【大迫傑】トップになるために「最低限の依存で勝ちたい」

2020/5/28
トップアスリートであるほど、メンタルが強いイメージがある。大迫傑もその一人だ。自身の持つ日本新記録を更新し、東京五輪の出場権を手繰り寄せた東京マラソンでの快走はそれをより印象付けた。果たしてその実際は──。
大迫傑(おおさこ・すぐる)1991年、東京都町田市出身。中学校で陸上を始め、高校で強豪・佐久長聖(長野)で全国高校駅伝優勝を経験。早稲田大学では箱根駅伝で二度の区間賞を獲得。卒業後、2015年に5000mで日本新記録を樹立。マラソン転向後、2018年10月のシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立した。今年3月1日の東京マラソンでは2時間5分29秒をマークし、自らの日本記録を21秒更新した。「ナイキ」所属。

自分の言葉で自分を作る

──ご自身のメディアも作られていますが、メディアを通して伝えることと、ご自身でストレートに伝えることは、どのように差別化されているのでしょうか。
大迫傑(以下、大迫) なるべく自分の“生の声”を伝えたいという思いがあるので、どこのメディアに出るべきなのかを選ぶのが大切だと思っています。
 もちろんメディアによりますが、例えば、自分の“生の声”をメディアを通した場合、本来自分が伝えたいことの70パーセントしか読み手に伝わらないとします。
それで読み手の50パーセントしか理解してくれなかったら、結局、僕が伝えたいことの50パーセントしか伝わりません。
 でも自分のSNSを通してダイレクトで伝えた場合、それが例えば読み手に80パーセントしか伝わないとしても、その30パーセントという差は大きいなと。
──今回はメンタルをテーマでお話をお聞きしたいのですが、自分の意図したことが伝わらなくて誤解されることでストレスはありますか。
大迫 自分の言葉で伝えたいことをちゃんと伝えたいのは、「自分を作る」というか。周りから見られる自分を作るのは、ある程度大事なのかなと思っています。
──「作る」という感覚なんですか。
大迫 そのイメージがあって、いろんなこと──例えば企業に対してであったりとか、これからやりたいと思っていることに生きてくる部分は多いかなと思っています。
 自分で自分を作るというイメージですね。
──かつて「マラソンでゴールテープを切るときに倒れ込むのは好きではない」と話されていました。実際に倒れ込むくらいの極限状態ではない、と。
大迫 あれ(ゴールで倒れ込む)って自分から出た“素”なのかと言ったら、そうじゃなくて、周りが考えている自分を演じている結果、倒れ込んでしまったのかなと思うんです。倒れ込むものだ、というような。
 それは人が作ったものです。
 さっき僕は(自分を)作るって言いましたが、正確に自分を理解してもらうと言ったほうがいいかもしれない。
あえて(自分を)作っているわけではなくて、ちゃんと自分から出てきた言葉や姿を理解してもらいたいと思っています。
──自分のことを作らないためには、メディアをも選ぶ必要があると。
大迫 そうですね。いつもコメントの一部を「切り取って」しか伝えないとか、自分が発信したいことがわかっているのに、あえて違った使い方をするとか。
 あとは聞き方ですよね。誘導するような聞き方というか、こういうことが聞きたいんだろうなって思いながら、いつもそれは否定させてもらっていますけれど……。
──あるアスリートが「記者の人は『1+●=3』を決めてきて、●を埋めようとして質問している」と言われました。「『2』を言わせたいんだろう?だから言わない」と。
大迫 そうですね(笑)。それはすごくあると思います。

