【DXの現場】建設業界は「2020年問題」を乗り越えられるか

2020/3/12
 2020年度の投資額は官民合わせて63兆円(国土交通省予測)、産業従事者は500万人。これが、「建設業」のマーケットだ。
 これだけ巨大な業界にもかかわらず、テクノロジーの導入や効率化の障壁が高く、従事者の高齢化や人材不足も叫ばれる。この課題を解決しようと、国土交通省はICTの全面的な活用を目指して「i-Construction推進コンソーシアム」などの取り組みを強化してきた。
 この業界をアップデートするには、どのような取り組みが必要なのか。建設機械のIoT化やレンサルティング(レンタル&コンサルティング)を推進するアクティオの中湖秀典氏と日南茂雄氏、建設業に従事するすべての人たちを支えるマッチングプラットフォームを提供する助太刀の我妻陽一氏に聞く。

なぜ今、建設業界にイノベーションが必要なのか

── アクティオの創業は、前回の東京五輪の開催年。どのような経緯で今のビジネスモデルができたんですか?
中湖 1964年の創業当初、当社は水中ポンプの修理を生業としていました。というのも、当時のポンプは非常に壊れやすく、土木・建築の現場がよく止まっていたんです。そこからポンプのレンタルも始めたところ、時流にマッチし、より大掛かりな建機のレンタルへと徐々に事業を拡大してきました。
我妻 私は以前、大手電気工事会社で施工管理、要は現場監督をやっていまして、アクティオさんから水中ポンプや重機も借りていました。創業時は水中ポンプから始まったんですね。
中湖 そうなんですよ。建機のレンタルを広げていくうちに現場に何を導入すればいいか、どのような工程で建機を入れるかをコンサルティングするような役割が増え、今では「レンサルティング」を事業の柱にしています。
入社以来、新規市場開拓や新商品開発を担当。2008年、国土交通省「情報化施工推進戦略」に基づいて道路機械事業部を立ち上げ、2016年からi-Constructionを推進。2017年よりレンサルティング本部を開設し、並行してIoT事業推進も務める。
── ICTやIoTなどのテクノロジー導入を進めるようになったのはいつ頃ですか?
中湖 その取り組みは国や業界全体の動きと連動しています。
 国土交通省が2008年に「情報化施工推進戦略」を打ち出し、2016年に「i-Construction」という取り組みを開始しました。いずれも、簡単にいえば建設業界にICTを導入していくための取り組みです。
 というのも、2015年には500万人いた建設労働者は高齢化が進んでおり、何も手を打たなければ2025年には400万人まで減ると予測されています。要するに労働人口が2割減少するぶんの生産性を、ICTで補おうというわけです。
 さらに、国交省は2019年から、同省が発注する土木工事に関してはBIM / CIM(Building / Construction Information Modeling)の運用を推奨しています。これは建設生産プロセスにおいて三次元データを活用するというものです。
 でも、データ化するための機械が非常に高額なので、ゼネコン各社は購入を躊躇してしまう。そこで、我々が購入して貸し出しているわけです。
2004年アクティオに入社。名古屋支店営業課で道路機械を担当、松阪営業所所長を経て、レンサルティング本部道路機械事業部へ。ICT施工推進課の課長として、ICT機器全般やドローン等多岐にわたる営業に取り組む。
日南 従来の建機は基本的にアナログだったのでレンタルするだけでよかったのですが、デジタルとなると勝手がわからない方が多い。それを受けてICT施工推進課という部署を作り、お客様に対して使い方の実習や熟練度を上げるトレーニングなども行っています。
 かつては建設労働者が十分にいて、その中にベテランの職人やオペレーターもたくさんいたので、デジタルに頼らなくても現場は回っていました。しかし、もはやそうも言っていられなくなったんです。
 そこで、アクティオでは建機のデジタル化を進めるとともに、いかにこれらの技術を現場に導入していけるかを模索しています。その一つが、「レンサルティング」というサービスなんです。

