「味覚は数値化できる」。マクドナルドの新コーヒーを徹底検証

2019/12/27
マクドナルドのプレミアムローストコーヒーが、2019年10月に2年9カ月ぶりの全面リニューアル。すでに飲んで、「何か変わったな」と感じた人もいるはずだ。
ところで、この「何か変わった」感覚、つまりは「味覚」を数値化できるのをご存知だろうか。その名も「味覚センサー」の生みの親であり、味覚研究の権威である九州大学の都甲潔教授に取材を行い、新プレミアムローストコーヒーをデータで検証。知られざる「おいしい」の仕組みに迫る。

「味覚は主観的なもの」ではなかった

マクドナルドのプレミアムローストコーヒーが、2019年10月から全面リニューアルした。リニューアルの事実は知らなくても、飲んで「何か変わったな」と感じた人もいるはずだ。
※写真はイメージです
新プレミアムローストコーヒーの特徴としては
「バリスタによる監修のもと、これまでのコロンビア、ブラジル、グァテマラ産のコーヒー豆に、ペルー、ニカラグア産の豆を加えることで酸味を抑え、焙煎度合いをわずかに深くし濃度感を上げることで、バーガーなどの食事とよく合う、『甘味・酸味・苦味』のバランスを調整した深みのある濃い味わいを実現した」とある。
豆の配合についても見直し、酸味が突出しないようにブレンド。時間経過による味わいの変化も抑えているそうだ。
豆の種類も増え、違う味わいを目指して開発されたのだから、「前のプレミアムローストコーヒーと何か変わったな」という感想には一応の説明はつく状態だ。
しかし、私たちが知りたいのは、「それで、おいしくなったのか?」という点だ。たしかに豆は変わったのだろう、産地もより良いものになったかもしれない。でも、そんなことはコーヒー専門家でもない限りわからない。要は、味がどうなのかが知りたいのだ。
そこで協力を求めたのが、九州大学で味覚、嗅覚を専門に研究を続ける都甲潔教授だ。教授は、世界で初めて「味」に科学のメスを入れ、その名も「味覚センサー」という測定装置を開発している。
「長年、『味覚は主観的なもので測定はできない』とされてきましたが、『味を感じるのは神経の反応(=電位差の発生)である』という工学的なアプローチで、人間が味を認知する生体システムを科学的に解明・模倣。舌のかわりに人工脂質膜を用いて、味の数値化に成功したのが味覚センサーです。
初号機の完成から約30年にわたって改良を重ね、今では世界400社以上で食品や医薬品などの開発・製造・品質管理に利用されています」(都甲教授)
しかし、工学的アプローチで「味覚が測れる」と言われても、どういう仕組みなのかがわからない。
そもそも、都甲教授自身が言ったとおり、「味覚は主観的なもの」であるはずだ。友人から「おいしい!」と勧められた店に行ってみたら、「普通だった」という経験は誰にでもあるだろう。
味覚は、人それぞれに感じ方が違う「主観」ではなかったのか

味はよくても「おいしくない」があり得る理由

「まずは、主観と客観について整理しましょう。たとえば、午後5時から午後6時までの時間は1時間です。これは、誰にでも共通した客観。
しかし、そのとき猛烈に仕事が忙しければ、1時間の流れを『早い』と感じるでしょうし、何かの順番待ちをしていれば、1時間の流れを『遅い』と感じます。これと同じように、味にも主観と客観がある、というのが私の考えです。
次に、味覚の仕組みについて説明しましょう。
人間は、舌で酸味、苦味、うま味、塩味、甘味という5つの味を区別しています。舌にある細胞が味に関する物質を感知すると、その情報は微弱な電気信号として神経細胞を介して脳に送られ、さまざまな味を認識できるのです。
この部分が味覚センサーが測定する味の『客観』にあたります」(都甲教授)
そこから先の、「おいしい・おいしくない」という判断は、複雑な要素が絡み合って生じた脳の主観的な反応なので、測定不可能。5つの構成要素からなる「味覚」は、客観的なものなので数値化が可能、というわけだ。
都甲教授によれば、「おいしい・おいしくない」の総合的な判断には、視覚、嗅覚、聴覚などの五感や過去の経験など、さまざまな要因が総動員され、属性(性別、年齢、嗜好性)や環境(地域、食文化・伝統)も関係する。
たとえば、風邪をひいて鼻がつまっていると、味がわからなくなることがある。どんなに味のいいレストランでも、嫌いな相手と過去に食事をした経験があれば、その嫌な記憶から減点評価となり、心の底から「おいしい」と感じるのは難しい。
都甲教授が持っているのが、私たち人間の舌のかわりの役目を果たす人工脂質膜だ。
子どもはコーヒーやビールなど苦いものを嫌う傾向にあるが、これは「苦味=毒」という本能によるものだ。しかし、毒ではない苦味もあることを学習した大人は、コーヒーやビールを楽しむことができる。
また、砂糖水をオレンジ色の着色料で色付けしたら、オレンジジュースと勘違いした、という実験結果もあるそうだ。

味覚センサーでマーケティングをする時代?

