【無料公開中】どの治療薬が、本当にコロナに効くのか

2020/4/4
いま世界が最も欲しがっているものは、新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の治療薬でしょう。まだ特効薬はありません。
そのため世界中の大学や医療機関、企業などが、新型コロナの治療に効果のある、治療薬やワクチンを探すために必死になっています。
どの薬が有望なのか。どのくらい効果があったのか。その開発や検証には、どのくらいの時間がかかるのか。
NewsPicks編集部では、そのクオリティが専門家たちによって精査される「論文」(アカデミック・ペーパー)を切り口に、一流のナビゲーターと謎解きをするPaperPicksを始めます。
その初回は、新型コロナの治療薬にスポットライトを当てます。ナビゲーターは米国内科専門医として活躍し、また無類の論文好きでもある山田悠史・医師です。

世界の医者が「凹んだ」

現時点で、新型コロナの治療や予防をするアプローチは、大きく3つあります。
1. 既存薬を投与してみる
2. 新型コロナに有効な、新薬を開発する
3. ワクチンを開発する
このうち、最も研究が進んでいるのが、一番目の既存薬の有効性です。すでに安全性の情報が分かっているので、多くのプロセスを省略できるのです。
では、専門家が注目をしている、新型コロナ治療についての注目論文(合計5本)を分かりやすく解説しましょう。
ここでは、世界で注目されている5つの治療薬を取り上げます。
最も大きい反響を呼び起こしたのが、既存のHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の治療薬を、新型コロナ患者に投与してみたという論文でしょう。
(写真:BSIP / Getty Images)
結論からいうと、期待されていた抗HIVの治療薬「ロピナビル・リトナビル(商品名:カレトラ)」は、患者さんを救えなかった。
世界中の医師が、この論文でガックリと肩を落としました。
掲載されたのは、医学系のトップジャーナルの一つである『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』になります。
まずこの論文のすごいところは、感染爆発が最初に起こった武漢で、なんと初めて新型コロナが同定された日から「約1週間後」に研究が始まっているということです。
そんな中、ここでは、カレトラという薬を飲んでいる人と、飲んでいない人をそれぞれ100人ほどのグループにして比較しています。その有効性を比べてみたら、残念ながら統計学的には差がなかった。
特に、この薬はすでに世界中で手に入りやすい薬でしたから、有望な治療薬の候補でしたが、残念な結果に終わったと言えます。
一方で気にすべきポイントは、今回の研究は死亡率の高さから見ても重症患者で少し病状が進んでしまった方を対象にした点です。
もっと感染早期の人たちを対象にしたら、その結果は異なったかもしれません。どんなに有効な薬でも、投与開始のタイミングを逸すれば、効果はなくなってしまうからです。
(写真:Ian Forsyth / Getty Images)
また、研究デザインという点で見るべきポイントとして、この研究は薬を飲んでいる人と、薬を飲んでいない人に分けている点が挙げられます。
より正確な結果を得るには、薬を飲んでいる人と、偽薬を飲んでいる人に分け、患者や医師にどちらを飲んでいるか分からなくする(これを盲検化と呼びます)のが理想です。
なぜなら、薬を飲んでいる人と飲んでいない人で分けた場合には、治療を受けている患者にも治療をしている医師にも対象の薬を飲んでいるかが分かります。
それぞれ心理的影響が働いてしまい、それが試験結果に影響を及ぼす可能性があるからです。
これは感染流行の混乱の中で行う上で、仕方のない研究の限界とも考えられます。
しかし、みなさんにここで知っていただきたいのは、簡単には「この薬は有効だった」「この薬はダメだった」というように、シロクロと決着がつかない事実です。
こうした論文が何本も積み重なって、本当に有効な治療薬はどれなのか、初めて真実が見えてくるわけです。

