【CEOインタビュー】日本経済の変革の熱量を上げる “触媒”とは

2020/2/28
「失われた30年」に成長を続けてきた企業をご存じだろうか。会計監査、経営コンサルティング、M&A、税務、法務など、ビジネスに必要な知見を専門家の立場から企業に提供するプロフェッショナルファーム、デロイト トーマツ。
 AIが台頭する変化の時代に、彼らが提供するサービスは、これからも価値を持ち続けることができるのだろうか。
 日本最大級のプロフェッショナルファームとして、50年にわたり日本企業の経営をサポートしてきた同社は、アドバイザーとしての役割をゼロから再定義し、変革への道を歩もうとしている。彼らは何を目指し、どんなチャレンジに挑んでいるのか。
 「経済社会の変革を加速するカタリスト」という目標を掲げた永田高士グループCEOに、その背景と目指す姿について聞いた。

「付加価値のない」会計監査はもはや生き残れない

──永田さんは、会計監査一筋ではない初のグループCEOとうかがいました。
永田 会計監査は、将来AIに取って代わられる職業のひとつに挙げられており、「付加価値のない」会計監査は、当然ながら生き残ることはできないでしょう。
 それだけでなく、プロフェッショナルファームとしても、単なる第三者的なアドバイザリー・コンサルティングという立場に甘んじていては、価値の提供は難しくなっていくと考えています。
 当社はリスクアドバイザリー、コンサルティング、ファイナンシャルアドバイザリー、税務・法務といった幅広いサービスを提供しており、中でも祖業である会計監査は創業以来、経営の柱としてグループを率いてきました。
 ところが1年半程前に、会計監査から離れて他のサービスに長らく携わってきた “傍流”の私に、突然グループCEOの白羽の矢が立ちました。
 これは、当社が創業からこれまでの50年とは異なる道を行かねばならない、変革の第一歩なのだと理解しています。これまで以上の付加価値を企業や社会に提供していくには、自らの存在意義をゼロから問い直し、役割を再定義していく必要があるのです。
──具体的に、どのような課題を感じていますか。
 私は大学でアントレプレナーシップを学んで以来、起業家のサポートを自らの使命と信じ、キャリアを重ねてきました。
 当社ではIPO支援や社内ベンチャーの立ち上げに長く携わり、日本企業が新しい市場を切り拓くサポートをしてきましたが、残念ながらその期間の日本はまさに、「失われた30年」と重なります。
 米国発のGAFAが世界の産業構造を塗り替え、中国からもテンセントやアリババといったゲームチェンジャーが誕生する中で、日本企業はデジタルとグローバルの領域で大きく後れを取ってしまったのです。
 その間、当社は決して手をこまねいていたわけではなく、日本企業が多く進出するエリアに拠点を置き、グローバル展開やテクノロジー活用のお手伝いをしてきました。
 しかし、振り返ればそれは後方支援が中心で、我々自身がリードしたり、新しい規範を示したりすることはできませんでした。
──そもそもコンサルや監査というのは、そういうものなのでは?
 今までなら、それでよかったのかもしれません。実際、現在の大企業で意思決定する立場の方の多くは50代以上で、彼らはアドバイザリーサービスや戦略コンサルティングに一定の価値を認めてくださっています。
 しかし、次の世代は、それでは納得しないでしょう。安全な立場からアドバイスするだけのコンサルタントに対し、「言うだけなら簡単だ」という疑問や反発が出てきてもおかしくありません。
 これからは、プロフェッショナルファームも「当事者としてイントレプレナーシップ(組織内での際立った起業家精神)を発揮していく必要がある」と感じるようになりました。

