【辻愛沙子】「社会を良くする」仕事だけをしたい

2019/12/23
20代からの高い支持を集め、ミレニアル世代やZ世代の代弁者として圧倒的発信力を持つクリエイティブディレクター・辻愛沙子。
2019年はタピオカ店のプロデュースなどの「仕掛け役」に加えて、辻さん自身が先頭に立って「出役」として発信することも増えた1年だった。
クリエイティブディレクターとして、ある時はクライアントの課題解決に全力をささげ、またある時は複雑な社会問題をアーティスティックな切り口で世に問い掛ける。
2020年の東京五輪で注目される「TOKYO」を中心に、新しいムーブメントを生んでいる人々を紹介する特別企画「NEO TOKYO(ネオトウキョウ)」。
第7回は、そんな辻さんが、自身と広告の未来についてNewsPicks編集部に語る。
1995年生まれ。中高時代をイギリス、スイス、アメリカで過ごした後、2014年、慶應義塾大学に入学。2017年、在学中にエードット(現:カラス)でインターンし、2週間後に同社に「学生社員」として入社。タピオカ専門店「Tapista」のプロデュースや「お台場ウォーターパーク」の空間デザインなど幅広く事業を手がける。2019年10月、エードットのグループ会社として「arca(アルカ)」を創業。女性のエンパワメントやヘルスケアを促すプロジェクト「Ladyknows」代表、日本テレビ「news zero」で水曜日のレギュラーコメンテーターも務める。
「ビジネス芸人」にはならない
──2019年はどんな1年でしたか。
 広告クリエイターは、あくまで裏方というのがこれまでの業界の常識でしたが、広告クリエイターである私自身が広告にキャスティングされるという「中間のポジション」を作ることができました。
化粧品大手のミルボンさんのキャンペーンでは、自分自身がクリエイティブディレクターとして案件を進めつつ、私自身も企画のパーツとして出役となりました。
クリエイターとしてモノを作りつつ、発信役となれたのは、ある意味エポックメイキングな、独自のポジションを築くことができたのではないかなと思っています。
私自身は、電通や博報堂という大手出身ではなく、エードットという2012年設立のスタートアップからキャリアをスタートした人間です。
エードットには学生社員として2017年に入りましたが、大手に比べると早い段階から、個人の裁量が大きい案件にチャレンジさせてもらったのも幸運でした。
ただ、この流れが正解かは分かりません。試行錯誤の毎日です。この年齢だからということもあると思いますし、「ビジネス芸人」というか、単純な出役のような存在になってはいけないと思っています。タレントではないので。
その一方で、今まであった役割分担、つまり「作り手と出役」であったり、「クライアントと代理店」であったりの、表と裏は越境していきたいし、その役割を背負うパーツになれたのかなと思います。
──10月末からは、日本テレビの報道番組「news zero」のレギュラーコメンテーターにも抜擢されましたね。
生活リズムがかなり変わりましたね(笑)
とてもありがたいことで、テレビに自分が出て、コメントを求められることによって、自分自身の思考の整理が進むようになりました。
テレビだと、若い世代のことだったり、ジェンダーの問題のテーマなどについて、世代を代弁することも時には求められます。
それが良いところでもあり、勉強になっているのですが、一方で、限られた時間しかないので「もっと伝えたい」と思うことも増えました。
基本的に、おしゃべりなので、徹底討論する場もとっても楽しい。だから、2019年は12月にNewsPicksの番組「The UPDATE」へ出演できたこともすごく嬉しかったです。
2つの軸を「クロス」
──広告業界の表でも裏でも活躍する一方で、テレビにも出演する。仕事が幅広くなる中で、辻さんが軸にしていることは何ですか。
私は「作り手」であり、クリエイティブディレクターというポジションが、全ての事業や仕事に横軸で1本通っています。
最近、いろいろなところで「越境」というキーワードで話す機会があります。
私が言う「越境」って、業界の線引きがあいまいになり、いろいろなものがフラットにつながっていくことが「越境」ではないんです。
むしろ、こっちの軸とあっちの軸をクロスさせて、新しい価値を生み出していくということ。越境を英訳すると「クロスボーダー」です。「クロスすること」が重要で、「ノーボーダー」ではないんです。
軸を持った上で、次にどの軸と掛け合わせていくかが重要だと考えています。
広告業界の線引きも、今では定義が多様化してきています。
テレビCMが中心だった時代から、インターネットが登場して、インターネットの中でもさまざまな領域が増えています。作る側の役割も、大きく変わってきました。
その中で、もともと広告業界の成り立ちってなんだっけと考えた時に、それは企業が持っている課題や商品を、生活者に向けて最適な形で届けるということです。
