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「愛情」があるか無いかというよりは、上司・部下関係無く、共に働く仲間としての「敬意」があるか無いか、という話なんでしょうね。誤解を恐れず言えば、そもそも「愛情」という言葉で定義されるような感情関係が必要なのか、とも思います。上司と部下に。

お互いを人として尊び、双方の責任において、信頼関係を築く。これが正しい在り方のように最近は感じているのですが、いかがでしょうか。
「決して怒らないドライな上司」より
「愛情をもって怒る上司」を選ぶ割合が
20代は30代より約15%も多かった。
若い人には愛情をもって接することが有効と捉えられますが、大切なのは、「愛情」の定義と感じます。

・指導する側が思う「愛情」とは何なのか?
・指導される側が思う「愛情」とは何なのか?

それを知るには、お互いに定義を話し合うことが必要です。
その上で、指導に入っていく。
まどろっこしいように思うかもしれませんが、愛情のミスマッチを防ぎ、部下上司共に成長する最短ルートと思います。
個人的には「愛情」よりも「相互信頼」があるかないかということになりますが。
最近「信頼できないな」と思った管理職からの言葉は、「納得できないかもしれませんが、理解してください。もう決めましたので。」かな。

「その辺りは臨機応変に」と言って、最初から逃げ道を準備する。
「それは◯◯(同じ管理職)が言っただけで、私は言ってない」と言って、意志の統一がされていないことを言う。
「今日その話をすると長くなってしまうから、また改めて話す場を作ろう」と、結論を先送りにして、結局なあなあにしようとする。

こんなことが繰り返されると、大体信頼関係はなくなる。

それでも我慢して愚痴ばかりになるのは個人的に好きではないので、言いたいことは言うし、それでも理解してもらえないなら、無理は必要ないので去るということになるのでしょうが。
時代は変わっているのに、対応できないというのもわかりますが、もうそれが許されない時代になっていることも理解しないといけない。
誰が言っても同じように伝わるか?・・・というと「そうではない」と思いますが、やはり「信頼関係があって仕事をしているのか?」だと思います。それも双方で「信頼している」ということがとても大事ですね。人や事象と「比べる」ということに人はある意味「嫌悪感」を抱くように感じます。
「これやる意味あるんですか?」と上司に言って嫌われたことあります。

でも僕が退職した後に、やっぱり意味がなかったよね、となって辞めたそうです。
愛情を持って怒る(叱る)は相手の目標や何になりたいのか?
相手にとって仕事がどんなモノなのか?価値観まで理解しようとする事が大事かなと思います。
全ては個別性なので。
相手の人生が今よりも良くなるだろうと確信を持って叱らなければ愛情とは言えない気がします。
愛情を感じないというか…、この発言が出るということはもうケンカ状態なのでは?