自らの信念を貫かない、評論家コンサルに価値はあるか

──こうした考えに至った背景は何でしょうか?
 これまでのキャリアを通して、イントレプレナーシップが生み出す価値と、リスクを取って前進することの重要さを実感してきました。
 特に大きな影響を与えたのは、以下の3つの経験です。
 第一に、当グループでベンチャー支援を手がけるDTVS(デロイト トーマツ ベンチャー サポート)の前身であるTVS(トーマツ ベンチャー サポート)に創業メンバーとして関わったことです。
 ここでは、インキュベーションした企業がIPOに向けて走り出し、具体的に当社がサポートする前に、OBや社外協力者などが内部体制整備やビジネスの立ち上げを支援するネットワークモデルを描きました。
 同時に、米国に倣い、投資家・金融機関、大企業、大学、メディアなども含めたエコシステムを形成するために会員組織も立ち上げました。
 このエコシステムの構想は、1997年当時はビジネスとしてそれほど大きく育てることができませんでしたが、現在はDTVSが引き継ぎ、スタートアップエコシステムとして実現してくれています。
 二つ目は社内ベンチャーとして知的財産管理の新規事業に携わった経験です。企業が取得する特許は数多くありますが、必ずしも保有する企業がすべてを生かせているわけではなく、眠らせてしまっているケースも見られます。
 しかし、こうした特許も、他社に売却することで新しい製品やサービスにつながることは多く、すでに海外では特許の流通ビジネスがスタートしていました。この事業で、国内初となる企業の中核特許の発明対価に関する訴訟の評価鑑定を担ったのです。
 当時の私は、特許や知的財産が今後、資産として重要性を増していくことに着目しており、訴訟によって特許の対価が確定することは、一般企業や経済社会に一定の基準を示せるものと考えていました。難しい仕事でしたが、当時のCEO が私の挑戦を後押ししてくれました。
 三つ目は、2012年にリスクアドバイザリーという新規事業を立ち上げたことです。会計監査の本流とは異なる、ITや組織、金融に関するリスクを事業領域とする500名の部門を作りました。
 システム監査の専門家を中心にしながら様々なリスクマネジメントのプロフェッショナルを社内外から集め、これまでは会計監査のサポート的な役割だった人たちが主役になるよう、後押しをしていったのです。
 当時の企業経営者は売り上げにつながらないリスク対応にはあまり興味を示しませんでしたが、今では多くの企業がサイバーセキュリティやデータガバナンスといったさまざまな分野のリスクマネジメントを重要な経営課題と認識し、新たな市場が生まれています。
 当社でも現在では、2,000名の陣容に拡大しました。
 私はもともと楽観主義者ですが、それでも、何かに取り組む際には熱量をもって決してあきらめない姿勢が大切だと思っています。
 たとえ前例がなく、困難に見えるチャレンジであっても、社会に価値をもたらすと信じた仕事を誠実に実行する、インテグリティ(高潔さ)を併せ持ったイントレプレナーシップが重要と考えており、現在の経営観の根幹となっています。
 振り返ると、デロイト トーマツのルーツである創業者メンバーの等松農夫蔵(元海軍主計少将)は、戦後の日本経済の発展期に世界に通用する会計監査が必要と考え、国内初の全国規模の監査法人を誕生させました。
 そして、業績もままならぬ創業期において、日本企業と共に積極的に海外に進出し、いわゆるグローバル“Big4”ファームにおいて唯一日本人名である“トーマツ”を冠するまで、存在感を示しました。
 当時の日本経済社会を真正面から再興する気概、そのためのインテグリティとイントレプレナーシップは、今も脈々と継承されています。
 監査という祖業を守り、発展させながらも、新規事業を生み出し続けるDNAは、現在ではデジタル、イノベーションなどの多岐の分野にわたり、グループの既存ビジネスとの相乗効果を発揮しながら、デロイト トーマツ全体の成長を加速しています。
 私が新規事業を手掛ける以前の30代のころは、IPO支援に力を注ぎました。そのひとつが、2000年代初めに広がった100円ショップビジネスです。
 今でこそ100円ショップは一般的な業態ですが、当時はこんな利幅の薄いビジネスに将来性があるのか、市場関係者の多くは懐疑的でした。
 薄利の事業を安定収益化するには、賃料や人員配置など店舗オペレーションの緻密な最適化が不可欠です。
 損益分岐点の分析・管理からシステム構築まで、顧客と議論を重ねて設計し、上場にこぎつけたことは、市場に新たな価値を生み出す喜びを実感できた経験です。
 閉塞感の広がる経済下だからこそ、果敢にリスクを取り、起業家精神を発揮していくことの意義を学べたと感じています。

異なるプレーヤー同士の化学反応を促す“触媒”

──今後、グループCEOとして、どのようなチャレンジをしていくのでしょうか。
 「経済社会を変革するカタリスト」になるという新しい中期経営目標を掲げました。「カタリスト」とは「触媒」という意味です。触媒は自ら変化せず、周囲に刺激を与えて化学反応を促進させる性質を持ちます。
 変化の激しい時代にあって、企業は「自前主義」ではパワーにおいてもスピードの点でも遅れをとってしまうので、さまざまな領域のパートナーと手を結ぶことが不可欠です。
 当社はより積極的な触媒として、企業や政府・自治体、起業家、投資家といったプレーヤーの間を取り持ち、新しい化学反応を促すことで日本経済の大胆な変革を加速させていきます。
──具体的にどのような取り組みをされていますか。
 「変革を促すカタリスト」としての役割が重要となる分野のひとつとして、スマートシティ関連の事業に力を入れています。
 スマートシティは街全体がインターネットでつながり、先端技術を活用することで利便性や環境配慮、交通網といった生活のあらゆる分野を効率化し、社会課題を解決し持続可能な都市へと発展させる構想のことです。
 実現にはファイナンスや決済、モビリティ、エネルギーなど幅広い領域で、異なる分野の企業や官の力を結集する必要があるため、彼らを媒介するカタリストの存在がプロジェクトの成否を分けることになります。
 さまざまな領域の専門家が集まる当グループだからこそ、複雑にからみあった複合的な課題を解決できるとも考え、複数の地域でプロジェクトを進めています。
 先ほど「横からアドバイスするだけの存在に価値はない」という話をしましたが、インキュベーションの領域も特に力を注ぐ分野です。我々自身がリードして企業の新事業を手がけたり、それができる人材を育てていくことも、最重要な課題のひとつです。
 大企業であるクライアントに対するインキュベーションや新事業創出のコンサルティングでは、単なる相談相手やアウトプット(提言を纏めた成果物)の納品ではなく、起業経験を持つメンバーを新規事業会社の執行役員級として派遣し、事業責任者として伴走するといった取り組みも出てきています。
 これまでのアウトプット中心のコンサルから、目に見える事業成果を伴うアウトカム重視の流れが鮮明になってきています。
 インキュベーションを担当するチーム自体は、グループ全社ではまだ小規模ではあるものの急成長を遂げています。デロイトのグローバルネットワークの知見もフル活用しながら、日本発の新しい形の事業創造プラットフォーマーにつなげる覚悟でいます。
 国として成熟し、組織の規模が大きくなるほど、変わることは難しくなります。私たちはカタリストとして、日本の経済社会が再び力強い成長力を取り戻し、新しい未来の実現に向かうよう、ひるむことなく化学反応を促していきます。
※デロイトは2020年に175周年の節目の年を迎えます。創設者のWilliam Welch Deloitteは株式公開企業の初の監査人であり、会計監査ビジネスの創成に貢献しました。
(構成:森田悦子 編集:奈良岡崇子 写真:大畑陽子 デザイン:堤香菜)