【組織開発】コーチングが導く「問い」と「対話」の重要性

2020/2/14
 ティーチングから、コーチングへ。時代の変化とともに、リーダーや上司に求められるスキルも変化する。
 コーチングは一般的に「個人の成長を目的とした1対1のコミュニケーション」と考えられているが、その領域にとどまるものでもないようだ。
 2019年12月10日(火)に、東京・虎ノ門ヒルズフォーラムで開催された「Next Culture Summit」のセッション『「問い」と「対話」が組織イノベーションを加速する〜エグゼクティブ・コーチングによる組織開発〜』では、学問的観点と現場視点が交差しながら、組織におけるコーチングの可能性がテーマとなった。
 セッションの前半は、20年以上にわたって、200人以上のエグゼクティブに対してコーチングを提供してきたコーチ・エィ社長の鈴木義幸氏が、『組織開発につなげるエグゼクティブ・コーチング』をプレゼン。
 その上で、後半では『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』の著者で、社会構成主義を基盤に研究する経営学者の宇田川元一氏と、進行役にNewsPicksアカデミア編集長の野村高文を交えた、トークセッションが開催された。

人間の最小単位は「2人」である

コーチ・エィ代表取締役社長 鈴木義幸
鈴木 コーチ・エィは個人の能力開発ではなく、エグゼクティブを通して組織をコーチングし、組織のパフォーマンスを上げることを重視しています。
 そのために必要なのが、組織開発や文化醸成というアプローチです。
 アメリカの脚本家であるトニー・クシュナーは「それ以上分割できない人間の最小単位は2人だ。1人ではない。2つ1組の魂が絡み合うところから社会が生まれ、人生が生まれ、ドラマが生まれる」と語っています。
 これは企業内コミュニケーションでも同じです。
 社長と副社長、工場長とスタッフなど「誰か」と「誰か」の関わりに帰結する。無数の「2人の関わり」で会社はできているのです。
 では、なぜ人は関わり方を変えられず、コーチングを必要とするのでしょうか。それは、これまでの人生で人との関わり合い方における「成功体験」を持っているからだと考えます。
 部下の言ってきたことを論理で返す、口数の少ない相手に反応を促すといった、無意識の成功体験を持つからこそ、その行動パターンを変化させられないのです。
 GoogleのCEOであるエリック・シュミットでさえ、誰にとっても「コーチが必要だ」と述べています。
 「人は自分を他人の視点から見ることが本当に不得手。コーチは、他人の視点で自分を見ることを可能にする」と。
 彼が来日した際に「コーチをつける理由」を弊社の社員が尋ねる機会がありました。
 その答えは「世界中の異才を集めているGoogleだからこそ、コミュニケーションがうまくいかないことがある。その人たちと対話を通し、創造につなげるためにもコーチをつけている」というものでした。
 リーダー間の不仲や対立、問題解決能力の欠如は、企業文化を沈滞させ、業績を低下させる原因になります。
 組織の会話は、肯定側・否定側の異なる立場に分かれて議論していてはいけません。
 心理学博士のケネス・J・ガーゲンが「ほとんどの人にとって、どうすれば一緒にアイデアを創れるかについての練習が少なすぎる」と言うように「対立」の状態があっても、それを解決に導くためのスキルと練習が必要なのです

