【対談】「経済合理性」を突き抜けた先に、強いブランドが生まれる
2020/6/19
商品自体に価値を付与するメーカーとは異なり、リテールのブランド価値は、様々なメーカーやブランドから独自の世界観に合ったアイテムをセレクトすることから生み出される。
では、その「世界観」はどう表現され、消費者に伝えられるのか。商品のセレクトと店舗というリアルな「場」を通してブランディングを考えてきたバーニーズ ニューヨークの矢野考太郎氏とインサイトフォースの山口義宏氏の対談から、「知覚」や「体験」をベースにしたラグジュアリーな価値の源泉を考える。
根幹は「テイスト、ラグジュアリー、ユーモア」
山口 僕はファッション感度が高いわけではないのですが、バーニーズ ニューヨーク(以下、バーニーズ)の店内に入ると、まず“環境”にものすごくこだわっているのがわかります。
まだ若かった頃、借りた家の床の色が好きになれず、でもフローリングを変えるようなお金はないから、苦しまぎれですが、好みの柄がプリントされた安っぽいビニールのクッションフロアを敷いたんです。
それが大失敗で、その後どれだけ気に入った家具を置いても、床のせいでがっかり感が付いて回った苦い記憶があります。バーニーズの店舗の作り方はその真逆ですよね。
僕はインテリア好きで部材マニアなところがあるので、まず「床と壁のクオリティがスゴい!」と思いました。でも、そういったディテールがわからなくても、「空気が違う」ことをお客様は感じられるでしょうね。
矢野 ありがとうございます。山口さんがおっしゃった「空気が違う」というのは、まさに我々がブランドの根幹に置いている「BARNEYS AIR」と言えます。
「BARNEYS AIR」を構成する要素はいくつかありますが、創業当時から「Taste, Luxury, Humor」というブランドステートメントを一貫して掲げています。このキーワードが、我々が作りあげる世界観の根幹であり、バーニーズをスペシャリティストアたらしめています。
どれかひとつでも欠くことはできませんが、こと「ユーモア」には独自性があると思います。品揃えにしてもそうですが、ウィンドウディスプレイに一番如実に表れているかもしれません。
山口 どんなふうに表現されているんですか?
矢野 例えば2018年のクリスマスには、イラストレーターのソリマチアキラさんに描いていただいたイラストを立体化した操り人形がバンド演奏している、ウィンドウディスプレイを作り上げました。
その人形も一体一体、削り出しで作っています。デジタル全盛のこの時代に究極のローテクですよね。
山口 アパレルストアのディスプレイでよくあるのは、シーズンごとの看板商品をコーディネートしたマネキンですよね。
普通に考えればいくらでも商品を並べられるスペースに全く商品を置かず、しかも、それだけの労力をかける。ビジネスの狙いとして興味深いですね。
矢野 それが我々の考えるおもてなしです。バーニーズでしか表現できない世界観を見て、「あ、なんかすてきだな。中に入ってみようかな」と思っていただきたいんです。
2018年のクリスマスシーズン、「HAVE A MUSIC HOLIDAY」をテーマにした“動くライブステージ”を、バーニーズ ニューヨーク銀座本店のウィンドウディスプレイに公開した
経済不合理な投資が、強いブランドを生む
山口 内装やディスプレイに端的に表れていると思いますが、今日改めて店内をじっくり拝見して、経済合理の視点では説明のつかない投資をしてこられたことや、それが歴史として蓄積されていることの強さを感じました。
短期的なROI(投資収益率)を考えると成立しないことに、内部の人の時間や金銭の投資をし続ける偏執的なこだわりが、結果的に顧客の強い支持を得ている。
そういう矛盾を抱えているのが、ラグジュアリーブランドの面白さであると同時に、経営の難しさでもあるんですよね。
矢野 確かに、費用対効果のような考え方では説明が難しいことが多いですね。六本木店を作る際には床材を選ぶため、石材の産地である米国バーモント州まで足を運びました。
