【サッカー】クロップが絶賛する南野拓実は活躍できるのか?

2020/1/4
リバプールに移籍した南野拓実のデビューが近づいている。果たして、世界一のクラブで活躍できるのか? サッカージャーナリスト・粕谷秀樹氏がその可能性を記す。

リバプール移籍選手の選考基準

ザルツブルクはオーストリアの名もないクラブだ。リバプールはプレミアリーグ屈指の強豪で、世界のトッププランド。いうなれば〈サッカー界の本局〉だ。
一般社会に例えると、片田舎の支局から本局へ──。超の字が付く栄転である。南野拓実の人生は、大きく変わるに違いない。しかも、本局に請われての大出世なのだから、同じ日本人として痛快だ。
リバプールは長期間にわたって南野をモニタリングしていたという。
ユルゲン・クロップ監督がリバプールに着任した2015年10月の時点で、「タクミ・ミナミノ」の名前が強化リストに記されていたとも伝えられている。
南野がセレッソ大阪からザルツブルクに移籍したのは15年1月だ。したがってクロップのもとにも南野の情報が数多くもたらされ、つぶさに研究した結果、今回の獲得に至ったと判断して差し支えない。
ごく一部には「アジア市場を重視した人選」ともうがった見方もある。
しかし現在のリバプールは、マーケティング重視の強化プランを完全に否定。クロップ、ダイレクターのマイク・エドワーズ、デイブ・ファローズ、チーフスカウトを務めるバリー・ハンターの四者からなる強化委員会によって人選し、リバプールのスタイルに適応できる選手しか獲得していない。
フィルジル・ファンダイク、アリソン、ファビーニョ、アンドリュー・ロバートソン、モハメド・サラーなど、近年の移籍も成功例ばかりだ。
選考基準は知名度や実績ではなく、クロップが推し進めるプレー強度の高い攻守に耐えられるか、悲鳴を上げるか、である。
要するに南野は高い基準をクリアし、請われてリバプールに移籍した。客寄せパンダでは断じてない。
ただし、試合に出る・出ないは大きなテーマだ。
本局の正社員になったとしても、組織の中枢に食い込めるのか。
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レギュラーまでの距離と「第四の男」

現時点で南野は前線、もしくは中盤インサイドのバックアッパーといわれている。レギュラー獲得までは距離があるようだ。
しかし、リバプールのプレースタイルは半端ではない運動量が要求されるため、レギュラークラスにも休息が必要だ。クロップ監督も「ローテーションを活用してタフなシーズンを乗り切る」と、メンバーを固定化するすもりはない。
ましてリバプールのような強豪は、週2~3試合のペースが9~10か月も続く。
フィールドプレーヤーは1試合で10km前後を走り、ときには12kmを超えるタフな展開も余儀なくされる。
二日や三日の休養で体力が回復するはずがなく、心身の疲労を引きずりながら新たな試合に挑まなければならない。
日程消化の都合で、対戦相手が一週間の休養をとっていたというケースも頻繁にある。駒は一枚でも多い方がいい。
昨シーズンもロベルト・フィルミーノのコンディションが落ちたとき、リバプールは精彩を欠いた。サラー、ディボック・オリギをトップに起用して急場をしのごうとしたものの、ファーストプレスで後れをとり、攻守のリズムが著しく低下した。
リバプールのエース、サラーと話す南野拓実
こうした状況を踏まえると、南野はバックアッパーだとしても実に貴重な戦力だ。
トラジションの鋭さでオリギをしのぎ、シェルダン・シャキリよりも運動量でまさっているため、前線ではサディオ・マネ、フィルミーノ、サラーに次ぐ〈第四の男〉と表現しても差し支えない。
足もとのテクニックでアレックス・オクスレイド=チェンバレンを、スピードでアダム・ララーナを上まわる事実を踏まえると、中盤のインサイドでもジョルジニオ・ワイナルダム、ジョーダン・ヘンダーソンに続く〈第三の選択肢〉に浮上してきた。
クロップの絶賛を聞けば、移籍懐疑派も口をつぐむに違いない。
「タクミは我がチームに必ずやフィットするタレントだ。なによりもフットボールスキルが素晴らしい。タイトなエリアでの決断力、カウンタープレスでボールを奪い返すという欲求は、すでに世界水準だ。ラインの間に素早く進入し、ボールを持っていても持っていなくてもつねにクレバーな動きで相手を苦しめる。極めて有能なチームプレーヤーだ」
「タクミがチームに加わり、一緒にプレーしてどのような動きを見せるのか、彼と一緒に働くのが待ち遠しくて仕方ない。英語も問題なく話せるし、私の母国語であるドイツ語も堪能だ。とにかく、いずれタクミはリバプールの軸になると、この私が約束するよ」
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他の日本人プレミアリーガーとの差

香川真司(現サラゴサ)はマンチェスター・ユナイテッドに移籍したタイミングがまずかった。一年目はサー・アレックス・ファーガソンにある程度のチャンスを与えられたものの、二年目は無為無策のデイビッド・モイーズ、三年目は賞味期限切れのルイ・ファンハールと、監督との出会いに恵まれなかった。
19歳でアーセナルに入団した宮市亮(現ザンクトパウリ)は度重なるケガに苦しみ、中田英寿はボルトン・ワンダラーズで中盤のないフットボールに絶望した。
そしていま、サウサンプトンで吉田麻也が、ニューカッスルで武藤嘉紀が出場機会を得られずに悶々としている。
過去に11人もの日本人がプレミアリーグのクラブに籍を置いているが、唯一の成功例は14-15シーズン、レスターの優勝に貢献した岡崎慎司(現ウェスカ)だけだ。
プレミアリーグにチャレンジする12人目の日本人となった南野は、ハードルが最も高い。
なぜならリバプールは昨シーズンのチャンピオンズリーグを制し、つい先ごろはクラブ・ワールドカップでも優勝した。文字どおり最強である。
当然、メディアが要求するレベルは高く、サポーターの視線も熱く、厳しい。
Jリーグやザルツブルクでは糾弾されなかった動きが批判の対象となり、ときには敗戦のスケープゴートに仕立てられる。経験したことのない屈辱とプレッシャーに苛まれるはずだ。
しかし、前述したクロップの絶賛は心強く、キャプテンのヘンダーソンやDFリーダーのファンダイクが、南野の獲得を上層部に進言したとの情報もある。
要するに彼は、リバプールに〈選ばれた男〉なのだ。
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プレミアリーグはタフな戦場だ。
肉体的な消耗はチャンピオンズリーグをはるかにしのぐが、ありとあらゆる攻撃的ポジションに適応できる南野であれば、世界最高レベルのリバプールで瞬く間にレギュラーポジションをつかむ可能性も否定はできない。
新年早々、日本人の若者に世界中の視線が集中している。
(執筆:粕谷秀樹、編集:小須田泰二、デザイン:松嶋こよみ、写真:Getty)