【従業員エンゲージメント】意思なき質問では意味がない

2020/3/16
「ヒト・モノ・カネ」といわれる経営資源において、かつてはモノやカネの充実こそが、企業の競争力に直結すると考えられてきた。今、その様相が変わりつつある。改めてヒトに着目することで、企業競争力につながる実例が生まれているのだ。
昨年11月にNewsPicks Enterpriseが開催したイベント『従業員が企業競争力になる時代 〜高エンゲージメント従業員が経営を加速させる〜』でも議題に上がった、従業員ロイヤルティという観点。この指標化を真っ先に手がけてきたのが、グローバル戦略コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニーだ。
同社の井上真吾パートナーを招き、NewsPicks Enterpriseを担当するニューズピックス執行役員の麻生要一が、改めてこの観点の重要性について聞いていく。

ヒトは、経営リソースで最も枯渇している

麻生 従業員ロイヤルティやエンゲージメントへの注目は、高まっていると感じますか?
東京大学卒業。株式会社リクルートに入社後、ファウンダー兼社長としてIT事業子会社を立ち上げ、経営者としてゼロから150人規模まで事業を拡大後、ヘッドクオーターにおけるインキュベーション部門を統括。社内事業開発プログラム及び、スタートアップ企業支援プログラムを立ち上げ、新規事業統括エグゼクティブとして約1500の社内プロジェクト及び約300社のベンチャー企業・スタートアップ企業のインキュベーションを支援した経験を経て、起業家へ転身。2018年2月株式会社アルファドライブを創業し、2019年11月ユーザベースグループ入り。2018年6月より「UB VENTURES」ベンチャー・パートナーへ就任、ベンチャーキャピタリスト業開始。2018年9月株式会社ニューズピックスにて非常勤執行役員就任、企業内起業家としてNewsPicks for Businessの事業開発を管掌。著書に「新規事業の実践論」。
井上 業界や国内外を問わずに高まっています。私たちとしては従業員ロイヤルティの向上が、その企業の価値向上や競争優位につながると考えています。
この重要性はアメリカに端を発しており、10年ほど前から徐々に顕著になりました。それが日本においても、ここ3年ほどで熱が高まるだろうと見ています。背景にあるのは、企業競争力を支える経営リソースで、いま最も枯渇しているのが優秀な人材だからです。
麻生 キャッシュは「金余り」という声も聞こえますし、ナレッジもテクノロジーの発達で共有しやすくなりましたからね。有効求人倍率も、バブル期を超える水準です。日本ではどこも人手不足の状況が続いていますが、この傾向は今後も続く?
井上 そう思います。その理由としては2つの要素が挙げられます。まずは単純に労働人口が減っていくこと。ただ、もっと大きなドライバーは職業選択の自由です。今の若い方は良い機会があれば転職もしていきますし、副業として仕事を持つこともある。
つまり、従業員側の選択するパワーが増していくはずです。そういう意味でも、人手不足な上に優秀な人材を引き付け続けることは、ますます難しくなるのではないでしょうか。
東京大学大学院工学系研究科修士課程卒、東京大学工学部卒。外資系コンサルティングファーム、Apple Japanを経てベインに参画。約15年にわたり、テクノロジー、通信、産業財、消費財、IoT、デジタル等、様々な分野において、日米欧の企業に対するコンサルティング活動に携わっています。特に日本企業に対して、企業変革、事業ポートフォリオ戦略、成長戦略策定、新規事業創出、M&A、顧客ロイヤルティ、組織変革など多岐に渡り、コンサルティングサービスを提供しております。また、ベイン東京オフィスの社会貢献活動のリーダーを勤めています。
麻生 逆に言うと、これまでは企業がそれほど努力をしなくても、優秀な人が在籍してくれた幸せな時代だったと。いささか乱暴な論ですが(笑)。
井上 はい。縦割りの組織において、優秀な人材を一つの部署で抱え込んできた部分もあったかと思います。

