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新型コロナウイルス対策で「和歌山モデル」と呼ばれているんですね。現状に鑑みた的確な意思決定と迅速な遂行。学ぶべきところが多くあります。企業経営においてもこの不測の事態をどのように乗り切るかリーダーシップが求められる局面。
人口密度の高い都市部では到底ムリだと思いますが、地方都市では可能な方法ですね。

ただ、今に至っては感染経路や感染者の洗い出しは極めて困難だと思います。

初期段階の迅速な決断力と実行力の好例ではありますが・・・。
アメリカでは少なくとも先週の火曜日まで全く対策が取られてなかった。ゼロと言っても差し支えない。感染経路把握は最初の頃はできていたようだが、途中からは完全にアウトオブコントロール。
カリフォルニアの一部の郡から始まったロックダウンで初めて住人の危険度への認識が上書きされた。

追記
ご本人のブログが裏話として非常に面白い。

http://www.nisaka.gr.jp/wp/desire/3027/?fbclid=IwAR3afZbvZ63Jz8Riq2LT8gfe_ez6fa1bAjpSH3-SGRei78HYPsPtU517go4
和歌山でなにがおきていたのか、どういう動きをしていたのがわかりやすい記事。地方自治体のトップ、知事ってなにしているの?という人も多いと思いますが、こういう時にこそ、しっかりした人を選ばねばならぬと感じます
法律上は「地方自治」体であり、一定の自治権が委ねられているのです。地域独自の課題に対しては国の方針に従うだけでなく、それに見合う対応をとる知性と志の重要性を感じます。
段階、規模によって取るべき最適策は変わると思う。
この段階だったらこういう方策がよいという話だし、またこの段階で抑えるために、そもそも接触機会を減らすことが、いまはそこまで拡散していない日本だとまだできる。ただ最近油断が蔓延している印象。
湯浅町の近くの有田市とその周辺では、1977年にコレラの集団感染が発生しました。その頃私はまだ小学生で、「近くの町で何か大変なことが起きてる」ぐらいの意識しかありませんでしたが、当時はかなりの混乱をきたしていたことが、こちらのリンクの記録から辿ることができます。

https://h-crisis.niph.go.jp/?p=84328

新型コロナウイルスで当地がこのような対応がとれたのも、地方の比較的小さな地域社会であったことに加え、コレラの集団感染の記憶がまだ地域に残っていたからかもしれないと、個人的には感じています。

さすがに同じことを日本全体でやるとなると、なかなか理想どおりにはならないかもしれませんが。
大事なことは、「和歌山県だけ」だったので、これが成立したということです。

他県も同様の対応をしていたら、その時点で破綻しています。

そう考えると、これが英断だったのか否かは微妙かもしれません。

「和歌山県」として封じ込めたということに関しては英断です。

ただ「日本全体」としては、「和歌山県のみが独自ルールで自県のみ封じ込めた」という見方もできます。

全体としては、全体の指示に従わないことは、「個別」にはよい結果を得られることはあっても、「全体」としては、悪影響があることも少なくありません。

「部分」と「全体」の両方を視点を持つ必要があると思います。

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
これは日本のメディアでは書けない記事ですね。英語メディアではクルーズ船以降CNNなどから相当日本に風当たりがきついですが、少数メディアがようやく着目し始めて来てくれています。
もちろん、人口密度などの条件に影響されますが、和歌山県の仁坂吉伸知事は、強いリーダーシップを発揮していましたね。
あの当時は、まだ感染拡大初期で、何を信じるべきか判断が難しい時だったのに、意思が強かったです。

今回、コロナ対策で、都道府県のお国柄も少なからずあるのかな?とも感じています。

和歌山県といえば、紀州徳川家が治めた地域。
個人的には、尾張徳川家、水戸徳川家と比較して堅実なイメージがあります。県民の方々が比較的お役所を信用しているのかもしれない…
→暴れん坊将軍の影響かも…
今後は各地域の流行状況に応じて都道府県が判断することが多くなるので、知事の力量差がかなり出てくると思います。知事選も大事ですね。

追記:流行の初期においては、和歌山モデルが参考になるかもしれません。ただ、感染症対応は経営と同じで特殊解です。特に状況判断が重要になるので、各地域の流行状況やリソースを無視して真似してもうまくいきません。