【香川×高濱】教育現場には「逆境デザイン力」が必要である

2020/1/24
アスリートの知見をビジネスに。SportsPicksでは各業界のトップパーソンとアスリートによる対談をベースに新しい考え方、在り方を提示していく。
第一回はスペインリーグ・サラゴサでプレーをする香川真司氏と、幼児教育の現場を知り尽くす、花まる学習会代表・高濱正伸氏による「新しい教育論」。「逆境をデザインする」必要性とは?

スポーツには「夢中力」がある

──お二人は「人間力を磨く」として「HANASPO」を立ち上げられました。今日は、その根底にある部分、教育とはどうあるべきか、そして今後どうアップデートしていくべきか、をお聞かせいただきたいと思います。
高濱 私は「不幸せな人の方程式」があると思っています。その根本にあるのは「やらされ」です。
入試で一番をとる、成績表やランキングといった「外から与えられている評価基準」がいいものだと思って、その結果を追いかけ続ける。
他者から褒められるためにやっているんですよ。
本当は人生のどこかで、「やらされ」から「俺はこれをやる」と言い切れるようになることが必要なんです。今の日本は、それを言い切れないままで何をやりたいか分からない大人だらけです。
「やらされて」いる限り絶対に幸せな人生は訪れない。それが「不幸せな人の方程式」ですね。
香川 なるほど。
高濱 そのとき、スポーツはいいきっかけになるんですよ。「やらされ」から脱するための──私は「夢中力」と呼んでいるんですけど──「俺はこれをやる」というものを持ち、没頭し、主体的にやる。スポーツにはそれがあります。プロアスリートは大概、好きでやってきているでしょう。
香川 確かにそうですね。
高濱 この「やらされ」現象は昨今、本当に顕著になっています。とある園長先生と話をすると、3、4歳の子ですら「やらされ」になっていると。例えば、「象さんの真似をしましょう」と園児に話すと、「象さんはこれでいいですか?」って聞いてくる子がいる。正しい「象」像みたいなものを親に決められていて、そのとおりにしないと「ダメでしょ、象さんはお鼻が長いのよ」って怒られると言うんです。
香川 正解が決まってる。
高濱 そう。親の枠で生きる、正解主義で生きているということです。そうすると、本当にやりたい、表現したいと思うモチベーションの中で生きられない。
でもスポーツって好きでやる、極めたいっていう夢中力が発揮できるから。どうですか、夢中力。
香川 夢中でしたね。
それで言えば、日本人は人に迷惑をかけないとか規律の中で生きるということに長けていますよね。これはサッカーの世界でも同じです。
僕の最初の海外移籍先だったドイツは、規律を大事にするという意味で日本と近い文化でした。だから僕も適応しやすかった。
ただ、サッカーってチームスポーツだけじゃない、個人スポーツとしての側面も持っていて、そこでは「規律を守らない」ことも大事だったりするんです。
どこかで自分本位にならないといけない。一発勝負の緊張感のある舞台で結果を残すのは、人とは違った図太い神経を持った選手です。
高濱 うん、うん。
香川 日本やドイツのように「規律を守れる」ことはすごく大事です。僕もそれがあったからこそやってこれた。でも、長く海外でプレーしてきて感じるのは、大舞台で結果を残す、拮抗した状況を打破するプレーって意外と自分勝手というか、規律を逸脱したモノだったりする。
それができるのは育ちも関係しているような気がします。
特に南米の選手には迷いがない。
日本人には「ミスしたらどうしよう」「ボールを失ったらどうしよう」という気持ちがあるし、監督の指示どおりやろうとする。
それを「チームのために」ってカッコいいフレーズではあるけど、言い訳にもなり得ると思います。
高濱 そこが香川さんは違った?
香川 いや、僕にとっても課題なんですよね。
僕は、仲間と一緒にボールを保持しながらコンビネーションで相手を崩してゴールを目指す選手です。
一見、それは美しく聞こえるでしょうけれど、最後にゴールを取るために必要なのは自分で打開できる選手。能力はもちろん大事ですが、何よりも「自分が打開するんだ」という気持ちのある選手。
そういう選手の前に、最後にボールがこぼれてきてゴールが決まるものなんです。
まだまだそこが足りないですね。日本人として規律などに適応することで評価を得て来たけど、もう一歩先に行くために必要な「規律以外」のところがあります。
──ポジションによっても分かれるかもしれませんね。
香川 サッカーで言えばそうですね。守備的なポジションであれば組織的に、リスクを冒さないことが大事な場合が多いかもしれません。ただ、攻撃に関してはみんなできれいにボールを回したからゴールが取れるわけではない。どこかでリスクを冒せる「普通じゃない自分」が必要です。
そういうのを南米の選手は持っている気がしますね。
──お二人が現場で必要性を感じた「与えられたもの」以外の評価というか、姿勢。活躍する選手はどういう教育を受けて来たんでしょう。
香川 それが分かればね(笑)。
高濱 はははは(笑)。聞いたことがあるのは(海外では)ゴールデンエイジ前までは「楽しいことを壊してはいけない」と。鍛えるのはゴールデンエイジからでいいと聞きますよね。
やっぱり「楽しいこと」をやらないといけないと思います。日本はどうしても「こら、ちゃんとやりなさい!」の「やらされ」の潮流が文化的に蔓延している。