デジタルツールの導入が遅れた理由

── 我妻さんの「助太刀」も、デジタルならではのサービスですよね。
我妻 弊社は2017年創業のスタートアップです。我々は主に、建設業に従事するすべての人たちをつなぐマッチングプラットフォーム「助太刀」の運営を行っています。
 もともと私は大手電気工事会社での施工管理を経て電気工事会社を起業し、10年間社長を務めました。そこで気づいたのですが、建設業界で最もICT化が遅れていたのが、「人の手配」なんです。
大手電気工事会社で施工管理として働いた後、独立。電気工事会社経営を経て、立教大学大学院経営管理学修士課程を修了後、2017年に「助太刀」を創業。建設現場と職人をマッチングするアプリ「助太刀」を開発。
 私が現場に出ていた3、4年前も、まだ仕事を探すときは仲間からの紹介で、連絡手段も電話のみ。LINEすら使っていませんでした。そこに輪をかけて、建設業界は重層的な下請け構造があり囲い込みの習慣が根強いので、元請けが変わるだけで横のつながりが断たれてしまう。
 結果、先ほど中湖さんがおっしゃったように、建設労働者が2割も減っていくにもかかわらず、今あるリソースを生かしきれていないという問題がある。これをなんとかしたかったんです。
中湖 なるほど。よくわかります。我々は建機、我妻さんは人材ですが、ICTを活用して建設業界特有の慣習を変えようとしているんですね。
我妻 そうですね。建設業は非常に職種が多く、弊社のサービスでも76種の分類があります。それに、それぞれの技能が細分化されていて、ほとんど兼業がない。
 例えば壁を1枚立てるだけでも、LGS(軽量鉄骨)屋とボード屋と塗装屋という3種の業者を呼ばないといけません。だから、かつてリクルートが発行していた『ガテン』のような求人誌ではマッチングが難しかった。また、過去にパソコン用のマッチングサイトを作った方もいたのですが、建設現場でパソコンは使わないし、職人さんも持っていません。
日南 確かにそうでした。だからスマホが普及するまでは、人づてにしかマッチングができなかったんですね。
我妻 ええ。2010年代になってから、スマートフォンの普及率がぐんぐん上がっていきました。このとき、多くの人には「職人はスマホなんて持っていない」という先入観があったのですが、私は現場で職人さんたちが休憩時間にスマホをいじっているのを見てきたんですよ。
 若い方はもちろん、年配の方も将棋ゲームをやったりしていた。つまり、職人さんとスマホは相性がいい。そこに誰よりも早く目を付けたことで、「助太刀」のサービスを拡大することができました。現在、ユーザー数は13万人を突破しており、業界ではリーディングカンパニーとして圧倒的な知名度とシェアを維持しています。
── 具体的に、「助太刀」を使うと何ができるんですか?
我妻 我々のユーザーには仕事を受注する側の個人事業主、いわゆる職人さんと、発注する側のサブコンと呼ばれる二次請け、三次請けの施工業社さんがいます。
 ユーザーが職種と居住地を登録すると、仕事をお願いする受注者や、職人・協力会社を探している発注者がレコメンドされます。その人に興味があればTwitterのフォロー/フォローバックのような機能で関係を作り、メッセンジャーでコミュニケーションを取ることができます。実は、マッチングというよりはSNSに近いんです。
 発注側が現場の情報を出せば、そのエリアで職種が合う方に通知され、「初めまして。千葉で30年ほど大工をやっています」みたいなやりとりを経てビジネスが生まれるんです。
 見ず知らずの方に仕事をお願いするのは抵抗があるため、「助太刀」では、いきなり初めての人を現場に入れるのなく、まずは人と人をつなげるんです。さらに、悪質な業者や職人を排除するために評価機能を実装しています。それから、マッチング以外にも、工事代金を即日セブン銀行のATMで受け取れるファクタリングサービス「助太刀Pay」なども展開しています。
 我々は単なるマッチングアプリの運営会社ではなく、「建設業に従事するすべての人たちを支えるプラットフォーム」でありたいんです。