人事はもはや経営そのもの

麻生 では、優秀な方に高いエンゲージメントでコミットしてもらうには、どうすればよいのか、という話になります。
楽天のCWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)である小林正忠さんは「CWOやCPOは経営や事業のレイヤーで見られないと、人をエンパワーできる役割にならない」とおっしゃっていましたが、確かにこのニーズが高まると、企業は組織なり人材なりで対応が求められるわけです。
井上 とても重要な論点だと思います。日本では「人事」という言葉の影に、あくまでバックオフィスであって、プロフィットセンターではなくコストセンターなのだ、という位置付けが強く残っているように見受けられます。
ただ、優秀な人材が企業競争力を左右する現代においては、人事はもはや経営そのものだと思います。社長や経営陣が、従業員ロイヤルティを重要な経営指標だと据え、その向上にコミットできるかが転換点になるのではないでしょうか。それこそ、売上や利益を見るのと同等か、それ以上の価値を認めて取り組めるか否かです。
麻生 まさに、それを図る指標が、御社の定めたNPS®やeNPS℠というわけですね。
井上 はい。NPS®は元々、顧客ロイヤルティの指標を図るために作られました。企業や商品、サービスを「他の人に勧める可能性がどのくらいあるか」というシンプルな質問に対し、0から10の11段階評価をさせた上で、推奨者(9~10点を付けた回答者)の割合から批判者(0~6点を付けた回答者)の割合を引いた差分がスコアになるという仕組みです。
この顧客ロイヤルティを数値化して測定するアプローチを、企業に対する従業員のロイヤルティ測定に当てはめたのがeNPS℠(Employee NPS)です。具体的には、「自分が勤めている会社を他者にどの程度勧めるか」という質問を用いて、NSP®と同じ手法でスコアを測定します。eNPS℠は、現在では多くの企業で導入いただいています。

離職率とeNPS℠の相関関係は高い

麻生 なるほど。これまでもロイヤルティを測定する指標としては、離職率や定期査定などがありました。人的リソースを活用しきれているのかを測るためには、それらも組み合わせて考えるべきですか?
井上 まさに離職率は、eNPS℠との相関を見ることを勧めています。実際に相関が非常に高くなるのです。そこで、どちらを重視すべきかでいえば、大きく2つの理由でeNPS℠をより注目すべきだと考えています。
一つめは、離職率は「結果指標」であり、すでに起きたことに対してアクションへ移すのでは対応が遅いためです。その点でいえば、eNPS℠は「先行指標」ですから、取り組む価値がある。
また、二つめの理由として、離職者からは、離職率の高さにつながる要因の分析や、離職された方のヒアリングは行えても、すでに離職されたわけですから、引き留めることは不可能なわけです。eNPS℠であれば、批判者の批判理由を分析することで改善の打ち手につなげることもできます。
さらに、現在は口コミによる入社も増えていますから、その点でもeNPS℠の推奨者の推奨理由を分析することで、将来的な採用の強化にもつながってきます。
eNPS℠をもとに、推奨する理由や批判の矛先を分析すれば、離職率を下げ、採用率を高められるソリューションを提案することができます。
麻生 スコアだけでなく「理由」といった定性情報も取得して、分析するのが良いと。
井上 おっしゃるとおりです。また、ソリューションを素早く展開できる実効性という観点では『TIME TALENT ENERGY』という弊社のパートナーが執筆した書籍でも紹介されている、エンゲージメントを高める組織やカルチャー、そして従業員にインスピレーションを与えられるようなリーダーシップへの着目も必要です。
エナジーはeNPS℠のスコアと相関する面もあります。従業員がいかにモチベーション高く、インスピレーションを日々受けながら仕事に取り組めるかで企業の生産性も変わるからです。時間の使い方であるタイムの視点で日本企業を分析すると、無駄な会議の多さなどで、付加価値を生み出すことに時間が使えていません。また、タレントは、いわゆる適材適所ですね。優秀な方が、よりチャレンジングな機会を与えられて、最も重要なプロジェクトにアサインされているのかといった観点です。
これによって企業の生産性が大きく変わることが分かっており、私たちも意識して取り組んでいます。