ちなみに、都甲教授の研究も、この「味覚の不思議さ・複雑さ」からスタートしたと言っていい。
「ある日、妻が作ったハンバーグを食べたら、いつもよりおいしかったんですよ。聞くと、私が嫌いなにんじんをすり下ろして入れたのだ、と言います。
それに気づかず、むしろ『いつもよりおいしい』と感じた自分の味覚を不思議に思い、そこから味の測定について研究をはじめました」(都甲教授)
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この味覚の不思議を利用して、「3D味覚プリンタ」の開発にも情熱を燃やす。
たとえば、非常に栄養価が高い「昆虫食」は、2013年に国際連合食糧農業機関(FAO)が「今後の(世界的人口増加に伴う食糧難対策としての)食糧になり得る」と正式に発表しているほどだが、「見た目が絶対にムリ」という人も多いだろう。
しかし、味や栄養価はそのままに、多くの人が「おいしそうだ」と感じる見た目に整形し直すことができたら、どうだろうか。面白く、実用的なアイデアだ。
都甲教授の横に設置されているのが味覚センサー。味によって変化する電圧を測定することで、味覚を数値化している。
「『おいしい』は主観なので、『絶対においしいもの』はありません。しかし、味覚センサーを使って『多くの人がおいしいと感じる(見た目の)平均値』を推測することはできます。
今、味覚センサーを利用している多くの企業は、自社の開発製品を測定するだけでなく、マーケティング目的で『巷で売れている商品』を測定しているのです」(都甲教授)
これによって、たとえばコーヒーにも年代による嗜好性の傾向があることがわかってきた。年齢層が上がれば酸味の強いコーヒーを好み、若い層は苦味の強いコーヒーを好む、というものだ。
年配の人たちは喫茶店などの酸味の強いコーヒーになじみがあり、若い層はコーヒーショップの苦味の強い味になじみがある、など理由は推測するしかないが、ともあれ味覚センサーによって「ある特定のターゲットに響く味」を再現できるのだ。

プレミアムローストコーヒーの特徴は、苦味や酸味、うま味の強さ

味覚を測定できることはわかった。では、マクドナルドの新しいプレミアムローストコーヒーは、どんな味なのか。
下の図は、今現在、日本で飲めるコーヒーの平均的な味を基準として、実際に味覚センサーで測定したマクドナルドのプレミアムローストコーヒーの味のバランスを示したものだ。
プレミアムローストコーヒーは、苦味や酸味、うま味の強さが特徴です。これら、コーヒーの特徴が出やすい部分の味がしっかりとしているので、味わいの『深さ』が感じられます」(都甲教授)
これは、こだわりとして挙げられた「①深みのある濃い味わい」が証明されたかたちだ。
次に、「②食事とよく合う味」について検証しよう。コーヒーショップなどであればコーヒー単体でのオーダーがメインだが、マクドナルドではハンバーガーなどの食事と一緒にオーダーする場合が多い。
そこで、ビッグマック、てりやきマックバーガー、ダブルチーズバーガー、ホットアップルパイの4品との相性を分析した。
「下の図では、食べ物の味の軸として、酸味、苦味、塩味の3つを挙げました。これらの強さが食べ物とコーヒーとで、3軸または2軸が同調・補完し合うと、相性がいいということがわかっています。
プレミアムローストコーヒーはやや酸味が特徴的なので、酸味を感じさせる素材(ケチャップ、ソース、果物など)を含む食べ物は味が同調しやすく相性がいい
今回の分析では、どのバーガーもソースに酸味があり、特にビッグマックとダブルチーズバーガーは互いの味が深まる結果になりました。
一方、てりやきマックバーガーとホットアップルパイは、同じく酸味が同調するものの、コーヒーが口内をリセットする働きがより強く、バーガーとパイの味わいを引き立てています」(都甲教授)
「実は、コーヒーの塩味が平均より低いのが意外でしたが、この結果を見て納得。マクドナルドのメニューとの相性を考えていたんですね」と都甲教授。
最後に、「③時間経過による味わいの変化」についてはどうだろうか。
マクドナルドでは食事をするだけでなく、コーヒーを飲みながらちょっと仕事をするつもりが……気づいたら時間がたっていた、ということがある。そういう人にとって、「時間がたっても味の変化が少ないのか」は気になるところだ。
下の図は、購入直後のプレミアムローストコーヒーを基準(濃いオレンジ色)として、2時間経過後の味のバランスを示したものだ。
味物質の濃度が20%以上、つまり味のレーダーチャートそれぞれの項目で数値の差が1以上あると、多くの人が『異なる味わいだ』と感じることがわかっています。その目安となるラインを示したのが図の点線です。
一般的にドリップコーヒーは、抽出後空気に触れることによる酸化劣化が早く、味わいの変化が出やすいとされているなか、いずれの項目も変化は20%以内。
プレミアムローストコーヒーは時間経過による変化が少ない、つまりは『冷めてまずくなった』と感じにくいコーヒーだと言えますね」(都甲教授)
結果として、プレミアムローストコーヒーは①深みのある濃い味わいで、②食事とよく合い、③時間経過による味わいの変化も少ない、ということがデータによって証明された
「濃い感じの味」「食事と合う気がする」ではなく、たしかに濃い味わいで、たしかに食事と合うのだ。
しかし、これは味覚の話。実際、飲んでみないと「おいしい・おいしくない」はわからない。あなたの脳は、新しいプレミアムローストコーヒーをどう判断するのだろうか。
(取材・執筆:大高志帆 撮影:加藤ゆき デザイン:國弘朋佳 ※味覚センサーによる測定結果についての問い合わせ窓口:株式会社味香り戦略研究所)