海外のスポーツ界では選手の給与カットなどのニュースが相次ぐが、こちらも日本のラグビー界はほぼ無縁だ。トップリーグの選手の8割程度は所属企業の社員のため、試合が減ってもすぐに減給とはなりにくい。
2割程度の選手はプロ契約を結んでいるが、ある代理人は「ラグビーのプロは基本給の割合が高く、出場試合数や勝利数で支払われるボーナスの比率は比較的小さい」と話す。良くも悪くもプロ化していない実業団リーグだったことが、コロナによる経済的な打撃を小さくした。
気になるのは、2021年秋の開幕を予定する新リーグへの影響である。
自国開催のワールドカップが終わった後も日本のラグビー市場を発展させるために始まった改革で、現在も大会方式などの議論が続いている。
これまで見てきたとおり、企業スポーツという形態はコロナへの耐性は高かった。しかし、年間15億円程度と言われる各チームの運営費を企業がいつまで負担してくれるか。根本の問題は解決されていないだけに、未来を見据えたリーグになることを期待したい。
新リーグに移行するトップリーグは、来季が最後のシーズンとなる予定。
開幕は来年1月の方向で調整されている。
これはワールドカップの終了後まで開幕を遅らせた今シーズンと同じ。2018年度までの開催時期は8月だったが、5カ月ほど遅くなる。
コロナのせいではなく、日本代表の意向を受けてのようだ。11月のテストマッチに備え、ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチは十分な合宿の期間を取りたいという意向がある。国内シーズンの空白を埋めるため、トップリーグの太田チェアマンは「夏にできればカップ戦をやりたい」と話している。
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もっとも影響を受けたサンウルブズ

ラグビー界にはトップリーグ以外にもコロナに傷を負わされたチームがある。
南半球最高峰リーグ「スーパーラグビー」に参戦するサンウルブズである。こちらも3月半ばからはリーグが中断されている。主催者側は再開時期が夏にずれ込んでも全試合を行う意向だが、先行きは不透明だ。
サンウルブズは中断直前のホームでの2試合についても、会場をオーストラリアに移転する対応を迫られた。
結果的に、今季国内で予定していた7戦のうち、無事に開催できたのは2戦だけ。このままシーズンが打ち切りとなれば大幅な減収となる。
渡瀬裕司サンウルブズCEO(最高経営責任者)によると、2月に東京・秩父宮ラグビー場で行われたチーフス戦は有料入場者数が約1万8000人だった。
チケットの平均単価が約5000円だから、入場料収入は約9000万円。開催費用4000万円を除いた粗利が5000万円となる。国内で行うはずだった残りの5試合分、計2億5000万円が消える計算になる。
テレビ放映権料はもともとサンウルブズに入らない仕組みとなっている。
そしてスポンサーについても、協賛金の減額を要請してきた企業はまだないが、「先手を打ってこちらから状況を説明して回っている。何か代替となることをやって(露出機会を)埋めていかないといけない」と渡瀬CEOは話す。
具体策の1つが、4月11日に始めた「世界同時ライブトレーニング」である。
多国籍軍であるサンウルブズの選手は今、それぞれの自宅のある5カ国に分かれている。世界中に散らばった選手が、同時刻に自宅でトレーニングを実施。その様子をフェイスブックで生中継する。ファンに一緒にトレーニングしてもらったり、応援のコメントを投稿するように呼び掛けているが、期待することは大きく二つだろう。
一つは、スポンサーの露出機会をつくること。
もう一つは、ファンにチームとの接点を持ち続けてもらうこと。
5月2日まで毎週土曜日に行うと発表されている。
サンプル動画の下部にはスポンサーが並ぶ。(サンウルブズ YOUTUBEより)
そもそも、サンウルブズは今季限りでスーパーラグビーから除外される。
最後のシーズンをこのまま終わらせぬよう、「国内のトップリーグのチームとの対戦などができないかを検討したい。(本来のシーズンは6月までだが)安全が確認されれば7~8月になったとしてもやりたい」と渡瀬CEOは話す。
スーパーラグビーのあり方が根底から揺さぶられることもあり得る。
このまま試合が再開されない場合、スーパーラグビーの参加国は放映権収入が大幅に減る。既にオーストラリアやニュージーランドのラグビー協会は、最大で100億円近い減収の見通しを公表している。
各国の財政危機は大会方式の再検討に発展するかもしれない。そうなれば、ラグビー人気が急上昇している日本チームの再参戦の可能性も出てくる。

ラグビー日本代表、消えるビッグマッチ

コロナの影響は日本代表にも及ぶ。今年は日本のラグビー史上、最も豪華なテストマッチが組まれていた。6〜7月にはウェールズ、イングランドをホームに迎え撃つ予定。しかし、「まずは健康と安全を考えないといけない。簡単には開催できない」。
日本協会の岩渕健輔専務理事は厳しい見通しを示す。コロナの状況によっては、11月に予定されているアイルランド、スコットランドなどへの遠征も難しくなる。ドル箱となった日本代表戦が飛んだ場合、「非常に厳しい減収を想定している」と岩渕専務理事は話す。
代表強化の観点からも痛手となる。
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予定していた代表戦ができない場合に備え、代わりとなる試合などが検討されているが、ジョセフ・ヘッドコーチらが当初考えていた長期合宿などは難しくなる。そうでなくとも多くの代表選手は自宅周辺でのトレーニングしかできない環境に置かれており、体力や試合勘の維持が不安視されている。
もちろん状況は世界のほとんどの国でも同じである。
しかし、ワールドカップで日本が8強入りできたのは「世界一の練習量」が土台にあったからだ。その根底が揺るぎかねない事態である。
今は感染の拡大が治まるまで、ラグビー界全体が耐える時期。ただ、いずれやってくる再開の日に備え、どういう戦略を練っておくかが問われるのだろう。
(執筆:谷口誠・日本経済新聞、編集:黒田俊、デザインーー、写真:GettyImages)