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リスクを取り続けると、安定します。試行錯誤をまわして、自分に何が出来て何が出来ないのか分かる。
「リスクを取らないのに、あれこれ口ばかり出す」のは考えものなのはたしかだが、リスクを取っているからといって自分が一段上の存在かのように振る舞うのが当たり前というわけではない。そうなってしまうのはその人にとってリスクテイクが過大であり、抱えきれていないだけではないかと思う。
とても本質を突いた、考えさせられる記事。

ちょうど今、社員育成における「リスクテイクのフレーム」を考えていた中で、ただただ“挑戦する機会の提供”や“失敗経験から得た学びを言語化し展開していく機会の提供”、“自らリスクテイク宣言をする場の提供”などなど複数の場作りを検討していたのですが、そもそも失敗すらしていない人や失敗を避ける傾向にある人はこういったフレームだけを提示しても意味や意図が分からないかもしれません。

起業家や政治家に限らず、組織やチームを率いる立場の人であれば誰でも、先陣を切ってリスクを取り続けなければいけない、それがリーダーの役割だと改めて痛感しました。
失敗すれば、起業家も政治家も、虫ケラ同然で、まともな人として扱ってすらもらえない。

だから、リスクを取ると、必死になる。凄みが出る。

偉大な起業家も、政治家も、「傲慢で、怖い人」に見えるのは、当然なのだ。
リスクをとるから凄いんじゃない。

もちろん、リスクをとることは目的でもない。単にリスクをとるだけの人は無謀。

本気でやりたいことがあるから、リスクをとる場合もある。

リスクをともなう手段も実行しているだけ。越えなきゃいけない壁の1つですよ。
これは本当に本質を突いたお話。

リスクを取ってない人には分からない景色がある。
楽しいが、苦しい。言い様のない感覚。
簡単なことで、腹をくくって、真剣勝負をすれば、場数を踏んだ数だけ成長するということです。

急に見える世界が変わるわけではなく、映画MATRIXのように、安全地帯に身を置いていた時の平和で平穏な景色が、厳しく、無情な景色に変わるということかもしれません。

これは、組織の中、特に、出世の道の真ん中を歩いている人たちには、ほとんど理解不能な世界であることが、そういった方々がリスクを取れない大きな原因ではないでしょうか?

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
安全地帯は心地よく、外は荒野にしか見えなくなりますが、荒野は広くフロンティアに溢れています。

安全地帯でラットレースに明け暮れるよりも、荒野を駆け巡って世界を知れば、それだけで世の中を見る目が変わります。
少しずつ荒野に出ながら耐性を身につければ、荒野でも生きていける逞しさを得られます。

安全地帯と思っているところそのものが外圧で一気に崩壊するリスクもあるので、リスクをとれないと逃げきれません。
情報が容易に得やすくなり、多くの人が、うまくいかないこと、自分で決める責任、すら避けることができるようになった。

〇〇がないとできないからやらない、専門家が□□と言ったからこうした、他国が▲▲したからこうした…

そして多くの人がそれにのっかって生きています。

当たり前です。その方が楽なんだから。
考える手間も決めた責任も負わなくていい。

ただ、逆に、自分で考えたい人もいるし、人に従いたくない人もいる。その人たちにとっては、考えず誰かに従うほうが楽じゃない。その方が楽な人もいるんです。

人はそうやって自分にとって楽なことを求める。

それが本質だと私は思っています。