三井物産がLNGで仕掛ける。次の一手とは

2020/1/24
 環境への負荷が比較的低いエネルギーとして世界的に需要が拡大するLNG(液化天然ガス)。長年、LNGマーケットをリードしてきた三井物産にとっては、その知識と経験を活かし、さらなる展開を狙えるチャンスだ。
 世界で勝負をする総合商社としてその実力をどう発揮しているのか。現状とこれからを踏まえつつ、1977年から取り組む同社初のLNGプロジェクトであるUAEのアブダビLNGプロジェクト、そして米国のシェールガスを使った新プロジェクト、キャメロンLNGについて聞く。

LNGで世界のエネルギーを動かす

1977年以来、三井物産初のLNGプロジェクトとして40年以上にわたる安定供給を実現してきたのが、UAEの「アブダビ LNGプロジェクト」。そして、2019年にシェールガスを利用して生産を開始したのが、米国の「キャメロンLNGプロジェクト」。この2つの事例をもとに、三井物産のLNG戦略をひもとく。

40年以上のプロジェクトが新たなフェーズへ

ADNOC LNGは、40年以上にわたり、日本にLNGを安定的に供給してきた
 1977年、首都アブダビで三井物産にとって初めてのLNGプロジェクト「ADNOC(アドノック) LNG」がスタートした。1977〜93年度は年産280万トン、1994〜2019年度は560万トンを生産。これまで40年以上にわたり、安定的に供給を重ねてきた。
 プロジェクトを運営する事業会社Abu Dhabi Gas Liquefaction Co., Ltd.(通称:ADNOC LNG)には、アブダビ国営石油会社ADNOCが70%、次いで三井物産が出資参画している。
 アブダビ事業室長の山野総は、「アブダビLNGプロジェクトは我々三井物産のLNG事業の“ファーストティーチャー”。いろいろ苦労しながらプロジェクトを立ち上げ、そこで得た知見がほかのLNGプロジェクトに受け継がれてきました。そういう意味では、事業投資というだけではなく、アブダビで経験を積ませてもらい、人を育ててもらったと思っています」と語る。

日本の電力需要を支える

 また、このプロジェクトでは、スタート時から2019年3月までは、東京電力にほぼ全量を供給。
 アブダビを出航してから2週間かけて日本に運ばれるLNGは、ピーク時には、東京電力のLNG調達量の4分の1を占めていた。アブダビのLNGが1980年代から90年代にかけ、特に首都圏で増加する電力需要を支える一端を担っていたと言っても過言ではない。
 東日本大震災時には、通常以上のLNGを東京電力に供給し、電力不足を支えたこともあった。

深い信頼の積み重ね、ビジネスを進化

 40年安泰で続いてきたアブダビのLNGプロジェクト。LNGマーケットが世界的に拡大する中で、プロジェクトも大きな転換点を迎えている。
 「マーケットの拡大によってLNGの売買の方法も多様化してきました。ADNOC LNGとしては長年にわたり1社に長期契約で販売してきましたが、時代の流れに沿ってスタイルを変える必要が出てきました。現在は販売先を広く探して交渉しています。新しいセールス先のリストもなく、現地では戸惑いもあったでしょう。それだけに、我々への大きな期待を感じました」(山野)
 その期待に応えるべく、三井物産としても、さまざまなアドバイスやサポートを展開。2019年の契約更改では、すべてのLNGの供給先を無事確保できた。
 「ADNOC LNGでの仕事は、“ビジネス イズ ビジネス”と割り切るのではなく、これまでの関係性を重んじたものです。長年、お互いが真摯に向き合い、一から事業を創り上げてきた歴史を大切にしています。その信頼関係は、この先も大事にしていきたい。株主としてうまくサポートしながら、目の前の課題に向け、みんなでスクラム組んで乗り越えたいですね」(山野)
左から、三井物産 エネルギー第二本部中東天然ガス事業部アブダビ事業室 室長・山野総さん、室長補佐・林大輔さん
 より多くの供給先と新たなビジネスを展開していくためには、プロジェクトのバリューアップは欠かせない。高い熱量などアブダビのLNGならではの特徴を活かしつつ、三井物産の知見やネットワークも最大限活用して競争力をつけていく。
 「アブダビLNGプロジェクトは、三井物産のLNG事業のファーストティーチャー。40年たった今、新しいあり方を追求し、さらなる改善や効率化にチャレンジしていきながら、先生への恩返しをしていくつもりです」(山野)

