【柳 幸典】日本はトップを「総とっかえ」せよ

2020/4/25
現代美術家、アートディレクター、プロデューサー。
一人で何役もの顔を持ち、世界を股にかける異能のアーティスト、柳幸典氏。
日本の美大を卒業後、若手アーティストのホープとして注目を集めるも単独渡米。
イエール大学大学院に留学時に、無名の新人アーティストでありながら美術誌『アート・イン・アメリカ』の表紙を飾ったほか、ニューヨークのホイットニー美術館で初の外国人アーティストとして作品が展示されるなど頭角を現す。
その後は、ニューヨークと瀬戸内海を行き来しながら、約13年の歳月を経て瀬戸内海の離島に《犬島精錬所美術館》をオープン。
今では110万人を動員する「瀬戸内国際芸術祭」の見どころのひとつとなり、お忍びで訪れたキアヌ・リーブスからも賛辞を受けて話題になった。
今月から、アメリカ・ロサンジェルスで約4年ぶりとなる大回顧展を予定していた柳氏に(※新型コロナウイルスのため延期。開催時期は未定)、ローカルに軸足を据えつつ、グローバル、かつサステイナブルに活躍するその軌跡について話を聞いた。
「日本人」を俯瞰する視点
──柳さんは日本の美術界で”若手アーティストのホープ”と注目されながらも渡米され、イエール大学の大学院に進まれました。
とにかく日本を飛び出したかったんです。
ずっと「自分を拘束するものからの脱却」というテーマで作品を制作してきましたが、このまま日本にいたら先が見えないと思っていました。それでイエール大学に奨学生として呼んでもらったんです。
当時はバブルの真っ最中で、日本から企業派遣のビジネスマンがたくさん来ていましたね。
みんな羽振りが良くて、アパートにグランドピアノを置いたり、スポーツカー乗ったり。でも見事に誰もアートの話ができなかった。
「それ儲かるんですか?」って言われてね。
一緒にルームシェアをしていた奴は数学者でしたが、アートの話ができました。
──日本とアメリカではアーティストへの理解や社会的地位が異なるのでしょうか?
日本ではまだまだアートって趣味の延長線上だと思われていますよね。
「それまで当たり前とされていたルールや既存の価値観を超えて、新たな地平やフロンティアを生み出さないといけない」という点で、アートもビジネスもイノベーションにおいては同じことなのですけどね。
だからこそ、イエール大には素晴らしい美術館もあるし、日本と違って総合大学の中に芸術大学がある。それでこそ知のユニバース(宇宙)なんです。
──イエール大学で得たことはどんなことでしたか。
僕はアメリカに行ったことで、「日本人は何者か」ということをずっと考えることになりました。
最初は英語ができなくて、日本語の図書館にこもって、そこで日本の現代史、右翼について調べた本や、日本で発禁処分になった本を読みふけりました。
海外で日本について学んだんです。
それまで日本で感じていた拘束や抑圧や同調圧力とはなんだろうと解明して、さまざまなバックグラウンドを持つ学生と議論したことが、現在の自分を用意した部分はありますね。
反骨精神をも商品化する市場
──大学院の後、どのようにアメリカでアーティストとしてデビューされたのでしょうか。
NPOが運営している「ノンプロフィット・ギャラリー(非営利ギャラリー)」というのがあって、僕のデビューはそこからでした。
アメリカの現代アート界にはコマーシャル・ギャラリーやオークションという華やかな世界もあれば、まだ商業に結び付かないような新人アーティストをサポートする非営利のギャラリーが数多くあります。
ニューヨークとロサンゼルスの非営利ギャラリーで僕の作品を選んでいただいたのが最初のきっかけです。
──非営利ギャラリーは国の助成金で運営されているわけですよね。アメリカでは公共美術館やギャラリーでの展示において「政治的な表現はNG」というような縛りはなかったのでしょうか?
発想がまったく逆なんですよね。