【パラスポーツ】「息づかいで見える」金メダリストの視界

2020/1/19
「Weeklyオリパラ #4」は3大会連続でパラリンピックに出場したゴールボールの浦田理恵選手。一度、試合を見れば釘付けになってしまうゴールボールの魅力やテクニック、そして東京大会を目指す浦田選手の現在地を語る。
浦田理恵(うらた・りえ)熊本県生まれ。福岡市在住。教師を目指していた20歳の時に急激に視力低下し、『網膜色素変性症』と判明。現在は左目の視力がなく右目も視野が98%欠損しており強いコントラストのものしか判別できない。国際大会への初参加は2006年7月のIBSA世界選手権大会。北京2008パラリンピック7位。ロンドン2012パラリンピックでは、夏季・冬季併せて日本史上初となる団体競技での金メダルを獲得し、厚生労働大臣賞、福岡県民スポーツ栄誉賞など数々の賞を受賞。リオデジャネイロ2016パラリンピックでは主将として活躍し、5位入賞。インドネシア2018アジアパラ競技大会で金メダルを獲得。仕事と競技を両立し、東京2020パラリンピック代表選手内定を目指す傍ら年間約60件の講演会を行い、聴講者数は10,000名を超える。
──まずはゴールボールというスポーツについて簡単にご説明いただけますか?
浦田理恵(以下、浦田) ゴールボールは視覚障がい者のスポーツで、第二次世界大戦で目を負傷された兵士の方々のリハビリの一環としてドイツとオーストリアで始まった競技です。
 日本のゴールボール協会の立ち上げは1994年なので、日本では割と最近のスポーツと言えます。屋内競技でコート内には1チーム3人の選手が入ってプレーします。コートの大きさはバレーボールと同じです(18m×9m)。
 障がいには個人差がありますからアイシェードというゴーグルをつけて視力的にはゼロという同じ状態としてプレーに臨み、音を頼りにして行う競技です。ちなみに国内の大会であれば、健常者の方もゴーグルをつければチームをつくって参加することが可能です。
──使用するボールは?
浦田 バスケットボールとほぼ同じ直径25センチ。ただし重量はバスケットボール(約600g)の約2倍となる1.25キロとなります。ボールの中には鈴が入っており、この音を頼りに選手はプレーします。
 ボールはゴム製ですが意外に堅くて、床に落としてもバスケットボールにように大きくは弾みません。ボールには8か所ほど穴が開いています。その穴は中に入っている鈴の音が聞こえやすくするため、また選手の体が誤ってボールに乗ってしまった時にケガをしないようにへこむように工夫されたものです。
──ゴールはどのような形ですか?
浦田 コートの横幅が9メートルあるのですが、その幅と同じ横幅で、高さが1.3メートルの、サッカーと同じようにポストとバーで構成された枠にネットが張られたものとなります。そのゴールの前に3人の選手が横並びになってゴールを守り、手で投げたボールを相手ゴールに入れることでスコアが記録され、そのスコアを競うゲームとなります。