商社の総合力ですべてをカバーするキャメロンLNG

LNG船Marvel Eagle号
 2019年、米国キャメロンLNGプロジェクトが生産を開始した。
 このプロジェクトは、センプラ社や三井物産などが、基地を所有・運営するキャメロン社に出資しスタート。総事業費1兆円超で建設した液化設備は、年間1200万トンもの液化能力を持つ。
 三井物産は、そのうち400万トンを確保、約20年にわたりLNGを生産し販売をすることになっている。
 今でこそ有数の天然ガス生産国の米国だが、以前は海外から多くのLNGを輸入。当初、その受け入れ基地として2009年に操業を開始したのが、ルイジアナ州にあるキャメロンLNG基地だ。
 しかし、同じ頃起きた「シェールガス革命」により、米国のLNG環境は激変。米国産天然ガスの生産量が増加し、米国はLNG輸入国から輸出国へと変貌する。
 受け入れ基地としてほとんど稼働していない状態となったキャメロンLNG基地。
 既存の設備に液化プラントを新設することで、一大LNG輸出基地へと転換して利用するというのが、「キャメロンLNGプロジェクト」だ。
 液化設備には、米国産天然ガスを運ぶパイプラインが接続されており、三井物産は原料である天然ガスを独自に調達する。また敷地内には2つの桟橋があり、世界最大級のLNG船の受け入れが可能だ。

バリューチェーンのすべてで三井物産の強みを発揮

 キャメロンLNGプロジェクトの責任者である米州LNG事業室長・西川裕紀は、「このプロジェクトで画期的なのは、三井物産がバリューチェーンの上流から下流に至るまで各分野の機能・知見を活かし、当社らしい総合力が発揮されているところです。
 例えば、原料となる天然ガスを我々三井物産が米国内で調達。キャメロン社にそれを提供して液化、さらに専用船で輸送し販売しています」と説明する。

三井物産のさらなる挑戦

 「バリューチェーンを上流から下流まで網羅することにより、新たなビジネスチャンスが見えてきます。
 そこに、三井物産が蓄えてきた知見や機能をさらに活用していくことが重要だと考えています。例えば、LNGトレーディングの強化や、新たなエネルギー供給の仕方などで、三井物産の総合力が大きな武器となっています」(西川)
 トレーディングでは、時代やマーケットのトレンドに合わせて、従来の供給ソースや販売先が特定された契約から、状況に応じてそれらを変更できる契約へと柔軟性が拡大されつつあり、自社でLNGおよびLNG船を保有しているメリットを最大限に活かしている。
 「例えば、一旦キャメロンのLNGをアジアに販売。その後、アジア市場に近いオーストラリアのLNGを代わりに供給し、キャメロンからは日本よりも近いヨーロッパに販売することで物流オペレーションの最適化を図ると共に、顧客ニーズにより合致したスケジュールや性状でのLNG販売を実現するなど、三井物産の情報ネットワークを駆使し、グローバルにLNGを動かしていきます」(西川)
 また、事業パートナーとして参画している福島県相馬郡のガス火力発電では、新しい試みもスタート。LNGを発電所に持ち込むことで、電力に変え販売するところまでを一貫して手がけている。
左から、三井物産エネルギー第二本部 ガス物流事業部米州LNG事業室 土屋紘貴さん、室長・西川裕紀さん、コマーシャルマネージャー・土屋圭さん
 このようなさまざまな取り組みを通じて、三井物産のLNG事業は広がり、進化し続けている。
 「LNG事業で、商社の役割は変わりつつあります。だからこそ、さまざまな課題に対応する能力を磨かないといけない。そこにキャメロンLNGプロジェクトの大きな意義を感じます」(西川)
 LNGで世界のエネルギーの安定供給に貢献するという大きなミッションの達成を目指しつつ、その先の、発電や電力の小売りなど新しい取り組みにも挑戦し続ける。三井物産ならではの総合力を発揮し、より新しい価値を生み出し続けている。
(執筆:久川桃子 写真:北山宏一 デザイン:九喜洋介)