日本随一の「テクノロジー」サッカークラブが注目した遺伝子

2020/3/13
かつて美徳とされた「根性」は、今やもっとも敬遠されるものとなった。果たして「根性」は不要なのか。新しい形に進化させることはできないのか。最先端の技術が示す「新・根性」の可能性にスポーツジャーナリスト・木崎伸也氏が迫っていく連載第2回目。最新テクノロジーを使ってJFL昇格を果たしたいわきFCの取り組み──。

日本サッカー界で最も科学的なクラブ

疲労や負荷をテクノロジーで可視化し、選手を限界まで追い込むのが、“新根性論”の世界では当たり前になっている。
心拍センサー、GPSデバイス、ドローン、コンディション管理ソフト──。もはや根拠なき走り込みだけでは、プロの選手はついてこない。
すでに最先端の現場では、新たな挑戦が始まっている。遺伝子タイプに応じて、練習をオーダーメイドする“ゲノム的筋トレ”だ。
福島県いわき市と双葉郡をホームタウンとする「いわきFC」は、日本サッカー界で最も科学的なアプローチをしているクラブである。
2015年12月、アンダーアーマーの日本総代理店「株式会社ドーム」が運営権を取得。約20億円で高機能のクラブハウスを建設し、同社のパフォーマンス開発機関「ドームアスリートアハウス」からノウハウを取り入れ、Jリーグ以上の環境を創り出した。
福島県リーグ2部から昇格し続け、ついに今年JFL(日本サッカー界の4部)に到達した。「魂の息吹くフットボール ~90分間止まらない、倒れない~」をスローガンに、パワーを前面に押し出したスタイルで日本サッカーの概念を変えることを目指している。
彼らが遺伝子に目をつけたのは、1年目のシーズンを終えたあとだった。
いわきFCのパフォーマンスコーチ、鈴木秀紀はこう解説する。
「もともとは全選手が一律の負荷・回数でウエイトトレーニングをやっていました。たとえば今日は8回8セットでという感じで。ただ、ほとんどの選手で効果が見られたんですが、1年後に筋量が増えないどころか減ってしまった選手が出た。食事にこだわっていたにもかかわらず」
専門家にとって衝撃の結果だった。
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最新のノウハウを駆使して週に2〜3回のペースで筋トレ(ストレングス・トレーニング)を続け、選手には適切なプロテインとサプリメントを提供していた。にもかかわらず、筋量が減った──。
いわきFCは選手が怠けたとは考えず、何か見逃している原因があると考えた。
解決のヒントをもたらしたのは、チームドクターの齋田良知だった。順天堂大学医学部准教授の整形外科医で、2015年から約1年間ACミランの下部組織に帯同した経験を持ち、2017年からいわきFCのチームドクターを兼任している。
「アスリートに関する遺伝子の研究がある」
齋田が示したのは、骨格筋のZ膜(筋細胞の最小機能単位の端にある膜)に存在するタンパク質「αアクチニン」に関する研究だった。

