0→1は、やらない。ソフトバンク流・新規事業の作り方

2020/3/27
 重点テーマとして「新規事業」を掲げる企業は、94.2%*。しかし実際に新規事業の部隊にしかるべき規模の人材を投入し、予算を割いている企業は多くないのではないか。

 ソフトバンクは2017年10月に、120人規模の新規事業の組織(デジタルトランスフォーメーション本部)を発足。物流を始め、小売りやヘルスケア、建設・不動産などの領域で、異業種と協業しながら20以上のプロジェクトを進行させている。

 立ち上げから組織を率いる河西慎太郎氏にその極意を聞くと、「0→1はやらない」との答えが。その意図とは何だろうか?ソフトバンク流の新規事業の生み出し方を、読み解いていく。
*2019年7月、時価総額が3000億円以上の日本の大企業369社の中で、中期経営計画を策定している企業311社のうちの293社。アルファドライブ調べ。

新規事業は「得意じゃない」

── 新規事業を推進するデジタルトランスフォーメーション(DX)本部は、河西さん自身が立ち上げた部署ですよね。設立にはどんな背景があったんですか?
 DX本部は2017年の10月、デジタル化を通して新規事業を共創する目的で、新しく立ち上げた組織です。設立のタイミングで120名、現在170名の規模で進めています。
 ご存じの通りソフトバンクは、通信事業が収益の大きな柱です。ですが通信は、利用者を増やすことで成長してきた領域。日本の人口が減っていく中、何もしなければ間違いなく縮小していく事業なんです。
 だからこそ、通信と別の事業を組み合わせて新規事業を生み出し、通信事業と肩を並べられる収益の柱を作らなければいけない。DX本部は、そんなミッションを背負って立ち上がった部署なのです。
 副社長室でそんな議論を交わしていたら突然、「河西、よろしく頼んだ」と言われた時は、さすがに驚きましたが。
── 新規事業の部署は、社内で完結している例も多いように思います。なぜあえて、他社との「共創」という手法を選んだのでしょうか?
 最初から「共創」ありきで事業を始めたわけでは全くありません。突然人を集めて立ち上げた組織だったので、最初は「戦略もない」「戦術もない」「専門家もいない」という、冗談抜きで何もないところから始まったんです。
 これはもう走りながら考えるしかないと腹を括り、立ち上げからの半年間は、120人がとりあえず「好き勝手に事業を考えてみる」というフェーズとしました。言葉の通り、本当に自由にやらせました(笑)。
 するとその半年で、450以上のアイディアが出たんです。ですが実際に、経営陣からGOサインをもらえたアイディアは、ほぼなかった。
 ゴミ箱をデジタル化してごみ収集の効率化を図る、ビルの屋上の空きスペースをコワーキングスペースとして活用する。発想としては面白くても、結局ソフトバンクがやる意味が見当たらない、収益化の目処が全く立たないといったレベルに、とどまってしまったんです。
 そこで気づいたのが、ソフトバンクは0→1を創るより、1を100にすることで事業を伸ばしてきた会社だということ。知恵とアイデアでビジネスをスケールさせる、ここが得意な会社だと。
 たとえばスマホが普及する前の話ですが、モバイルの事業で割賦払いを導入したのも、ソフトバンクらしい成長の仕方です。端末の代金を契約後に何回かに分けて払うというもので、契約数を大幅に伸ばしてきました。
 ソフトバンクは、スマホを発明できたわけではありません。ですが、既存の事業に新しいビジネスモデルを組み込み、スケールさせる。つまり知恵とアイディアで、「1を100にする」のは、昔から得意なんです。
 DX本部にも、この強みを生かせないか。そう考え、自社だけでやろうとせずに、他社とパートナーを組んで事業を生み出す「共創」の形をとることに決めました。
 ソフトバンクが持つアセットを提供することで、良いシナジーを生める確信もありました。そのアセットの1つは、顧客基盤。グループ会社のヤフーと合わせれば、数千万人のユーザーにリーチできる強みがあるんです。
 たとえばメーカーって、意外に顧客データを持てていないんです。そんなメーカーがソフトバンクと組めば、膨大なユーザーとの接点が持てるようになる。マーケティングやプロモーションにおいて、大きな価値を提供できると考えたのです。