ツールを工夫して使うのが、「職人気質」

── 実際問題として、建設現場の方々はICTの導入に積極的ですか?
日南 やはり最初は「そんなデジタルなんちゃらは必要ない。俺は腕一本で食ってきたんだ」と、みなさんおっしゃいます。でも、GNSS(Global Navigation Satellite System / 全球測位衛星システム)と三次元の設計データを載せたICT建機を使えば、現場は手間と人手を確実に減らせるんです。
 例えば、法面(のりめん)といって盛り土で傾斜をつける工事がありますが、以前は人手をかけて角度や高さの基準を出し、出来栄えを見るためにオペレーターがいちいち建機から降りて目視で傾斜を確認していました。
 それがICT建機なら、三次元の設計データと位置情報や角度センサーによって、作業を行いながらモニタ上で確認できます。高さや角度を測るにしてもアームの端先を当てれば数値が出るので、それがピタリと合っていれば間違いない。
 この便利さを知っていただけると、ベテランの方ほど喜んで使ってくださいます。基本的に職人さんは器用な方が多いですし、新しい技術を取り入れることで作業効率が上がったら、もっと上げようと工夫する。
「機械に使われてる感じがして嫌だ」と言っていた職人さんからも、衛星の状況でGNSSが不調になったら、「どうなってんの? 困るんだけど」とすぐに電話がかかってくるんです(笑)。
我妻 「助太刀」もまったく同じです。「今までそんなアプリがなくてもやってこられたんだから、これからもいらない」と。その壁を越えるのが本当に大変なんですけど、一度使い始めると、ちょっとアプリの仕様が変わっただけで「どうなってんだ?」と問い合わせが来る。
“使える”ことがわかっていただけたら、本当にみなさん使い続けてくださる。そういう業界なんですよね。
── ICT建機の分野で、今取り組んでいることは?
中湖 我々は「現場を止めないこと」を第一に考えているのですが、どうしても急な対応が難しくなってしまうケースもあるんです。例えば「穴を掘ったら水が出た。今すぐポンプ持ってきて」程度であれば、すぐにお持ちできます。
 現在アクティオの営業所は全国に400箇所あり、約170万台の機械をご用意しています。しかし、やはり特殊な機械だと「今すぐ」には手配できない。
 それを解決するためには、我々は建機レンタル屋として、そしてコンサルティング業者として、現場で使われる機械の「先読み」をしていかなければなりません。
日南 具体的には、ICT建機がいつ、どこで稼動したのかといったデータを収集することで、作業の進捗やその後の工程を把握できるようになります。つまり、何月何日までに、どの建機が何台必要か、といった予測が立つ。その精度を上げていくことを目指しています。
 そうなれば「そろそろこれが必要になるんじゃないですか?」と先回りして提案ができますし、170万台の機械を必要な場所に配置しておけるので、お客様の現場も止まらない。そのためにも、デジタル化は急務なんです。
中湖 今はレンタサイクルもスマホでQRコードを読み取るだけで借りられるじゃないですか。あんな感じで、いつ、誰が、何時間その建機に乗ったかを、スマホで管理できるようにしたいんですよね。
 お客様が毎日エクセルで記録する手間も省けるし、職人さんも、トラックの鍵は忘れても、スマホは忘れませんから。
我妻 そもそも現場では、緊急事態がしょっちゅう起こるし、急遽必要になる機械も多いんですよね。
 それなのに、重層的な下請け構造があるから、伝言ゲームみたいになってしまう。しかもその連絡手段って、今でも電話とFAXがほとんどです。
中湖 職人から現場監督へ状況が伝わるまでに何人も経由しないといけないけれど、現場監督は会社の稟議書や報告書を作ったり、周辺住民や役所との折衝をしたり、やらなきゃいけないことが山ほどある。
 どこかで伝達ミスがあると、翌朝に職人さんから「昨日頼んでおいた重機が来てないんだけど?」と言われるはめになり、「アクティオさん、今すぐ持ってきて!」という感じで注文せざるを得なくなってしまう。
我妻 その光景、目に浮かびます(笑)。現場としても、注文の手続きや手間を減らしたいんですよね。明日これが必要だとわかった時に、その場でピッと注文できればいい。
 我々も実は、「助太刀ストア」というサービスの中で、工具の販売や建機リースも準備している最中で、ユーザーさんから「ユンボは借りられないの?」といった声をいただくんです。アクティオさんと連携して助太刀アプリ内で建機の注文ができれば、皆さんに喜ばれそうです。

