【HRTech】人材の可視化が変える人事戦略と、その先

2020/2/14
 HRTechが活況だ。人事評価や採用の効率化のみならず、人事戦略の立て方にも変化をもたらしつつある。
 厚生労働省は「令和元年(2019)人口動態統計の年間推計」で、日本人の国内出生数は86万4000人になったと発表。1899年の統計開始以来、初めて出生数が90万人を下回った。
 つまり、日本では国内労働人口が縮小していく未来が確実に訪れることを意味している。
出典:厚生労働省 令和元年(2019)人口動態統計の年間推計
 優秀な人材の獲得が難しくなっていくだけでなく、そもそもの働き手が減っていく日本。いかに社員1人あたりのパフォーマンスを高めていくかが課題であり、その打ち手の一つがHRTechなのである。
 2019年12月10日(火)に、東京・虎ノ門ヒルズフォーラムで開催された「Next Culture Summit」のセッション『人材の「可視化」が変える人事戦略とその先へ〜エンプロイー・エクスペリエンス最大化の事例を紐解く〜』で、HRTechに取り組む企業の代表が、意見を交わした。
 登壇したのは、クラウド人材管理システム「カオナビ」を運営するカオナビ取締役副社長COOの佐藤寛之氏、従業員ごとの貢献を“ピアボーナス®”という指標で見える化したサービス「Unipos」を開発したUnipos代表取締役社長の斉藤知明氏。
 モデレーターは人事領域で活躍してきたラッシュジャパン人事部部長の安田雅彦氏が務めた。
 HRTechによる人材の「可視化」を経て、いかに「経営戦略」へ昇華させるのか。事例を踏まえたディスカッションをリポートする。

これからの人事はマーケティングに精通せよ

佐藤 カオナビを創業して8年がたち、HRTechははやりの言葉になってきました。
 カオナビはいわゆる労務管理ではなく、人材マネジメントシステムに特化し、社員の個性や才能を開花させるツール。
 社員の顔写真にさまざまな情報を紐付けるので、データとして人間を扱うのではなく、顔を見て、「誰か」を認識した上で考えるのが特色です。
株式会社カオナビ 取締役副社長 / COO 佐藤寛之氏
斉藤 Uniposは、親会社のFringe81社にもともとあった社内カルチャーを事業化したのが始まりです。
 スマホやPCを通して、従業員同士で感謝のメッセージと少額の成果給(ピアボーナス®)を送り合えるサービスを提供。
 「知る、認める、信頼する」という過程を経て、社員のエンゲージメントを高め、パフォーマンス向上に貢献できると考えています。
Unipos株式会社 代表取締役社長 斉藤知明氏
安田 従業員エンゲージメントは、なぜ重視されるべきなのでしょうか。
斉藤 エンゲージメントは「やりがい」と翻訳され、社員間のつながりの強さが収益性や生産性、顧客満足度を高め、離職率や欠勤率などを下げるといわれます。
佐藤 世の中の変化としても、終身雇用で会社に従業員が縛られる関係から、会社の期待と提供価値の重なりから相互に選択し合える関係に移っています。
斉藤 そうですね。Uniposはドイツにも子会社がありますが、ドイツは職務内容を評価した上で、社員間でのコラボレーションをプラスアルファの評価として捉えます。
 つまり、まずは会社との契約関係があり、相互選択の関係性で働きが報われた上で、エンゲージメントが着目されているのです。
安田 契約関係は相性によって醸成されると思われがちですが、努めて関係性を持つべきだと各社が気づき始めてきた。
 日本でも「労働は苦痛である」という考えは変わってきていますよね。
株式会社ラッシュジャパン 人事部部長 安田雅彦氏
佐藤 まさに大企業にいた若手社員が、どれほど頑張っても初年度の人事評価が「B評価」と定まっていると聞かされ、3年で見切りをつけてベンチャー企業である弊社に転職してきました。
 なぜ、このようなことが起きるのか。マーケティングに置き換えれば、従業員と企業は、顧客とベンダーの関係のはずです。
 従業員は時間を提供し、企業は対価を払う。それならば、人事は自社にどういった人が存在するかをわかった上で施策を打つのが当然でしょう。
 ところが「うちの従業員は辞めない」という前提で考えてしまい、マーケティングもせずに人事制度を導入してしまうから、ミスコミュニケーションが起きるのです。
 優秀な人材には、毎週のようにヘッドハンティングの連絡が来る世の中で、経営者や人事はそういう競争環境に自社が置かれていることを意識しなければいけない。
 特に、デジタルネイティブな若手世代の従業員体験を考える上では、オープンであること、カスタマイズされていること、リアルタイムで提供されていることの3つのポイントが重要です。
安田 マーケティングを理解していない人事は危険といえますね。

