課題先進国・日本の「スマート農業」は世界の「食」を救うか

2019/12/30
 日本の農業は、農家数の大幅減少や、農業従事者の高齢化が進行している。ネガティブな要素も散見されるが、農業の担い手が集積し、経営規模の拡大が進行すること、そしてAIやIoTが農業機械と融合することで、効率的かつ高収益なビジネスを実現し、農業は成長産業になり得る。
 では、農業の未来のためにどのようなテクノロジーが必要となるのか。また、日本の農業にはどのような未来が待ち受けているのか。農業ジャーナリストの窪田新之助氏への取材とともに、クボタが構想する農業の可能性をひもとく。
 少子高齢化や都市部への人口集中など、日本ではさまざまな社会問題が起きている。それらを根本的に解決できる術はあるのか。そのカギの一つとして提唱されているのが、経済産業省が推進する「Society 5.0」だ。
「Society 5.0」とは、「サイバー空間とフィジカル空間を融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(内閣府 第5期科学技術基本計画「Society 5.0」資料より)」を指す。
「Society 5.0」では、フィジカル空間に配置されたセンサーから膨大なデータを集積し、AIが解析する社会となる。
 それを、ロボットや情報端末などを通して人にフィードバックすることで「交通」「医療・介護」「ビジネス」など、さまざまな分野において社会の在り方を変えていくのだ。
 我々の食を支える「農業」も同様だ。『日本発「ロボットAI農業」の凄い未来』(講談社+α新書)などの著者、農業ジャーナリストの窪田新之助氏は次のように語る。
「日本の農業従事者の人口は減少し、超高齢化しています。そもそも、1960年代から国をあげて農家の規模の拡大や生産性向上に取り組んできたのですが、それらはまったく達成されなかった。
 こういった農業の課題解決と発展を包括的に進めていくためには、ロボットやAI、IoTなど、さまざまなテクノロジーを融合し、生産から消費者までをバリューチェーンとして考える『スマート農業』の構築が必要です」(窪田氏)
農業機械メーカーのクボタは、自動操舵のトラクタや自動運転トラクタをいち早く発売。2018年には、トラクタ・田植機・コンバインにGPS搭載モデルを発売するなど、農機のスマート化を進めている。
 「スマート農業」では、ロボットトラクタによる農作業の自動化や、ドローンによる生育情報の自動収集などが実現する。
 さらに、気象情報やほ場情報(田んぼや耕地などの土壌の情報)や市場情報に加え、食のトレンドやニーズといったさまざまなビッグデータをAIで解析できるようにもなるだろう。
 ロボット化とICTによって経験の浅いオペレーターでも高精度な作業を行えるようになり、若者を中心に新規参入が期待できる。さらに、消費者にとってもトレーサビリティが生まれることで、安全かつ信頼できる米や野菜を購入できるなど、メリットが増える。
 日本経済団体連合会は、農業にテクノロジーをインプットし、成長戦略に取り込めば「農業と食のGDPを合わせて20兆円まで増やせる」と提言している。
 つまり、農業は「衰退産業」ではなく「成長産業」に大転換するというのだ。
 では今後、農業を成長産業にしていくためには、どのようなテクノロジーが特に求められていくのか。そのカギを探る。
 一つめのカギとなるのが、「データの活用」だ。まず、農業における農地や収穫量などをコントロールするためには、多種多様な項目を可視化する必要があるからだ。
 農業におけるデータとは何を指すのか。窪田氏は、「農地の環境データ」「人の管理データ」「作物の生体データ」の3つを挙げる。
「『農地の環境データ』でいうと、すでに多くが実用化されていますね。たとえば田畑に設置して、温度や湿度、雨量のほか、水田の水位を計測するセンシング技術があります。
『人の管理データ』に関しても多くのソフトが運用されており、農業機械を『いつどこで、どれだけ動かしたか』や、肥料や農薬をどれくらい散布したかが分かるようになっています。
 クボタの農業経営システムである『KSAS(クボタ スマートアグリシステム)』はそのデータを統合したシステムといえる。そして、まだ開拓の余地があるのが『作物の生体データ』です」(窪田氏)
 現在の農業には、カメラを使った画像解析など、新しいリモートセンシングの手法が取り入れられている。たとえば、ある農業ベンチャー企業は、作物に害虫がいるかどうかの判断を、葉の色で判別するドローンを開発している。
 これは、幼虫が葉を食べると生まれる“濃淡”を画像解析することによって、農薬の散布量やタイミングを算出しているのだ。
 さらに、農作物の中身など“内的な”データを計測することもできる。
「たとえば、従来の方法で計測される“糖度(Brix値)”は、液体に含まれる有機物の量を測っているので、実は単に“甘さ”を表したものじゃないんです。たとえばレモンのように、酸が多くても糖度は高くなる可能性がある。
 そういったところから、赤外線や電磁波を用いて、より純粋な“糖度”を計測するセンサーの開発が進んでいます。
 センシングの技術を高め、収穫しながら糖度別に分けていく選果機などが普及すれば、テクノロジーやデータによる新しい基準や新規ビジネスが誕生するかもしれません」(窪田氏)
 農業の基本的な作業は「耕す」「植える」「収穫する」の3種類だ。
 これを稲作の農業機械に置き換えると、農地を耕す「トラクタ」、苗を植える「田植え機」、農作物を収穫する「コンバイン」となる。しかし、人口減少が進み、超高齢化社会となる将来、肉体的な負担をロボットに任せることが日常となるかもしれない。先に挙げたトラクタや田植え機、コンバインも自動化が進んでいる。
