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世界史Bで1問を全員正解扱いに

共同通信
世界史Bで1問を全員正解扱いに
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他の科目との扱いをどうするのでしょうか。

というより…明日もセンター試験はあるので、このような採点に関わることは明日以降に公表すれば良いのに…と思ってしまいました。

たった1点、されど1点で合否に影響する話です。
精神面の保持として、センター試験がすべて終わるまで答え合わせはしないように…と言われているケースが多いはずです。

受験生の気持ちを左右する1つの要因にならないことを願います。
このような事態が起こるということは、問題作成者とそれを確認する担当者の怠慢以外の何者でもありません。

記述式問題ならわかりますが、択一式でお粗末な問題を作成してしまったのは、レベルの低さを物語っています。

世界史Bで受験した受験生はいいけど、他の科目で受験した受験生にとっては極めて迷惑な話です。

いったい何のためのセンター試験なのでしょう?
共通試験も、何のためにやろうとしているのでしょう?

各大学が自主的に問題を作成して、入学して欲しい生徒を合格にすればいいだけの話じゃないですか。

ここまでくると、既得権益の利権を手放したくない人たちのエゴとしか言いようがありません。

独自選抜一本に委ねて、国は潔く手を引くべきです!!!
三国時代の魏が屯田制を導入した、というのはかなりメジャーな世界史知識なので、普通の受験生ではまあ間違いようのない問題なのですが、問題は戦国の七雄にも魏が存在する上に、南北朝時代の(北)魏は屯田制ではなく、均田制を導入した初めての王朝であるため、多少知識があると屯田制と均田制のひっかけ?という疑念もでてしまいやむを得ず全員正解としたのでしょうね。

中国の王朝名は、自分達がそう名乗ったというより、あくまでもその地域にある王朝を便宜的にそう呼んだだけのものが多く、いくつかある魏という王朝も昔の周の時代の魏公の領地あたりを収めた王朝という意味でしかありません。
従って前述のように周の時代の魏(公)の他、戦国時代の魏、三国時代の魏、南北朝時代の魏(日本では北魏)という風にいくつかの王朝が同じ名前で呼ばれることになるのです。

考えてみると世界でも他の地域の場合は地域は同じでも〇〇朝のように王朝のファミリーネームで呼ぶことが多いのですが、中国史だけファミリーネームではなく地域名で呼ぶのは面白いですね。

(追記)
せっかくなので答え合わせ。

この問題は以下から正しい制度を選ばせるもの。
(1)魏で屯田制が実施された
(2)ムガル帝国でプロノイア制を導入した。
(3)ベルンシュタインがプロイセンで農民解放を行った
(4)ポルトガルでアドリー政権が社会福祉制度を充実させた

2のプロノイア制はビザンチン帝国の制度なのでこれは明らかに間違い。
3の農民解放はベルンシュタインではなくハインリヒ・シュタインなのでちょっと似てるけど間違い。ベルンシュタインはドイツ社会民主党の闘士。
4のアトリー政権はポルトガルではなくイギリスなのでこれも明らかに間違い。第二次大戦中なのにチャーチルを政権から引き摺り落とした人。

従って本来は消去法で分かるはずの問題だけど、わからなかった人はラッキーだったね。
え?!
どうしてそんなことが起こったんだろう。。
どれだろう?と回答に悩み時間を要した人もいたでしょうね。
わからん!とテキトーにマークして飛ばせた人だけではないはず。
問題作成者と校閲、どうなってたのだろう。
気になったのでどんな問題だったのか

https://www.google.com/amp/s/irotoridori-jp.com/news/center_examen_2020_worldhistory/amp/

つまりは魏が戦国時代と三国時代にふたつあったのが原因だそう。
18歳の大学の合否がまだ人生を左右する国で、クソ寒い冬の一発勝負で1点を競う。それを変える仕組みを用意しませんとね。
思い出話です.1970年生まれの私は1989年(平成元年)に最後の共通一次試験を受けました.翌年からは大学入試センター試験が始まるとのことでした.
最後の共通一次試験の波乱は理科で起きました.共通一次では,全受験生は,物理,化学,地学,生物から1科目を選択して受験しないといけません.この年,各科目で平均点があまりにも違い過ぎると問題になりました.全員が1科目を選ばないといけないので,平均点がそろっていないと選択した科目によって有利不利が出る.そこで点数調整を行うことになったのですが,その換算式を,素点をx,修正点yとして,
y = a x + b
とするというもの.たしか,b=40点くらいだったと思う.つまり,素点0点であっても40点になるという,超おおざっぱなものでした.
非難は出ましたが,大炎上にならなかったのはネットがまだなかったからでしょう.

こういう1点で運命を分けることをやめようと,民間試験の複数回受験機会を盛り込んだ大学入試改革がされたはずだったのですが,始めようとすると,やはり不公平だとして後退したりして,なんでしょうね.
問題を見ていないので一概には言えませんが、これまでの同様のミスからすると教科書レベルでの正答は1つだが、より専門的な観点に落とし込むと必ずしも正答とならないというパターンではないかと推測します。この場合、かなりレベルの高い受験生でないと気がつかず、また気づく受験生は作問者がどれを正答としたかったは読めるのではないかと。あくまで希望的観測ですが。

数学などは答えを一つにするのは難しくないですが、国語や歴史などは文章で答えを一つにしなくてはなりません。必ず誤りである、あるいは必ず正しいというものを文章で作るのは結構難しいことだと想像します。

政治の世界をみても、あれだけ法律でがんじがらめにしても抜け穴が沢山できるくらいですからね。
曹操による屯田制の導入は西暦196年ですから、当時の王朝は後漢(25-220年)。「後漢(の魏)で屯田制が導入された」と書くべきだったということかしら?
「もっとも正しいものを選べ」とすれば、防げたかもしれない。「正解がない場合もある」として、「いずれでもない」の答を用意する手もあった。

「××は○○だ」という設問も、「××は○○ではない」ということが証明されない場合、解答は不明になるから、混乱のリスクは残る。

設問にある定義が与えられていないすべての用語は、「略称」、「通称」だから、正確ではない。

設問の正確を期すため、「~によれば」と限定してもよかった。

こうした問題の場合、正答選択に止めず、正誤修正にするのが得策。採点の手間がかかるが。