「ワーカーエクスペリエンス」を科学する

佐藤 これまで会社は一元的な地位や金銭を頼りにしてきましたが、現在は「ここで働きたい、仕事をしていて楽しい」と思えなければ、解散してしまう世の中です。
斉藤 会社と従業員の関係において、Uniposが全国の20代から50代の男女ビジネスパーソン2000人にアンケートしたところ、「感謝を言われる頻度が高い人は従業員エンゲージメントが高い」という結果が出ました。
 つまり、自分の仕事が認められることが帰属意識につながるということ。当たり前の相関関係ともいえますが、それをいかに実際の体験に落とし込めるかが大切。
 しかも感謝を言われるだけでなく「感謝を伝える頻度」が多いほど、エンゲージメントは高くなりました。
 「夜に感謝を言語化すると良い気持ちで眠れる」という声もあって、言語化することで感情の棚卸しが行われ、幸せを感じるようです。
安田 言語化は、自分の仕事に対する価値認識にもつながりそうですね。
斉藤 たとえば、入社したばかりの若手メンバーが「資料のコピー」など単調な仕事ばかりを与えられた場合、自分の成長が感じられにくく焦ってしまうことがあります。
そこに「あなたのこの仕事、こんなところが良かったよ」とリアルタイムなフィードバックをもらえれば、成長実感が生まれ、仕事を楽しく感じやすくなります。
佐藤 自己効力感がモチベーションにつながれば、それは時にお金よりも力になる。
安田 まさに、マネードリブンは限界があると思います。もちろん無視はできないのでバランスが大切です。

人事は「100万分の1のリスク」を考え直せ

佐藤 カオナビのようなプロダクトがきっかけとなり、企業内のわずかな人でも行動様式が変わり、その人数が一定数になると、企業文化になっていきます。
 たとえば、ある飲食チェーンは組織の拡大とともにエクセルでの人事管理が難しくなり、5年前にカオナビを導入されました。
 同時に、店舗の社員全員にスマホを貸与し、自らカオナビにアクセスしてもらって、自己評価や自己申告をしてもらう仕組みに変え、フィードバックの回数も増やしたそうです。
 それにより、リアルタイムで人材情報を可視化できるようになり、従業員の意向もくみながら「人と仕事のマッチング」を実現できる組織へと変革されました。
斉藤 スマホを社員に貸与するだけでもハードルになる会社もありますが、固定概念から変えていかないと、変革にはつながらないという良い例ですね。
安田 人事は100万分の1のリスクを考えがちですが、ときにリスクとなる可能性が51%あっても決断しなくてはならないシーンもあります。
 最終的に欲しいバリューは何か、どういう変化を起こしたいのか。それらを考慮してフレキシブルな選択をすべきですね。
斉藤 Uniposでも、そういった事例があります。
 3年前まで大手Webサービスを使ったことがない・知らない社員が多かった企業が、本腰を入れて取り組んだ結果、スマホの貸与、Wi-Fiの整備、SlackやUniposの導入と一気にIT化したことがありました。
 オフラインでのやり取り以上に情報が循環しやすくなったそうで、物理的に支店間や拠点間で届かなかった声や、情報の垣根を下げてくれるのも、HRTechの領域だと感じますね。
安田 言語化や可視化によって、会社のどこで何が起きているのかもわかる。
斉藤 そうなんです。面談にしても、部下は上司に「理解されている」と感じていなければ、上司の言葉は響きません
 自分の仕事や貢献度をあらかじめ知ってもらった上で始まる面談と、「最近どう?」といった探りから始まる面談では印象が全く違うはず。
 ただ、人事が全てを拾い上げるのは難しいので、Uniposのようなアプローチで社員同士が認め合う仕組みを取り入れるのも効果的だと思っています。

人事の「究極の仕事」とは

安田 これまで人事の仕事は、“変革エージェント”として捉えられていませんでした。それがHRTechなどのツールによって変わってきたと思うんです。
 エンゲージメントがスポットライトを浴び、人事を企業成長のキードライバーにする動きも出てきましたよね。
斉藤 多くの社員に影響を与えるのが人事だと思います。テクノロジーの活用はハードルがありますし、全員に効果があるのか不安にも感じるでしょうが、覚悟をもって推進するしかありません。
佐藤 そうですね。人事の究極の仕事は「企業文化を作るための言語化や仕組み化」です。そのための手段としてカオナビやUniposがある。
 ツールの導入をゴールにしがちですが、それらで可視化した先にどういった企業文化を作りたいか、経営者と認識を合わせることが大事です。
安田 情報量の調整でヒエラルキーを保つ組織が機能していた時代もありましたが、現代はテクノロジーで情報を均質化できる時代
 それこそ、「人事しか知らない情報」はだんだんなくなっていくかもしれません。
佐藤 従業員と会社の関係が変わっているということは、人事にチャンスがあるということ。人事が経営の主役に入る時代がようやく来たといえるでしょう。
安田 各社には当然ながら受け継がれてきたDNAや固有の価値観があります。それらを、HRTechを駆使して可視化し、価値化するのも人事の役割といえますね。
(編集:田村朋美、文:長谷川賢人、写真:岡村大輔、デザイン:村木淳之介)
※このセッションは、Uniposとカオナビの協賛でお届けしています。