クボタは2017年1月に他社に先駆けて「耕うん」「田植え」「刈り取り」という一連の稲作作業を自動で行うデモンストレーションを実施。現在までに、これらの機械の製品化も進んでいる。
「農業ロボットの基本的な仕組みは、どれもほぼ同じです。トラクタなどの農業機械にGPS受信機を搭載したものや、農機に慣性計測装置(IMU)などの小さなセンサーを搭載したものです。
 GPSは農機の位置と方位の情報を把握し、IMUが進行方向と車体の傾きを計測します」(窪田氏)
 これらのロボットは、小型化も進んでいる。たとえば、傾斜のある果樹園や、ビニールハウスなどで動く無人モノレールだ。このロボットはレールの上を移動しながらイチゴやトマトなどを収穫する。そして、小型ロボットの市場には農業外からの企業の参入も増えている。
「たとえばスマート農業を推進している『銀座農園』という企業があります。こちらは、マルシェの運営などいろいろな事業を展開しているのですが、ロボットビジネスにも注力している。
 その一つが農作業やデータ分析を支援する「FARBOT」。このロボットは自律走行で畑を走行し、収穫物の運搬や収穫個数の判定、温度や湿度、二酸化炭素濃度などの測定を行います。
 農家が減っている中で、農業をビジネスにしていくには安定的かつ、多くの収穫量が必要です。そのためには、省力化しながら農業を続けていける土壌を作っていくことが重要。そのツールとして、ロボットはさらに必要不可欠となってくるでしょう」(窪田氏)
 では、農業のビッグデータを生かしながら、ロボット技術を導入し、それらを農業に生かしていくには、どうすればよいか。
 その手段の一つが「農業のプラットフォーム」を作ることだ。
 たとえばクボタの農業経営システムである『KSAS(クボタ スマートアグリシステム)』は、田畑や作物の状況、作業記録などのデータを農業機械と連携し、クラウド上で一元管理できるサービスだ。
「このシステムにおけるクボタの強みは、農業機械に関して長い歴史があるということ。その機械にAIやIoTを付随させていくことで、圧倒的なデータを確保できるということだと思います。
 私が特に重要だと思うのは、「収量センサー」です。野菜や果樹の収量データが取れるというのは私が知る限り他にありませんし、PDCAを回して次に活かすという意味ではそのデータはとても重要です。
 そういったデータを統括するプラットフォームを導入することで、安定的に収穫量を確保できれば、生産だけではなく“どのように売るか”を考えていくこともできるはず」(窪田氏)
   窪田氏は「これまでの農業は、生産したらそれで終わりといったイメージがあった」という。日本では生産のみ行い、販売は委託するという商習慣が根付いているからだ。
「今後は、バリューチェーンの中で、食にまつわるステークホルダーとうまく繋がりながら、農業という産業自体を捉え直すことが必要だと感じます。
 農業というのは、そもそも食の産業の一つです。だからこそ、二次産業や三次産業と連携しながら“どう消費者に届けるのか”を考える必要がある。他事業者との繋がりの中で、どのように農作物を作っていくかというスタンスが大事なのだと思います」(窪田氏)
 日本は今、他国がこれから迎えるであろう農業の社会問題に直面している。日本は、農業における「課題先進国」とも言えるのだ。
 裏を返すと、これまで日本が培ってきた農業機械に関する技術や、IoTやロボットを融合するスマート農業は、他国のソリューションにもなり得る。これは、クボタのビジネス構想の根底にある考えだ。
 たとえば、タイは小規模農家が多く、農業従事者の平均年齢が50歳を超えている。65歳以上の人口比率は2035年に30%となるとされ、今の日本と同様の超高齢社会を将来迎えると予測されている。
 タイ政府は「スマートタイランド2020構想」という国家戦略を立ち上げ、農業や教育、環境など、ICTによる改革を目指している。
 そのような背景から、クボタはタイのバンコクから車で2時間に距離にある、チョンブリ県において実験農場「クボタファーム」の運営に乗り出している。
 クボタファームは、ITを駆使した自社運営の効率的な農場。これまで農業機械の技術で培った生産部分だけでなく、ファーマーズマーケットや食品加工など、生産した作物の販売まで行う構想だ。
 これまでクボタは、耕うん機やトラクタといった農業機械を作り、AIやIoTで一元管理する、スマート農業のシステム構築に取り組んできた。
 さらに、流通や加工、販売まで一貫したサプライチェーンを構築することで、食の安全や質は向上する。この仕組みやノウハウは今、アジアやアフリカにも展開されようとしている。
経済が発展して急激に人口が増加するアフリカでは、食料の安定供給のため、稲作が注目されている。人口の約8割が農業に従事しているタンザニアでも、クボタの農業機械が使われている。
 特に新興国では、社会が成熟するプロセスで、日本がかつて経験した食の課題に直面することになる。だからこそ、課題先進国の日本がソリューションを提供できるのだ。
 農作物の計画的な生産やサプライチェーンにおける食品ロスの削減など、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けて、日本のスマート農業が寄与できる領域は大きい。日本の農業テクノロジーには、世界の“食”をよりよく変えていく可能性があるのだ。
(取材・文:海達亮弥 デザイン:國弘朋佳)