わざわざ掘削の現場に行って、「この石の、この面を使いたい」なんてことをやっています。
山口 「なぜアメリカに行く必要があるんですか」「その石材の輸送代は増収で回収されるんですか」と社内で問われても、普通の会社だと誰も答えようがないし、投資も承認されないですよね(笑)。
でも、「そこまでやることに意味がある」という哲学が積み重なってテイストやラグジュアリー感が生まれ、それが結果的にお客様の価値へ転換されている。
そのROIを超えたこだわりが、バーニーズのブランディングを牽引していることがよくわかります。
歴代の財務責任者の方の葛藤は、容易に想像がつきますね。しかし、それを飲み込んで継続されてきたことが、お金では買えない歴史であり、蓄積されたブランド資産です。
実は、20代前半に仕事でたまたまロサンゼルスに行く機会があり、ビバリーヒルズ店に立ち寄ったのが、僕にとってバーニーズの原体験です。
大してお金を持ってないのはバレていたとは思うんですが、ちょっと変わった色のアルマーニのコートがあって、店員の方がどうすればうまく着こなせるかを、かなり時間をかけて話してくれて。
そういった接客体験に魅力を感じる方が多いのはわかるんです。でも、コンサルタントの視点に立つと、バーニーズに行けば何を買えるのか。象徴的なアイテムやスタイルを、パッと想起しにくい。
ファッションに詳しくない消費者の立場だと「このアイテムがほしいから、バーニーズへ行こう」と想起されないので、お店に出向く行動に結びつきにくい。それがもったいないなと思いますね。
矢野 なるほど。「バーニーズ ニューヨーク」と聞いて、何を「想起」するかが重要だということですね。
山口 そうです。ブランドとは「識別記号」と「知覚価値」の2つが頭のなかで結びついて、初めて成立します。
例えば、バーニーズの空気感や接客の良さは、ブランディングにおける「知覚価値」にあたります。ほかにも、その店で買った商品に関する体験や、記憶に残っている品質などが含まれます。
一方の「識別記号」は、商品やサービスをそのブランドと結びつけるもの。ブランドロゴは識別記号の代表格ですし、長い期間同じタレントを起用していれば、そのタレント自体が識別記号にもなりうる。
例えばファッションブランドのロゴを見て、「おしゃれな人がいつも着ている○○なやつだ」と思ってもらえれば、それは識別記号と知覚価値においてブランド像がユーザーの中で結びついたというわけです。
ブランド戦略視点でバーニーズの課題を推察すると、固定ファンには店舗の空気や接客の体験品質が浸透していると感じます。しかし、その良さを言語化するのが難しいため他人に説明がしにくいし、クチコミも起きにくい。
また、ファッション感度の低い私のような人には、誰もが頭に思い浮かぶような、ブランドを代表する定番アイテムがあるわけではない。
ここに、さまざまなブランドや商品をセレクトするスペシャリティストアならではの難しさがあります。
世間でセレクトショップと呼ばれるような業態のお店と比較しても、自社企画のPB(プライベート ブランド)商品が少ないため、独自の定番商品で色を出しにくい。
ただ、ファッションの感度が高い人たちにとっては、何らかの要素がバーニーズ固有の魅力として結びついて想起されているはずなんです。
その要素を見つけ出し、より多くの潜在顧客層に伝えることができれば、もっと多くの方に来店いただき、この世界観を感じてもらえるのかな、と。
すみません、勝手に課題を考えて話すのはコンサルタントの職業病なので聞き流してください(笑)。
バーニーズは店舗の価値体験を拡張できるかが課題
山口 先ほど、僕はファッションには疎いので、「バーニーズ ニューヨーク」と聞いたときに想起される情報が少ないと言いました。
一方で僕の妻はファッションが好きで、いろんなお店や新作をこまめにチェックしているので、バーニーズに行けば何を得られるかがわかっている様子です。
つまり、その関与度の差でブランド理解に大きなギャップがあり、同時にそこを埋めるのがビジネスチャンスとも感じる。
そういったファッション好きな方がバーニーズに想起するものって、一体何でしょうか?