eNPS℠が下がる共通の理由

麻生 われわれはNewsPicksを活用して、『NewsPicks Enterprise』というサービスを企業むけにソリューションとして導入を進めています。「大企業は隣の部署を知らない」という問題を企業内メディアの力で解決し、社内で活躍している社員の情報やプロジェクトの情報を流通させることで、実際にeNPS℠が上がったという事例も作れました。
日本の大企業をイメージされたとき、eNPS℠を高めていくドライバーとしては、どういったものが重要でしょうか?
井上 業種によって異なる部分はありますが、最もよく出る批判の理由は給与関連です。ただ、理由として共通しているがゆえに、単にベースアップを図ることでは構造的な解決にならないと、私たちも導入を検討している企業の皆様へお伝えしています。
とあるメーカーを例に挙げましょう。外部から見るとエクセレントカンパニーで成長を続けており、利益率も非常に高い。しかし、eNPS℠を測定したところ、低い数値が出たのです。社長や経営陣の方にとっては驚きの結果でした。
理由を分析すると、事業が好調だけにストレッチしすぎた仕事に対して、多くの従業員が疲弊してしまっており、モチベーションが下がってしまっているというひずみが生じていました。事業をけん引する社長・経営陣に、ミドルマネージャーや現場が付いていけていないという状況ですね。
麻生 それでも付いていけている方にとっては、ロイヤルティも高いのでしょうね。
井上 はい。但し、付いていけていない方を無視し続けると、やがて会社という組織の歯車を回していたベルトに亀裂が生じて切れてしまう。そうなると組織として成り立たなくなってしまうので、こうした層のeNPS℠にも注意が必要です。
日本の大企業の共通の批判ドライバーとしては、他にも、成長実感のなさ、指導不足、組織内での孤立感、フェアでない評価、活躍機会の少なさといった項目が、よく出てくるパターンです。
麻生 今お聞きした項目からすると、どちらかといえば付加価値性の高い事業に就く人が対象なのかと思いました。大企業には工場など作業性の高い仕事をされる方も多くいますが、エンゲージメントやeNPS℠は、彼らにとっても大事なのでしょうか。
井上 大事だと思います。たとえば、iPhoneで使うネジを作っている工場で、「あなたはネジを作っている」と見るのか、「世界で最も使われているスマートフォンの素晴らしいデバイスを、あなたが作っている」と捉えるのかで、仕事に対する思い入れが変わります。
単純作業に見えることにも、どのような意味を持たせるのか。そうすることで組織や業務に対するロイヤルティを高め、生産性を向上させることが可能です。eNPS℠等の調査で測り、分析を行うことは、工場としての生産性を上げることにもつながっていくはずです。

その質問に「意思」はあるか?

麻生 似たようなHRテックのソリューションで、数多く設問するものもありますが、私はその「聞き方」が大切なのではと思うんです。「あなたの上司は信頼できますか」という質問があったとする。答えが「信頼できない」に大きく振れても、根本的な対応策を講じることを期待させずに、あくまで検証だけを目的とするなら意味がないのでは、と。
会社や経営陣、組織マネージャーが作っていきたい組織像があり、そのための仲間に対して約束している項目について、守られているのかをちゃんと測定する。そういった「意思ある項目」を聞くことにこそ意義があるのではと思います。
井上 おっしゃるとおりですね。従業員のロイヤルティを測るのは、これからの時代では当たり前になると思いますが、測った後で、具体的なアクションにつなげるまでの責任を持たなければ測定する意味がありません。
NPS®のサーベイは、3問程度で良いという考え方です。NPS®のスコアを尋ねる質問、その理由を自由記述で尋ねる質問、改善に対するアクションを自由記述で尋ねる質問の3つが基本セットです。最近では、それに加えて職場の同僚、上司、携わっている業務からインスピレーションを受け、やる気を高めることが出来ているかどうかを聞くことも、生産性向上を図る上で重要な質問としてとらえられています。
これまでは測定による「見える化」に8割の労力を掛けていたのだとすれば、その比重を2割にして、残りの8割をアクションに変えていく。そういった構造的なチェンジが、まさに必要なタイミングなのかもしれません。それが実現できれば、従業員ロイヤルティを改善するための具体的なアクションに繋がり、組織は必ず良くなると思います。
麻生 意思があり、それに基づいた測定によって、改善が促される。意思もないのに測定だけしても、意思がないから打ち手も出てこない、と。
井上 意思の部分は、やはりトップのスタンスが重要でしょう。CEOであれ、CHROであれ、この課題をどれほど本気で考えているのかは、現場の従業員に伝わるものです。
トップが、人事や調査部門に丸投げし、測定するだけして結果も見なければ、その後の具体的なアクションプランもない。全従業員に話す場で、そこに触れられることすらない。そのような感じだと、社員は白けてしまいますよね。トップ層が、自分が成せる重要な仕事の一つだと思わない限りは、絶対にうまくいかないと思います。