トランプ大統領の「お気に入りの薬」

3月23日、米国のトランプ大統領が「神さまからの贈り物だ。ゲームチェンジャーになる」と発言した薬があります。
実はこの薬は、マラリア感染者に使われる既存の治療薬のことでした。
ヒドロキシクロロキン(商品名プラケニル)と、アジスロマイシン(商品名ジスロマック)という2つの薬の組み合わせが、新型コロナに有効かもしれないと注目されています。
おそらくトランプ大統領は、中国やフランスなどで患者さんに試験的に使われているデータを見て、飛び付いたのでしょう。
だから「one of the biggest game changers in the history of medicine(アメリカの医学の歴史上、最大のゲームチェンジャー)」と、ツイートまでしています。
ところが米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の所長であり、ホワイトハウスのタスクフォースのメンバーであるアンソニー・ファウチ博士が、すかさずツッコミを入れています。
「まだ根拠は薄く、裏付けに乏しいですね」と。この分野の権威が大統領にクギを差したことが、とても面白かった(笑)。
ではヒドロキシクロロキンについての最新の研究を、見てみましょう。
マラリアの治療薬だったヒドロキシクロロキンが、ものすごく効果がある可能性があるという結論ですが、この結果だけで必ず有効とは言い切れません。
まず、この試験はランダム化(患者さんを治療群と比較対照群でランダムに割り付けることでリスクの偏りをなくすこと)をしていません。
治療薬を投与された20人の方は回復力が高い人だったとか、合併症がなかったとか、もともと有利であった可能性、偶然の結果である可能性を排除できません。
一方で、ヒドロキシクロロキンには、重篤な不整脈の副作用が知られています。これは、アジスロマイシンを加えると、さらにリスクが上がります。
トランプ大統領に釘を刺す、アンソニー・ファウチ博士(写真:Drew Angerer /Getty Images)
このため、治療薬の効果がないどころか、下手をすると患者さんが副作用で命を落としてしまうこともあり得ます。実際に、自己判断で薬を飲んだ患者さんが、亡くなったという報道も出ています。
この薬は、後にランダム化試験も報告され、他にまだ良い候補薬がないことなどから米国FDA(食品医薬品局)の条件付き緊急使用許可という流れを生んでいます。
ただし現在の論文の報告だけで、有効であると結論付けるのは難しいところです。

アメリカの「患者1号」に投与

アメリカで見つかった新型コロナの患者の第1号。その人に投与された治療薬は、かつてエボラ出血熱のために開発された「レムデシビル」でした。
なぜなら、この薬はすでに新型コロナに対して、高い効果があるという基礎実験結果が出ていたからです。ウイルス感染細胞を使った基礎実験の結果が、すでに論文になっていたのです。
新しいウイルスによるパンデミックで、こうした基礎実験ですぐに有効性が確かめられるのは非常にレアなことです。
だからこそ、アメリカで新型コロナに感染した「患者1号」に投与する薬として、選ばれたという経緯があったと思います。
下記は症例報告と呼ばれる論文で、残念ながら薬の有効性を示すことのできる類の論文ではありません。
ただ一人の患者に薬を投与した後、明らかな副作用もなく、その後に回復したという事実を述べたものです。
薬を投与したから回復したのか、薬を投与しなくても回復したのかは、実際のところ分からないのです。
それでも世界中の人たちが、ちょっとでも新型コロナのヒントを求めて、こうした論文を欲しています。だからこそ、一流ジャーナルが例外的なスピードで掲載を決めたのでしょう。
この薬の仕組みを、簡単に説明しましょう。
このエボラウイルスや、新型コロナは、人間の細胞に入り込むと、自分の設計図である「RNA(リボ核酸)」を増やして増殖してゆきます。
このウイルスのRNAを増幅する過程を、ブロックする効果を持つのがレムデシビルなのです。
この薬はエボラウイルスだけでなく、SARSやMERSのコロナウィルスにも動物実験レベルでは、有効性が示唆されていました。
その効果が早くから確かめられたのは、ひとつは中国のおかげと言えます。中国は新型コロナのデータを、当初から世界中に向けて公開しました。
そうしたデータを基にして、世界中の研究者が治療薬を探し、この薬の有効性を少なくとも試験管の中で確かめることができたのです。

