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高卒してすぐに大学に入る人にとっては、大卒資格を得るためのところ、という感情がでてもおかしくないと思うが、学び直しで大学や大学院に来た人というのは、それまでの社会人経験の記憶に触れながら学問を学ぶことができるわけで、学問というのが生きたものであることを実感できるところなのかもしれない。

となると、悪いのは学問そのものとか、学問を提供している大学の場とも言えず、学ぶ側の学ぶ姿勢にあるのかもしれない。

得てして、普通科の高校であれば、大学進学が当たり前になっているところなのであるが、進路に対しての決断の先延ばしともいえるのかもしれない。職業科の高校生とか高専の学生の方が進路について真面目に考えているんじゃないか。流されて高校進学している生徒には、モラトリアムとしての大学進学というものが厳然として存在している。

とはいえ、4年なりを使って学んだ(とされているもの←履修して単位を取っている以上は仕方ないのだが)ことが就職に活かせるかというとさにあらずで、かつてのレジャーランドと言われた時代の大学のイメージで、大学をとらえている企業も少なくない。半面、企業も一から新入社員を育てる余裕もないので大学に教育の一部肩代わりを担わすように方向にもいっている。大学側もレジャーランドと言われたころとは大きく変わり、講義は休講にはならないし、ちゃんと学ばすような環境は整えているところではある(でないと、私のような実務家教員なんて実現しないわけで)。ともあれ、少子化の中、高等教育の過渡期であるのに、大学を徒に増やしてしまってなんだから訳の分からないことになってしまったのが今。

大学で学びたいという人は行けばいいし、学ばなくても全然OKという人はいかなくてもいいんだと思う。ただし、企業においては、大学でないと入れてくれないところも少なくないという現実が厳然としてあるので、大卒のみ可というフィルターをなくすことができれば、大学の価値がホントに試されるんだと思う。

これは、大学教員という立場からポジショントークではあるな。