「メジャーのルールが日本に持ち込まれる」のは是か非か

2020/2/14
プロ野球の将来を考えたとき試合時間の短縮は大きな課題となっている。可処分時間の奪い合いとも言われる現代に「3時間」を拘束するコンテンツは成立しづらい。MLBでは今季からルールが変わり、その波は来季以降日本にも波及しそうだが──。

MLBの「Lefty - Lefty」

日本野球機構(NPB)は1月22日、都内で行われた12球団監督会議で「ワンポイント(・リリーフ)禁止ルールを今季、本格的に検討する」と発表した。
それはメジャーリーグ(MLB)が今季から、「試合時間の短縮」を目的に「投手は打者3人か、回を終了するまで投げなければならない」という新ルールを導入することに追随する動きだった。
現時点では実現するかどうか定かではないが、同会議の座長を務めた巨人の原監督が「米国はいち早く取り入れるが、NPBは様子を見てということですね」と話せば、西武の辻監督も「来年の議題に挙がるかもしれない」とNPBでの適用の可能性を示唆しているのだから、もはや「机上の空論」とは言えない状況になっている。
NPBとMLBの過去20年間の平均試合時間。NPB公式HP、Baseball referenceより編集部作成
念のため書いておくと、ワンポイントというのはデッドボール(死球)やファーボール(四球)と一緒で和製の野球英語である。典型的には打者1人に登板する救援投手のことで、勝負どころの試合中盤から終盤にかけて、相手の主砲クラスである左の強打者が打席に入ったとき、一般的に左打者に対して相性が良いとされる左投手が救援に立つことを意味する。
MLBの実況中継を聞いていると「Lefty - Lefty(左には左)」という言い方をすることが多く、右の強打者に右投手をぶつけることもあるにはあるが、それを「Righty - Righty(右には右)」と言うことが少ないのは、「左対左」の方が圧倒的に目立っているからだろう。
昨年、MLB最多となる83試合に登板した左腕アレックス・クラウディオ投手(ブルワーズ)は、その半数以上の45試合が1.0イニング以下の登板で合計でも62.0回にしか登板していない。
Milwaukee Brewersで主に「ワンポイント」として活躍したAlex Claudio。
同2位の80試合に登板した左腕アダム・コーレアリック投手(レイズ/ドジャース)も、その半数以上の49試合が1.0イニング以下の登板だった。彼らは日本風に言うところの「左殺し」のワンポイント・リリーバーだったわけだ。
左打者には左投手、右打者には右投手が有利という発想自体は、ベースボールの黎明期である1800年代の後半からあったという。
外角に逃げていく変化球「カーブ」が発明されたこともあって、1871年にはすでに「左右両打ち」のスイッチヒッターが誕生し、1887年には左投手が先発するときは右打者、右投手が先発する時は左打者という起用法「ツープラトン」も生まれている。
それらは打者の側から見た「有利」で、投手から見た「有利」であるワンポイントの救援は、いわば逆転の発想から生まれたと言っていいだろう。

ワンポイント禁止が制定されるまで

それがなぜ、「試合時間の短縮」のための犠牲となったのか?
MLBは今、救援投手の隆盛期にある。
セイバーメトリクス(野球の統計分析学)総本山の米サイトBaseballprospectus.comの専門家グループが2011年に出版した傑著「Baseball Between the Numbers: Why Everything You Know About the Game Is Wrong」などによると、1904年に全体の87.6%も占めたMLBの先発投手の完投率は、1924年に50%を下回ると、1954年には40%以下、1964年には30%以下と下降線を描いた。
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1984年には15.0%、1994年には同8.0%と完投率はさらに急降下し、昨2019年は田中将大投手(ヤンキース)などMLB全2429試合(通常は2430試合だが、悪天候のため1試合が中止となり再試合も行われなかった)中、45度しか完投しなかったことで全体の0.18%に留まっている。
それに反比例して1試合で起用された投手数は増加し、元祖「二刀流」ベーブ・ルースがデビューした1900年代初頭は1試合平均2人以下だったのが、1946年に2人、1990年には3人を超えると、2015年に4人台を突破。過去3年では2017年が4.22人、2018年が4.36人、2019年が4.41人と救援投手の起用がさらなる増加傾向にあった。
今では先発投手が六回途中で降板するのは当たり前。「左対左」で救援に立った左投手が打者一人=ワンポイントで降板するのも当たり前。次の打者が右打者なら、右投手がその後にマウンドに立つのも当たり前になっている。
ロブ・マンフレッドMLBコミッショナーは2015年の就任以来、監督やコーチ、捕手らがタイムを要求してマウンドの投手を訪れる回数の削減や投球間の時間を決める「Pitch Clock(イニング間や投球間の時間を20秒に設定して選手たちに示す時計)」の試験的導入など、常に試合時間の短縮を念頭に置いて改革を進めてきた。
ところが救援投手を短いイニング限定で先発させる「Opener(オープナー)」などの変則的な投手起用法が導入されるなどしたお陰で、試合時間はさらに長期化し、同コミッショナーの就任時に2時間56分だった1試合平均の試合時間(9イニングの試合のみ)は、過去4年連続で3時間を超えるようになった。
方々で議論されている通り、試合時間の長期化は決して投手起用だけが原因ではないが、「何か手を打たなければならない」状態に陥っていた。
サッカーやバスケットボールのように時間に制限がなく、9イニング終了時の得点差で勝敗が決まるのが野球なので、「馬鹿を云え、時間に拘束されないのが野球の良いところだ」という反対派もアメリカにはいて、コミッショナーの「時短改革」に反対するプロ野球OBも少なくない。
ただし、そういうご意見番の人たちが活躍していた時代は2時間台で試合が終わっていたし、あまり説得力がない。
報知新聞電子版によると、2019年のMLBのポストシーズン全37試合で投手が打者2人以下でイニング途中に交代したケースは、25度もあったそうだ
「負けたら終わり」という雰囲気の中では試合時間もあまり気にならなかったが、それもある種の緊張感を持って現場に接する必要がある関係者や、ポストシーズンを戦っているチームのファンにとっての「感覚」に過ぎない。カジュアルに野球を楽しみたいだけの人々にとっては、1イニングに何度も投手交代があって、その度に緊張感が途切れるような状況になるのは、あまり好ましくないだろう。