日本政府が「猛プッシュ」

日本政府がイチオシしているのが、富士フイルムの子会社が作っているファビピラビル(商品名:アビガン)です。これはインフルエンザ用の治療薬として、作られたものです。
日本人はインフルエンザが流行すると、タミフルという薬を飲みますよね。
しかし、いつ、なんどき、新しいタイプのインフルエンザが大流行するか分かりません。その時に、タミフルが効かないインフルエンザだと非常に困ります。
そこで普段は使わず、日本政府が備蓄しているのがアビガンです。
(写真:Bloomberg / Getty Images)
仕組みとしては、レムデシビルとよく似ています。ウイルスのRNA(リボ核酸)の増幅過程を、ブロックするという効果があります。
ただし、レムデシビルほど期待値は高くなかった。過去に発生したSARS、MERSの流行時にもその効果が検証されたのですが、大きな成果を上げられませんでした。
だから中国の新型コロナの患者さんに、アビガンが効いているかもしれないという見方が出て、ビックリした医師もいたかもしれません。
このような試験結果から、中国ではアビガンを早期に承認する動きにつながっています。一方で、例えば韓国からは、このアビガンの効果に懐疑的な見方が出ました。
これは必ずしも政治的な「反日感情」であると、受け取ることはできません。彼らの主張には、サイエンスとしても一理どころか、二理、三理もあります。
中国からのこの報告は、確かにランダム化されてはいるものの、偽薬ではなくアルビドールという別の薬剤を比較対象に使っています。
先に説明した盲検化がされておらず、バイアスが取り除けていません。結果もバイアスの可能性が十分に残っており、確かにその解釈には注意が必要なのです。
ただし、日本としては国産の薬があるならベスト。有効性がしっかりと確認されれば、よりアビガン推しになるかもしれません。

コロナに勝った「患者の抗体」

最後に紹介するのが、すでに新型コロナに感染したけれども、回復した人の血液(血漿)をもらって投与するという治療法です。
これはもう100年も前からやられている、古典的なアプローチですね。これを新型コロナでも引っ張り出してくる、人間とウイルスのあくなき戦いというわけです。
(写真:Stefano Guidi / Getty Images)
病気から回復した人の血液には、そのウイルスに対する「抗体」が入っています。ウイルスと戦うための、武器がそこで作られていたからです。
これを輸血すれば、効くでしょうと。そうした治療についての結果を発表したのが、下記の論文です。
論文は、この血漿を投与した患者さんたちの病状が、良くなったと報告しています。
ただし投与したからこそ、本当に回復したという因果関係の証明にはなりません。その証明のためにはしつこいようですが、ランダム化比較試験が必要なのです。
しかし、この論文が発表されたこともあり、血漿を使った実験的治療を、アメリカ政府がパンデミック対策のひとつとして条件付きで認めることにしました。
なにか有効な治療法はないか。どれだけ医療現場が困っているかを考えて、そのような判断をしたのでしょう。
今後は、いかにスケールできるかが焦点になります。何せ、回復患者からの献血だけでは量に限りがあります。
新型コロナのウイルスを、次々と攻撃してくれる。回復した患者の血液中を流れるそうした特定の抗体を人工的に大量に増やしたものをモノクローナル抗体製剤と言います。
それが増産できれば期待の治療になるかもしれません。
(写真:David Dee Delgado / Getty Images)
いま世界の医療現場では、本当にワラをもすがる気持ちで、新しい治療薬を求めています。そういった熱意が、こうした論文に色濃くにじんでいるのが、分かっていただけたでしょうか。
いま世界が一番、手に入れたいもの。その一つは間違いなく新型コロナの治療薬であり、だからこそ、数百もの実験が同時に進んでいます
しかしその結果の解釈には冷静な分析が必要であり、すぐに飛び付いて、一喜一憂することはできないのです。
(解説者:山田悠史、聞き手:後藤直義、デザイン:黒田早希、ポートレート撮影:加藤昌人)