勝敗を分けるルールの見極め

──簡単なルールを教えてください。
浦田 試合は前半12分、3分のハーフタイムを挟んで後半12分行います。コートの中央9メートルのところの床に「センターライン」が張られていて、選手はそのセンターラインを境に分かれてプレーします。
 サッカーのようにセンターラインを越えて相手ゴール前に位置してプレーすることはできません。自陣ゴールから6メートルまでのエリアを「チームエリア」と呼ぶのですが、守備も攻撃もそのエリア内で行います。
──ボールを投げる際のフォームに制限は?
浦田 ありません。ボーリングのようなアンダースローの形が多くなりますが、サッカーのスローインのように両手で持って頭上を通して投げてもいいですし、相手を惑わせるために股の下を通して投げてもいいですし、スピードをつけるために体を一回転させて投げても構いません。
 最近の流れで言うと、パワー系のスローが増え、守りづらいバウンドボールが増加する傾向にあります。
──バウンドボールが増えたのは、得点率が高まるからなのでしょうか?
浦田 そうです。ボールが空中にあるときはボールの中にある鈴の音が鳴りづらい、つまり守る側は動作の判断となる音が聞こえづらい状況で守りにくく、結果、得点の可能性が高まるのです。
 守るときは自分の体全体を壁とするために真横に寝そべる形となることがほとんどですが、バウンドボールならその壁を乗り越えられる可能性が出てきます。ボールを投げるのは3人のうち誰でも構いません。
──センターラインから出てはいけないとのことですが、ほかにいくつかの反則例を挙げていただけますか?
浦田 ボールを相手ゴールに向かって投げるとき、自陣の「チームエリア」内でボールをワンバウンドさせる必要があります。ワンバウンド目がチームエリア外となった場合は、「ハイボール」という反則となり、相手に「ペナルティースロー」が与えられ、反則を犯したチームは横幅9メートルのゴールを選手一人で守らなくてはいけません。
──ペナルティースローはサッカーのPKをイメージすればいいのでしょうか?
浦田 そうですね。また、ボールを投げたときの2バウンド目が相手陣内の「ニュートラルエリア(センターラインから3メートルのエリア)」内でない場合は「ロングボール」という反則になり、これも相手側にペナルティースローが与えられます。
 ほかには、守備側の選手が相手シュートを体で止めるなど、ボールに触れた時点から10秒以内にセンターラインを越えて投げ返せない場合は「テンセカンド」という反則になり、やはりペナルティースローが相手に与えられます。

「見えない」ことは制限にならない

──浦田さんにとってゴールボールの魅力とは?
浦田 まず、視覚障がいの有無にかかわらず皆で楽しめるというところが大きな魅力の一つです。それと音を使って自分の体を自由に動かせる楽しさですね。私は目が悪くなった時に「見えないから○○ができない」「見えなくて危険だからどこにも行けない」と、自分の行動に制限を掛けなくてはいけないものだと思っていました。
 でも、ゴールボールという競技に出会って、ボールの中の鈴の音や仲間の声、さらには息づかいでいろいろな状況が把握でき、それによって自由に動くことができるんだということに気づくことができました。つまり「音によっていろいろなことが見えるんだ」ということに気づかされたのです。そして、それからは逆に自分から音を出すことにも積極的になりました。
【柔道・大野将平】圧倒的王者は「粗野なれど卑にあらず」
──「自分から音を出す」とは?
浦田 つまり言葉です。言葉にして自分の気持ちや考えを伝える。私たちは相手の顔色をうかがうことが難しい。だから言葉で伝える。言葉によるコミュニケーションの重要性を私に気づかせてくれたのがゴールボールです。
 そういう意味でもスポーツが好きですし、コミュニケーションの質がプレーの質や結果にもつながるところがゴールボールをプレーする上での楽しさや魅力となっています。
 ゴールボールをプレーする中で、自分が言葉を発するだけではなくて、仲間の言葉もしっかりと聞いて、「今どこにパスが欲しいのか」「どこにポジションを取って守ってほしいのか」を考えることも大事だと分かるようになってきました。
 そのように「相手を思いやる」ということがなければゴールボールの試合はうまく進んでいかないのです。ただ、よく考えれば、そういうことって日常生活の場面でもとても大事なことですよね。それをあらためて私に教えてくれたのがゴールボールという競技だったんです。
──言葉によるコミュニケーションは試合中にかなり頻繁に取るんですね?
浦田 ベンチにいるスタッフや観客の方は試合中に声を出してはいけないのですが、コートの中にいる選手は基本的には言葉や音を出して攻撃を組み立て、守備を整備します。
 しかし選手にも言葉や音を出していけないときがあります。それは攻撃側がボールを投げるモーションに入ったときから、ボールが相手選手に届くまでの間です。その間に声とか音を出して守備側のボールの中の鈴の音の聞き取りを邪魔したという判断されると「ノイズ」という反則になります。
 それ以外の時間ではコートの中の選手は、「いま相手のどの選手がボールを持っているよ」とか「選手が移動しているね」とか、あるいはボールを投げたときに「いまはライトの選手の体の足にボールが当たったよ」といった言葉をかわして情報を共有してプレーに生かしていきます。
──音がとても大事だというスポーツであることは理解できました。触覚もプレーする上で必要ですか?
浦田 はい、必要です。コートの床にはラインが張ってあります。コートの外枠、センターライン、チームエリアとニュートラルエリアとの境となる「ハイボールライン」などさまざまなラインがありますが、プレーヤーはそのラインを目で見ることができないので、ラインの下にタコ糸のようなものがすべてのラインの下に張り巡らされています。そのタコ糸の「ボコボコ」とした感触を手で触って確認して自分のポジションの確認やゴールの位置などを確認します。

