ラグビー日本代表、テクノロジーが可視化した根性の可能性

2020/1/23
かつて美徳とされた「根性」は、今やもっとも敬遠されるものとなった。果たして「根性」は不要なのか。新しい形に進化させることはできないのか。最先端の技術が示す「新・根性」の可能性にスポーツジャーナリスト・木崎伸也氏が迫っていく。
リーチ「根性練は日本しかできない」
ラグビー日本代表キャプテン、リーチ・マイケルの言葉に、強さの秘密が凝縮されていた。
ラグビーW杯準々決勝・南アフリカ戦の朝に放送されたNHKスペシャル『ラグビー日本代表 密着500日~快進撃の舞台裏~』で、リーチはこう語った。
「高校1年生のときの夏合宿が、一番人生の中でつらかった時期です。朝から夜までずっと走って畳の上に寝て。
海外は根性練とかなくて。根性練っていうのは日本だけしか出来ない。日本人にしかできないと思う」
根性──。“どんな困難も気力さえあれば打ち勝てる”という考え方は、悪しき精神論の象徴として、近年の日本スポーツ界ではネガティブに受け取られている言葉だ。
指導者によるパワハラを誘発する恐れもある。実際、高校スポーツ界で名将と呼ばれていた監督が、パワハラを理由に退任に追い込まれるケースが増えている。
古き根性論の監督に、もはや若い選手はついてこないだろう。
だが、国外の視点を持つリーチからすると、依然として「根性」は日本のアドバンテージのひとつなのである。
このまま根性論を捨ててしまうのはもったいない。ラグビー日本代表が結果を出し続けている今こそ、“日本的根性”を現代に合わせて進化させる大きなチャンスだ。
本連載では日本スポーツ界で最先端の取り組みをする人たちにインタビューをし、新根性論を掘り下げていきたい。
第1回はコンディション管理システム『ONE TAP SPORTS』(以下、『ONE TAP』と略記)を提供するユーフォリア社の代表、橋口寛氏と宮田誠氏に話を聞いた。
橋口寛(右)と宮田誠(左)両氏。
ラグビー躍進、技術が可視化したもの
『ONE TAP』は日々の練習強度、GPSデータ(走行距離やスプリント数など)、疲労度、体重、食事、睡眠時間などを入力し、それらをわかりやすく可視化して選手とスタッフ間で共有できるソフトウェアだ。
飛躍のきっかけは、エディー・ジョーンズとの出会いだった。
2015年のラグビーW杯に向け、エディーと岩渕健輔GM(当時/現・日本ラグビー協会専務)がユーフォリア社にコンディション可視化ツールの開発を依頼。橋口と宮田はエンジニアの力を借り、プロトタイプを作り始めた。
想像を絶したのはエディーからの高い要求だった。
「選手がストレスなく短時間で入力できるようにしてほしい」、「さまざまな数字を一目で直感的に理解できるようにしてほしい」、「全選手の数値をプリントアウトしても一枚に収まるようにしてほしい」……。深夜に連絡が届き、翌朝までに改善しなければならないという日々が続いた。
努力は報われた。エディージャパンは2015年ラグビーW杯の初戦で強豪・南アフリカに勝利し、日本にラグビーフィーバーを巻き起こした。
大会後、ユーフォリア社に多くの競技から問い合わせが殺到。その後もラグビー日本代表をサポートし続け、ベスト8を果たしたジェイミージャパンの2019年W杯でも、さまざまなITデバイスとともに活用された。
今ではラグビーだけでなく、サッカー、野球、バスケットボール、バレーボールといったチーム競技から、陸上、柔道、フェンシングといった個人競技まで、約1万2000人のアスリートが『ONE TAP』を使っている。
ユーフォリア社が提供する『ONE TAP』(画像:ユーフォリア社提供)。
筆者がビデオアナリストを務めるサッカーカンボジア代表も、そのひとつだ。
『ONE TAP』で選手の意識改革に取り組み、昨年12月のSEAゲームス(東南アジア版の五輪)でカンボジア代表は史上初のベスト4進出を果たした。
では、『ONE TAP』視点から根性はどう見えるのか? それを理解するうえで不可欠となるのが、エディーの考え方だ。
エディーは自著『ハードワーク 勝つためのマインド・セッティング』(講談社)でこう綴っている。
「努力という言葉はよく用いられますが、私は大きな誤解があるように思います。努力は100パーセントのものでないと、意味がありません。80パーセントや50パーセントのものなど、そもそも努力ではないのです」
「100パーセントで行うからこそ、何かを吸収できるのです」
「『(練習を)100パーセントの力を出さずに取り組んでいる』と私が判断したら、即刻止めました」
練習は100パーセントの高強度でやらなければ意味がない──。エディーはこれを実現するために、練習時間を短くすることを思いついた。
世界的ベストセラーの「限界的練習」
「区切りがないと、緊張感を失い、トレーニングのためのトレーニングになってしまう」からだ。だらだらと長時間練習するのは逆効果。時間を短くし、その分、練習の回数を増やした。
橋口はこう解説する。
「エディーさんは『低頻度・低強度・長時間』から、『多頻度・高強度・短時間』に常識をごろっと変えたのではないでしょうか。今やこの考えはラグビー界を越え、日本のサッカーや野球の育成年代にも影響を与えていると思います」
「練習は100パーセントであるべき」というエディーの考えは、『超一流になるのは才能か努力か』(文藝春秋)の著者、アンダース・エリクソンに通じるものがある。同書は“アメリカ版根性”として話題になった『Grit やり抜く力』(ダイヤモンド社)でも引用された名著だ。
エリクソンは最高の練習法とは何かを論じ、それを「限界的練習」と名付けた。
「限界的練習は今日知られている中で最も効果的な手法であり、どのような分野であっても練習方法を考える際にはこの原則を用いるのが最前の道である」