すぐに成果は求めない

── 立ち上げから約2年半で、パートナー企業は140社以上と聞きました。途中で頓挫してしまう新規事業の例も聞きますが、DX本部ではなぜ、多くのプロジェクトを実践フェーズに移せているのでしょうか?
 本来はスピーディーに結果を求めるのがソフトバンクの文化ですが、新規事業でそんなに早く結果を出すのは、不可能です。だからこそ3年、5年といった中長期的なスパンで目標を定めることにしました。設立当初から、この覚悟があったことは、大きいですね。
「副社長直轄の組織」という要因もあります。そもそも120人もの人材を、最初は稼ぎが0円の部署に送り込むことだけでも、 相当な意思決定です。副社長のトップダウンだから、スムーズに進んだ側面は大きい。
 さらに組織内の不和が原因になって、新規事業が頓挫してしまうケースも多いはず。当社の場合も、稼ぎもない新規事業部に突然人を取られてしまうのだから、当然不満に思う社員も出てきます。
 これも、副社長がリーダーシップを持って引っ張り説明責任を果たしたことで、社内を説得しやすかった。
── 新規事業を立ち上げるプロセスを、詳しく教えていただけますか?
 まず、ソフトバンクと組むことでシナジーが生まれそうな業界、デジタル化により課題を解決できそうな業界に、ターゲットをある程度絞り込みます。その上でマーケットリサーチをして、具体的な事業企画書に落とし込みます。
 次はその企画書を、顧客にぶつけに行きます。ソフトバンクには大企業の94%*と取引があり、営業本部と連携しさえすれば、企画書を持って行ってフィードバックをいただく先には、困らないんです。
 そこからはフィードバックをもとに企画をブラッシュアップするプロセスを繰り返し、最終的に役員のジャッジにかけます。そこでGOサインが出れば、プロジェクトが本格的に動き出すわけです。
 企画書を通す判断基準としては、「儲かるビジネスモデル」であるかどうかを意識しています。
 たしかにソフトバンク単独での新規事業だったら、「儲かる見込みは薄くても、やってみる」という選択肢もあるかもしれません。
 ですが、ソフトバンクが取り組むのは、パートナーがいる「共創」。さらに私たちは、ビジネスモデルをアップデートして世の中の課題を解決することを、目指しているのです。
 良いビジネスモデルというのは、業界の課題を解決しつつ、顧客により多くの価値を還元するもの。つまり良いビジネスモデルとは、「儲かるビジネスモデル」でもあるのです。
 そう考えると、「ビジネスモデルドリブン」の共創事業を、儲かる見込みが立たないのに始める選択は、あり得ないと考えています。
 *売上高1,000億円以上の上場企業948社のうち、ソフトバンクと取引を有する企業890社の割合の概数、2018年3月時点
── 特に注力している領域は、あるのでしょうか?
 小売・流通、不動産・建設、サービス・観光、ヘルスケアの4つの領域に、特にフォーカスしています。理由はシンプルで、人口減による労働力不足が顕著に表れている業界だからです。この領域でデジタル化を進めることは、日本全体の課題を解決することにもつながる。
 さらにこの4つの領域を貫通する、横串のプロジェクトがあります。そのうち、今注力しているのが、物流。人手が圧倒的に足りていない中、宅配経路の効率化、倉庫の最適化、受け取り方の選択肢拡充など、この領域はまだまだデジタル化できるところが多いんですよ。
 具体的に進行しているプロジェクトとしては、イオン九州とヤフーが実証実験中の「PayPayダッシュ」というサービスがあり、ソフトバンクも協力しています。これは商品をアプリから注文すると、PayPayなどで決済が完了した上で最短30分で受け取れるというもの。
 さらに、ソフトバンクのグループ会社では、早朝・夜間配送のサービスの実証実験も行なっています。
 配送のボトルネックは、明確に労働力。人が運ぶからこそ、朝家を出る前とか、飲み会から帰ってきた後とか、受け取りたい時に限って、時間を指定できないですよね。そこをデジタルの力で、改善しようとしています。

組織の規模を大幅に拡大

──  DX本部の人材を、現状から大幅に拡大したいとのお話を聞きました。なぜ大規模な採用に踏み切ったのでしょうか?
 人材開発については、通信事業から新規事業創造へと、マインドセットとケイパビリティの転換を進めてきました。同時に、人事制度・報酬制度の改革にも着手し、「事業開発」としての人事制度上の職種定義を整え、実装することを決めました。
 進めてきたプロジェクトが今ようやく芽を出し始め、事業運営フェーズに入るものも出てきています。
 運営という新しいチャレンジをしながら、さらに新しいプロジェクトも推進していく。フォーカスする領域を定めたことで、各業界に精通したスペシャリストも必要です。圧倒的に人が足りないのは明確なので、思い切った採用計画を決めました。
 新規事業に取り組むには、企画から実装、運営といったフェーズごとに、多様な能力が必要です。
 データマーケティングや、都市計画、ロジスティクス、金融サービスなど各領域の新規事業をリードした経験のあるスペシャリストや、各種エンジニア、プロジェクトマネージャー、顧客体験を描けるデザイナーなど、幅広く人材の募集を始めています。
── 新規事業に向いている性格や、こんな人と働きたいという人物像はありますか?
 自分が「楽しむ」能力、相手を「楽しませる」能力がある人が向いていると思いますね。壁にぶち当たっても、それをピンチではなく、チャンスと捉えて面白がれる人。
 これは私の持論ですが、お金をもらっている以上、「仕事の全部が楽しい」なんて、あるわけないんです。特に新規事業なんて、一生懸命作った企画書にはダメ出しされ、成果が出るまでにも時間がかかる……。
 それでもやはり、ソフトバンクの新規事業の面白みは、オーナーシップを持ってスケールの大きいプロジェクトを推し進められ、世の中を変えていけるところ。もちろん簡単な仕事ではありませんが、何でも楽しめる気概を持つ人なら、ものすごく成長できる環境だと思います。
(取材・編集:金井明日香、写真:後藤渉、デザイン:月森恭助)