遺伝子が示す瞬発系か持久系か

αアクチニンは2種類あり、αアクチニン2はすべての筋繊維に存在するが、αアクチニン3は速筋繊維にしか存在しない。
不思議なことに、遺伝子にはαアクチニン3を作れるR型と、作れないX型の2タイプがある。もともとは筋ジストロフィーの研究から見つけられた。
よく知られるように、人間は父親と母親からそれぞれ1組ずつゲノムを受け継ぐ(例:血液型。父親がAA、母親がBBなら、子供はABになる)。
αアクチニン3遺伝子に関しては、人間にはR×R=RR型、R×X=RX型、X×X=XX型の3タイプが存在する。
2003年、ナン・ヤン、サイモン・イースティール、キャスリン・ノースらオーストラリアの研究者がこの遺伝子に注目して、大規模な調査(一般人436人、アスリート301人)を行なった(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1180686/)。
そしてこの調査はある傾向を発見した。
一般人に比べて、RR型は瞬発系・パワー系の一流アスリートに、XX型は持久系の一流アスリートに多かったのだ。
一般人:RR型 30%、RX型52%、XX型18%
瞬発系・パワー系競技の一流選手:RR型 50%、RX型45%、XX型6%
持久系競技の一流選手:RR型 31%、RX型45%、XX型24%
さらに細かく見ると、瞬発系競技のオリンピック選手(32人)だけに限れば、XX型は1人もいなかった。
この研究を受け、宮本(三上)恵里、福典之らのグループは、日本人の全国レベル以上の男性陸上競技選手を対象に、100mと400mの自己ベストを調査。自己ベストが10秒24(ロンドン五輪標準記録B)以上の選手は、全員がRR型もしくはRX型という結果を得た。
つまり速筋繊維にαアクチニン3が存在する(R型)か、存在しない(X型)かで、向いている競技が変わるということだ。
円グラフのパーセントは「スポーツパフォーマンスと遺伝子多型」(宮本恵里)の発表による。
なぜRR型が短距離に多く、XX型は持久系種目に多いのか?
まだそのメカニズムはわかっていない。
ただ、αアクチニン3を欠くマウスの速筋繊維は、遅筋繊維の特性をわずかに併せ持つという研究がある。科学ライターのデイヴィッド・エプスタインは『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか? - アスリートの科学』(早川書房)でこう綴った。
「X型が人間に広まったおよその時期──1万5000年から3万年ほど前──は、最終氷期のころであったとノースは考えた。αアクチニン3の欠如は、速筋繊維の代謝効率を高め、速筋繊維に遅筋繊維のような特性を持たせることになったのだろう。これは、アフリカから離れた、食糧も乏しい高緯度の極寒の地で暮らすときにはありがたいことだったのかもしれない。アフリカの外へ出た人間の生活様式が狩猟採集型から農耕型に移ったときに、X型が広まったのかもしれないと、2人の人類学者は考えている」
まだ100%証明されたわけではないが、αアクチニン3がアスリートの瞬発系・持久系の能力に関係している確率はかなり高そうだ。
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スポーツ界でそれをいち早く取り入れたのは、オーストラリアのラグビークラブ、マンリー・シー・イーグルスだった。2005年、所属24人中18人の遺伝子検査を行い、αアクチニン3遺伝子を持つ選手には瞬発力を鍛える練習を増やし、有酸素運動を減らした。
この取り組みをサポートしていた生化学者のスティーブ・ダンクは、当時こう語っている。
「私たちは選手を1週間に100kmも走らせたくない。もしその選手の遺伝子が50kmの方が適していて、ウエイトトレーニングにより時間を割いた方がいいと言っているならね」
以来、R型・X型の遺伝子検査キットを売る会社が生まれ、現在、次のような解釈が一般的になっている。
RR型:瞬発・パワー系
RX型:中間系
XX型:持久系

いわきFCが取り入れたトレーニング

いわきFCは2年目からこの知見を取り入れ、全26選手に遺伝子検査を実施。RR(パワー系:8人)、RX(中間系:12人)、XX(持久系:6人)の3グループに分け、グループごとにウエイトの挙上重量と挙上回数を変えた。
たとえばRRは重いウエイトを少ない回数挙げ、一方XXはそれより軽いウエイトを多い回数挙げる。
実際、いわきFCのトレーニングジムに行くと、この3グループに分かれたメニュー表が貼られていた。
結果は目に見えて現れた。1年目に骨格筋量が増えなかった選手が、わずか1カ月で1kgアップした。
思わぬ効果ももたらした。いわきFCの代表取締役、大倉智はこう振り返る。
「選手たちが鏡の前で脱いで、自分の体を見て触り始めた。ベンチプレスが上がるようになると、人って脱ぎたくなるんだなと思った(笑)。
それが気持ちにも影響する。球際の競り合いに行けなかったのが、ガッと踏み込めるようになった。一度競り合いに勝つと、自信が生まれてさらに勝負できるようになる。その結果、あいつ根性あるじゃん、って言われるんだ」
いわきFCでは、テクニシャンタイプがファイターの要素を身につけ、文字通りひと回りもふた回りも大きな選手になる。
「5年目のFW吉田知樹が代表例。なよっとしていたのが、球際に強いタイプになった。J3のAC長野パルセイロから来た10番のMF平岡将豪もそうだね。今や人混みの中にガツガツ飛び込んで行く。今年チリ1部へ移籍したバスケスは半年で変わったよ。
あと、ボールがぴたっと止まる可能性も高まる。サッカーは人の気配を感じながらやるスポーツじゃない? だから相手が近くに来ると技術がブレる。でも体の強さに自信があると、相手が来ても大丈夫となり、落ち着いてボールを止められる。スクワットで挙げられる重量とボールコントロールって相関関係があるんじゃないか。そんなことを感じ始めている」
大倉智(おおくら・さとし)。株式会社いわきスポーツクラブ代表取締役。1969年5月22日生まれ。神奈川県出身。柏レイソルなどでプレーしたのち、スペインでスポーツマネジメントを学び帰国。C大阪チーム統括ディレクターを経て、2005年から湘南ベルマーレの強化部長に就任、13年にGM、14年に取締役社長、15年に代表取締役。15年12月から現職。
誤解してはいけないのは、いわきFCはただ筋量を増やそうとしているわけではないということだ。
パフォーマンスコーチの鈴木は強調する。
「僕はもともとドームアスリートアハウスにいたんですが、そこでは『動作を鍛えることで、効率の良い動きを習得する』という言葉があった。目的は動作を鍛える。単に筋力を上げるのが目的ではないんです」
いわきFCは開幕前の約2カ月を“鍛錬期“と呼び、週3回ペースで筋トレを行う。目指すのはサッカーのための動き作りだ。
「たとえばウエイトを使ったスクワットで大事なのはフォームなんですね。上げる前に下がらないといけないですが、下がっていく途中でお腹に力を入れ、お腹を膨らませるように選手に伝えます。腹圧を高め、上げるための準備をするためです。
なぜ腹圧を高めるのか? スピード感はちょっと違うんですけど、ピッチで1回重心を落としてぐっとフェイントするとき、腹圧が高いと素早く力を入れられる。骨盤が立って、姿勢が良くなり、胸が開くからです。
昨年、ピッチ状態が悪いときでも、コーチ陣から『うちは踏ん張れるよね』という声が上がっていた。昨年、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(JFL昇格をかけた大会)の決勝ラウンドは中1日で試合があったんですが、疲れが溜まったときでも他のチームより踏ん張れていた」
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細部までフィジカルをコントロール