「限界的練習は学習者のコンフォート・ゾーンの外側で、常に現在の能力をわずかに上回る課題に挑戦しつづけることを求める。このため限界に近い努力が求められ、一般的に楽しくはない」
ルーティーンを繰り返すだけでは、能力は伸びない。頭に負荷がかかる“楽しくない”練習だから力が伸ばせる。フィードバックがないと、逆に経験するほどに能力が落ちていく……。
エリクソンはアスリートだけでなく音楽演奏者や医者も調査対象にし、「限界的練習」こそ最高の練習法だと主張した。
ただし、エディーやエリクソンが正しかったとしても、100パーセントや限界はどう設定するのだろう? 設定が間違っていたら、限界をはるかに越えてしまい、逆効果になりかねない。
ラグビー日本代表が設定した限界
まさにその設定のために必要なのが『ONE TAP』やデバイスといったテクノロジーなのだ。宮田は言う。
「試合における最高強度のプレーはどういうものなのかを定量的に定義しないと、練習が適切かはわからない。すでに報道で多く語られているとおり、テクノロジーを有効に活用してやっていたのが、エディージャパンであり、今回のジェイミージャパンでした」
ジェイミージャパンでは、「1試合中にボールを動かしている時間」を40分以上、「高負荷な急加速」を8割以上で1分間に2回以上、「急加速、急減速、衝突、高負荷な走行の合計回数」を1分間に3回以上にするという数値目標を設定。
それが試合で実現されるように練習を設計した(詳しくは日経コンピュータ、2019/12/12号「猛進スポーツテック-「強さ」の裏にデータあり」を参照)。
リスク管理も可視化した。いくら目標値をデータから決めても、ぎりぎりまで追い込むのだ。負荷の低い練習に比べたら、怪我の可能性はどうしても高まる。
選手が安心して追い込めるように、『ONE TAP』では怪我のリスクが高まったり、通常とは違った予兆が見つかったときにアラートを発する機能がある。
「世界中で怪我の前触れについて論文が出されています。たとえば月経の数日前は前十字靭帯がちょっとした負荷で切れやすくなる。睡眠時間が短くなると、怪我が増えるという報告もある。8時間が閾値です。
また、直近の4週間の負荷に対して、直近1週間の負荷が急に高まると怪我のリスクが上がることもわかっている。慢性の負荷に対して急性の負荷が何倍になったらアラートが鳴る、といった機能を盛り込んでいる。練習量の負荷のモニタリングはとても大事です」(橋口)
さらに『ONE TAP』では、データでは測れない部分、すなわち選手個人の感覚も大事にしている。エディーから強い要望があったからだ。
「ONE TAP」ではコンディションについても、疲労や食事、体の状態に至るまでを入力できるようになっている。(画像:ユーフォリア社提供)
「もともとはエディーさんのアイデアで、『ONE TAP』では主観の客観化にチャレンジしました。
『主観を無視する指導者は多いけど、主観は長くデータを取っているとバカにならない。ハイプレッシャー下では、体だけでなくメンタルに変化のサインが出る』と言われたからです。
『ONE TAP』では、選手に日々主観的な疲労度や痛みを入力してもらい、各個人のベースラインから“標準偏差いくつか分”ずれるとアラートが飛ぶようにしている。主観データも長期的にとると立派な定量値になる。
神経系に疲労が溜まると、休息してもパフォーマンスは上がり切らないと言われています。また今、メンタルの可視化も世界中でトライされています」(宮田)
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『ONE TAP』を使うアスリートが増えたことで、ビッグデータ的なアプローチも可能になりつつある。現在、NECと共同で、1万2000人のデータからAIが怪我のリスクを判定する試みをスタートした。まずは疲労度の数値化に挑んでいる。
思考に負担をかけるために作るカオス
さらにエディーは“理不尽な状況”=カオスも利用した。
「エディーさんは『試合はカオスだ。練習にカオスを持ち込んでおけば、試合で起こることがほぼ想定できるようになる』と言っていた。
メディアでもエディーさん自身が話されていましたが、たとえば練習で、いきなりボールを2、3個投げ入れ複数のボールでやらせたり、アメフトのボールやサッカーボールでプレーさせたりする。ボールを石鹸でぬるぬるにしたこともあると聞きます。しかも突然そういうことをする、と。
カオスな状態にすぐ対応しなければいけないわけです。今考えると、サッカー日本代表のイビチャ・オシム元監督も、同じような狙いがあったのかもしれません」(宮田)
テクノロジーを使って能力の100パーセントを設定し、短時間の練習で限界まで追い込み、それを1日に複数回行う。さらにカオス的状況をつくり、思考にも高負荷をかける。
それが エディー流の“新時代の根性練”だ。
取材の最後に『ONE TAP』的視点で見る「新時代の根性とは何か?」を訊くと、宮田はこう答えた。
「過去の根性論は、指導者の経験と直感のみに依存していたと思うんですね。一方、データ至上主義になりすぎると、デバイスを導入したことに満足したり、数字を過度に信じたりしてしまう。
現代に求められるのは、そのハイブリッド。主観と客観の絶妙なバランスが、現代版根性論になると思います」
テクノロジー的視点から見ることで、新根性論の輪郭が浮かび上がってきた。次に医学的視点から光をあてると、さらに輪郭が濃くなるはずだ。
次回はあるチームの取り組みを取材する予定だ。(敬称略)
(執筆:木崎伸也、編集:黒田俊、写真:木崎伸也、GettyImage、デザイン:松嶋こよみ)