世界3位の地熱資源国・日本の「失われた20年」とは

2020/3/10
 資源に乏しい日本において、世界第3位のポテンシャルを誇る資源がある。それは「地熱」だ。

 環太平洋火山帯上に位置する日本は火山や地震などの災害大国である一方で、その地下に眠る熱エネルギーを有効利用することができれば、それは日本にとっての「地の利」となる。

 低炭素化社会の実現に向けて、エネルギーシフトに取り組む出光興産は、実は約40年前から日本の地熱に可能性を見出し、事業を展開している。自然エネルギーの有効利用のため、日本の「地の利」をどのように捉え、生かすべきか。

 代々木ゼミナール・地理講師の宮路秀作氏と出光興産の資源部 地熱事業室長 後藤弘樹氏が日本のエネルギー問題について語り合った。
宮路 石油を主幹事業とする出光さんが代替エネルギーとして地熱事業に目を付けた理由は何なのですか?
後藤 エネルギー資源が少ないと言われる日本ですが、実は地熱資源は非常に豊富なんです。輸入に頼らない国産のエネルギーとして注目したのが1つ。また、出光興産は石油開発事業を行っています。地熱資源開発とは技術的な親和性が高かったのがもう1つの理由です。
宮路 日本が保有する地熱資源量はアメリカ、インドネシアに次いで世界第3位ですね。しかし、現状、そのうちの約2%しか活用されていないというデータがあります。このようなギャップが生まれる原因はどこにあるのでしょう。
後藤 地熱開発については、昭和40年代に当時の環境庁により自然公園内の地熱開発は既存の発電所以外は当面開発を推進しないと通知されていました。当時は原子力発電の推進に注力していたことに加えて温泉事業者等からの慎重な意見が根強くあり、開発が停滞したのが主な理由として考えられます。
宮路 地熱開発によって温泉量が減ってしまうことは実際に起こりうるのですか?
後藤 国内では科学的に証明された事例はありません。海外では温泉や周辺環境に影響があった例がありますが、それは噴出した熱水を地下に還元せずに河川に放流していたことが原因とされています。一方、日本ではすべての熱水を地下に還元していますので、そうしたリスクは限りなく低いです。
 日本においては開発上、非常に時間をかけて温泉の水位、湧出量、成分等に変化がないかをモニタリングしながら、適正な規模と井戸の配置を考えます。
宮路 周囲の環境への影響はいかがでしょうか? 地熱資源が豊富なのは火山の近くや、人の手が入らないように保護された国立公園であることが多いですよね。
後藤 井戸を掘るための敷地を造成したりしますのでまったく影響がないとは言い切れませんが、環境負荷を最小にとどめるよう、1つの基地からタコの足のように複数の掘削を行うなど、少ない掘削面積で開発ができるような工夫をしています。
出典:日本地熱協会

地熱開発の「失われた20年」を取り戻す

宮路 地質の調査など開発にはかなり期間を費やすことになりますが、他の発電方法と比較して運用コストは高いのでしょうか。
後藤 地熱発電は施設のメンテナンスが比較的しやすく、かかる人員も少ないため、比較的安価に運用できるというメリットがあります。日本で最も古い地熱発電所が運転を開始したのが1966年。井戸さえ健全な状態を保てていれば、50年以上もの長期間運転できることが実証されています。
 ただ、他の発電の方法と比較するとスケールメリットは小さいですね。海外では30万kW規模の発電所が存在しますが、国内では大きくても3〜5万kW程度。調査に時間と費用がかかるため、初期投資額も膨らみます。長期的に見れば安価に電力を供給できますが、風力、太陽光発電と比べて参入障壁が高い事業ではあります。
宮路 出光さんとしては今後、海外への進出も視野に入れていますか?
後藤 国内外の地熱開発は中長期の目標として掲げています。日本の技術陣はこれまでもインドネシア、中南米を中心に我々の開発技術を活かしたコンサルティングを行ってきました。特に日本の発電設備の技術力は非常に高く、世界の地熱発電設備の実に60%以上が日本製のものなんです。
宮路 非常に高いシェアを誇っていますね。しかし、開発においては諸外国に遅れをとっているというデータがありますね。
後藤 日本国内においては、オイルショック後の石油代替エネルギーとして地熱発電は注目を浴び、国からのバックアップを受けたことで発電量は大きく伸びました。けれども、1990年代以降電力の自由化が進む中で、時間がかかり発電量が少ない地熱発電所は経済的に成り立たないとの理由から停滞してしまった背景があります。
 この失われた20年の間に、諸外国で技術開発が進み、結果として日本は遅れをとってしまった。今後は継続的な人材の育成を行い、海外での開発にも取り組んでいきたいと考えています。

