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会議とは火中の栗を拾いに行くための会議と認識するとのことですが、蔓延しているのは第2回でも触れられていた「誰が決めるかを決める」ことができていないことのように感じています。決められる自覚なしに決めることはできません。

権限移譲してもフラットな会議運営をしても横槍を入れられるような環境では、何をしても無駄になるので、当事者意識は育ちません。仮に当事者意識を持っている人でも、効率を重視してパフォーマンスを発揮しなくなることもあり得ます。

決める人も含めて当事者意識が欠如していると、実行過程でも当事者意識が生まれずに中途半端な結果となります。その結果、当事者意識なく新しい決定が繰り返される負のスパイラルに陥りかねません。
一座建立

これができれば大丈夫。

茶道で、主客に一体感を生ずるほど充実した茶会となること。茶会の目的の一つとされる。

会議は正に一座建立です。
どんどん変えていきたいですね。
テレビも徹夜!徹夜!と言いながら、8時間くらい編集所で寝ているADさん問題など、無駄が多いので、皆変わってきてるけど、意味合い事とないこと(機能してない慣例)を整理していきたいと思います。

割り振りや会議の采配、やないことを決断する事を実行できるかできないかもリーダーの能力が問われます。
この記事の中では”当事者意識の欠如”が一番重要かと思います。

ここから話を広げると、一般的な会社は立場が上になればなるほど事業に対して浅く広く関わることになります。重要な会議ではこういった人が決裁する訳ですが、事業に対して浅くしか関わっていない人が当事者意識を持って決裁することが出来る訳がなく、これが現場と本部の温度差を生み出しています。その為、そもそも会議のアウトプットの品質が悪くなり、誰もついてこないのです。

大事なのは想いを持った人に任せること。そういった人が当事者意識を持って取り組んだ結果を上の人は認めるだけで良いのです。
決まったことが実行されなくても誰も困らない。

「火中の栗を拾う」なんて言ったら、ますます敬遠されます。

実行してもしなくても、評価や報酬に影響ないですからね。誰も責任をとる気はありません。

会議で決まったことをやるのではなく、自分で考えて必要なことをやる。そんな人が増えなければ、有効な会議はできませんよ。
めちゃくちゃ同意できる記事でした......問題意識があっても、自分で火中の栗を拾えないときは、問題提起を積極的にはしたくない、無責任な気がするので。
書いてある事は間違いないと思うが、
なんか「あれダメ」「これダメ」系の記事を
若い人が見続けていると柔軟性に欠ける人に
なりそうな気がします。