経営層が「対話」の重要性に気づいていない

宇田川 僕も、先ほど名前の挙がったケネス・J・ガーゲンが提唱する社会構成主義をベースにしています。
 先日出版した『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』でも、相手のナラティヴ(解釈の枠組み)と自分のナラティヴの溝に橋を架けていく実践であるナラティヴ・アプローチを基礎に、組織をどのように動かしていくかについて書いています。
組織が変わっていく、動いていく上では「対話」が不可欠であると考えています。
埼玉大学経済経営系大学院 准教授 宇田川元一氏
鈴木 ただ、これまでの20年の経験のなかで、経営層やトップが「対話」を必要と思っているのか、その重要性に気づいているのかといえば、不足していると言わざるを得ません。
 「俺はいいから現場にやってもらえ」と、幾度も失敗例を見てきた。ボトムアップ型の組織に本当に変えようと思うなら、現場ではなくトップのやる気が必要不可欠です。
宇田川 一橋大学の方たちが中心に行った「組織の〈重さ〉」研究があります。バブル崩壊後、日本企業は業績が低迷したことを背景に、事業の多角化などで組織が肥大化しました。
 その結果「部分最適化」が起き、全体としての規律が緩んでしまい、組織が動かないという問題が出て、戦略の欠如、つまり、勝ち筋が作れなくなってしまった。
「部門長が戦略を構築できること」の重要性が同研究では指摘されているのです。
 個々のプレーヤーは頑張っているが、それを成果に結びつける能力に日本企業の課題があるのは、疑いないと思います。

日本的経営論は「単一のダイバーシティ」

野村 今、そのマネジメントがうまくいっていない原因は、どこにあるのでしょうか?
NewsPicksアカデミア編集長 野村高文
宇田川 過去の日本的経営論は良いところもたくさんありましたが、一方で「日本人の、大卒で、男性」という前提があったといわれています。
 しかし、事業領域や市場の拡大などによってダイバーシティが増大した現在、違いのあるものをどのように受け入れていくか、価値観のギャップがあるなかでどのように物事を進めるか、この点に十分に対応できていないことが遠因でしょう。
 ダイバーシティを生かしつつ、事業の勝ち筋を規律を持って展開する、難しいチャレンジが求められているといえます。
鈴木 一元的な価値観であるがゆえに、多様化した現在に対応できない会社は実際に多いです。
 そうした企業とプロジェクトを進めるときは、よく現場と役員がどのような「問いを共有」できるかを考えていただきます。つまり、2つの関係性の真ん中に共通の「問い」があれば、それぞれの立場から考えられるようになるんです。
 フランス・ヨハンソンの『メディチ・インパクト』という書籍にありますが、15世紀イタリアのフィレンツェでは、大富豪のメディチ家が芸術家など多彩な人を集め、創造性を爆発させて、さまざまなものを生み出しました。
 「問いの共有」は、この方法とも根本的には近しいですし、そうしなければ、ダイバーシティのある組織は支えられないでしょう。
野村 経営者が「問い」や「対話」を組織に内蔵させるためには、何が必要でしょうか?
鈴木 基本的に人の思考は「問い」と「答え」からできており、人は一日の間におそらく1000回は自問自答をする生き物です。
 「上司は自分を認めているだろうか?」という問いを頻繁に自分に投げかけるのではなく「どうしたら会社に貢献できるだろうか?」「イノベーションを起こせるだろうか?」と自分に問うようになれば、社員や組織は変わるはず。
 人は外側から問われたことを内在化します。上司やコーチから常に問われることが内在化されるので「何を話すか」だけでなく「何を問うか」
 会社で共有されるべき「問い」の設定について、リーダーが責任を持つことが重要なのです。

