新着Pick
137Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
ミシュランが絶対ではないが、
ミシュランはミシュランなりに
その格付けがだてや既得権にならない
ように絶えずモニタリングし、努力している、
というかことが分かる。
格付けのあるべき姿で、立派だと思う。
ミシュランはタイヤ会社のミシュランが旅を楽しんでもらうための旅行ガイドです。
星が落ちて、自殺をしたシェフもいたほどですが、
信じるか信じないかはその人次第ですし、必ずしも三つ星レストランで感動するわけでもないです。

パリの某三つ星レストランでは、日本人客である私に、日本料理にかなりの影響を受けた、焼き鳥のようなフランス料理っぽくアレンジしたものをコースの一品で出してきました。
当然、本場の日本料理を知っている私にとっては、違和感しか感じませんでした。
フランス人からすると革新的なのかもしれませんが(サービスが良いことは必須で、革新的という理由で三つ星がつくことがあります)、三つ星と言えど、誰にとっても必ず美味しいわけではないのです。
それに、フランスで食べたいのは、どこかの料理のフュージョンではなく、フランスの心が詰まった料理です。

料理の評価はその人その人の感じ方で変わるものなので、何がダメとは言いにくいですが、
人と人との関わりを大切にして、利用者もシェフもほどほどに見るのが良いと思います。
金融ながら格付機関にいた者として、ミシュラン側の気持ちが少しわかる気がします。本当は既に質が落ちていたとしても、落ち方が緩やかな場合、どのタイミングで格下げするかは極めて微妙。カリスマがいなくなったことで、そのタイミングが訪れたということでは…。

それでも、「2つ星」は十分素晴らしい評価だと思いますが…
これを機にもうミシュランを神格化する空気が変われば良いのではないかと思います。もはや店や料理について客と店の間に情報の非対称性はなく、もっと質が高くて迅速に手に入る情報は幾らでもあります。ちなみにその筋の人から聞いた話ですが、ミシュラン3つ星を取ったら「やり方を変えないこと」が維持する秘訣だと聞きました。直感的に「終わってるな」という感想を抱きました。
まあ、別に3も2も客からするとどーでもいいけどね
ミシュランの星を辞退する人たちの気持ちがわかる。

自分の幸せを他人に依存してもただすり減るだけ。。。
こういう記事を読むと思い出します。
タイトルは忘れてしまったけど、贅沢な食べ物を食べ続けて、もう何を食べても美味しいと思えなくなった王様のお話し。

何も食べられなくなって、お腹が空いて耐えられなくなった時、子供が差し出したリンゴを食べたら、とても美味しかった…というお話し。

つまり、空腹は最強の調味料というのが教訓です。
ヌーベルキュイジーヌの騎手、ポール・ボキューズが、もはや三つ星ではないと。ボキューズ氏がお亡くなりになって2年と言うこともあるし、ミシュランのフレンチの解釈の変化に合わなくなったのかなぁ?
ミシュランの星が減っても美味しいものは美味しいと思います^^
なんか55年は本当ですか?って思ってしまうなぁ。商業的なものを感じてしまう。星は一つの基準でしかない。そう顧客側も理解しつつも、権威や格付けに弱いのもまた人。自分の芯、他人とは比較しない芯を持つのは大事だなぁ
食べログの数字よりは間違いなく信用できますからね。価格帯が全然違いますが。

本件、日本ではいろんな場面での格下げってなかなか空気的にも文化的にも難しいところがあると思っていて、だからこそのブランドなんじゃないかなと思います。(東証一部に残り続ける中小企業並の地銀の存在や大企業病に陥った日系大企業の上役たちの評価、降格がないことなどなど)