採用時のメッセージから一貫性を

麻生 すでに働いている人の測定もありますが、中途にしろ新卒にしろ、そもそもの「入社動機」から起きるズレも、エンゲージメントを損なってしまうのではと感じました。たとえば、安定している企業だと思っていたのに、案外にその足場が崩れそうだとか……特定の業種を指しているわけではないですよ(笑)。
ただ、測定指標を考えるうえで、どのような入社動機を抱いたのか、どのように口説いて促したのかを、採用と紐づけるのも効果的かもしれない。
井上 その一貫性は大事だと思います。それこそ、さまざまな口コミサイトでも、そのズレは、企業に対する評価が非常に下がる要因だと聞いています。企業としては入社時のメッセージと、入社後の在り方についても整合性がなければいけないでしょう。
麻生 昨年に企業文化や経営理念をテーマにしたカンファレンスを弊社で主催したのですが、採用においても、それらの文化や理念をちゃんと使えるまで、手触り感のあるように作り込んでおくのが重要だろうと感じました。その点がお飾りになっているケースが大企業には散見されます。
達成したい在り方をベースに採用ができていれば、一貫性のあるエンゲージメント、あるいはマネジメントができそうですね。
井上 今の言葉に刺激を受けたのですが、CX(カスタマーエクスペリエンス)が注目を浴びている中で、EX(従業員価値)の最大化も同じように捉えるべきではないでしょうか。CXを考えるときには、顧客のLTV(顧客生涯価値)や体験をデザインしていく過程で一貫性が求められます。同様の観点が、EXにも当てはまると思います。
求職者が手に取る会社案内、就職イベントで発するメッセージが、従業員としての「最初のタッチポイント」になる。その会社を検討し、採用面接に進み、インターンやトレーニングに入る。仕事をアサインされ、組織でワークし、最終的には転職していくこともある。
そういったライフサイクルで見たときに、一つひとつの整合性のある要素やメッセージを基盤に、従業員ロイヤルティが背骨になっていなければいけません。
麻生 今はそこが分断されていますよね。タッチポイント、採用面接、入社時のブリーフィング、配属先の仕事と、それぞれが体験として分断され、一貫性が出しにくい。
井上 それは大きな問題だと思います。新人研修でも、新入社員の情報が全く連携されずに、研修が組まれているケースも、まだまだ見受けられます。
麻生 内実では従業員ロイヤルティの大切さを感じますが、外部的な観点でも、この機運は感じられますか。
井上 若い世代を中心に、間違いなくトレンドになっている思います。ただ、逆に言うと、ロイヤルティ向上の行き過ぎによる弊害も考えなければいけません。たとえば、外から見てわかる「働きがい」を上げることが目的化してしまうようなことは避けたい。
従業員の正直な意見を吸い上げなければ、全く意味がありません。ロイヤルティのスコアが優先されすぎるのも問題ですし、どこかで絶対にメッキが剥がれてしまいます。行き過ぎへの警鐘は私たちも鳴らしながら、企業価値の本質的な向上につなげていきたいですね。
(企画:山本雄生 構成・編集:長谷川賢人 撮影:鈴木大喜 デザイン:村木淳之介)