“投資家視点”で見る「D2C」。その「可能性」と「課題」を解剖する

2019/12/27
アパレルや化粧品、フードなど、あらゆる業種において存在感を強めつつある「D2C」=「Direct to Consumer」

「D2C」は自社以外の小売店舗を介さずに、Webを中心とした多様な販売チャネルを駆使し、直接顧客とコミュニケーションをとることができる。データによる商品開発を可能にし、嗜好が多様化する現代人にフィットしたサービスを提供できるビジネスモデルとして注目されているのだ。

では、リテール市場全体を俯瞰した時に、D2Cビジネスはどのような可能性を持っているのか。D2Cブランドの事業化支援のために、SUPER STUDIOが2019年初開催したピッチコンテスト「MASTERPLAN」にパートナーとして参加したSTRIVEの堤達生・代表パートナーW venturesの東明宏・代表パートナー、そして株式会社SUPER STUDIO(以下、SUPER STUDIO)の林紘祐・代表取締役社長に、投資家視点から見るD2Cの課題と可能性を聞いた。

(全4回連載)

地道な「バリューチェーン」の構築が必要

──SUPER STUDIOは2019年、D2Cブランドを支援するピッチイベント「MASTERPLAN」を始めました。どのような課題感や思いがあってスタートするに至ったのでしょうか。
林紘祐(以下、林) これまで我々は数多くのD2C事業者に対して、ブランディングやオペレーションだけでなく、データドリブンな運用や、自動化により大幅なコストダウンを可能にする基幹システム「EC Force」を通して、一気通貫で支援を行ってきました。
 そのプロセスで感じたのは、アイデアの“種”を持っている事業家が多いものの、そもそも事業戦略を作るノウハウを持っていなかったり、販売戦略やロジスティクスなどの構築段階でつまづいたり、強みである歴史や背景を言語化できていなかったりするケースが多いということ。
 そこで、正しい事業計画や販売戦略を立てることや、ブランドの強みを言語化することに対して、SUPER STUDIOがよりサポートしていきたいと考えていました。
 “種”を見つけ、それを成長させていく事例を自発的に生み出すことができれば、D2Cはもっと盛り上がる。
 そういう思いがあって「MASTERPLAN」を企画しました。
──なるほど。当日は3名のプレイヤーが参加していましたが、パートナー陣(審査員)が大変豪華だったのが印象的です。東さん、堤さんはなぜパートナーとして参加されたのですか?
堤達生(以下、堤) VCという仕事上、いろいろな企業の方と会話をする機会がある中で、D2C自体は一つの大きな潮流になっているなと以前から感じていました。
 では、D2Cは一体どのような思いで始まりグロースしていくのか。「MASTERPLAN」はD2Cブランドの“芽吹き”を知るという意味でもいい機会だと思い、お引き受けした次第です。
東明宏(以下、東) 僕は、とにかく周囲の審査員が豪華だったっていうことですかね(笑)。
 実際にブランドを運営しているオルビス株式会社の小林琢磨社長や株式会社バルクオムの野口卓也代表、株式会社マクアケの中山亮太郎代表のようなマーケティングを得意とする方まで多様な人がいらっしゃった。
 D2Cにまつわる様々なプレイヤーが集結する稀有な企画なので、とても学びになると思ったんです。
──実際にプレゼンテーションを通じて、「D2C」における新たな発見や課題などは見えましたか?
堤 参加者に共通していたのは、自分のプロダクトに対する愛がとても深いということ。(選出された)お三方は、自分たちなりのストーリーについて語っていたことが、まず非常に興味深いなと思いました。
 そうですね。一方で、ストーリーは大前提にありながらも、D2Cというビジネスモデルは商品企画から製造、マーケティング、物流まで様々な要素によってバリューチェーンが構成されている。
 つまり、いざグロースさせようとするのであれば、ストーリーだけではなく、より高度な戦い方が必要になるということです。
 今回の「MASTERPLAN」では、特にストーリーについて多くのお話を聞けたのは大変興味深かったのですが、「このブランドをどのように事業化し、成長させていくか」という視点を持つことが重要かなと思います。
 ニーズはあるがプレイヤーが少ないという事業が多かったので、次のステップでは、他社が参入してきても強みをキープできる要素や、差別化できるかどうかがポイントになってくるでしょうね。
 D2Cと聞くと、どうしてもインフルエンサーマーケティングみたいな、軽いタッチで捉えられがちだし、実際参入はしやすいんですよね。
 だからこそ、ここ2年くらいはD2Cの企業がたくさん出てきていると思うんですが、東さんがおっしゃったように、バリューチェーンもそうだし、KPIもそれぞれの段階で考慮しなければならない。
 つまりD2Cは、ビジネスの構造として難易度が高いのが実情だと思うんです。