生活者が普段どんなことを考えていて、どのようにコミュニケーションを取れば、生活者の心に刺さり、手に取ってもらえるかについて、二者の間に立って考えることですよね。
軸と軸を掛け合わせることが原点であると、自分自身が「越境」しながら再定義できるようになりました。
ジェンダー問題に取り組む理由
──女性の生き方をエンパワメントしていくプロジェクト「Ladyknows」で代表も務めています。このプロジェクトではどういうことを発信したいのですか。
Ladyknowsについても、クリエイティブディレクターという一つの軸を持った上で、次に、どの軸と掛け合わせるかということからスタートしています。
これまでにも、ジェンダーや女性の生き方というテーマを背負って発信しているメディアは沢山ありましたし、私自身とても読者として励まされてきました。
その上で、じゃあ”メディア”という入り口ではなく、広告業に身を置いている私がこの業界の切り口から同じ課題にアプローチしたらどんなアクションになるんだろう。
立ち上げ前はそんなことを思っていました。
同じ課題に対して、色んな領域からアプローチしていく。そんな風に業界を越境してジェンダーにおける不均衡に対して共闘していけたら素敵だなと思います。
例えば、女性と医療の分野では、「婦人科検診の費用が高すぎる」という課題が長年ありました。
それを医療機関と患者(生活者)の二者で解決しようとすると、医療従事者の人件費を削ったり、無理を強いたりしなければ、解決は難しいのが実状でした。
(Chinnapong/istock)
その状況に、Ladyknowsが間に入って、課題解決をしようと考えました。プラットフォームとして、問題意識を掲げ、広告業界の中でこれらの問題について考えるイベントを行う。そこで、理念に共感いただいた企業から協賛を募る。
そうすると、そこに課題意識を持っている企業が「応援」という形で、アクションに参加することができますし、集まった協賛金を活用して、婦人科検診の費用を割引することができるようになります。
こうしてLadyknowsで、通常で1万円以上かかる婦人科検診をワンコイン(500円)で受けられるイベントが実現できました。
企業側のメリットとして、サンプリングやマーケティングの場としてこのイベントを捉えて頂くケースとCSRの一環として社会貢献軸でジェンダー問題に取り組んでくださるケースの2パターンあるなと思っています。
Ladyknowsの10月のイベントでは、本当に思いを持った企業様方にご支援いただきました。改めて、業界を超える共闘関係や、ベンチャーと大企業の共闘関係がいかに重要かということを身を以て感じる機会だったなと思います。
他の業界では簡単にできた方法論を、停滞している領域に導入していくことこそ「越境」であり、重要なことだと思います。
そしてこれは、業界だけでなく個人間でも当たり前の考えになっていくのではないでしょうか。
「役職」よりも「職能」で生きていく時代になっていくというか、全く同じスキルを別の業界に持っていくと、全く違う輝き方をすることもあります。
だけど、主軸はどっちなのかという考え方も大事です。
──どういうことでしょうか。
Ladyknowsでは、私が出役となってジェンダー問題に取り組んでいます。これは、普段クリエイティブディレクターとしてクライアントとの仕事がある中で、それを最大化するために出ている側面もあります。
ただ、タレントのローラさんですら、環境問題について意思表示をしただけで、ネットで多くの非難が集中することがある訳ですから・・・。
ジェンダー問題も簡単ではないですが、向き合おうと思っている以上、少しでも耳を傾けてくれる人のために身を惜しまずやっていかなければいけないです。
広告クリエイティブの持続可能性
──2019年10月、エードットのグループ会社として、辻さん自身で「arca(アルカ)」を創業し、CEO(最高経営責任者)となりました。起業した理由を改めて教えてください。
もともと、広告代理店のクリエイターでありながら、自身で触れてきたカルチャーにインスピレーションされながら、オーダーアートを描いたり、スイーツビュッフェのプロデュースをしたりとか、アーティストっぽい仕事をすることも多かったんです。
クライアントさんから依頼を受けて、しっかりとミッションを達成する「課題解決型」のクリエイティブにも全力で取り組んでいるのですが、もっと自発的で、自分の中の表現を出していくという取り組みにも、少し未練がありました。
クライアントの課題解決のためのクリエイティブでありつつも、クリエイターも機械ではないので、その人の個性だったり、好きな世界観がルーツとして表れる。
それでも、完成した広告やクリエイティブは当然企業のものとして帰属しますし、何年か経つと担当者も変わってしまったりする。それは、組織構造上仕方のないことです。
そういう繰り返しの中で、もちろん学びも多くありますし、素敵なクライアントにも沢山出会ってきました。ただ、これを続けて自分の資産としてストックされて残っていくものってなんだろうと。
