(ブルームバーグ): 昨年3月、ソフトバンクグループ本社の大会議室では孫正義社長らがホテル・不動産賃貸事業を手掛けるインドのOYO(オヨ)の日本戦略について議論し、ホワイトボードに15のアイデアを書き込んでいた。複数の出席者によれば、とりわけ孫氏の目を奪ったのはアパート「100万室供給、2020年3月まで」との文言だ。それから数カ月後、あの米ウィーワーク問題が表面化する。

ブルームバーグが入手した資料と出席者への取材によると、オヨが既存の不動産市場を変革できると確信していた孫氏は、ボードに書かれた目標について、同席した部下らに署名を求めたという。必達を迫る「BINDING」の文字の下に、幹部4人は赤いペンでサインした。

1年近くが過ぎたが、オヨが扱うアパートは現在7500室と目標100万室の1%以下だ。上場中止と1兆円の金融支援を強いられたシェアオフィスのウィーワークに続き、孫氏が厳しい現実と対峙する案件となった。スタートアップに数千億円規模で投資し、規格外の成長を求めた結果、前途有望なビジネスをかえって傷付けてしまうケースが起きている。

ブルームバーグが取材した二十数人の関係者によれば、日本で拡大路線を進んだオヨは事業パートナーや従業員ともめ、顧客の信頼も傷つけた。ツイッター上には「被害者の会」も結成された。日本だけではなく、インドや中国、米国でも似たような問題を抱えている。

孫氏は12日の決算会見で、オヨについて「素晴らしい会社だ」と評価。「一部のホテルのオーナーと意見の食い違いがあると聞いている」とした半面、「今現在もホテル数、メンバー数、宿泊客数は一貫して伸び続けている」とも話した。

ソフトバンクGはオヨの社内の問題について孫氏の発言以上のコメントはできない、としている。ただ、適切なコーポレートガバナンス(企業統治)の下、日本で持続可能な形で拡大ができると確信しているとも説明した。

オヨは今週、2019年3月期の損失が3億3500万ドル(約370億円)と、前年同期比で6倍以上に拡大したと発表した。一方、収益は9億5100万ドルで4倍以上に増加した。

不動産テックと若いカリスマの共通項

オヨは6年前、当時19歳のリテッシュ・アガルワル氏が創業した。ホテル事業では低価格ホテルをおしゃれに改装し、人工知能(AI)で需要を予測、客室料金を決める仕組みを導入した。家具家電付きのアパート事業では敷金・礼金・仲介手数料無料のサービスを提供し、全ての手続きがスマートフォンでできる触れ込みだ。

オヨとウィーワークは、不動産テックというビジネスモデルや若いカリスマ創業者がいることが共通点となっている。ニューヨークのマンハッタン・ベンチャー・パートナーズの調査部門責任者であるサントシュ・ラオ氏は、「オヨは進行中のウィーワークのようなものだ。減速し、引き返すことが必要」と指摘した。

アガルワル氏はブルームバーグの取材に対し、オヨは日本に必要な新しい概念をもたらしていると主張。一方で、急成長するスタートアップ特有の「初期の困難」も認識していると語った。

孫氏もウィーワークに続く大きな失敗は避けたいはずだ。3メガバンクを含む国内外投資家と基本合意書(MOU)を結んでいた12兆円規模のビジョン・ファンド2の計画がいったん白紙になり、物言う株主のポール・シンガー氏はソフトバンクG株を取得し、自社株買いや経営透明性の向上を求めている。

ジェフリーズ証券アナリストのアツール・ゴヤール氏は、「孫氏に必要なのは彼の名声を回復すること」だとし、「もしオヨが失敗すれば、それは簡単ではないだろう」と述べた。

世界一のホテル王になれ

オヨのアガルワル氏を支えてきたのは孫氏だ。ソフトバンクGは17年に10兆円規模のビジョン・ファンドを立ち上げ、世界で最も大きなスタートアップに投資してきた。関係者によると、孫氏はオヨに15億ドルを出資し、1927年創業のマリオット・インターナショナルを抜き世界一のホテル王になるよう若き経営者を励ました。