D2Cブランドとして一定の規模を超えるために

──それでもD2Cはあるカテゴリーに特化している事業も多いため、小規模でも成り立つと言われますよね。
 たしかに、コスメやスキンケアブランドなどでは小規模でも成立している会社は多いかもしれません。
 たとえば、「まつ毛美容液」のような、用途を限定的にフォーカスすることで成り立つブランドがありますが、これは先ほど東さんがお話しされていた「ニーズがあるけど、プレイヤーが少ない」領域で、強みや差別化ができている会社ですね。
 ただ、VC側の意見としては、いくら単品でヒットしたとしても、それだけだと怖くて投資対象にならない、というのが本音ですね。
 その対象となってくるためには、1つの商品から横展開してラインナップを広げていくことがマストで必要になると思います。ただ、それがうまくいっているケースは日本ではあまり多くない。
 単品でビジネスが成り立ってきたところから、事業拡大していくため、更に顧客単価を上げられる商品を作っていくケースは徐々に増えてきていますね。
 これは既存の化粧品メーカーなどでは当たり前に行われているんですが、D2Cブランドでは現状なかなかできておらず、短期的な課題の一つと言えます。
 それでもデジタルネイティブな文脈でのD2Cプロダクトが話題になり始めてから、まだ日が浅いので、近い将来には単一商品を作ってグロースさせていくフェーズから、ブランド構築に重心を移していくことで、驚くような大成長を遂げるブランドが出てくると思います。
 とはいえ現状だと、月商で数千万円売っているD2Cブランドはある一方、1億円売っているブランドがあるかというと、多くはないですね。
 そうですね。大成長を遂げる以前に、まず事業をグロースさせていくという点では、D2Cでも“泥臭い”マーケティングが必要だと思います。
 そして、泥臭さを持ちながら、ブランディングとパフォーマンスを両立させられるチームを作ることも大切です。ただ、これは本当に簡単にはできない。
 先ほど、D2Cには見るべきKPIが多いという話を堤さんがお話しされていましたが、そう考えるとD2Cは「総合格闘技」のようなものかもしれません。
 良い表現ですね(笑)。たしかに、若くて、IT出身の方はウェブマーケティングが得意な人が多いのですが、じゃあ在庫管理までできているかというとそうでもない。
 個人として補完はできてなくてもいいのですが、チームには泥臭い仕事をできる人が欲しい。ただ、いざチームの構成を見てみると、その泥臭いところを担う人材が欠けているパターンはよくある気がします。
 実際、僕の投資先を見ていても、在庫管理は本当に大変です。アパレルであれば、サイズ違いや色違いごとに管理が分かれていたり、高単価なものだとアルバイトに盗まれないようにセキュリティ対策に重点をおいたり(笑)。
 林さんが、総合格闘技とおっしゃいましたが、いろんなことができる技を持つ人を、チームに凝縮していくことが必要なのかなと思います。
──たとえば、その“泥臭さ”みたいなものは、投資対象や選定基準の一つになったりするものなのでしょうか。
 やっぱりD2Cに限らず、事業を成功させるための“やりきる力”があるかどうかは、投資の時にしっかり見ますね。
 同感です。なので、先ほどの話でいうと、チーム編成の中で、生産管理ができる人がいるとなると、プラスにはなりますよね。
 逆に「グロースだけが得意なチームです」とか言われると不安になってしまう(笑)。
 アメリカのD2C企業には、MBAホルダーの人が結構いると聞きますね。
 これまでSUPER STUDIOが関わってきた中ですと、日本ではマーケティングの観点でブランドを作る人が、チームの中心にいるケースが多い印象です。
 もちろん、それも大事なセクションなのですが、事業を整理整頓しつつきちんとやりきる力を持っている人がファウンダーにいるのは、すごく強みになるのではと思います。
 私自身、様々なD2C事業を見てきましたが、会社によってファイナンスやそれぞれの事業リスク、顧客からのクレーム、ロイヤル顧客の定義など、抱えている課題や企業のカラーはそれぞれ異なります。
 バックオフィスなど、細かいところまで目を光らせ、“縁の下の力持ち”的な役割の人材がいることで、チームが最後までやりきる力を持つことは重要だと感じています。
 いきなり最初から全てがそろうチームである必要はないと思うんですが、成長のフェーズに合わせて在庫管理に注力しようとか、組織にバリエーションを持たせることが必要になってくるのかなと思います。常に変化に対応できるチームが望ましいですね。
 D2Cって、実現したいストーリーがあって、それをどのようにサプライチェーンに落とし込んでいくかということなので、いわばロジックの組み合わせなんですよね。だから、MBA的に整理が得意な方は相性がいいんだと思います。

「メガD2Cブランド」は日本から生まれるか?