柔軟性も大事なテーマだ。
アメリカ製のカイザーという空気圧が負荷の器具をうまく活用している。器具にチューブでつながった棒を、斜め下に引きおろすような動きで、胸周りを柔らかくする。
「サッカーでは胸周りが硬くなってしまう選手が多い。あらゆるスポーツの中で、最も姿勢が悪いかもしれません。猫背ならまだいいんですが、かつ胸部分が硬くて動かない選手が多い。
重心を動かしたり反転したりするときは、必ず頭部が動いて、次に胸が動いて上から下へ順番にぐぐぐっと動く。でも胸が硬くて動かないと、代わりに動いた部分に負担がくる。胸じゃなくて腰でひねると腰痛になりやすいし、膝や足首に負担が来る場合もある。
サッカーは方向転換が入る競技。胸が動いて少し重心をずらすと、足だけで頑張らなくてもすっと行ける可能性が高くなります」
鈴木 秀紀(すずき・ひでのり)。いわきFCパフォーマンスコーチ。1990年4月2日、静岡県生まれ。自身は陸上競技短距離選手として大学まで競技生活を送り、卒業後はヒューマンアカデミー横浜校トレーナー科で学ぶ。石原塾スプリントスクールで子ども達の育成に携わり、その後ドームアスリートハウスでトップアスリートのトレーニング指導を経験。2017年からいわきFCのパフォーマンスコーチとしてトップチーム、アカデミーの指導を担当。
選手を鍛え上げるために、疲労の管理にも余念がない。
いわきFCでは負傷を防ぐために、「尿比重」の測定で脱水の状態、「前屈」の測定で筋疲労、垂直跳びによる筋力発揮と協調運動のモニタリング、「眼調節力」の測定で神経疲労の度合いをチェックしている。1カ月に1回、血液検査を行い、栄養士が日々の食事を指導している。
遺伝子にまでこだわって筋トレを変え、動きを作り、疲労を管理し、栄養にこだわる──選手たちが“戦士”にならないわけがない。
「サッカー選手にはウエイトを使った筋トレにアレルギーがあると言われていて、実際、過去に僕も感じたことがありました。ただ、それは正しいフォームを教えられていないことに原因があるかもしれません。やり方が間違っていると効果が出ないどころが、故障につながり、選手はネガティブな印象を持つ。
Jリーグのフィジカルコーチたちと話すと、彼らももっとジムでトレーニングをさせたいけど、フォームを教えるところから始めるには時間がかかるため、監督の理解が必要だと聞きました。幸いうちはクラブとして『90分間止まらない、倒れない』を目指しているので、思う存分ストレングス・トレーニングに取り組める。
最近、海外の一流選手の体つきが明らかに変わってきている。僕らトレーニング界で言われているのは、サッカー選手がアメフトのランニングバックの体に近くなってきているということ。サッカー選手にとっての身体形体のメルクマール(指標)と言われている。日本人選手もそこを目指すべきだと思います」
話を遺伝子に戻そう。
世界中でアスリートの能力に関係する“スポーツ遺伝子”の探求が続いている。前述の『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?』によれば、2011年、HERICA研究チーム(カナダとアメリカの5つの大学の共同プロジェクト)は、酸素摂取能力に関して21種類の新たな遺伝子の変異を発見したと発表。
19種類以上の“望ましい”遺伝子の形を持っていた被験者は、10種類未満しか持っていなかった被験者に比べて、ほぼ3倍の最大酸素摂取量の増加があった。
順天堂大学大学院の福典之准教授は、細胞の核のDNAだけでなく、ミトコンドリアDNAにも注目して研究を進めている(https://www.juntendo.ac.jp/sports/news/20181204-01.html)。
遺伝子の特性によって、良い練習と悪い練習は異なっている。
限界まで追い込むときの効率をさらに高めるために、遺伝子レベルで練習をオーダーメイドする時代が近づきつつある。
(執筆:木崎伸也、編集:黒田俊、写真:木崎伸也、GettyImage、デザイン:松嶋こよみ)