【アート思考】不確実性の時代。情報より大事な「問う力」

2020/3/25
新型コロナウイルスによって、生活も経済も混乱が続いている。
が、思い返すと、何かしらの危機は毎年のように発生している。2008年リーマンショック、2010年欧州金融危機、2011年東日本大震災、2016年熊本地震。一昨年から台風などの自然災害も相次ぐ。
そんな不確実性の時代にあって、アートが着目されている。
アート思考とは「問う力」。直面する危機を乗り越える解決力も必要だが、アート思考で「そもそも」を問う力も求められている。
実際、科学や数学などの理工系科目にアートを加えた「STEAM」が、新たな教養として注目を浴びだした。日本でも、25年前に成立した科学技術基本法が初めて本格改訂され、いわゆる「文系科目」が科学技術として扱われるようになる見通しだ。
そして、意外にも理工系大学の東京工業大学で、サイエンスとアートの融合が進む。
NewsPicksは、アート思考の第一人者、環境・社会理工学院の野原佳代子教授に着目。日本と欧米におけるマスク着用率の違いでさえ、アート思考を遣えば解釈できるーーとまで指摘する野原教授に、アート思考の最前線について聞いた。

測りませんが、解釈します

──アート思考を使い、どのような研究プロジェクトをしているのですか。
例えば、スポーツ用具メーカーのミズノさんなどと、産学共同プロジェクトをしています。企業の方には、「私たちは測らないし、製造しません」と、あらかじめ申し上げています。
私たちができることは、「観察し、読み取り、さらに読み替える」こと。つまり、観察対象者を解釈をすることです。しかも、何万人もの人間のデータを測るのではなく、1人からせいぜい10人をひたすら観察しています。
企業側のみなさんはすでにたくさんのデータを持っていると、そうおっしゃいます。そのうえで、”測らない、作らない”私たちに対し、何かに気付きが欲しいと依頼が来るんですよ。
講演会やイベントで、いろんな企業の方と話すのですが、今のセンシングブームによって、「10年にわたって、多くのデータを集めてきました。でも、データをどう使えばいいのでしょうか」という、お声をもらうこともあります。
──ある意味「IoTバブル」がはじけたのでしょうか。センシングの対極にあるアナログの手法にも注目が集まっているようですね。
建物の室内環境のようなデータは測り尽くしつつあるので、心拍のような人間の状態を示すデータに注目が集まっているのかもしれません。けど、心拍が高いと分かったところで、そのようなデータは人間の内的な要因が絡むので、それが何を意味しているか解釈するのが難しい。
私たちは心拍や血圧の専門家でもないので、詳しくありませんが、人文社会系の私たちに言わせると、「じゃあ、その人に聞いてみれば」となります(笑)聞けば、何か分かることもあるでしょうに。
ただ、人間というのは本音を吐かない生き物なので、言うことをそのまま信じるわけにもいきません。だけど、質問と観察を根気よく続けていけば、この人はこういう時にこういう言い方をするという、傾向が分かります。
例えば、この人は、ものすごく体が辛そうな状態なのに、「大丈夫、大丈夫」って言う人だと分かれば、「大丈夫」という言葉をそのまま受け取らないですよね。
案外、人間はこうしたことをずっとやってきたんです。人間は人の顔色を伺って生きてきたじゃないですか。そうして社会はうまく回ってきた。
──今や「忌憚なき意見を述べる」ことばかり推奨され、「顔色を伺う」ことには悪いイメージすらつきまとっていますね。
話し手は気遣いから「大丈夫」と言い、聞き手は「いや、そんなはずはない」と受け取るようなやりとりは、まさに顔色を伺う行為ですよね。悪い意味での「忖度」みたいにはなってはいけないのだけど、ある程度は顔色の読み合いをすることで、適度な人間関係を維持できるのです。
それが、IT技術の発達によって、メールやSNSのような顔を合わせないタイプのコミュニケーションが普及するようになった。コミュニケーションがチャンネルごとに人が分断された今、顔色はもはや読めなくなり、データ量に頼ろうとしているのかもしれません。