手がけたイベントの会期が終わっても、広告の出向期間が終わっても、文化として残っていくものを自分自身が作っていけているんだろうか。そんな風に思うことが増えていたように思います。
(marchmeena29/istock)
もちろん、クリエイティブディレクターとしての個人ポートフォリオに残しておけたり、広告賞やアワードをもらって、取材されたりという形で、日々の中で自分に残っていくものは勿論あるのですが。
一方で、そういう賞やタイトルによって感覚が麻痺してしまうことだってあるかもしれない。
12月17日にNewsPicksのオリジナル記事として、クリエイティブディレクターでGO代表の三浦崇宏さんが書いていましたが、本当にそうだなと思っています。
広告代理店の主戦場、主な利益源は「メディアバイイング(広告枠の仕入れ・買い付け)」であって、クリエイティブはその「おまけ」になってしまう。
【GO三浦】電博支配の産業構造は、クリエイティブの力で変わるか
だけど、クリエイティブが生活者の人たちの目に触れるところなのだから、そこの精度を上げていかなければいけないと。
じゃあ、クリエイターが高いモチベーションの為に、アワードや色々な賞で研鑽し合っていきましょう、という事が起こっているんだなと。
もちろん、その構造の中で一番良いものを作るという道にも美しさがあり、私が知らない歴史や文化があります。
ただ、その歴史を知らない、突然変異のような私がどう越境して、クリエイティブで戦っていけばいいのかと考えた時に、私は私のクリエイティブを「遺していくこと」が必要だと思いました。
どうすればクライアントの悩みや要望を最適な形で解決できるか、生活者がどうやったら耳を傾けてくれるんだろうということを、寝る間も惜しんで考えている。
その技術を、毎回少しづつ貯めていきつつも案件ごとにリセットしながら新しいものを作っていく訳です。
そうではなく、本気で向き合っているからこそ長期的に取り組む環境づくりをしたい、2019年は少しづつそんな事を考え始めていました。
この構造を変えたいと思いつつ、一気にシフトしていくのは難しいので、まずは私が「うちにこんなプラットフォームがあります」という届け方をしたいなと思ったという感じです。
──あらゆる業界に越境してコミットしていけるように、資産をプラットフォームとして残す必要があったのですね。
新興企業だからこそ、自分たちらしさがあって、色があって、技術があって、どういうものを背負っているのかというアイデンティティを残していく必要があると考えました。
さらにそれが、ジェンダーなどの領域では特に顕著だと。
例えば、大企業であればあるほど、社員の中に男性もいれば、女性もいて、企業の中にダイバーシティが存在している。
また、飲料メーカーだったら、企業としてSDGs(持続可能な開発目標)についてどう向き合うかというと、水や環境資源が最初に来ますが、もちろん、大企業なら全部にコミットしたいと思っているはずです。
(tdub303/istock)
だけど、いきなり全社を挙げて「今からうちの会社はジェンダー問題に取り組みます」というのは普通のビジネスでは言い切れないところがあります。
そこまで旗を掲げられない、難しいという企業でも、別にプラットフォームがあると、それを応援しますという形で意思表示ができるんです。
今まで形にできていなかった思いを応援という形で実現する場所を、arcaのクリエイティブやLadyknowsを通じて作っていきたいなと思いますね。
「旗」を立てるからできること
──2020年はどんなことを仕掛けていきたいですか。
自分の生き方としては、結構未来を見据えてある程度具体的な「旗」を立てるタイプなんです。
2020年は、具体的な「プロダクト」を作りたいと思っています。生活者の手元に残るものですね。
ただ、今年でさえ、予想していた自分とは全然違う1年でした。まさかnews zeroにレギュラーで出演するなんて思ってもみなかったですし。
この3年間ですら、立てていた旗とは良い意味で全く異なる3年間なんですよね。
社会もどんどん、とてつもないスピードで変わっています。
以前は5年、10年で変革していたような分野が、インターネットやテクノロジーの発達で変化のスピードもどんどん速くなっていて。2カ月、3カ月単位で同じインパクトの変化が起きることだってあるかもしれない。
そういう意味では、旗立てした目標に対してコミットしつつ、3ヶ月先、半年先の自分が予測できないくらい変化し続けているような一年を送りたい。
きれいごとと言われるかもしれませんが、社会にとってより良い仕事だけをしていたいと思っているんです。それがジェンダー問題へのアプローチかもしれないし、例えば具体的に、生理用品を作るかもしれない。
「この仕事ってなんのためにやっているんだっけ」と自分自身に問い掛けた時に、「社会のためになる」と言い切れるような仕事をやりたいと、めちゃくちゃ思っています。
明確な「旗」を立てているからこそ、社会にコミットできているからこそ、今では想像できない自分になっているんだと思います。
(聞き手:東 春樹、編集:谷口 健、デザイン:堤 香菜、撮影:文田 信基)