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「すごい人」と知り合いたがる輩に欠けた視点

東洋経済オンライン
コミュニケーションについて言えば、「人に聞くことの威力」はとても大きいと思います。30代のあるとき、私は文具・オフィス家具製造流通のプラスで、既存事業の営業指導や、マーケティング戦略の策定といった仕事…
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ほんとにこれだと思います。

『世の中には、たしかに頭のいい人、切れ者と言われるような人もたくさんいます。しかし、そうした頭の能力の違いは、あるとしても誤差、しょせんは同じ人間です。』

そして、その前提で誰に対してもフラットであれと。

まともでしぶとく仕事を出来る人は、この振る舞いを確実に持ってる気がします。
こういう場合、輩が求めるのは「すごい人」=「有名な人」なんだけど、有名でなくてもすごい人というのはいるもので、話を聞いてみないとわからなかったりする。しかし、輩という言葉は、相当貶めている気がする。

ある人がなんの人でどんなことできるのか、わからんとすごくても「すごい人」クラスタに行けないんじゃないかと思ったりする。ここらへんは岡島悦子さんのむかーしの著書「抜擢されるされる人の人脈力」を正月見返したところから思い起こした。すごくもないのにうまいタグの付け方だけで有名な人もいそうですし。
360度評価をすると抜群に仕事ができて、部下同僚からの信頼も抜群に高いという人たちが現れます。

仕事で頼りになり、存在感にホッとする、そんな人たちです。
彼らに共通するのは『高い専門性』と『誰に対しても自然体であること』

昨日入ってきたインターンにも著名な弁護士にもビル管理の方にも筆頭株主にも同じく自然体で接する。

自然体だから周りにたくさんの人が集まり、新しい情報や人脈が形成され、仕事のOSもバージョンアップされ、さらに専門性が高まる、専門性と自然体が螺旋階段のようになっている人たちです。
そしてバージョンアップを待たずして常に学んでいる人。

すごい人と知り合うことで人生なんとかしようというのは
玉の輿の結婚を狙う、他力本願な生き方と同じ。
そんな人と知り合いたい『すごい人』はいない。
すごい人と知り合うことは大切だと思います。
本当に学ぶことが多いし、自分がまだまだだと改めて思えるので頑張るモチベーションになる。すごい人と知り合いたがること自体は正しいし、やった方が良い。むしろ最近は機会があるのに飛びつかない人が多くてもったいないなと思います。
ただ他の方のコメントにもあるように、こちらから還元できることがないと関係は続きません。伊藤羊一さんのおっしゃる通り、自分に何ができるかを考え、そのためのアクションは起こし続けていきたいところです。
スゴイ人

と書くとちょっと面白い人な感じがしますねぇ(しない?)
どんな場面でも、基本的には「価値の等価交換」であることを常に意識すると、だんだんと良い縁ができていくと思います。

「会いたい」「知り合いたい」という気持ちだけあっても、「相手から見た会う、知り合う価値」がなければ厳しいです。

ポイントは「同じ価値軸で勝負しないこと」です。それだと、価値は提供できません。

「違う価値」で勝負すれば、相手が「すごい人」でも十分に渡り合えます。

いずれにしても「何らかの価値」を提供できることが大事です。

以下に、イベントで話したことの記事を引用します。

違う土俵に立つと自分の価値に気付く
デンソー鈴木万治氏が語る、コミュニティの外に行く意味
https://logmi.jp/business/articles/321283

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
「あの人はすごい」「自分より圧倒的に優れている」を散々言われていた時期がありましたが、

 それを良く言っている方の大半は、その人間を尊敬しているというよりも自分より優れている人間を持つという事で、ただ、自分の嫉妬心や傲慢さを抑止している為に言ってる場合が多かったように思いました。

 それいで勝手に「圧倒的にすごいあなた、大したことのない自分」という自己完結的な関係をつくられるのは、何だか寂しかったです。

共感です。
例え有名な人を相手にしても、自分にも得意なことがあるという意識でフラットに接するというアドバイスは、「自信を持って!」という意味ではなく「相手も出会いに価値を感じられるようなフラットな関係でないと相手の成長にならない」という意味なんですね。たしかに、同じ時間を過ごす以上、片方ばかりにメリットがある関係性はフェアでないですね。自分に会ったことに価値を感じてもらえるように振る舞うというのは、常に意識したいと感じました。
人には色々な才能、専門性があって
・幅広い視野を持っている
・分析能力がある
・周りを引き込む話し方が上手い
など、得意分野を上手く活かして成果につなげている人は「すごい人」とみなされます。

でも、その人にも不得手な部分はあるし、私の方が上手にできることもある。

それぞれの得意分野、才能をリスペクトしながらフラットに向き合うのが成長しあえる関係性なのでしょうね。
ものすごく共感できる内容。

ある意味でフラットな状態でいるというか。
すごい人と知り合ったことを話す人ほどすごくない人と会った時に偉そうだったりするのかもしれません。

あと、知り合ったとかFBでつながっているだけだと、じゃあ結局どうなるのかって話になるわけなので、一緒に何かの活動ができるとか、会って話したくなるほどお互いに補完しあえるようなことがあるのかといったところが重要だなと思いました。

というわけで僕もカンファレンスで伊藤洋一さんを見かけることはたまにあるのですが、なかなか話しかけられません(-_-;)