足りない部分を認める必要性

──そうした自分の言葉を正確に伝えたいといった気持ちを含めて、大迫さんのメンタルは「強く作られている」ように見えます。一方で、以前のインタビューでは、ご自身に「メンタル的な弱さやプレッシャーがある」とも正直にお話をされています。メンタルは走る上でどのくらいのウエイトを占められていると感じていますか。
大迫 競技によって全然違うと思うけれど、マラソンにおいてはすごく大きいのかなと思っていて。
だからこそ僕ら日本人でもチャンスがある競技のひとつかなとも思っています。
 フィジカルの差が大きければ難しいというのが大前提にあったとして、東京マラソンでは4番でしたからあまり大きなことは言えませんが、それでも5番(L・チェロノ)、6番(K・オズビレン)だったのは、オリンピックや世界大会のトラックなどで結果を残してきた選手ばかりでした。
 (上位3人を含めても)彼らとフィジカルの部分だけで戦おうとすると戦えない。そういった中で、4位になった東京マラソンにおいて、(メンタルの部分は)非常に重要だったと思っています。
──メンタルの幅を伸ばすことで、海外のフィジカルが強い選手に追いつき、追い越せる可能性がある。そもそもマラソンで勝つパフォーマンスを最大化するとき、技術、メンタル、フィジカル、それ以外に必要な要素はありますか。
大迫 技術、メンタル、フィジカル……。メンタルに通じるところではありますが、戦略というのはありますね。
 試合前から戦略を立てることはしませんが、その場その場で起きたことに対応していく“素”の戦略力というか、組み立てる力というのは必要じゃないかなと思いますね。
──つまり、世界で勝っていくためには「メンタル+素の戦略」で、例えばケニア人選手とのフィジカルの差は埋められると?
大迫 僕だけの話で言うと、これから残りの現役生活の中で、どれだけフィジカルの差を詰めていけるかというと、ちょっとクエスチョンマークがつくのが現実かなと。
 やはり自分自身だけの力では限界があって、“足りない部分”を認めることができたからこそ、次の世代に託すことができる。そういう後進の話にもつながると思いますね。
──そうした(メンタル的に)足りない部分というものは、どのように補っていくのでしょう。常に探している感じなんですか。
大迫 プラスアルファというか、気づいていくというか。
表現するのが難しいですが、元々あると思うんですね。それを足すということがなかなかできなくて。見つけて、それを強化していくみたいな感じですかね。ざっくりとしたイメージですけれど。

成長途中ではメンタルトレーニングが重要

──それはご自身の感覚的なもので見つけるのですか。それとも、周りの方から言われて見つかるものですか。
大迫 メンタル的な部分ですよね……。
 ナイキ・オレゴン・プロジェクトについて関わるところもあるので全ては話せないのですが、以前は僕もサイコロジストやセラピストとかについてやっていました。
(そういう経験もした上で)でもサイコロジストやセラピストとかは、デベロップメントの時期には必要だと思うのですが、ある程度、自分で整理がつき始めて次のステップに行くときに“足かせ”になることがある。
 なんか依存してしまうというか。そこで助けられているからもういいんだと思っちゃう。
 東京マラソンはサイコロジストやセラピストがいない中、何もなく臨んだのですが、より楽しめるようになったというか。以前はメンタルの専門家から「こうじゃないかな」っていうふうに言われてきたことを信じてやってきたんですが、今回それをなくしてやってみたら「こういうのもあるじゃん」っていうふうに気づけるようになった。
──なるほど、それはフェーズ(段階)が変わったということですか。
大迫 怖いと思うんですよ。
今まであったものがなくなるとかって。まったく違う治療もそうですよね。毎回来てくれていた先生が今回でいなくなるとか、毎回食べているものがなくなるというのは不安になる。
 でも逆に捉えると、それは新しい自分を知るチャンスでもあり、新しい課題が見つかるチャンスでもあると思っていて。
それで東京マラソンでは、現にそういった助けなく行って、完璧ではないけれど、ある程度結果が出たので、やっぱり(これまでは)依存してトレーニングしてきたんだなって思いますね。
──ということは、時間や能力が無限に許すならば、理想のアスリート像としては外部に依存しないで勝ちたい、それとも、依存もしながらみんなの総和で勝ちたいタイプですか。
大迫 最低限の依存で勝ちたいなと思います。
 もちろん誰にも頼らずに勝つのって難しいと思うんですよ。やっぱり誰かしらスタッフはいなきゃいけないとは思う。その最低限って、コーチと選手なのかなって思っています。
 あとのスタッフも、もちろん重要だけど、(感覚として)決定的なものではない。
 靴もそうですよね。ひとつのツールではあるけれど、でもそれが僕らを決定づけるものではない。
 決定づけるのはそれまでの練習であって。それがすべてですね。それを支えてくれるのがコーチだから。それが理想かなと思います。
──現実的にその理想は難しいと思いますが、世界で勝つことを見据えたとき、ここは助けを借りようとか、ここは自分でやろうとか取捨選択したいという感覚ですか?
大迫 誰かに頼ると、行動の幅が狭くなるときがある。
 (大会前に調整を行った)ケニアに行くときも、周りからは(スタッフがいないことや手続きや色々な条件があって)「行けない」と言われていたけれど、実際に行けた。
 もちろん、(頼ることが)必要なときもあると思うんですよ。
例えば、金メダルを獲って自分がトップになって、これ以上挑戦する必要はなくなって、このまま続けたほうがいいという状況だったら、スタッフを固めてひとつの形にこだわる必要があると思うんですけれど。
 でもひとりだけですからね。一番になれるのは。
 それ以外の選手はつねに上を目指さないといけない状況だから、それ(依存)は必ず足枷になると思っています。
<後編「依存しないなかでメンタルにどう取り組むか」(5月29日配信予定)に続く>
(執筆:小須田泰二 構成・編集:黒田俊 撮影:杉田裕一 デザイン:すなだゆか 写真:GettyImages)