──VCはただ投資するだけでなく、成長を支援していくことも重要です。そのために注力する部分はどんなところでしょうか。
 成長には総合格闘技的な力は必要なのですが、やっぱりストーリーづくりは重要な部分ですよね。
 今の時代、シャンプーなんてドラッグストアに行けばいくらでもある。その中で、ある程度価格の高いD2Cブランドをどうやって選んでもらうか。
 消費者視点で考えると、そのためのストーリーをどのように展開するのかが差別化のための方法になるんだと思います。
 ただ、そこばかりがフィーチャーされやすいので、先ほどお話ししたように、実は裏側がすごく大変なのにもかかわらず、見落としがちだから危険だよということを忘れてはいけない。
 どれも重要なのですが、総合的に捉えると注力する部分というよりも、まず資金調達力はそもそも大事かもしれませんね。D2Cはバリューチェーンが長いので、いろいろな投資ポイントがある。
 だから、きちんとやろうとすると、実はお金が結構かかるんですよね。成功している企業は、自分たちのビジネスの優位性を投資家にうまく説明できるので、資金調達がうまいプレイヤーが多い。
 そもそも、誰にも知られていない状態から、数多くのファンを獲得するには、かなりの時間がかかります。その期間を耐え忍び、高速で垂直に立ち上げるにはかなりの資金が必要です。
 堤さんがお話しされていたように、SUPER STUDIOがD2Cブランドを支援する中でも、ストーリーづくりは大切な部分だと捉えています。この根幹を作っていくために、ブランドのDNAを定義し、CI(コーポレート・アイデンティティ)を作り、一貫性のある顧客体験をデザインするためにお金をかけています。
 ブレない軸やストーリーがあった上で、資金調達やオペレーションも、全てを統合させて正確に進めていけば、日本からでもメガブランドは生まれてくると思います。実際に、その芽がいくつか出始めている実感もあります。
──日本のD2Cの優位性みたいなものはあるのでしょうか。
 日本のD2Cはきめ細かなマーケティングができるので、入り込むセグメントを見つけられたら、それだけでグロースする可能性を秘めている。
 ただ、日本は質の高い商品を作れるメーカーが群雄割拠している。その中で戦うのはかなりレベルの高さが要求されると思います。ですので、正攻法で挑むのではなく、テクノロジーを使って差別化するとか、変化球が必要になるはずです。
 ニッチなところから攻めて、周辺領域へとグロースしていくのは王道だと思うのですが、メディアやプラットフォームを軸にデータを活用したプロダクトを作っていくとか、複合的な勝負をしなければ、商品の良さだけで勝負するのはかなり厳しいと感じますね。
──なるほど。では、最後に、それぞれの立場で、D2C市場の今後に対する展望を教えてください。
 D2Cって、目に見えるフロント部分だけをそれっぽく見せるというものでは全くないんですね。
 お話ししてきたような裏側もちゃんと理解した上で、“骨太”のD2C企業が出てきてほしいなと思いますし、そういう会社があれば投資したい。
 欧米を見ると、D2Cの会社が大企業と一緒になって事業を大きくしているケースが増えてきていて、そういうのが日本で出てきたら面白いなと思う。
 その橋渡しについては、まさに僕たちの役割かなという気がするので、競合よりも協業を推進していきたいと思います。
 それこそ「MASTERPLAN」にも、もっと大企業の人たちに参加していただいて、最終的には(大企業に)買ってもらえればと(笑)。
 正直なところ、単体でIPOまで持っていくのは、ものすごく大変だと思いますので、協業の形は増えていってほしいですね。
 実は第2回の「MASTERPLAN」に出てもらえるパートナーも決まっていて、まさにそういった大企業の方々を考えています。
 ですので、今後「MASTERPLAN」では、D2Cの現場を自ら体感してきた経験を活かして、メーカーと投資家、両方の目線を持つことで、最適な解を導き出すお手伝いをしていけるようにしたいですね。
 グロースしやすい座組にするだけでなく、そもそものオペレーション部分を運用代行することで、大企業や投資会社にも「どうか手伝ってあげてくれませんか?」という提案を増やしていく。その結果、新しいD2C事業が芽吹く場所にしていきたいですね。
(編集:海達亮弥 執筆:角田貴広 撮影:茂田羽生 デザイン:堤香菜)