地熱発電所が産んだ観光名所「ブルーラグーン」地域との共生が発展のカギ

宮路 地熱発電に積極的に取り組んでいる国といえばアイスランドがあります。首都レイキャビクの「ブルーラグーン」という温泉はコージェネレーションシステム(熱電併給システム)を活用した観光地として有名ですね。
後藤 広大な土地、少ない人口、アイスランドは非常に開発を進めやすい環境だと思います。おっしゃる通り、スバルトセンギ地熱発電所の温排水を活用した「ブルーラグーン」は上手く地域と共生したケースとして、見習うべき部分が非常に多いです。
 同じ自然エネルギーであっても、太陽光発電も風力発電も熱を生みません。地熱発電特有の熱エネルギーをどう活かすかが、今後の発展のカギになると思います。
 例えば、地熱発電で発生した熱を用いて寒冷地での融雪を行うなど、電力以外の付加価値を生み出す方法は幾通りもあります。日本でも地域活性化に貢献しながら事業を広げていきたいと考えています。
アイスランドの「ブルーラグーン」
宮路 そうした地域との協力が実現すると、すごく良い循環が生まれますね。日本各地でスマートシティ構想が進んでいますが、地熱発電のシステムを中心に据えた街が作れたら面白いのではないかと想像しました。
 そもそも、送電はエネルギー効率が悪いですから、その場所で必要な電力を賄うことが出来れば一番いいですよね。送電線も必要ないですし。そうした特区をつくろうという動きは無いのでしょうか?
後藤 特区に関してはわれわれも提案したことがありますが、やはり法規制があり、なかなか実現が難しいのが現状です。
 石炭、石油は鉱業法という法に守られているのですが、実は、地熱資源には法に基づいた権利がないんです。「温泉法」を根拠に井戸を掘ることはできますが、資源としての権利を保有出来るわけではないのです。
宮路 そうした法的な障壁を上手くクリアしている国の事例はあるのでしょうか。
後藤 成功例としてあげられるのは「資源管理法」が定められているニュージーランドですね。タウポという火山地帯があるのですが、そこは代々マオリ族という先住民が住んでいる神聖な区域なんです。私どもの感覚からすると開発が難しい区域ですが、マオリの方々の権利を認めた上で国が開発可能区域をゾーニングし、共同事業のような形で開発を進めています。
ニュージーランドのタウポ湖
宮路 マオリの人たちも経済的に豊かになるというメリットがあるということですね。
後藤 そうですね。一方、日本ではゾーニングはありませんし、こうした法に対する対応も民間事業者がやらなければいけないんです。国が適切にガイドラインを示してくれれば、国内の地熱開発はより活性化していくとは思います。

日本の技術で世界全体のCO2を削減

宮路 日本の「地の利」を考えた時、最も適した自然エネルギーは何でしょう。日本は台風が多く、風力発電は向いていない。雨量が多く太陽光発電は不安定ですし、地熱発電にしても資源を見つける上でリスクがある。考えれば考えるほど、日本は住むのに適さない地理だと感じてしまいます(笑)。
後藤 私自身は地熱発電の開発に取り組んでいますが、もちろん1つの方法ですべての電力を賄えると考えているわけではありません。化石燃料を含め、風力・太陽光など、その土地の環境にあった方法でバランスを取る必要があります。
宮路 自然エネルギーへのシフトは世界的な課題ですが、正直なところ日本がこれ以上二酸化炭素の排出を減らす必要があるのかと疑問に思っているんです。水が出ない雑巾を一生懸命絞ってるような感じがするんですよね。
 国民1人あたりの二酸化炭素排出量のデータを見ると、カナダの約半分。国土面積も違いますし、航空機の利用状況も異なるので単純な比較は出来ませんが、日本は他国に比べて少ない数字です。
後藤 出光は地熱、風力、バイオマス燃料、太陽光と幅広く再エネ事業に取り組んでいますし、日本の化石燃料比率もCO2の排出量も以前と比べて減らすことができています。そうした努力をしっかりと発信していくことは今後の課題だと思います。
宮路 そういう意味でも、教育はやはり大事だと思うんです。日本は地理教育が手薄なため、環境問題に対する基礎的な知識が欠けています。単純に二酸化炭素排出量の数字だけを並べて、資源が少ない日本と諸外国を比較するのはナンセンスですよね。
後藤 イギリスが2035年までにガソリン車を禁止するという発表や、ドイツが脱原発を進めています。しかしこれらは送電ネットワークを通じて他国から電気の供給を受けることが可能だから出来ること。自国の環境に依存せず、電力を確保できるんですね。
 一方、日本は国内ですべて賄わなければならない。そうした環境の違いを知ってもらうことは必要だと思います。
宮路 そうした環境の違いを踏まえた上で、CO2の削減とは別の方法で環境に貢献していくことも必要なのではないかと思いますね。出光さんのように技術を海外へ輸出することも、その1つの方法ですね。
後藤 おっしゃる通りです。技術の海外展開は資源小国が生き残っていくための重要なカードだと思います。日本では地熱発電が主流になることはありませんが、人口が少ない国では主力電力になり得るポテンシャルがある。海外にその技術を輸出していけば、地球全体としてCO2が削減していけます。
 現在、日本国内の地熱発電容量は50万キロ程度。これを2030年までに3倍の150万キロワットに伸ばそうというエネルギー政策の指針が発表されました。日本はもちろん、世界の環境負荷の軽減に貢献できるよう開発に取り組んでいきます。
(構成:高橋直貴、撮影:小池大介、編集:川口愛、野垣映二、デザイン:岩城ユリエ)