かっこいい&稼げる現場へ

── アクティオや助太刀のようなサービスの先で建設業界はどう変わっていくと思いますか?
日南 私はどうしてもICT建機のことを中心に考えてしまうのですが、人・モノ・機械を含め、もっと広いサービスが集まるプラットフォームは確かに必要ですよね。
 i-Constructionの導入も進み始めていますが、まだまだ現時点では導入コストが高い。建機やツールを入れても、準備や操作の習得に時間を要したり、現場で起動させる際のキャリブレーションにも手間がかかったりする。
 そういったことはこれから加速度的に改善されていくでしょうし、その過程で「ICT技師」のような、新しい専門職が生まれるかもしれません。デジタルツールを駆使して現場で働く姿が、子供たちの目に「かっこいい」と映るようになってほしいんです。
我妻 本当にそうですよね。建設業の未来のためには、若年入職率を向上させることが不可欠です。そうするには、現場や職人のかっこよさを伝えていかないといけないですよね。
 もう一つは、やはり今あるリソースを100%活用できるように人やモノをマッチングさせ、最適化していくことです。助太刀は、これを最優先で考えています。
 最初に人材不足のお話がありましたが、今年はその問題がより顕著になるでしょう。なぜかというと、今年の東京五輪に向けて建設需要は急激に増えた。ゼネコンの方々は今、60〜70代の職人さんたちに対して「オリンピックまでは頑張ってくれ」と、冗談抜きで頼み込んでいるんです。
 今年を区切りにベテランの職人さんが大量に引退する一方で、オリンピックが終わるからといって、現場が減りはしない。なぜなら「オリンピックが終わるまで待っててね」と、何年も前から順番待ちを強いられている建設現場がいくつもあるからです。
 つまり、本当に人手不足が深刻になるのはこれから。建設現場を若い人たちが憧れるような魅力的な職場にすることと、今ある現場をちゃんと回せる仕組みやサービスを作っていく。その両輪で未来がひらかれていくのだと思います。
中湖 昨年、私はオーストリアで開催された「AUSTROFOMA」という世界的な林業機械展を見学してきたのですが、その会場には高校生がたくさんいました。
 ガイドの方に「なんでこんなに高校生が?」と聞くと、「オーストリアやヨーロッパでは、林業従事者がなりたい職種の上位に入っているからだ」と。なぜなら、林業は稼げるから。なおかつ、山で働く時間は限られているので、異業種と比べて休みも多く取れる。
 これって、とても大事なことですよ。日本でもかつては、建設現場というと短期間で稼げる仕事だった。例えば、喫茶店でアルバイトすると1日5000円しかもらえないけれど、現場で汗をかくと1万円もらえる。だから、大変だけど若い人たちも頑張ったんですよね。
我妻 確かにそうです。現場仕事は「稼げる仕事」というイメージがありました。
中湖 私としては、もちろん若い人には「国土や交通インフラを支えるんだ」という使命感を持って建設業界に入ってきてもらいたい。でも、使命感だけじゃ食っていけませんよね。
 そうであれば業界も、ちゃんと稼げるうえにちゃんと休めて、夏休みを1カ月取れるような環境に変えていく必要がある。その一助としてICTがあり、それをアクティオは推進していきます。
 まだ現時点で「建設業なら楽に稼げますよ」とは言えないけれど、「一緒に、楽に稼げる業界に変えていこう」と言うことはできると思うんですよね。
(編集:宇野浩志 執筆:須藤輝 撮影:後藤渉 デザイン:堤香菜)