順境からは得られないものがある

──どうすれば「教育」のなかに「やらされ」や「規律」以外の要素を組み込めるのか。例えば、南米の選手が自由なのは「家族を背負ってヨーロッパに来ている」という背景もあるんでしょうか?
香川 間違いなくあると思います。南米は貧しい家庭で育った選手が多いと聞きます。サッカーはお金を稼ぐもの。ゴールを決めるということはお金を稼ぐこと。実際にそうやってのし上がってきた選手はいるし、その点で言えば不自由なく育って来た僕たちと価値観は変わってきます。
僕は今、スペインでプレーするために年俸を下げてまでして2部リーグにいる。それは南米の選手からしたら理解できないんです。
よく「なんで2部にいるんだ?」って聞かれます。
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髙濱 今の香川選手の話は「ハングリー論」ですよね。
ある程度、逆境がないと人は育たない。これは現代の教育者にも指摘している人がいます。僕も大課題だと思っています。
「順境」からはクリエイティブは生まれません。例えばあのfacebookだって、あまりに厳しい規律がある大学の寮生活で彼女と連絡すら取れない、どうすればいいか、というところから生まれた。
逆境には突き抜けるための土台がある。与えられた「順境」ではダメなんですよ。
ただ、お母さんは絶対いいものを与えようとするし、守ろうとするし、教育は母心との戦いなんです。人間は豊かになろうとするし、満ち足りようとするけれど、教育はそれだけだとうまくいかない。
だからこそ、教育現場に「逆境をデザインする」必要があると思いますよね。
──逆境をデザインする。
高濱 今、農学部の仲間と本を作っているんですがこんな話をしていました。すごくいい種でも一つの穴に一粒を入れると1週間後にはダメになってしまう。なぜかわかりますか? 一つの穴に4、5粒入れなきゃいけないんです。その中から、生き残った芽が育っていく。
香川 へえ。
高濱 話を戻すと、僕はスポーツの中には逆境が溢れていると思います。負ける悔しさがある。そして『俺はしっかりやったのに、あいつのせいで負けた』という理不尽がある。負けることが、一般的に経験できる逆境だと僕は思います。
ある経営者は自分の子ども全員に囲碁をやらせた。なぜかと言うと、今の日本の子どもたちは負ける経験がなかなかできないから。囲碁は負けた理由が完全に自分にある。負ければ相当悔しいけれども、それが子どもたちにとっていい経験になる。
 囲碁と同じく、スポーツをすることは必ずその悔しさを経験することができると思います。どう思いますか。
香川 そのとおりだと思いますよ。海外に出ればサッカーの世界にはまだまだ差別もあるし、理不尽なことだらけ。理不尽な理由でいきなりベンチ外にされたり。悔しいしムカつくけれど、誰も助けてくれませんし、結局は自分でやるしかない。
 これまで僕は色々な優勝を経験しましたが、一番嬉しかったのは2017年。ドルトムントでドイツカップに優勝したときなんですね。
21歳のとき(2010年)にセレッソ大阪からドルトムントに移籍して、2年連続リーグ優勝やカップ戦も獲れた。割と苦労することなく結果を出せて、「海外って余裕やな」って、調子に乗っていたというか自信満々でした。それでマンチェスター・ユナイテッド(マンU)に行った。
でも実際には甘くなかった。(ファーガソン)監督が代わったりもしましたけど、そもそもマンUで戦える能力が自分にはなかった。ドルトムントに帰って3年目のカップ戦優勝でした。
──そのカップ戦が一番嬉しかった理由というのは。
香川 そのシーズンは本当に理不尽だと思うことが多くて。理由もなくベンチ外になって腹立たしいし悔しいし、いろいろな思いがあった。
前節でスタメンなのに次の試合でベンチ外になったり……、でも、とにかく割り切って練習でアピールしようと。『このトレーニングで俺がチームNo.1だ』と証明する、監督の評価を覆えそうと練習に全てを懸けていました。結果としてそのカップ戦の決勝戦でフル出場して優勝できた。
 あのときの優勝は一番深みがあった。逆境に勝って優勝したことを僕は一生忘れないし、充実した1年だったと心から思っています。
2016-17シーズンのDFBカップ。決勝でフランクフルトを下し優勝。香川真司はスタメンフル出場で貢献した。