アガルワル氏が持ち株を増やすため、20億ドルを借りられるようみずほフィナンシャルグループなど銀行に対し孫氏個人がローンも保証。これは、オヨの評価額を100億ドルに倍増し得る取引だった。

オヨにとって日本は支援者の知名度を生かし、第2の拠点になるはずだった。ソフトバンクGは携帯電話やポータルサイト運営など日本の情報インフラを担い、プロ野球で連続日本一になった福岡ソフトバンクホークスを所有している。アガルワル氏はホテルとアパートの両事業で合弁会社を設立し、1年で日本最大の供給者になる大胆な目標を立てた。

しかし、オヨの戦略には当初から誤りがあった。日本のホテル事業の責任者であるプラスン・チョードリー氏は供給数について、初年度から業界トップのアパホテルを上回る7万5000室を目指したが、当時の複数の関係者によると、前提とした160万室にはキャンプ場やラブホテルも含まれ、市場規模を過大に見積もっていた。

社員急増

野心的な目標達成に向け急ピッチで人材採用も進め、関係者によれば、人事担当者は1日15回も面接を行う日があったという。ホテル事業では社員が580人以上に急増、アパート事業では300人に増えた。ブルームバーグが入手したメッセージによると、目標を下回るホテル事業の現状が明らかになった昨年8月、アガルワル氏はチョードリー氏に成績の悪い社員の解雇を始めるよう伝えた。

元人事担当者によれば、経営陣は最初、日本の法律では解雇が認められていないことを知らなかった。さらに、元社員や入手した契約書などによると、派遣契約から通常雇用になる段階で給与を最大で50%減額しようとした。

関係者によれば、ソフトバンクはオヨ社員からの通報を受け、自社のコンプライアンス人員を1週間の内部調査のために派遣した。間違いだと知ったオヨ経営陣も措置を撤回したという。オヨは人員削減はしようとしておらず、社員の公正な評価をしただけだと主張している。

オヨのチョードリー氏はブルームバーグの取材に対し、「現地にモチベーションの高いチームとリーダーシップのある経営陣を置くことは新しい市場で成功するのに重要な戦略だとオヨは信じている」と述べ、「このチームがあるから190のホテルと契約できた」と語った。

ソフトバンクだから「信頼した」

ホテルオーナーらは不満げだ。成田空港に近い千葉県香取市の佐原北ホテルの佐藤勝二オーナーは昨年9月に契約して以降、最低売り上げ補償が1月に支払われなかったり、繁忙期でも室料が大きく下げられたりしたため、「何のプラスにもなってない」と言う。日本で有名な孫氏のソフトバンクが支援しており、「インドの会社だが信頼した」と話す佐藤氏はオヨに契約解除を求めている。

オヨは、1月分の支払いは2月の中旬に予定しており、支払いが遅れた事実はないとしている。

長崎県雲仙市の浜観ホテルの尾崎真吾支配人もAIによる価格設定への興味でオヨの一員になったが、運営状況への不満から3月までに契約を解除するか検討中。オヨとのやりとりで「一番困っているのはホテルの従業員が疲弊していること」と述べた。

オヨの担当者は、ソフトウェアの改善には常に取り組んでおり、開設したコールセンターでは先月、提携業者と顧客と1700件のやり取りがあったと説明した。

財団法人・宿泊施設活性化機構(JALF)には、オヨについての苦情がこれまでに15件以上寄せられている。伊藤泰斗事務局長は、「ホテルの運営受託は価格や集客といった経営の全権を預ける信用商売」だとし、オーナーとのトラブルはオヨが日本で事業展開する上での障害になるだろうとみている。

ソフトバンクの宮内謙社長は7日の決算会見で、日本でのオヨのホテル事業について「200ぐらいのうち、40社ぐらいがいろいろな問題があった」と明らかにした。オヨ側、ホテル側双方に問題があったとの認識を示した上で、「少し産みの苦しみというか、成長の過程での苦しみはあったが、誠意をもって開拓したホテルに対応していっている」と弁明した。

(第7段落にオヨの決算について追加しました)

--取材協力:Saritha Rai.

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