部下でも商談相手のように臨め

宇田川 立場が上の人は、「経験が豊富である」「権力がある」ことにより、自分の物差しで発言しても、異論を挟まれることは相対的に少ないはずです。しかし、それが相手の解釈とかみ合わないことはよくあります。
 重要なのは、相手と「橋が架かっている」状態で会話ができているのかを考えること。
 自分の言葉が相手によく理解されていないと感じていても、「自分は上司だから」といった役割や期待に縛られていないかに気づくのも大事だと思います。
鈴木 そうですね。経営者は話が長い人が多いのですが、それはあまりよくないことだと思っています。なぜなら、相手の気持ちとコンタクトせずに話していることと同義だから。
 コーチングで「今、何分お話を続けたと思いますか?」と聞くと「3分くらいでは」と返されるのですが、実際は15分たっています(笑)。それくらい体感が違う。
野村 そうなると、「問い」と「対話」で心がけるべきことは何でしょうか。
鈴木 部下が1on1で不満に思うことは「上司の準備不足」が多いようです。時間が来たら急に始まり、質問もありきたりのものだったりする。
 大事なのは上司が「いったい自分は部下について何を知らず、何を知りたいのか」を準備すること。
 部下について考える時間をしっかり取れば、問いかけは生まれるはずです。対話する2人で新しいことを生み出す、という意識を持ちたいですね。
野村 商談に行くときは相手を調べます。それと同じ態度で臨むべきですね。
宇田川 「何をわかっていなかったか」がわかる、というのが対話においては極めて重要です。
 私が好きな研究者で『プロセス・コンサルテーション』を書いたエドガー・シャインは「あなたの無知にアクセスせよ」と言っています。
 自分は何がわかっていないかを知る。それを知れば、他者を知ろうとします
 営業の場合なら、お客さんを知らなければ、数字が上がらないとわかりますよね。それが会社の内部のことになると「わかるだろう」と思ってしまう。
 ジェネレーションギャップなどもそうですが、それらは「わかりあえないことがわかっていない」状態なのです。
 たとえばスタートアップ企業が成長すると、経営者には「みんなと一緒に歩んできた」という思いがあっても、気づかないうちに権力をまとってしまい、同じように話せなくなるということはあります。
 苦しいことですが、それを受け入れるのも、リーダーの大切な仕事のひとつでしょう。
 社内でお互いに通じ合っていたつもりだったのに、いつからか上司として扱われる寂しさはあるかもしれません。
 ブレーズ・パスカルが「人間は惨めさを知っているという意味で偉大である」と言うように、お互いの隔たりを知るのはつらいかもしれませんが、わからないことがあることこそ、もっとやりようがあることを意味するのではないでしょうか。

リスペクトの語源に立ち返れ

野村 自分と相手の違いを認識するのもコーチングの一種でしょうか。
鈴木 コーチングの「前提」ですね。私たちがコーチングを行う際には、「いかに相手を知らないと思い続けられるか」を大事にします。
 なぜなら「まだわからない」と思っていれば、質問し続けられるからです。ただ、脳はわからない状態が不快なので、どこかで「わかった!」と解を得たくなってしまう。
 だから、入社の動機やお財布に入れている金額など、仕事に関係ないことも含めて100項目以上の質問表を上司の方に用意してもらうことがあります。それがあるだけで、部下に質問ができますから。
宇田川 私がベースにしているナラティヴ・アプローチでも、専門性を脇に置くことを大事にしています。
 ナラティヴ・アプローチが元々展開されてきた医療の現場なら、医師は患者の疾患を診る専門性はありますが、勧めた治療を嫌がられると非合理だと判断することは大いにあり得ます。
 しかし、そうした患者の反応は、患者なりのナラティヴで何かを訴えているわけです。その訴えを専門性が「邪魔」をして、相手のナラティヴを観察できないのです。
 これは企業でも、部門間や階層間のナラティヴの溝として起きがちな話です。
 自分が持つ専門性の限界を知って対話していくことが必要な時代に我々は生きています。他部門や部下、上司が違和感の反応を見せてきたときは、ナラティヴの溝があるときで、観察が必要です。
 相手をよく知って「自分も相手も生きる状態」、つまり、共創関係になることが必要だと思います。
鈴木 部下が上司に求めるものは「リスペクト」です。語源からひもとくと、「リ」が「再び」で、「スペクト」は「見る」です。つまりリスペクトとは、「わからないつもりにならず、もう一度相手をしっかり見る」こと。
 この語源に立ち返ることが、上司や経営者にとって大事なことなのだと思いますよ。
(編集:田村朋美、文:長谷川賢人、写真:岡村大輔、デザイン:村木淳之介)
※このセッションは、コーチ・エィの協賛でお届けしています。