声援を力に、連携で金メダルを

──さきほどからポジションを表す言葉だと思うのですが、「ライト」や「レフト」という言い方をされていますね。
浦田 はい、コートでプレーする3人は基本的には横並びになるので、中央にいる選手を「センター」、その右に位置する選手を「ライト・ウイング」、センターから見て左の選手を「レフト・ウイング」と呼びます。
 ただ試合中にポジションを移動することは可能です。ウイングの選手がセンターの位置に移動することもあります。ちなみに私はセンターが基本ポジションです。センターはその位置する場所から相手の攻撃を防御する役割が大きくなるので、守備面における中心的選手と言うことができます。
 センターの選手が体で相手のスローを止めて、ボールをサイドに振ってライトやレフトの選手が相手ゴールに向かって投げる。もちろん、ボールを止めたセンターがすかさず投げ返す、速攻の形をとることもあります。
 日本の場合は守備を重視した戦術を取ることが多いので、仮にセンターの選手が多くのスローをするとなると、相手の速攻に対する守備がどうしても遅れがちになるので、攻撃はライトとレフトの選手が主導する形になりますね。
──どの選手がボールを投げるかも攻撃における重要な戦術の一つなんですね?
浦田 日本の選手もパワーアップを図っていますが、海外選手のように一発で相手の守備を打ち破るようなパワーあふれるボールをまだ投げられないので、それ以外の部分での工夫や駆け引きが重要になってくるんです。
 パスをつないでの移動攻撃や速攻、さらには数本先のスローを有効なものとするための1、2本目のフリとなるスローをあえて入れるなど、そういう細かい駆け引きが大事になるんです。
──守備の中心的存在となるセンターを務める浦田さんは、堅い守備を実現するためのポイントは何だと考えますか?
浦田 各選手のディフェンス技術は当然大事になりますが、チームとして「投げ出し(相手のボールの出どころ)」をしっかりと絞り、把握して、そこに対して3人でつくったしっかりとした壁がある、ということ。
 これが大事ですし、それができるのが日本チームの大きな強みになると思います。
 例えば相手は右端からボールを投げ出すと見せかけてパスをして中央から投げる、ということをしてきます。そのときに、ボールの移動を把握した上で3人全員が揃ってポジションを移動して中央からの投げ出しにふさわしい位置に壁を築けるかどうかが大事になるのです。
──今年の東京大会に出場することになれば、浦田さんは2008年の北京大会、12年のロンドン、16年のリオに続いて4大会連続のパラリンピック出場となります。
浦田 2004年のアテネ大会で初出場を果たした日本代表の銅メダル獲得をきっかけにゴールボール始めた私が、ロンドン大会ではパラリンピックの団体競技として初となる金メダル獲得を経験しました。
 そしてリオでは他の海外チームの成長や日本への警戒が強まる中で5位に終わり悔しい思いもしました。もし今度の東京大会に参加することができたとしたら今度はどんな経験ができるのか、それを考えるだけでもワクワクしてきますし、東京での開催ですから多くの方々の声援を受けてプレーできる喜びはきっととてつもなく大きなものだと想像はできます。
──東京パラリンピックに出場するゴールボール日本代表のメンバー発表はいつごろなのでしょうか?
浦田 登録選手は6人。うち3人は内定していますが、私はその中に入っていません。残りの3人はフィンランド遠征(1月14日から21日)とその後の国内での強化合宿が選考機会となり3月に正式なメンバー発表となる予定です。
──メンバー入りの自信は?
浦田 もちろん、しっかりとメンバー入りを狙っていきます!
(取材・構成・写真:島田徹、デザイン:松嶋こよみ、プレー写真提供:シーズアスリート)