NPBに必要な「時短」制度とは

すでに手を打ったMLBはともかく、日本プロ野球はどうか。
NPBの公式サイトによると、昨2019年の1試合平均の試合時間(9イニングの試合のみ)は3時間16分と、MLBの3時間5分を超える長さだった。
ただし、MLBのように過去数年で劇的に増えたのかと言えば、決してそうではない。1999年にはすでに3時間12分を記録しており、その後の20年間では最長で2004年の3時間19分、最短でも2011年の3時間6分と2時間を切ったシーズンはなかった。
たとえば前出の報知新聞の報道によると、昨年のNPBのクライマックス、日本の両シリーズで投手が打者2人以下でイニング途中に交代したケースは18試合で4度しかなかったのだから、わざわざMLBに準じて「時短改革」などする必要はないように思われる。
しかし、データスタジアムの小林展久によると(※1)前述の「オープナー」を戦術として取り入れている日本ハムや巨人を筆頭に、ほとんどのチームが1試合に投入する救援投手の数を年々、増やしている。それが本当に試合時間の長期化に直結していると考えるのならば、NPBもやはり「何か手を打たなければならない」状態なのかも知れない。
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こうした新ルールに対して否定的な意見として、「日本はアメリカのルール改正に、ただ従ってるだけ」という類のものが必ず出てくるが、それはそんなに悪いことなのだろうか。
NPBがMLBを追従をしているのは間違いないが、「すでにMLBの公式戦で効果が証明されたのだから、NPBでも効果があるはず」という短絡的な考えはある意味、合理的でもある。
それに「MLBの公式戦で効果が証明された」というのはファンやメディアに対する説得力を持つ。
たとえば、NPBの試合時間が長い理由を「一球、一球の間合いが長い」とか「バッターが一球毎に打席を外すなど、余計な動きが多い」といったところに求める人は多いが、NPBでは2009年、試合時間の短縮を狙って「投手はボールを受け取ってから15秒以内に投げること。時間をオーバーすれば1ボールを宣告」というルールを導入しようとしたものの、失敗している。
それは現場レベルで反対意見が続出したからで、違う見方をすれば「MLBでもやってないことをNPBでやるのは無理だった」ということになる。あのときもしも、すでにMLBで先に厳密な投球間のルールが導入されていれば、違った結果になったのではないだろうか。

MLBのルール改正はWBCでの導入と同義

「Pitch Clock」の正式導入が今も継続して審議中だ。
現在までのところ、MLBのオープン戦やマイナーリーグの公式戦、あるいは秋季リーグなどで試験的に導入されているものであり、NPBが導入に失敗した15秒より長い20秒であるせいか、一部の選手からの不満の声は聞こえてくるものの、現場レベルでの不平はあまり聞かれない。
現行の労使協定が更新される2021年以降に導入される可能性が残されており、もしも「Pitch Clock」の導入がMLBで実現すれば、前述の通り、「すでにMLBの公式戦で効果が証明されたのだから」という短絡的で合理的な考えに則って、NPBでも導入されるのではないか。
それに加えて、「Pitch Clock」がMLBで導入されることにされば、MLBが主催するメジャーリーガー参加の国際大会ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でもほぼ間違いなく導入されるだろう。それは「ワンポイント(・リリーフ)禁止ルール」も同様で、それらを導入してないNPB代表=侍ジャパンがぶっつけ本番で戸惑ってしまう可能性だってある。
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結局のところ、ベースボールの母国アメリカにある世界最高峰のMLBのルールは「国際ルール」、「世界基準」に等しく、それに抗うよりは流れに乗った方が賢明なのかも知れない。
一つ忘れはならないのは、MLBが新しいルールを導入しようとするとき、そこには必ず反対意見があって、たとえば今回の「ワンポイント(・リリーフ)禁止ルール」にしても、発表当時は「安易なルール変更は危険だ」などという意見がSNSに飛び交っていた。
それでも半ば強引にコミッショナーが新ルール導入を推進するのは、やはり、試合時間の短縮のために「何か手を打たなければならない」からだろう。
そもそもNPBはその発足以来、MLBが先駆けて取り入れた新しいルールや制度をいつも取り入れてきたのだ。今回の決断もその延長線上にあり、良くも悪くも、NPBによるMLBの追従は驚くようなことではない。
後編では近年の「追随」の歴史を考察したいと思う。
※1 https://baseballgate.jp/p/714395/
(執筆:ナガオ勝司、デザイン:松嶋こよみ、写真:Getty)