「みんな仲良く」からは何も育たない

髙濱 逆境をバネにしたわけだよね。でも香川選手はそもそも子どもの頃から「順境」だったわけじゃないでしょう? 中学時代(FCみやぎバルセロナ)、隣のベガルタ仙台に比べて決して恵まれない環境で練習していたんですよね?
香川 そうでしたね。道路を挟んでベガルタ仙台は芝生のピッチで、僕たちは土のグラウンドでクラブハウスもなかった。仙台の冬は寒いけれど、ベガルタのユースの同年代はクラブハウスで着替えて、僕たちは外で着替えて……。
高濱 そういう意味では子どもの頃から「逆境」があったんじゃない?
香川 メンタル的な部分ではあったかもしれません。僕たちは雑草で彼らはエリートかもしれない。だけど、ベガルタ仙台に絶対に勝つんだという思いでやっていたから、どんな辛いことも乗り越えることができたことは確かでした。
監督はーーある意味、煽る意図もあったと思うんですけど、厳しいことも言われたしやらされました。
僕自身は「プロになりたい」という気持ちがあったから、監督から何を言われても「負けてたまるか」という一心で必死にやってましたね。あの時期が原点であることは間違いないですね。
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──夢中力ですね。
髙濱 今回の「HANASPO」もそうですが、香川選手の話を聞いて、教育の人間として思ったのは、やっぱり「いかにして子どもたちに逆境を提示するか」ということ。先ほども言った「逆境のデザイン」です。
今まで、逆境をあえて提示するという考え方はなかった。
新しい教育では、逆境のもとでどういう対応をするか、ということは欠かせません。そのときにスポーツを通じて学んでいくことはたくさんあるはずです。負けたり、補欠になったり、怪我をしたりする。そういうときにただ慰めたらいいものではない。
そこでこそ「お前は本当に今、チャンスなんだよ」ということを伝えなきゃならないんです。
 負けたときこそチャンス。悔しいときがチャンス。
逆境を前にしたとき、例えば補欠になれば、その子どもは何日か荒れると思うけれど、指導者はそこで「荒れるんじゃねえよ」という指導をするんじゃなくて、「よしよし」「勝手にやれ、見ものだな」と見守っておくことが大事です。
ここは内省するチャンスだし、(逆境を跳ね返す)バネを作るチャンスだし、集中力を作るチャンス。
さきほど『南米の選手は家族を背負ってサッカーをしている』という話が出ましたが、スポーツには「お前らと違って俺は負けてられねえんだよ」というのを培うものがある。なぜなら勝ち負けがハッキリしているから。
今の学校の授業は「みなさん、仲良くやりましょう」という世界だから、そこからは何も育たないと思います。
<後編(1月31日配信予定)に続きます>
(執筆:中田徹、構成・編集:黒田俊、具嶋友紀、写真:Tasei、Getty)