矢野 一番多いのは、ハレの日用のアイテムが揃う場として想起されていると考えています。つまり、いつもと違う少し特別な服を探しているようなお客様です。
ほかでは見つからなかったけど、バーニーズにならあるかもしれないという方や、フォーマルなシーンでも、ほかとは違うテイストを取り入れたい、というような思いでいらっしゃるお客様が多いですね。
もうひとつ、新規のお客様の圧倒的多数を占めるのが「ギフト購入」です。
父の日、母の日、バレンタイン、ホワイトデー、そしてクリスマス。特別な日のプレゼントを、バーニーズの黒いショッパーに入れて渡したいと思ってご来店くださる。
そのなかに「初めて来たけど、いいところだな」と感じてくださり、ファンになっていただける方がいらっしゃいます。
山口 なるほど。バーニーズのブランドは、特定の商品ではなく「特別なシーン」と結びついているんですね。
必需品ではない、嗜好品の小売ビジネスにおいて、特定のシーンから真っ先に思い起こすブランドは、優れたビジネスの必要条件といえます。
例えば、謝罪に行くなら菓子折りは「とらや」の羊羹というイメージがあります。そのおかげで「謝罪」という行為がある限り、とらやはなくならないわけです。
それと同様に「特定のシーンでのギフト」の想起があるブランドは、毎年繰り返しギフトの季節がやってくるたびに、お店に来る人が一定数確保でき、新規顧客数とリピート率も安定しています。
逆に言えば、一時期流行したけれど、忘れ去られて顧客が減るブランドと、そうでない時の試練に耐えられるブランドの分かれ目は、「特定シーンのギフトにおける想起」をしっかり獲得できたかどうかにあります。
世の中には次々と新しい流行ブランドが出続けるため、「流行している」だけが店に足を運ぶ理由では、1~2年で新しい流行ブランドに代替され、ビジネスは縮小していきます。
矢野 そうですね。我々としては、すでにファッションに興味があるお客様だけでなく、むしろアイテムの選び方や着こなし方がわからないお客様にも来店していただきたい。
そういった方に、ファッションの楽しみを知っていただくきっかけになることが、バーニーズのようなストアの価値だと思うんです。
山口 おそらくバーニーズは、今日矢野さんのお話を聞くまでの僕のように、ファッション関与度の低い方にとっては、自分向けのブランドだと認識できないと思うんです。
でも、僕は1時間にわたって銀座本店を案内していただき、矢野さんとお話しできたことで、バーニーズのイメージが随分具体的になりました。
それに、スーツの着こなし方も、アドバイスをいただいたことで何をどう選べばいいかがわかってきました。僕のようにリテラシーが低い人は、ひとつのアイテムだけではどう仕上がるか想像がつかないものですから。
このように、実際にお店に入って品揃えを見ながら空気感を味わったり、接客を受けたりすると、想起されることや認識も変わるんですよね。
矢野 そうですね。ファッションは自由なものである一方で、押さえておいた方がいいコードやコーディネートの定石があります。
例えば、スーツのストライプの幅よりも、シャツのストライプの幅をちょっと細くするとバランスがいいとか、その場合はネクタイの柄はそれらと全部ずらす方が収まりがいいとか……。基本のロジックがわかれば、それを踏まえて冒険ができますよね。
山口 ええ。先ほど矢野さんがおっしゃったような新しい層にファッションの楽しさを届けるには、バーニーズが店舗で提供し、私が今日体験したようなことを、どのように外へ拡張していくかがポイントになるように思います。
リアルな店舗の内装や店頭のディスプレイで作りあげたバーニーズの世界観を、潜在顧客にも伝わるようにPRでどう広げていくか。店を訪れたときのようなアドバイスや接客は、工夫次第でECなどデジタルでも再現できるかもしれません。
矢野 まさに、今の我々が取り組まなければならないのが、コミュニケーションの拡張です。
バーニーズが1世紀近い歴史のなかで培ってきたテイストを、今の時代に合わせてどう更新し、伝えていくか。
ラグジュアリーなファッションの楽しみを次の世代に引き継げるように、我々なりのやり方を考えていきたいと思います。
(編集:海達亮弥、宇野浩志 取材:宇野浩志 執筆:唐仁原俊博 撮影:茂田羽生 デザイン:堤香菜)